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冷血騎士の困難な恋  作者: 七尾 ぬこ


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13´・2予期せぬ出来事《11月》&クラリッサ日記⑤

クラリッサ日記⑤


(昨日の後書きに入れる予定でしたが、間に合いませんでした。せっかく書いたので、本編前になりますが、おまけです)


「ヴァレリアナが、ノインのあの若い騎士の組手をかぶりつきで見てたんだ」

 レナートが不満そうな顔で言う。

「だって彼はまだ二十一歳だそうよ。それであの槍さばき! 凄いわ!」

 対して姉はキラッキラの目をして感激している。


 今日は裏庭の隅で、三人でランチだ。

 午前中は従卒たちで槍の模擬戦をしたらしいのだが、それに急きょノインの騎士が参加したという。


 その騎士については使用人の女性の間でも話題になっている。腕前が確かで若くて美男、しかも騎士としての礼儀作法もばっちり。


 古参の使用人たちは、数年前のアルトゥーロも初々しさと美男とが相まって素敵だったと褒めるけど、ただ口を揃えるのが、所詮庶民出よね、と、無愛想すぎるのよね、だ。


 その点、ノインの騎士は完璧なんだそうだ。元王女の私から見ても、そう思う。


 それにしてもヴァレリアナ、だ。そういえば昔、ダニエレについてよくこんな顔で語っていたっけ。

「好きになってしまったのかしら?」そう尋ねると、

「ええ?」姉は驚いた顔をしてから、笑った。「騎士としては憧れる。それだけよ」

「本当に?」

「もちろん」


 レナートがため息をつく。


「ヴァレリアナは分かっていない。君の好きはいつだって騎士としての素晴らしさに直結している」

「つまり彼女の好みが、格好いい騎士ということ?」

 頷くレナート。

「そんなことないわ」とヴァレリアナ。

「いいや、そんなことあるね」


 またため息をつくレナート。


「まあ、あのノインの騎士の槍術は俺でも見惚れた」

「それほど凄いの?」

「兄貴より上かも」

「アルトゥーロよりは?」

「アルトゥーロ様のほうが強いわ」


 姉が即、返した。

 レナートがこっそりと、何度めか分からないため息をついている。


「主かもしれないが、敵であることを忘れるな」

「だけどリーノだってカルミネ様と楽しそうじゃない。それに私は今、アルトゥーロ様のほうが強いという話をしているのよ」

 ヴァレリアナがむきになっている。

「……まあ、それはそうかもな。あいつの鍛練への姿勢は、尊敬できる」

「でしょう!」


 ヴァレリアナは嬉しそうだ。

 まあ、そのことも、使用人の間では有名なことのようだ。全精力をそちらに回しているから、表情に気が回らないのだ、とまで言われている。


「だけど騎士レベルはノインの騎士と兄貴が上」

 ヴァレリアナが口をへの字にする。

 レナートは意地悪だ。分かっていて、そう言っているのだろう。


 それにしてもヴァレリアナは、ダニエレよりもアルトゥーロの肩を持つようになってしまったらしい。

 その割には先日、アルトゥーロ様は全然分かってくれていないと怒っていたけれど。


 いや、ヴァレリアナの思い入れが深すぎる故の怒りかもしれない。

 あの男に、一人前の従卒として扱われないと腹を立てるのだから。


 はぁっ、と私もため息をついて、すっかり男装に馴染んでいる姉をみつめた。









「良かったんじゃないか」

 隣を歩くビアッジョが、気の抜けた顔で言った。

「俺もそう思う」


 コルネリオは野望のことを抜かしても、生来の戦好きだ。武の力で世界を手に入れることを夢見ていたけれど、それはオリヴィアに惹かれる前のことだ。

 奴は敵となれば、オリヴィアの親兄弟だって眉ひとつ動かさずに殺せる。だけれど今のあいつは、妻との関係を良好に保ちたいと思っているのだ。


 しかもあちら側からの申し入れ。夫婦仲への影響は少ないのではないだろうか。


「これは『前』はなかったこと、でいいのだよな?」

 ビアッジョが尋ねたので、そうだと頷く。

「何故、今回は……」


 オルランドは、最終判断はオリヴィアの手紙だと話した。

「前回はこんな夫婦仲ではなかったからだろう」

「ああ。そう話していたな。彼女の手紙の件はコルネリオ様にとって嬉しいことだろうな」


 その通りだ。話を聞いたときのあいつは、僅かに表情が変わった。オリヴィアが良い結婚と考えていることは、今、あいつが抱えている彼女と元恋人(コルネリオ主張によると)へのもやもやを払拭したに違いない。


 ノイン側も思いきったことをしたものだと思うが、征服されていない最後の一国になったときに申し入れるよりも、今ならまだ有利な交渉が出来ると踏んだのだろう。


 俺は政治に明るくはないが、それでもあちらが提示した条件は、強気だとの印象がある。その辺りのすり合わせはこれからコルネリオと大臣たちがすることになった。



「あら! アルトゥーロ!」

 背後から掛けられた声に振り返ると、オリヴィアの友人ふたりがいた。

「ちょうど良かったわ!」

「こちらにいらっしゃいな! ビアッジョ様も!」


 どうせろくなことではないと思ったのに、ビアッジョはにこにこしながら『何ですかな?』なんて言って歩み寄る。


「ほら、アルトゥーロも!」

 女が駆け寄ってきて手を引っ張られる。ふと脳裏に前回の人生で、同じように引っ張られた先で耳にしたことを思い出した。


「どうかしたか?」ビアッジョが尋ねる。

「いや、何でもない」


 あれはまだずっと先の出来事だ。これは別の用件に違いない。

 だがもし、同じようなことだったら?

 リーノの求婚を聞かされたら?

 そんな不安に囚われながら連れられて行った先は、何やら女たちが賑やかに盛り上がっていた。


「ほら、可愛い」

「素敵」

 なんて言葉が飛び交っている。これなら求婚は関係ないだろうと安堵すると、

「アルトゥーロを連れて来たわ!」

 と俺の手を引っ張っていた女が声を上げ、人垣がさっと割れた。


 息をのんだ。

 その先にいたのはエレナだった。驚いて目を見張っている。そして着ているのは、町娘のような服。


「アルトゥーロ! ビアッジョも!」オリヴィアが満面の笑みを浮かべてやって来た。「どう? 似合うでしょう?」

「本当だ、なんて素晴らしい! 美しいね、ヴァレリー」ビアッジョが褒める。

「妹さんと兼用できるように、サイズはちょっと幅をもたせてあるの。でも気にならないでしょう?」

「我々男には、分かりませんよ」


 話しが弾むふたり。エレナは気まずげに赤い顔を伏せている。髪もきれいに結い上げられていて、どこから見てもただの美しい娘だ。従卒をしているなんて、思えない。

 ……そうだ、普段押し潰している胸もふっくらしている。


 エレナはこの可愛らしい格好で、休日を誰と過ごすつもりなのだろうか。やはりリーノと街に出るのか。それともマウロか。

 せっかく美しい姿の彼女なのに、胃がムカムカとする。


「アルトゥーロの感想は?」

 掛けられた言葉にはっとする。オリヴィアやビアッジョが俺を見ている。

「……良いのではありませんか」

「これで褒めているつもりなのだから、つまらない男だ」とビアッジョがあきれ声を出す。「ヴァレリー、アルトゥーロは可愛すぎて、なんて褒めていいのか分からないだけだからな」

「そうね」何故かオリヴィアも頷く。「口下手の彼にはこれが精一杯なのね」


 なんでそうなるのだと思うが、当たっているので黙っている。


「この服は、先日アルトゥーロが私の頼み事をこなしてくれたお礼だから遠慮なく受け取ってね」とオリヴィア。

「ん?」と俺

「たまには従卒に還元しないとね」オリヴィアは俺を見てにこりとする。


 そういう建前にしよう、ということだろう。エレナひとりだけが、アワアワしている。


「黙って受け取りなさい」とビアッジョが笑って言う。「それで休みの日にアルトゥーロを食事に連れ出してやってくれ。ここのところ、こいつは忙しくてろくに街に出ていないからな」

「あら、いいわね」とオリヴィア。「アルトゥーロがついていれば、おかしな輩にしつこくされることもないから安全だわ」


 もしかしてオリヴィアは、今回も俺がエレナを好きだと察しているのだろうか。

 だからといってエレナも困るだろうと彼女を見ると、やはり困惑顔で俺とオリヴィアの顔を見比べていた。目が合うと更に困った顔をする。


「……本気にしなくていい」

 そう声を掛けるとエレナは、はいと頷いた。




 ◇◇




 ビアッジョに、なんでお前はあんなことを言うのだと叱られた。だが困っているエレナにつけこんだりしたら、俺の好感度が下がるだけではないか。


 つけこむのではない、アプローチだ。

 とビアッジョは力説していたが、どう考えても主従関係にものを言わせている。

 ビアッジョは、そんなことを言い出したら何もできないじゃないかと叫んで何故か身悶えしていた。どうやらもどかしくて仕方ないらしい。


「ヴァレリーなら、嫌なことは絶対に嫌だと言うはずだ!」


 友人が放ったその言葉にはっとした。確かにあの強情が、俺に遠慮をして断れないなんてことはない気がする。

 それなら俺が気を回す必要はなかったのだろうか。


 余計なことを言ったかもしれないという後悔を抱えつつ、俺の仕事場に入る。

 ノイン側は誠意の証として、あちらの軍事情報を渡してきた。その確認をコルネリオに任された。

 その情報に黙って目を通す。




 やがて日も落ち、ビアッジョが背伸びをした。

「つまらんな」と言う。

 渡されたものは概ね、こちらが既に得ていたものと変わらなかった。


「ところでベニートは何のために槍先を崩していたのだろう。怪我をさせられれば誰でも良かったのか」

 そうなのだ。今回は奴らの意図が分からない。模擬戦の相手が誰かは事前に伝えてあり、俺でないことは知っていたはずだ。

 また、奴の模擬槍もこっそり回収して調べたが、毒は塗ってないようだった。


 今回は単純にミスなのか。それとも意図はあるのか。


 ボニファツィオが今回も密偵であることは間違いがなく、証拠も押さえてある。四月にゼクスに進攻するから(まだ未公表だが)、それを踏まえて一月に断罪の場を設けて、騎士たちの士気を盛り上げる予定だ。


 だが、なんだかすっきりしない。


 なんとはなしに窓の外を見ると、丸い月が見えた。

「……コルネリオの元に行くか。そろそろ終わったかもしれん」

 ビアッジョが頷いて立ち上がる。


 先ほどの密談時に今日のすり合わせが終わったら、ノインが属州になることをコルネリオがオリヴィアに話すと決まったのだ。

 無論、その時まで内密にしてもよいのだが、コルネリオはそうしないことを選んだ。


 あいつは強い人間ではあるけれど、妻の反応は気になるだろう。だから。俺とビアッジョはその時、近くにいるつもりだ。



 ふたりで再び王の執務室へ向かう。

 だがその手前で、コルネリオに会った。親友の後ろにはふたりの衛兵。片方はベルヴェデーレ。この悪魔は、上り坂の人生を驀進ばくしんする契約者をどう思っているのだろう。


「ふたりとも、来い」とコルネリオ。

「そのつもりですよ」と柔和なビアッジョ。


 三人で周囲の耳を気にして、言葉を選びながら密約について話す。

 征服することが重要で、支配することに興味はないコルネリオは、ノインの出した条件で大方は構わないと考えているようだ。むしろガメツイ大臣が、金鉱やら税金の取り分に不満があるらしい。


 身に付けているものの中で一番高価なものは剣という国王の臣下として、その強欲はどうなのだろう。

 だがコルネリオとしては、その強欲をそれなりに満たしてやる限り歯向かって来ないから、楽なのだそうだ。


 そうしてオリヴィアの私室に着くとコルネリオは、後でなと一言残して中に入り、代わりに侍女が出てきた。

 ビアッジョによるとこの侍女は、オリヴィアがメッツォに来たときにこちらの有力者の娘から選んだ侍女なのだが、まるで古馴染みのように仲良くやっているらしい。


 ビアッジョはちょいちょいと彼女を呼んで、とるに足らない世間話を始めた。これはこれで一種の才能なのだろう。俺にはできん。


 と、そこへ何故か侍従に先導されたオリヴィアの元恋人 (とコルネリオが思っている)ロドルフォがやって来た。腰に剣はなく、片手に箱を持っている。彼に気付いたビアッジョがすかさず、

「どうかしましたか」と尋ねた。


「オルランド殿下の遣いで、これを直接渡すように、と」

 ロドルフォは箱の蓋を開けた。中には手紙が一通。

「コルネリオ陛下とのお話が済んだらと言いつかっているのですが、今は?」

「話し中ですよ。こちらで一緒に待ちましょう」


 ビアッジョはまたも才能を発揮して、ロドルフォと話し始めた。ロドルフォは恐らく国王に敵意がないと示すために、騎士の命綱である剣を置いてきたのだろう。やはりオリヴィアの想った相手なだけある。好人物であると、認めざるをえない、


 しかしビアッジョと話す彼の口調や態度から、恐らく属州のことも、預かった手紙の内容も知らないと思えた。


 だがオルランドはなぜロドルフォを選んだのだろう。兄として可愛い妹に、かつての恋人との時間をプレゼントしたかったと考えるのは穿ち過ぎだろうか。



 かなり長いこと待ったのちに、コルネリオが私室から出てきた。ロドルフォを見て、僅かに眉を寄せる。けれど事情を聞くと頷いて、重々しく入室を許可する、と言った。


 そうしてロドルフォと侍女が部屋に入るのを見届けて、コルネリオは足を進めた。

「俺の部屋で話そう」

「いいのか、アレは」

「……オリヴィアも今は昔馴染みといたい気分かもしれない。納得はしていたが、淋しそうだった」


 自分の故国が無くなるのだ。オリヴィアのことだ、覚悟はしていただろうが、予測外の早さであることは間違いない。


 三人で廊下の角を曲がる。

 と。数歩も行かないうちに、背後からおかしな音が聞こえた気がした。


 先ほどの廊下には、オリヴィアの部屋の前に衛兵がふたりいる。

 何の音だろう。

 嫌な予感がして、踵を返し再び廊下の角を曲がると、ふたりの衛兵が喉の辺りを血まみれにして床でひしゃげていた。


 悲鳴が轟く。


 駆け出してオリヴィアの部屋に飛び込む。

 こちらに半身を向け真っ赤な短剣を振り上げる女。その前で床にへたりこみながらも両手を大きく広げる侍女。彼女に庇われているオリヴィア。オリヴィアは血まみれで倒れているロドルフォの名を必死に呼んでいる。


 躊躇うことなく剣を抜き、短剣を掴む女の両腕を叩き切った。女は獣のような咆哮をあげて倒れる。すかさずビアッジョが駆け寄り、押さえつけた。


 女の顔が見えた。それは、だいぶ面変わりをしていたが、遠く離れたかつてのツヴァイ国の娼館にいるはずの、アダルジーザだった。


 振り返るとオリヴィアが涙でぐしゃぐしゃの顔をして

「死なないで! ロドルフォ!」

 と何度も繰り返している。ロドルフォは胸の辺りが血の海だ。太い血管を切られたに違いない。まだ意識はあるようで微かに口が動いているが、時間の問題だろう。


「ロドルフォ、死なないで! 幸せになる約束よ! ねえ、ロドルフォ!」

 オリヴィアの声だけが響き渡る。


 それを呆然と見つめているコルネリオ。その隣にはベルヴェデーレしかいない。もうひとりの衛兵は仲間と医師を呼びに行ったのだろう。廊下を走る足音がすぐそこまで来ている。


 犯人はアダルジーザひとりなのか、仲間がいるのか。確認せねば、と一歩を踏み出したとき、コルネリオが凄まじい勢いで扉をしめた。








「ベルヴェデーレ!!!」


 親友は悪魔の名前を叫んだ。


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