13´・1模擬戦からの《11月》
来週には帰国の途につくノインの王子オルランドと重臣たちに、メッツォ軍の鍛練を視察してもらうことになった。とは言えいずれ敵になるかもしれない相手だから、無難に従卒の模擬戦をその場とすることにした。
前回の人生でもこの時期に槍の模擬戦をし、ボニファツィオの従卒ベニートが間抜けを装って暗殺の仕込みをしていた。今回はどうするかとコルネリオに尋ねると、お前に任せるとの返事だったので武器は槍を選び、前回同様、従卒対騎士で行うことにした。
ただし騎士は俺ではない。エレナの件で逮捕された従卒の主ふたりが交代で行う。
ふたりは王から厳重注意を受け(震え上がっていた)、罰金を支払うことで赦された。それプラス、新しい従卒を雇える雰囲気でもないので、しばらく身の回りのことは己でしなければならない。
そのようないきさつで従卒のいないふたりに相手役をやらせ、ビアッジョが審判、他の騎士は自分の従卒の分析、俺は客人への説明係となった。
多少の違いはあれども前回と同じように模擬戦は進み、次はベニートの番となった。馬に乗った奴が槍を片手に馬場に入ってきて、国王夫妻と客人たちの前で止まり、一礼する。
コルネリオが俺を見て、俺はビアッジョを見た。
ビアッジョが
「ベニート」と声を上げた。「槍を見せろ。お前はいつも適当すぎる」
そうして彼に歩みより、槍をもぎ取った。
ビアッジョにも前回あったことを話してある。とはいえ今回の対戦相手は俺ではないから、何も仕込んでいない可能性が高いのだが。
しかしビアッジョがコルネリオに一瞬視線を走らせた。
「なんだこれは。やはりくず布の巻きが甘いではないか。やり直してこい。次の従卒、繰り上げ」
ベニートがすごすごと去る。
と、オルランドが
「少し変化をつけてみたいですね。騎士をうちの者にしたらどうでしょう」
などと言い出した。他意はなさそうで、断る理由も特にない。
コルネリオは一瞬の間のあと、そうだなと頷いた。
「ロドルフォ」と王子は若い騎士を呼んだ。「彼は若いが槍の使い手です。どうでしょう」
親友の眉が僅かに寄ったが、彼は再び首肯した。
ビアッジョ調べによると、オリヴィアと彼は一歳違いの幼馴染で仲良く育った。お互いに惹かれあってはいたようだが、どちらもそのような態度を見せたことはない、とのことだ。
コルネリオが気にすることは、何もない筈だ。
俺が美丈夫ロドルフォに
「槍と馬はうちのを使うか? それとも自分のを?」
と尋ねると、ロドルフォは借りますと答え、馬場に向かった。
一方で繰り上げの従卒がやって来る。クレトだ。
「……あぁ、次はクレトだったな」とビアッジョが王を見る。
「審判の従卒だが、構わないか」コルネリオは王子に尋ねた。
「勿論」とにこやかな王子。「ロドルフォはいずれ騎士団長になるだろう男です。良い経験を積ませていただけて、ありがたい」
やはりあの騎士は、かなり優秀であるようだ。
オリヴィアはと見ると、かつての恋人(と言われる男)に柔らかな笑みを向けていた。
その隣で、微妙に不機嫌そうなコルネリオ。
さっさと妻に気持ちを伝えればいいのに。
俺には散々攻めろと説教をするくせに、自分には甘い。
やがて用意の整ったロドルフォがやって来て、ビアッジョが開始の声を上げた。
ロドルフォは借りたばかりの馬を巧みに片手で御する。上半身がぶれることなく槍を自在に操り、攻撃をする。クレトは必死に食らい付くが防御が精一杯のようだ。ようやっと反撃に出るが、そこを突かれて勝負は決まった。
「なかなかに良い騎士だ。その若さでその腕前は、素晴らしい」
コルネリオが褒め、ロドルフォは光栄至極ですと答えた。
「ええ、随分と立派になりました」オリヴィアが嬉しそうに目を細めた。「だけれどクレトもよくやりましたね」
「ああ、お前は剣も槍もどちらも良いな」とコルネリオ。「ビアッジョは良く育てている」
ビアッジョが慇懃に礼を述べ、クレトは恭しく頭を下げる。
そんなクレトの後方で。すでに模擬戦を終えたエレナが、馬場の囲みの最前列で食い入るように観戦していた。
まさかロドルフォに惚れていないだろうな、と一抹の不安が頭をよぎった。
◇◇
模擬戦も終わり、ビアッジョと俺が騎士の広間でノインの騎士たちと軍事談義に花を咲かせていると(主にビアッジョが)、コルネリオが俺たちふたりを呼んでいると声を掛けられた。
言われた通りの応接間へ行くと、そこにはオルランドとノインの外務大臣が待っていた。
「オルランド王子。私が最も信をおくのはこのふたりだ。よいか」
俺たちはなんの説明も受けていないが、このぶんだとオルランドがそのような者を呼ぶようコルネリオに頼んだのだろう。
「腹心の騎士ふたり」とにこやかなオルランド。「さすが何ヵ国をも征服しているコルネリオ王。軍事が一番なのですね。それでは用件を話しましょう」
許可を得てコルネリオを中心に、並んで長椅子に座る。
この様子だと同盟の申し入れだろうか。ノイン一行は多すぎるほどの献上品を持ってきて、常にコルネリオとメッツォに配慮した言動をとっている。単に赤子の誕生を祝いに来たのではないだろうと、俺たちは話し合っていた。
大臣が銀の盆に乗った書簡のようなものを王子に渡し、王子はそれをコルネリオに差し出した。
「ノイン王より預かって参りました。ご査収いただきたい」
コルネリオはその書簡を手に取る。部屋の隅に控えていたベルヴェデーレがさっとナイフを渡し、王は自らの手でそれを開封し中身をあらためた。
「預かって参りましたが、実際にお渡しするか如何の判断は私に任されておりました。私は、お渡しすべきと結論づけました」と王子。
コルネリオは目を通し終えると、俺とビアッジョに読むよう促した。
それは、ノイン国は現王と議会の総意によりメッツォ国の属州になることを希望するとの内容だった。その代わりに現王を州王とし、また、世襲制にして欲しいとのことだった。その他、金鉱の扱いや州王の権限についての提案が幾つか書かれている。
「都に滞在三週間」と王子。「メッツォ国に入ってからはかなりの日数が経ちました。あれこれ視察しましたが、どう見ても国力が違う。戦になれば負けることは確実です」
「戦にならぬかもしれん」とコルネリオ。
「そのような楽観視はしません。負けると分かっている戦を国民に強いたくありませんし、属州になっても他国の例を見る限り、国民に不利益はないでしょう。何より我々王族も、死にたくはない」オルランドはにこりとした。「王太子である私がこの書状を持って訪れたことが、我々の最大の誠意です。私は相応の覚悟を持って参りました」
相応の覚悟。生きて帰れぬか、人質か。何を想定しての覚悟かは分からないが、それなりに腹は決めてきたということだろう。
「我々がこの決断に至った最終の理由をお話ししましょう。オリヴィアです」
「オリヴィア?」
「ここ一年ほど彼女からの手紙には毎回、彼女も子供たちもいかにあなたに大切にされているか、また、良い結婚をさせてくれたことに感謝すると書かれているのです。人としと信頼できる王ならば、ノインを任せてもいいだろう、そう考えました」
淡々と話すオルランド。対してコルネリオは黙している。
幼馴染が世界の王になると決めたとき、周辺九ヵ国は武力で征服するものだと考えた。昨年過半数を越えてからは、もしかすれば、今後は戦か属州に下るかの選択を突きつければ、戦わずに手中に収められる国があるかもしれないと考えるようになった。
というよりコルネリオは、オリヴィアの母国に攻め入ることに気後れするようになり、そのように考えるようになったのだろう。
だがまさか向こうからこのような申し出が来るとは予想外だった。ノイン以外にまだ三ヵ国も未征服の国があるのだ。
「オリヴィアはこのことを知っているのか?」コルネリオが尋ねた。
「いいえ」とオルランド。
メッツォの王はおもむろに俺、ビアッジョと見た。そしてノインの王子をひたと見据えると、
「この申し出を受ける」
と答えたのだった。




