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冷血騎士の困難な恋  作者: 七尾 ぬこ


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番外編・アルトゥーロの幸せ

「遅い」

 椅子にもたれかかり、卓上に足を乗せたコルネリオが苛立たしげな声を出した。

 王の執務室には俺たちふたりだけ。本来ならビアッジョを交えて朝一番で会議をするはずだった。だが、ヤツが来ない。こんなことは初めてだ。ビアッジョは俺たちと違って必ず時間を守る。


「ついに、くたばったか」とコルネリオ。「昨夜(ゆうべ)一家皆殺しにされたか、登城中に襲撃されたか」

「今朝屋敷の前を通ったが、異常はなかった」

「なるほど、アルトゥーロは朝帰りか。最近贔屓にしている女か」 

「そんなものはいない。贔屓にしていた(・・・・)女ならばいる」

「そうか」とコルネリオが笑う。「お前は飽きっぽい」

「お前こそ」

「違う。俺にとって価値があるのはデルフィナだけだからだ。だがお前には誰もいない」


 言葉を返そうとしたとき、扉が音を立てて大きく開いた。ビアッジョだった。珍しく不機嫌な顔をしている。


「王を待たせるとはいい度胸だな、ビアッジョ。次の出征では旗持ちに降格してやる」

「私以外の誰が、あなたがたを御せるのですか」

 ビアッジョはそう言って扉を閉めると、椅子ではなく俺の元にやってきた。


「アルトゥーロ!」

「なんだ」

「女と別れるときは、スマートに別れてくれ!」

 ぶふっとコルネリオが吹き出す。


「城に来る途中でお前の女につかまったんだ! 往来で散々文句を聞かされた!」

「放っておけばいいじゃないか。それにもう、俺の女じゃない」

「この、ろくでなしめ!」とビアッジョが怒る。「『愛している』と言った女に『よく言われる』と返したんだってな」


 またもコルネリオが吹き出す。


「事実だ」

「そういうことを言っているんじゃないっ。少しは気持ちをくんでやれって話だ!」とビアッジョ

「あんなの、俺と結婚したい女どもの常套句だろうが」

「だとしても、だ。無用なトラブルを起こすな」ぐい、とビアッジョが俺の襟首を掴んだ。「全部私に来るんだよ、文句も怒りもなにもかもっ! 迷惑しているんだからな」

「仕方ない」とコルネリオが口を挟む。「お前は我らの尻拭い係だ」

「軍事だけです!」とビアッジョが反論し、手を離した。


 卓上に用意されていた酒のグラスを手にして、ヤツは一気に飲み干す。

「まったく、とんだ目にあった」

 と、言ってようやく椅子にすわった。

 だがまだ話は終わらないらしい。ビアッジョが俺を見る。


「いい加減、落ち着いたらどうだ。結婚はいいものだぞ」

「よぉし、次の遠征についてだ」とコルネリオが無視して地図を広げる。

「あなたもですよ」とビアッジョ。「不特定多数の女と遊べば、刺客が紛れ込む確率も高くなる」

「コルネリオはな」

「アルトゥーロもだ。自覚しろ」とビアッジョは眉を上げた。「コルネリオ様の片腕として名を馳せているんだぞ」

「そのとおり。気をつけろよ、アルトゥーロ」とコルネリオが真面目な顔で言い、それから「お前が妻を得て落ち着く姿なんて想像できるか」と笑いだした。


 深いため息をつくビアッジョ。

「伴侶も子供もいいものですよ。生きる目的になる」

 コルネリオと俺は顔を見合わせた。

「俺は他人なんかを生きる目的にはしない」とコルネリオ。

「俺もだ」


 ビアッジョが出来の悪い子供を見るかのような目を俺たちにむけた。

「戦場では、愛しい妻のもとに生きて帰るために頑張れるのです」


「俺は俺の勝利しか考えていないが」

「俺はコルネリオの勝利をこの目で見ることだな」


 コルネリオも俺も、それだけを考えてここまで来た。ほかに必要なものなぞない。


「まあ、いいですけどね。それがあなたたちではあるのだから」とビアッジョ。「愛するひとがいるというのは、それだけで満ちたりた気持ちになれるんですけどねえ」



 ◇◇



 城の中庭には、そこかしこにコルネリオ軍の旗がひらめいている。


「いつだったか、ビアッジョが『戦場では、愛しい妻のもとに生きて帰るために頑張れる』と言っていたな」

「どうした急に」

 となりに立つビアッジョが顔を向けた。


「俺が戦場に出るのは、世界の皇帝になったコルネリオを見るためだ」

「アルトゥーロはブレないなぁ」とビアッジョが笑う。

「そうだぞ」とコルネリオが答える。「俺が戦場に出るのは、俺のため。だが俺が世界の皇帝になったとき、アルトゥーロがとなりにいなければ完璧ではないからな」

「知っていますよ」とビアッジョ。


「戦うのも生きるのも、そのためだ。だが――」

 建物から出て、こちらにやって来るヴァレリーを見る。オリヴィアとビアッジョの細君に挟まれ、足取りは重い。

「『愛しい妻の元に帰りたい』という気持ちはわかった」

「そうか」とビアッジョ。嬉しそうな声音だ。


 俺はヴァレリーに歩み寄ると、その大きな腹に手を当てた。

「大事なときにそばにいられなくて、すまん」

「大丈夫です。みなさまが助けてくれますから。私こそ共に出征できなくてすみません」

「マウロをこき使うから問題ない」

 ヴァレリーがくすりと笑う。それから腹を撫でた。


「この子と一緒に、おとなしく凱旋を待っています」

「ああ。勝ったらすぐに帰ってくる」

 愛しい妻子の元に。

 ヴァレリーを引き寄せキスをする。しばらくはお預けになるのだ。コルネリオ軍は長い遠征に出る。

 なんども戦をしてきたが、王都に帰る日がこんなに待ち遠しいのは初めてだ。


「騎馬を!!」

 皇帝自らの号令がかかる。名残惜しいが、ヴァレリーから離れる。

「行ってくる」

「ご武運を」


 城の中庭に集まっているのは、コルネリオ軍のほんの一部だ。号令をかけた本人が馬上から妻を引き寄せキスをしている。

 俺は馬に乗ると、ヴァレリーを見た。


 彼女と子供に会いたいから死ねないな、という気持ちが湧き上がる。 

 以前はビアッジョの思考が理解できなかったものだが――。


 戦うのも生きるのも、帰還するのも自分のためだ。それは昔から変わらない。だがそこにヴァレリーが加わっただけで、確かに満ちたりたものになっているのだった


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