残念だったな。うちの婚約者はそんなことしない。
読み専が深夜のテンションで書き始めた作品です。処女作なので生温い目で見て頂けると有り難いです。
6月16日、加筆修正しました。
煌びやかな光あふれる空間。優美に流れる調べに乗せ、華やかな衣装がまるで咲き誇る花のように揺らめいている。
これはとある世界の一つの国、ハイエ王国。その王宮のダンスホール内の様子である。
この日晴れて学園を卒業するという人生の区切りを迎えた者たちを祝う場。今日はその為の舞踏会が催されている。
あるものは新たな門出に胸を踊らせ、あるものは社交に勤しみ、またあるものは友との別れを惜しみ……
様々な人の想いが音と光と共に溢れ返っている。しかし、そんな空気を突如引き裂く声が響いた。
「ナチトーノ・イスゴ公爵令嬢! 本日この時をもってあなたとの婚約を破棄する!」
声の主はこの国の王子の一人、ケヤンマヌ・ヴォン・バイエ。金髪碧眼に美しい顔立ち。絵に描いたような王子様とはこのことか、といえる外見の持ち主だ。
その宝石のような碧眼には強い意志が宿り、今しがた言葉を投げ付けた相手を睨んでいる。
「なぜ、とお聞きしてもよろしいでしょうか」
対するはナチトーノ・イスゴ公爵令嬢。言わずもがな王子の婚約者であり、今回王子と共に卒業生として祝福される立場の人物である。
絹糸のような豊かなシルバーブロンドの髪。ガーネットを嵌め込んだような瞳は美しいが、糾弾された事にも動じていないのか、とても凪いでいる。まるで大輪の花と讃えられる美貌を持ち、凛として立つ姿はそれだけで人の目を引く。
王子と共に国を支えていくのに相応しい才女でもあり、貴族たちの間では淑女の鑑と謳われている、そんな女性だ。
「シラを切るつもりか」
声に険しさを乗せて、ケヤンマヌがナチトーノに問いただす。
「あなたがユミーを虐め、挙句他の令嬢達とも結託しユミーを孤立させたと聞き及んでいる。なぜユミーのように心優しく相手に寄り添うことが出来ないのだ。権力を笠に着、傲慢に振る舞うなど言語道断! そのような者を王子妃にする訳にはいかないのだ!」
ここでもう一人、力強く言い切ったケヤンマヌの隣で庇われているのはターユメヤ・ロイヒン男爵令嬢。先程から“ユミー”と呼ばれているのはこの令嬢だ。
柔らかなアプリコット色の髪、クリクリと表情を分かりやすく伝える大きな目を飾る瞳は、瑞々しいオレンジで実に愛らしい。
ケヤンマヌにぷるぷると震え縋り付く様は正に小動物のような可憐さを出し、男の庇護欲を煽り本能共々刺激しに行っている。
そう、本能。腕に胸を当てられ意識しない男などいないのだ。「あれは狙ってやっているのに何で気付かないのかしら」とは一度は彼女に助言もとい苦言を呈した事がある人々の言である。
「わたくしはそのような事は一切しておりません。また他のご令嬢方もそうです。そのような言い掛かりはお止めください。それに、権力でターユメヤ様を孤立させるなどと……」
毅然とした態度でナチトーノはケヤンマヌに言葉を返す。
少しばかり声に含まれた呆れは、次にケヤンマヌと視線を合わせたときには消え失せていた。
「そもそも学内では地位も権力も意味を成しません。ですからターユメヤ様が孤立しているというのであれば、それはターユメヤ様の言動故のもの。わたくし達は貴族令嬢としての振る舞い方を注意する事はあれど、虐めるなどという事はしておりません」
「あくまでもシラを切るというのか。だが、私が知っている事はまだあるぞ!」
怯むことのないナチトーノに、ケヤンマヌは苛立ちを隠せないでいた。更に語気を強めて問い詰める。
「あなたはユミーの亡き母の形見であるブローチを盗み壊したそうだな。可哀想なユミー。彼女は壊れたブローチの前で泣き崩れていたんだぞ!」
「決してそのような事はしておりません。そもそもわたくしはターユメヤ様のお部屋に行ったこともありません。何故わたくしがしたとお思いなのですか?」
「あなたがユミーの部屋から出て行った所を見た者がいる」
「それだけですか? 先ほども申し上げた通りわたくしはターユメヤ様のお部屋には行っておりません。ですので、形見のブローチという物にも触れたこともございません」
ケヤンマヌからの問いに対してナチトーノは身の潔白を主張する。
突然の出来事にも関わらず凛とした姿勢を崩さない彼女に、周囲の人からは尊敬の念と感嘆の息が漏れるばかりだ。
そう、周囲の人々は公爵令嬢がそのような事をしていないと理解しているのだ。
それは彼女がいかに王家のために、引いては国のためにその身を粉にして働いているのか見ていたから。
反対に男爵令嬢に向ける視線は冷たさや侮蔑が含まれている。
「そんな……ナチトーノ様、そのような嘘をつくだなんて酷いです。わたしはただ……」
ここでターユメヤの目から涙がポロリとこぼれた。涙を見せながら訴えようとしている姿はなんとも女優、天晴である。
しかし、周囲の人々の視線は冷たいまま。何故ならターユメヤは王子だけでは無く学園内のあらゆる男性に粉をかけて、その間を飛び回っていたからだ。
お陰で揉める男女が後を絶たず、一時学内は荒れに荒れていた。そのような被害に遭った人々が多数いる中で流れた涙に、騙される者などいるものか。
いや、居るのだ。そう、荒れ狂う学内を物ともせず、ある意味頑張ったターユメヤの手練手管に墜ちた者たちが。
今こそが出番、と彼らはターユメヤを守るように並び立つ。そして、一人が攻撃の口火を切った。
「ナチトーノ嬢、あなたは殿下の婚約者として恥ずかしくないのですか。罪を認めないなど、それ程までに王子妃という地位は魅力的なのですか。それに聞けば私の婚約者まで結託してユミーを孤立させていたと。本来ならばあなた方は人を導く立場であるというのに……。ユミー辛かったですね」
まずは、スラリとした体躯の男性から。彼は宰相を父に持つメディオ・ケンイン。
低い位置で一つに結われた紺碧の髪、冷たい印象を与える水色の瞳で眼鏡を掛けた真面目そうな青年だ。
「ほーんと! こんないい子を虐めるなんて君たちなんなの? 人のする事じゃないよねー! こんな事する人が僕の婚約者だなんて信じられなーい。ユミーは肩書きなんて関係なく人の心に寄り添える優しい子だっていうのに、まるで正反対だしー? 悪女って君たちみたいな人の事でしょー?」
次に、並び立った中では一番の低身長、ターユメヤより十センチほど高いくらいか。彼は高い魔力値を誇るロット・デヤンレ。
肩で切り揃えられた濃い紫の髪。可愛らしい顔とは裏腹に、同色の瞳はまるで相手を惑わすように揺らめいている。
「ユミーすまない。俺がしっかりしていれば君の心が傷つく事は無かったのに……! 窮屈な思いをしていた俺の心を優しく包み込んで救い、真実の姿を認めてくれたのはユミーなのに! そんなユミーに嫉妬して、あまつさえ結託するような婚約者が居たなど……本当にすまない! なぁ! お前もそう思うだろう⁉︎」
そして、一番体格のいい男性。燃える闘志を表に出したかのような赤の瞳と赤の短髪を持つ、騎士見習いのキノウン・スルーマ。見た目と相まって実に暑苦しい。
「え? 何のことだ? 迷惑だからこっちに振るな」
まだ更に続くのか、と思わせてまさかの迷惑だからヤメロときた。
勢いづいていた王子たちも「みんな……ありがとう」と嬉し涙を見せる準備をしていた男爵令嬢も、流れをぶった斬られて戸惑いのあまり止まってしまった。
この勢いをぶった斬った青年はコージャイサン・オンヘイ公爵子息。この国の三大公爵家の一つオンヘイ家の者で王子ケヤンマヌとは従兄弟であり、同時に学友でもある。
闇夜を溶かしたかのような深く艶やかな黒髪、透明度の高い翡翠色の瞳と切れ長で涼しげな目元。人の目を惹きつける美貌はケヤンマヌはおろかナチトーノとも一線を画する。
令嬢達にそれはそれは熱い眼差しを送られる青年である。
「……何を言っているんだ。コージーの婚約者もユミーを虐めていたんだろう? 聞いていなかったのか?」
「え? うちの婚約者が?……ないな。うちの婚約者はそんなことはしない」
ケヤンマヌの問いにコージャイサンはきっぱりと否を唱えた。迷いのない見事なまでの一刀両断に、彼は激昂し更に詰め寄っていった。
「なぜそう言い切れる! ナチトーノ嬢とお前の婚約者は学内でもよく一緒に居たんだぞ! 見ろ! 今も一緒に居るじゃないか!」
「そりゃナチトーノ嬢とうちの婚約者は友人だからな。忙しい身のナチトーノ嬢が登校して居るとなれば会いに行くだろう」
そんなケヤンマヌにコージャイサンは嘆息をする。そして、呆れを存分に含ませて言葉を続けた。
「まさか一緒に居るというだけでこちらまで巻き込んできているのか? 止めてくれ。迷惑だ。そもそもなぜこんな場で婚約破棄なんて言い出したんだ。せめて別室で……」
するのが筋、ひいては互いの為ではないのか——と続くはずであったコージャイサンの苦言は遮られてしまった。
「コージャイサン様、婚約者の方を信じたくて庇おうとなさっているのですね。でも、私イザンバ様から……」
ここで止めるの⁉︎ という何とも思わせ振りな言い回しをするターユメヤ。イザンバ様が一体どうしたんだ?
さて、槍玉に上がったそのイザンバ様とは。
「イザンバ、彼女に何かしたのか?」
「…………いいえ。私は何もしていません」
コージャイサンからの問いに少し間を空けて俯きながら返事をした女性がイザンバ・クタオ伯爵令嬢。
華やかな美貌のコージャイサンと比べるのは大変失礼ではあるが、ハイエ王国に多い茶髪に、ヘーゼルの瞳。顔の作りもごく普通の女性だ。
ならば頭の回転が速いのかと言えばそうでもなく、魔力や剣術に至るまで良く見積もって中の上。普通、平均、平凡という何とも印象に残りにくい女性である。
「ほら、してないって言ってる」
「そんな本人の言うことだけを信じるのか⁉︎ それに今答えるまでに時間があった! 何か思い当たる節でもあるからだろう!」
激昂したキノウンの言葉に「どの口がそんな事を言っているんだ」と言ったのは誰だろうか。仕方なく、コージャイサンは再びイザンバに問いかける。
「そう言われてもな。イザンバ、もう一度聞くがロイヒン男爵令嬢と何かあったか?」
「…………いいえ」
その問いにイザンバは否定の言葉を重ねる。しかし、婚約者に疑われている事が辛いのだろうか。俯き唇を噛むイザンバに、そっとコージャイサンが寄り添った。
「イザンバはやっていないと言っている。俺もイザンバがそんな事をするとは思わない。なぁ、それは本当にちゃんと調べて言っているのか?」
「あのさー、婚約者を信じたい気持ちは分かるよー? でも実際にユミーは孤立していたし、大切なブローチも壊されていたんだよー? そんな事になるまで僕たちに心配かけまいとしていたユミーと、そのしっかりと答えられない女。どっちを信じるかなんて明白でしょー?」
コージャイサンの問いに答えたロットの言う内容は、とどのつまり「婚約者たちの言っている事は信じないがターユメヤが言っている事は信じる」という事だ。「だからどの口が言っているんだ」と誰かが言った気がした。
「話にならないな。こんな状態では折角の舞踏会も楽しめないし、俺たちはここで失礼する。ナチトーノ嬢、あなたもどうぞご一緒に。屋敷まで送りますよ」
「そういう訳にはいきません」
帰ろうとするコージャイサン達を止めたのはメディオだ。コージャイサンの前に立ち、その進路を妨害する。
僅かな睨み合いの後、メディオは言葉を発した。
「今ここで帰しても今度は社交界で繰り返され、またユミーが傷つくことになります。そのような事態は避けるべきです。これ以上評判を落としたくないのであればきちんと罪を認めなさい」
その「避けるべき事態」とは一体誰の為なのか。
これが王子の側近か……彼らは優秀な人材であったはずなのに。
——残念に思う者
——将来を憂う者
——ならば自分が、とその椅子を狙う者
舞踏会の雰囲気は打って変わり悪い方へと流れている。
「そこまで言うのならば別室へ参りましょう。今でさえ卒業を祝う空気では無くなってしまいましたのに、私事でこれ以上舞踏会を中断するのはそれこそ避けるべき事態です」
場の雰囲気を感じとったナチトーノが、メディオの避けるべき事態という言葉を拾い繋ぐ。ケヤンマヌに真っ直ぐとその凪いだ視線を向け、その意思を伝えた。
「殿下ならお分かりいただけますね。ターユメヤ様を思うのならばこそ、この場でこれ以上続けるべきではありません」
「………そうだな。ユミーの為と思ったが、確かにこれは長引きそうだ。別室へ移動しよう」
ケヤンマヌはナチトーノの提案に応と答えた。しかし、空気を読まない者は何処にでもいるものだ。
「え、私は大丈夫ですよ! わざわざ移動しなくても、ここで謝ってくれたらそれでいいですから!」
ターユメヤだ。移動に対して待ったをかけた。更にナチトーノにこの場で謝れとまで言ってしまう。「何言ってんだこいつ」と誰もが思っただろう。
「ユミー、あなたは優しいね。だが、きちんと決着をつけないとまたユミーが苦しむことになる。向こうも言い分は変えないだろう。だから別室でじっくりと腰を据えて話そう。そうしてあなたの憂いも晴れたら、また可愛い笑顔を見せてくれるだろう?」
「ケヤンマヌ様……」
ケヤンマヌに諭され、微笑まれ、手を差し伸べられる。そんな状況にうっとりと頬を染めるターユメヤ。「これなんて茶番?」と呟いたのは果たして……。
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さて、別室に移動した御一行。机を挟み、令息対令嬢の構図が出来上がっている。ケヤンマヌとナチトーノは静かに睨み合っているようで、主に言い合っているのは他の令息令嬢たちである。
コージャイサンとイザンバはその輪に加わらずそっと見守る姿勢を取っているが、ヒートアップしていく双方にイザンバは俯き心なしか震えているようだ。
そんな婚約者を気にかけている様子のコージャイサンに「なんでそこに居るの? こっち来てよー!」と言わんばかりにターユメヤはチラチラと熱視線を送る。
それでも、コージャイサンはそんな視線を華麗にスルーし続ける。
一瞥もくれぬその姿勢に令息の怒りの矛先が向けられた。
「おい、コージャイサン! なんなんだ、お前のその態度は⁉︎ ユミーがこんなに傷付いていると言うのにそんな女の肩を持って!」
今にも掴みかかりそうな勢いでキノウンが吠える。しかし、すぐにその顔をニタニタとした笑みを貼り付け、コージャイサンを見下ろした。
「ははーん。さてはお前、その女に何か弱味でも握られているのか?」
「なんでそうなるんだ。付き合いも長い、お互いを良く知っている自分の婚約者を信じて何が悪い。逆に聞くが、なぜお前たちはそんなにもロイヒン男爵令嬢の言葉を信じたんだ?」
噛み付いたキノウンの言葉にコージャイサンは冷静に返す。そういえば誰もその事には触れていなかった。
婚約者から一方的に破棄を言い渡され、罪を認め謝罪しろと言われた令嬢たち。
聞く耳を持たない婚約者たちに何を言っても無駄な事は分かっているし、ここまで来たら婚約破棄は避けられない事態だが、冤罪だけは御免であると、移動してからは応戦していたのである。
「ふん、そんな事わざわざ言わねば分からんのか? だが、知りたいのなら教えてやる! いいか、よく聞け! ユミーはな、俺を救ってくれたんだ! 父が将軍と言う立場をいただき、俺はそれを継がねばならんプレッシャーの中にある。だがな、どうやったって俺よりも強いヤツが居るんだ! そいつに負ける度に言われるんだ! それでも将軍の息子かと! 分かるか⁉︎ 負けが続いても辞められない辛さが! 日に日に窮屈な檻に閉じ込められていく俺を救ってくれたのがユミーなんだ!」
堂々と、しかしコージャイサンを睨みつけながら言い切ったキノウン。
「私も似たようなものですね。父は宰相として国の為に働いています。家族を鑑みることは少なく、しかし期待だけはされている。それに見合うようにと誂えられた婚約も。私自身の為ではないのですよ。誰も私自身を必要としていない。必要なのは宰相になる為の頭脳と家柄なのです。しかし、まるで嘲笑うかのように私の上をいく者が居る。婚約者とて私自身は見ていない。押し殺された私の心をユミーだけが気付いてくれたのです」
静かに、しかし憎悪を滲ませたメディオ。
「僕は魔力が強いじゃん? でもさー、好きでこんな魔力持ってる訳じゃないしー、たまに暴走する事もあるからって殴られたりしてさー。アイツは僕より強い魔力を持ってても制御出来てるなんて比べられてさー。もうウンザリしてたんだよねー。更に魔力が強い子をって勝手に望まれて勝手に取り付けられた婚約なんだよー? 子どもを産む為だけの婚約。僕ってかわいそうだよねー? そんな僕を怖がらずに受け入れてくれたのがユミーなんだよー?」
無邪気に、しかし残酷な言葉を吐いたロット。
「私は元々国の道具だ。王子というのは自由がない。だが、それも仕方がないのだろうとは思っていた。国の為に、釣り合いだけで選ばれた婚約者だ。誰であろうとも同じだと思っていた。皆が望むのは道具としての私。私よりも優秀なものがいる中で、私は王族と言うだけでそこに居なくてはならない。なんという苦行か。それをユミーは無理をしなくてもいいと言ってくれたのだ。私は私のまま、道具ではなく人であると、あるがままでいいのだと。ユミーといれば私は人になれる。形ばかりの王族ではないのだ」
淡々と、しかし夢を見るように話すケヤンマヌ。
「みんな……私少しでも役に立てたかな? みんなが救われたのなら嬉しい!」
頬を染め、目を潤ませるターユメヤ。その周りに集う者たちは揃って頷き笑顔を見せていた。うふふ、あははとそこだけで完結された世界。悪し様に言われた令嬢たちの事など眼中になく、ただひたすらにターユメヤを褒めそやしている。
「へぇー。っていうか、そんなに苦痛ならその自分より優秀なヤツに任せて辞めたら良かったんじゃないのか?」
事もなげに放たれたコージャイサンの言葉に、夢の世界にいた男たちは一斉にギラついた反応を返した。
「お前の事だよ!」
四人が四人、声を揃えてコージャイサンを指差して言ったのだ。そんな彼らとは対照的にコージャイサンはユルかった。
「あー、それは失敬」
「んふっ!」
なんだろう。今空気が抜ける音がしたような。ギラついていた令息たちも不思議そうな顔をしている。
刺々しい空気が少し霧散したところで、ナチトーノが疑問を投げかけた。
「そういえば、コージャイサン様はどうしてイザンバ様がしていないと最初から言い切ったのですか?」
ナチトーノは首を傾げるが、ただそれだけの仕草も美しい。しかし、続く言葉が彼女の表情を曇らせた。
「恥ずかしながらわたくしたちの婚約者様方は皆一様に同じことを言い、わたくしたちの言葉に耳を傾けてくださりませんでしたのに」
憂いを帯びた悲しげな声である。
愛は無くとも信頼はあると信じていたのにこの結末。ならば彼らは自分たちとどう違ったのか。
「ああ、その事ですか。それはイザンバが俺に興味がないからですよ」
あっけらかんと、まるで天気の話でもしているかのようにコージャイサンはさらりと言った。
暫しの間のあと、やっと理解が追いついたのか嘲るようにメディオが言葉を放った。
「興味がないとは……所詮は当てがわれた婚約者、という事ですね」
「お前に靡かない奇特な女が居たとはな! そんなハズレを引くなんていい気味だな」
イザンバを『ハズレ』と称して、勝ち誇るように笑うキノウン。
「そんな……! 」
二人の言葉に、ターユメヤはショックを受けたようだ。そして、その衝動のままイザンバに向かって言葉を投げる。
「イザンバ様! コージャイサン様を解放してあげてください! 家が決めただけの婚約で縛り付けるなんて可哀想過ぎます!」
「ユミーは本当に優しくて良い子だねー。でも才能に溢れ過ぎているヤツなんだから、婚約者がハズレなくらいがちょうどいいんだよー」
ターユメヤの言葉に続くようにロットは彼女を持ち上げ、イザンバを扱き下ろす。無邪気な笑顔を浮かべているが、その言葉には悪意しかない。
しかしそれを聞いたターユメヤは小さな子に言い聞かせるようにロットに声をかける。
「そのような事を言ってはダメですよ。愛のない生活がこの先ずっと続くなんて辛過ぎます。家に帰っても安らげないなんて……みんなもそう思うでしょう?」
「本当に……ユミー、君はなんて心優しいんだ」
そして、ケヤンマヌはターユメヤの上目遣いと心遣い、その両方を向けられて感激に打ち震えている。実にチョロい。
「んぐっ!」
そんなふうに捲し立てるように話していた彼らだが、不意に喉にモノが詰まったような音が聞こえた。
不思議な顔をする令息達をよそに再びナチトーノが問うた。
「仮にイザンバ様がコージャイサン様に興味がないとして、コージャイサン様はどう思っていらっしゃるのですか?」
「そんな事! わざわざ聞かなくても分かるでしょう⁉︎ コージャイサン様はさぞお辛い思いをされたのでしょう。イザンバ様が見ているのは王子の従兄弟という肩書きだけだなんて……」
その問いに答えたのはターユメヤであった。「貴女いつからコージャイサン様になったの」などと思ってはいても顔には出さない令嬢たち。実に素晴らしい。
「相手の気持ちも考えず肩書きだけを見てるなんて。やはり貴族の女性にとって地位や権力は余程魅力的なのでしょうね」
「全くだな。相手を知ろうともせずに家柄や肩書きだけで判断するとは。その様な浅ましい女が我が王家に連なる者の婚約者などと実に嘆かわしい。それはつまりオンヘイ家、ひいては王家を侮辱しているに他ならんのだぞ!」
嫌悪感丸出しのメディオとケヤンマヌの言葉の後、がたん! と椅子から崩れ落ちたのはイザンバだ。
どうやらあまりの震えからか立ち上がる事も出来ないようだ。
「ふん。図星だからと体調でも崩した振りか? これだから浅ましい女は……」
そんなケヤンマヌの言葉を遮る様に、コージャイサンがイザンバを支えながら声を掛けた。
「ザナ。もう良いんだ。これ以上は無理だろう。だからもう…………」
響く声は重く真剣だ。目を伏せ跪く姿のなんと絵になる事か。目の淵に涙を浮かべながら、縋り付いて耐えるイザンバにコージャイサンはこう言った。
「思いっきり笑ってしまえ」
「…………ふ……くくく……あはははははは! あーっははははははははは! 何これ……ははははははははは! ほんと……くふっ! なんなの⁉︎ あーっははははは! ふはっ! もう! くっ! あははははははははははは! ゴホッゴホッゴホッ」
大笑いである。紛う事なき大笑い。笑い過ぎて噎せている。貴族令嬢の大笑いなんて常ならば見る事のない光景、超絶レアである。唖然とする面々を他所にコージャイサンは背中を摩りながら宥める。
「ほら、ザナ落ち着け。ちゃんと息しながら笑え」
「だってコージー様! ふはっ! お聞きになりましたか彼らのあの発言! もう私お腹が捩れるかと! くくっははふははは! それに見ましたか⁉︎ ターユメヤ様のあのお顔! もう無理限界! あーっははははは! 私の腹筋を攻撃してどうしたいの⁉︎ あはははははゴホッブハッ! ふふふ、あはははははははははははは!」
止まらない笑い声。世話を焼いているコージャイサンは実に慣れた様子でハンカチを差し出し、水の用意をしている。
「今までの話はちゃんと聞いてたし、ロイヒン男爵令嬢の顔は見てないから知らない。そんなに面白かったのか?」
「それはもう! 殿下達は言っている事とやっている事が矛盾していますし、何より流れが巷で話題の婚約破棄ものの小説と一緒なんですもの! ふっははははは! 読んだんですかね? あれを台本にしたんですかね? あははははははははは! 無理でしょー! ひーっははははははははは! く、苦しっ」
笑いながらもイザンバは自身が面白いと感じた点を次々と挙げる。
指摘された王子達は「え? 俺たちが可笑しいの?」と理解が追いついていない顔をしているが、そんな彼らをよそにイザンバの笑いと言葉はまだ続く。
「それにターユメヤ様! コージー様も婚約破棄を言うのかと期待に満ちた顔をなさっていたのに、それが笑っていいとか言うものだから! ププッあはははははは! も、もうものすごくマヌケなっゴホン! 面白いお顔になって……くくっうははははははははははは!」
そうした名指しでの指摘にターユメヤに顔を赤くし、笑うイザンバを睨みつけている。が、イザンバの笑いは止まらない。これは睨まれている事に気付いてもいないだろう。
そして、コージャイサンもまた彼らに構う事なくイザンバに話しかける。
「ザナ、落ち着いたら帰るか。流石に今日はもう疲れただろ? 舞踏会中からずっと我慢してたんだ」
なんと! コージャイサンの言葉から察するに、唇を噛み俯いていたのは婚約破棄に怯えたのではなく、笑いを我慢していたからだと言う。
しかも、この展開についていけない面々を放置して帰るつもりである。
「ふはっ待ってくださいコージー様。ふぅーっ……ぶふっ! くくくくくくっ!」
イザンバも帰る事に異論はないようだが、笑いを収めるのに失敗している。椅子に突っ伏して笑うイザンバに「仕方ないなぁ」とコージャイサンはグラスを片手に待つ姿勢をとった。
「待て」
そんなマイペースな二人に、待ったと声が上がった。
「待て待て待て待て、待てコージー。これは一体どういう事だ」
何とか思考を動かし問い掛けたのはケヤンマヌだ。
なぜ彼女はこんなにも笑っているのか。
コージャイサンとの婚約は形だけの筈ではないのか。
なんだか世話にも慣れている様子だし、“ ザナ ”、“ コージー様 ”と愛称を呼び合う姿にお互いの信頼関係が垣間見れる。
と言うかそもそも……
「彼女はお前に興味が無いんじゃなかったのか?」
そう、コージャイサンは確かにそう言ったのだ。
だからターユメヤが悲しみ、そのような女は自分の婚約者共々断罪してやろうとした。
それなのに、大笑いされてこちらが馬鹿にされている。なぜだ、とケヤンマヌの頭の中を疑問符が占める。
そんなケヤンマヌに大した感情も向けず、淡々とコージャイサンは肯定を返した。
「そうだな」
「どういう事だ。今の様子を見る限りその、二人の仲はだな、なんと言うか……良好に見えるのだが?」
あまりに堂々とした様子に、事実と情報が上手く理解出来ないのだろう。しどろもどろにケヤンマヌは問うた。
「コージー様、その言い方は誤解を生みます」
そこで口を挟んだのはイザンバである。ひとしきり笑ってやっと落ち着いたようだが、何やらコージャイサンの物言いに異論があるようだ。
「悪い。少し言い方がマズかったな。正しくは 『イザンバは生きている人間に興味がない 』だったな」
「ちっがーう! 何言ってるんですか⁉︎ 益々誤解を生むような言い方になってるじゃないですか!」
「だが事実だろう?」
「そんな訳ないでしょう⁉︎ 生きている人間万歳! 生きているからこそ素晴らしい作品が生まれるんですよ⁉︎」
やいやいと言い合うコージャイサンとイザンバ。先ほどまで言い合っていた令息達のやり取りとどこか違う雰囲気なのは、お互いが信頼し気安さが表れているからであろうか。
そんな二人に立ち向かうのは、王子であるケヤンマヌだ。
「……つまりクタオ伯爵令嬢は死体に興味があると?」
「何でですか⁉︎ 何でそうなるんですか⁉︎ 死体なんて実際に見た日には気絶する自信があります! テンションなんて上がりません! 無理です! 殿下は死体見て喜ぶんですか⁉︎ やだそれなんてヘンタイ⁉︎」
「ヘンタイ違う! だが、コージーの言い方では……」
「ほらー! コージー様のせいですよ! あえて省略して誤解を生んだでしょう⁉︎」
そんな解釈をされては堪らない! とばかりにイザンバはケヤンマヌの言葉を否定した。
あまりの勢いの良さに「あれ? さっきまでは大人しかったよね? あれ?」とケヤンマヌは押されている。
「すまん」
必死の形相のイザンバとは対照的に、コージャイサンは実にいい笑顔である。キラキラとエフェクトまで掛かっているのではないだろうか。
そんな笑顔を間近で見せられたターユメヤを始めとするご令嬢達は思わず黄色い声をあげ頬を染めあげた。
「すまん。じゃないですよ! そんな笑顔に騙されませんからね! なんであえて誤解を招く言い回しをするんですか⁉︎ 私は死体愛好家ではありません! それに興味が無いのではなく薄いだけです!」
「確かにその表現がぴったりかもな。ザナの一番の関心は違うところにあるんだし。それにしても、そんなに捲し立てなくても……あーあ、淑女の仮面が外れてるぞ? ほら、付け直せ」
「あら、ありがとうございます。って何渡してるんですか⁉︎ 何で仮面なんて持っているんですか⁉︎ それ一体どこから出したんですか⁉︎」
「それはほら、あれだあれ。紳士の嗜み?」
「誤魔化し方が雑! 下手くそかー!」
怒涛の勢いで交わされる二人の会話。傍目から見ていても息ピッタリである。
だが、このままでは話が進まないのでナチトーノは割って入る事にした。ここはケヤンマヌではないのかって? 彼はイザンバの勢いに負ける役立たずなので。
「コージャイサン様、イザンバ様。お二人は大変仲が宜しいようですが、なぜイザンバ様がご自分に興味を持っていないとお思いになりましたの?」
「それはですね、んー。『三つの仮面の男トール・フルーヤ』『偉人伝ユエイウ・ヴォン・バイエ』『影の宮仕え〜忠臣の騎士たち〜』」
ナチトーノの問い掛けに対して、コージャイサンは本のタイトルを指折り答えた。どれもハイエ王国では有名な英雄たちの話だが、それがどうしたのだろうか。
「『蜜月の花園〜あなたと咲かせる奇跡の花〜』『そこを退きなさい! 悪役令嬢様が通ります!』『転生したと思ったのにチートはなかった俺が最強まで上り詰めた件』」
こちらは大衆向けの娯楽小説のタイトルだが王子たちは知らないようだ。しかし、先程上がった物とジャンルが違うことは何となく察した。
「いま上げたのはほんの一部ですが、ザナはこう見えて本の虫なんです。あらゆるジャンルの本を読みます。そして本の中の人物にときめきを覚え、そちらに夢中になるのです。この本ではこの方が、あの本ではあの方が、というふうに実に幅広くあちこちに手を出しているので俺の入る隙間がないのですよ」
「言い方ー! まるで私が節操なしみたいじゃないですか!」
「ザナ、ちょっと静かにしていろ」
コージャイサンの言葉を訂正しようとして窘められたイザンバだが、とても不服そうである。
「ほら、これでも見て待っていろ」
そう言ってコージャイサンがイザンバに一冊の本を渡した。その本を見た瞬間、イザンバは狂喜の声を上げた。
「きゃー!! これは神絵師ランタマ・カランケシ様の最新作品集! え、ちょっと待ってなんでコージー様が持ってるんですか⁉︎ っていうかどこから出したんですか⁉︎」
「紳士の嗜みだって言っただろ。ほら、それ見て静かに待ってろ」
「喜んでー!!」
それでいいのか。なんだか微妙な空気が流れる中、嬉々として椅子に腰掛けるとイザンバは待ちきれないと言うように本を開いた。
静かにしていろと言われた手前声は出していないが、ページを捲るごとに何やらジタバタと悶えている。貴族令嬢としてはあるまじき姿だが、本人はとても幸せそうだ。
そんな様子を見届けてコージャイサンが続きを話し出した。
「まぁ、ご覧の通りなんですが。とにかくその人物に対しての考察、探求、収集。どんどん増えていく狭く深く偏った知識と品々。それらに一心の情熱を注いでいるので、基本的に貴族の派閥や評判、恋愛などに関心が無いんですよ。なので、俺に対しても特別な関心は向けられていないんです。だから、ロイヒン男爵令嬢に嫉妬して何かするなんて絶対にあり得ないんです。そんな事に労力を割くくらいなら視察を装って聖地巡礼に行くか、新たなときめきを発掘しに本屋に行ってますよ」
つまり彼女は架空の人物や過去の偉人たちに熱を上げているので、ターユメヤに関わる暇は無いのだとコージャイサンは言う。だから、とケヤンマヌたちに視線を向けるとをこう言った。
「お前たち、残念だったな。お前たちが言うようなことをうちの婚約者は絶対にしない」
「私ならそん……」
「成る程。ですが、それならばある意味コージャイサン様はイザンバ様にとって特別なのでは? 人に関心が薄いというイザンバ様でも人前では取り繕う事も出来ましょう? それなのに、コージャイサン様はそういった隠されるべき面を知っている。心を許さなければ出来ません。十分特別だと思いますわ。それにイザンバ様のそういった所を長年見て来られて、それでもお側におられるのでしょう?」
ここは私の出番! と張り切ったターユメヤの言葉を遮ったナチトーノだ。普段の彼女なら決してしないことだが、ここは話を進めたいので黙ってなさいという意図だろう。
そして、コージャイサンもそれに倣う。
「そうですね。ザナは多少、いやだいぶ変わったところもありますが、それでも家族や友人に対しては誠実です。そういった面は好ましいですし、俺には見せても大丈夫だと思ってくれているのならそれは婚約者として有り難い事です。それに困った事ばかりではありません。人に関心が無いという事は浮気の心配がありませんからね」
「ちょっ……」
「それは良い事でございますね。誠実さは大切です。イザンバ様がえっと、空想の世界? がお好きな事を隠さずあるがままコージャイサン様にお見せしているのも、コージャイサン様がそんなイザンバ様を受け入れているのも信頼関係があるからこそ。羨ましいですわ」
再度ターユメヤが口を挟もうとするも、ナチトーノが綺麗な笑顔と共に被せてくる。そして、コージャイサンとイザンバ、二人の関係に羨望を向けたのだ。
「ありがとうございます。さっきまでも普通のご令嬢のように擬態していたでしょう? あれで最低限の社交が出来ているので問題はありませんから」
「だまさ……」
「擬態だなんてそのように言ってはいけませんよ。女は少なからず淑女という名の仮面を被るもの。その仮面を外せる相手というのが得難いものなのです。そこに至るまでお互いを信頼し合えているお二人は素晴らしいですわ。わたくしたちはそうはならなかった。悲しい事です」
ターユメヤ、三度目の正直……は成らなかった。
コージャイサンもあえてターユメヤには構わず、巧くナチトーノの思惑に乗って会話を続けていく。
「ナチトーノ嬢。あなたの努力や働きは社交界にいるほとんどの者が知っています。どうか肩を落とさないで。あなたは素晴らしい女性です。もちろん他のご令嬢方も。今回の事は誠に残念ですが、あなた達が幸せになる為に必要な相手がアイツらではなかったという事です。いつまでもここに居てもなんですし、今日はもう解散しましょうか?」
「……ありがとうございます。そうですね。今回の件は父を通して正式に王家に訴えたいと思いますし、その為には早く父に伝えなければ。では、解散という事で」
「そうしましょう。さ、ザナ待たせたな。帰ろうか」
他者の介入を許さず、コージャイサンとナチトーノは二人だけでさっさと結論を出してしまった。
コージャイサンはこの会話が始まる前から帰る気満々だったが、そうは問屋が下さない。
「ちょっと待ったー!!」
途中何度も割り込もうとしながらも、ターユメヤは見事にスルーされてきた。だが、解散と聞いてここ一番の大きな声で待ったをかけたのだ。
「待ってください! 私はまだナチトーノ様に謝ってもらってないですし、何よりコージー様! イザンバ様がコージー様に興味が無いんじゃ、結婚してもいつ破綻するか分からないんですよ⁉︎ そんなのはだめです!」
一体何を言っているんだこの令嬢は。しかもさりげなくコージャイサンを愛称呼びまでしている。
その言い分にナチトーノは呆れ顔をし、コージャイサンは眉間に皺を寄せている。
「あなたに愛称で呼ばれる筋合いはありません。不愉快なのでやめてください声を出さないでください視界に入らないでください」
「そこまで⁉︎……酷いです! 私はただコージー様の事を思って……」
容赦なくコージャイサンはばっさりと斬り捨てた。余程気分を害したのだろう。
それでもターユメヤは愛称を呼ぶなと言われた事も無視して、涙を浮かべて言い募った。
そんな様子を見て令息たちは勢いよくコージャイサンに噛み付いた。
「そうだぞ! こんなに心優しいユミーになんてことを言うんだ! お前の婚約者と比べて、人に関心を持って気にかけることが出来る女性なんだぞ!」
コージャイサンからターユメヤを隠すように、前に立つケヤンマヌ。
「ユミー。あなたの優しさが分からない様な愚かな男は構わずに放っておきなさい。あなたが気にかける価値もない」
後ろから頭を撫でながら言うメディオ。
「よしよし、ユミー悲しかったね。全く酷いことを言う男だねー。ほら、ぎゅーってしてあげるからおいで?」
右から腕を広げて微笑むロット。
「ユミー! あんな男今すぐ斬って……いや、えっと後でシメてやるからな! だから、落ち込むな!」
左から力強く元気付けるキノウン。
口々にターユメヤに慰めの言葉を贈る令息達。スンスンと鼻を鳴らしながらも、どこか満足そうなターユメヤの顔は彼らには見えていない。
さて、そんな彼らの行動は、沈静化していたあるモノを刺激し呼び起こす事となった。
「ぶはっ! くくくくっ。あはははははは!」
そう、イザンバだ。彼女は再び笑い始めた。「折角落ち着いてたのに、なんでテメェらはまた笑わせてんだよ」とばかりに令息たちを見遣るコージャイサンの視線は絶対零度である。
「もう、ほんと何なんですかこの人たち。コメディアン? ふふっ! 私の腹筋がそろそろ崩壊しますよ。ふはっはははははははは! なんでこんなに自分たちのこと棚に上げて言えるんですか? しかも、んっふふふふ! しかもキノウン様、斬るって言って勝てないこと思い出して言い換えたでしょう。ぷぷっあははははははははは!」
響き渡る笑い声。言い換えた事を名指しで指摘されたキノウンの顔は真っ赤だ。
「貴様! 騎士である俺を愚弄するのか!」
「そうですよ! そんな人の揚げ足取りなんかして!」
「仕方がないだろう! 貴様の婚約者は反則級に強いんだ!」
「え⁉︎ そっち⁉︎」
「ぶふっ!」
便乗して糾弾しようとしたのに、ターユメヤはまさかのツッコミに転じてしまった。その不意打ちはイザンバの腹筋に直撃する。
そんな一連の流れを見て「これ以上ザナに笑いの燃料を投下するな」と、コージャイサンから無言の圧力が漏れ出した。その空気は余りにも冷たく重い。令嬢たちはおろかケヤンマヌたちも怯えている程だ。
「ふふふ! ぐふっ! ごほん! えー、コージー様がお強いのは充分存じ上げています」
流石のイザンバもその空気を察した。咳払いで笑いを治めると滑らかに話し始めた。
「実際に私も幾度となく助けていただきましたから。騎士が十人がかりでやっと倒せるか倒せないかというドラゴンまで倒すお人ですもの。一介の騎士見習いでは敵わなくて当然です」
「……ああ、ザナが 『ユエイウ様とドラゴンが戦った場所が実在するんです! 見に行ってみたい! 』とか言った時の話か。流石にあれは肝を冷やしたぞ」
「その節は大っっっ変お世話になりました!」
ドラゴンまで倒したと聞いて驚く面々。キノウンなど落ち込みが半端ない。
そんな周囲を他所にイザンバは綺麗に腰を折る。そのまま、チラリとコージャイサンを見上げると、こう言った。
「 ところで、今度のお休みに地方へ行ってみませんか? 伝説の暗殺者を輩出したという隠れ里があるらしいんですけれど」
「考えておく」
「ありがとうございます!」
コージャイサンの返事にイザンバは満面の笑みを返す。ここだけ見れば何とほのぼのとした事か。
しかし、残念ながらここにいるのは二人だけではない。
家柄も良く、顔立ちも良いのに、強いときた。そんなコージャイサンにターユメヤは一層顔を輝かせていたが、続いた二人の会話に思わずツッコミを入れた。
「待ってコージー様! 聖地巡礼に付き合っているんですか⁉︎」
「あなたに愛称で呼ばれる謂れはありません」
余程ターユメヤに愛称で呼ばれるのが嫌なのか、コージャイサンはブリザードが吹き付けるような視線でターユメヤを射抜いた。
その冷たい怒りにビクリと肩を揺らした後、ターユメヤは謝罪を口にする。
「すみません。コージャイサン様はイザンバ様の聖地巡礼にお付き合いしているんですか? それってイザンバ様の趣味ですよね? それなのに婚約者だからって無理矢理付き合わせるだなんて……」
流石にマズいと思ったのかすぐに訂正しているが、言っている内容はいかがなものか。
それを聞き、コージャイサンは自分の意思を言葉にする。
「別に無理矢理ではありませんよ。確かに伯爵からは 『コージーが一緒なら何も心配要らないな! 』とは言われていますが」
イザンバの父、クタオ伯爵からもお墨付きの信頼と実績。そして——。
「ザナが行きたがる場所は普通に考えたら行かないところも多いですし、それに同じものを見ても視点が違うと言うか。新たな発見があって面白いので、一緒に行っているのは俺の意思です」
「どれだけ懐が深いんですか⁉︎ んー、それなら私とも一緒にお出掛けしてください! 私行ってみたい場所があるんです!」
「お断りします。あなたに付き合う義理も義務もありません」
ターユメヤのお願いに対して一刀両断! 即答である。と言うか何故自分とも出掛けてくれると思ったのか。
二人のやりとりを見て、イザンバがターユメヤを窘めにかかった。
「ターユメヤ様、そういうのは婚約者にお願いするべきですよ。って、そういえばターユメヤ様は婚約者がいらっしゃいませんでしたね。だからって殿下たちに粉をかけては駄目ですよ。殿下たちにはきちんと婚約したお嬢様方がいらっしゃるのですから」
「そんなの! 家が決めた婚約だなんて可哀想よ! 肩書きや外見しか見てくれない相手とだなんて! 実際にみんな息が詰まっていたのよ⁉︎」
「そこがそもそもおかしいのですよ。なぜそうお考えになるのですか? 婚約者のお嬢様方がそう仰ったのですか?」
「そんな事言うわけないじゃない! バレたら婚約どころじゃないんだからみんな上手に隠しているんでしょう! でもね、同じ女である私の目はごまかせないわ!」
宥めるイザンバに対して、決め付けたように返すターユメヤは何という自信を持っているのか。彼女にとってそれが事実かどうかなど重要ではないのだろう。自分がこう思うからこうなのだ、と。
これに対して、イザンバだけではなく、ナチトーノを含めた令嬢たち全員が呆れを滲ませた。
一つ息を吐くと、イザンバが提案をした。
「分かりました。では、事実確認のために皆様にいくつかご質問します。相手の事を知っているのなら答えられる簡単な質問ですので、お答えください」
「……何故私たちがわざわざそのような事をしなければならないのですか? 今更必要ないでしょう」
険しい表情でメディオは拒絶を見せた。けれど、イザンバは怯むどころかニンマリと笑い、その神経を逆撫でにかかる。
「あら、答えられないんですか? 私でも知っているような簡単な質問ばかりですよ? 本当に家柄や外見しか見ていないのか、それを確かめるだけですが。そうですかそうですか、答えられないんですか、なっさけなーい!」
「いいでしょう。こちらが間違っていない事を証明しましょう」
ヒクリ、とこめかみを引き攣らせながらもメディオはイザンバの口車にしっかりと乗っている。彼は優秀だが単純なのだろう。
「では。あ、ターユメヤ様は黙っていてくださいね。今はあなた様ではなく、婚約者同士の方に聞きますから」
ターユメヤに釘をさすのも忘れずに。
いざ! とイザンバが質問を繰り出した。
「では、まず婚約者のお名前から。ミドルネームがある方はそれも答えてください。はい、殿下からどうぞ」
本当に簡単な質問だ。馬鹿にしているのか? と言いたげだが、ケヤンマヌから順に答えていく。
続けて年齢。これも全員が答えられた。
こんな事で何が分かるんだと王子たちの顔に書かれているが、イザンバは無視をする。
空気が変わったのは家族構成を聞いた時だ。令嬢たちだけでなく、王子たちも驚きの表情をしている。
「ロット様、アウトー!」
「は? 何でー?」
「ロット様の婚約者様は昨年お父様を亡くされております。故にいま家督を継いでいらっしゃるのはお兄様です。婚約者なのにどうして間違えたんですか お葬式に出られていますよね? たとえ愛が無くとも悼む気持ちで声をかける事はしますよね? 『人がする事じゃない 』とは一体誰のどのような行為の事でしょうね」
告げられた言葉にロットの表情が固まった。それを見て、向かい側で目を伏せたロットの婚約者の声が悲しげに響く。
「……誠に残念です。ロット様にも葬儀の事も家督の事もご連絡はしたのですがご存知なかったのですね」
ここで一組が脱落。少し空気が重いままだが続けよう。
「では、気を取り直して。婚約者の誕生日をお答えください」
皆が順当に答えていく中で、一人答えに詰まった者がいた。
「キノウン様、アウトー!」
「くっ……そんなもの答えられずとも!」
「問題ないと? では、お誕生日に何も贈り物をしていないのですか? 婚約者なのに? それって礼儀としてはどうなんですか? 騎士は礼節を重んじるのですよね? 自分の事で精一杯で相手を思い遣る事もせず、しかし自分の事はちゃんと気付いて大切にしてくれないと嫌だなんて……大した騎士道精神ですね」
騎士道とは一体なんだったか。向かい側から怒りを滲ませたキノウンの婚約者の声が聞こえた。
「裏付けもとらず相手の言うことをそのまま鵜呑みにする。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまで自分の都合のいい様に生きていたとは……。残念だ」
またもや一組が脱落。婚約者にトドメも刺されたところで次に行こう。
「それでは、婚約者の好きな色をお答えください」
その問いに堂々と答えておいて間違えた者がいた。
「メディオ様、アウトー!」
「なぜだ⁉︎ 私の瞳の色なんだ! 好きに決まっているだろう?」
「何言ってるんですか? ナルシストですか? 確かに私たち貴族の女性は、婚約者や伴侶の髪や瞳の色を装いに取り入れます。だからと言って、イコール好きな色ではないのですよ? それが好きな色の方は、相手の方ときちんと想いを通じ合わせている方がほとんどです。もしかして誕生日の贈り物もそんな思い込みで選んでたんですか? いや、その様子じゃ贈り物を選んだのは執事あたりでしょうか。『誰も私自身を見ていない』でしたっけ? 盛大なブーメランですね」
特大のブーメランが返って来た。向かい側からは呆れ顔でメディオの婚約者が告げた。
「どれだけメディオ様のお色で固めたいのかと思っておりましたが、とんだ思い込みですね。紳士同士でも情報交換の場はあったでしょうに……。残念です」
更に一組が脱落。残るはケヤンマヌとナチトーノのみだ。
「さて、殿下。出来ればもっと答えて欲しいところなので頑張ってくださいね。それでは、婚約者の趣味をお答えください」
イザンバの問い掛けに先に答えたのはナチトーノだ。無表情で淡々と答えたが、美人の真顔は迫力があって中々怖い。
相対しているケヤンマヌは、緊張感が高まる中おずおずと答えている。だがしかし……
「殿下、アウトー!」
「ああー!」
無情無慈悲のアウト宣言に、ケヤンマヌは頭を抱えて崩れ落ちた。これにて全員脱落である。
「自分は道具で自由がないでしたっけ? その割には多趣味な様ですね〜こんなにアレコレ手を出して。だからこそ中途半端なんでしょうが、まぁ趣味ですからね。楽しめばいいのでございます。因みに趣味を持つのは人だけですよ。道具も動物も趣味は持てません。あら、ターユメヤ様がいらっしゃらなくても随分と殿下は人らしい、満喫した趣味生活を送っておいでですわねー」
あれもこれもと挙げられた趣味の数々。向かい側にあるのは変わらない無表情。
ケヤンマヌは戦々恐々とナチトーノから告げられる言葉を待つ。
「王族というのは息が詰まりやすいから趣味くらい好きにさせろ、と殿下が仰るから、せめてもと思い公務を代わっておりましたのに。それでも尚息が詰まるとはどういう事でしょうか。殿下には失望しました」
苛立ちも呆れも通り越し、目の前に展開されるのは失望。最早修復は難しいだろう。
消沈するケヤンマヌ達をよそにイザンバが言った。
「えー、『こちらが間違っていない事を証明しましょう 』と言ったのは誰でしたっけ? これでは一体どちらが肩書きしか見ていないのか……」
本当にそうである。自分の婚約者の簡単なプロフィールすら答えられないのだ。
「そんなの最初からあいつらの方だろう。『婚約者』というだけで何もせず知る努力を怠った。当然の結果だ」
「そうですよねー。相手に信頼して欲しいならまず自分が相手を知って信頼しませんと。彼らの主張ってそのまんま自分たちが相手の事をそう見てるって事ですもんね。悲劇の主人公気取りですか? 無理がありますよね。何もしてないのに」
コージャイサンとイザンバはそろって呆れを滲ませた。
婚約者に成ったからといって、自動的に全てを知る事は出来ない。
相手を知るという事は、相手を観察し、見聞きし、覚えていく、という事の繰り返しなのだ。
「これでも何度か修正を試みたのですが……。わたくしがもっとお互いを知るべきだと言っても、媚を売っているとしか思われない様で。その癖にご自分の事は理解して貰えないと酔い痴れていたんです」
と、ナチトーノは言う。
婚約者の令嬢方は皆頑張ったのだ。お互いを知り信頼してこそ将来のパートナーとして隣に立てる。支え合える。そこから友愛や親愛が生まれ、上手くいけば恋愛だって出来たのだ。それなのに……。
「なにそれキモチワルイ。あんなのに媚を売ってなんの得になるんですか? そこそこ優秀だけど馬k……ごほん! 素直だから操りやすいって事ですか? 確かに皆様単じ……えーっと、大変分かりやすい性格のようですが」
「馬鹿だから騙されるんだろう」
容赦無いコージャイサンの一言。
「ええ、単純だから転がしやすいんですわ」
同意するナチトーノもばっさりと斬り捨てる。そんな二人に慌てたのはイザンバだ。
「ちょっとー! お二人とも私が包んだオブラート剥がさないでくださいー!」
「ザナ大丈夫だ。ほとんど包めていなかったからな」
「マジっすか⁉︎」
落ち込む令息達に言葉の刃を刺す。刺す! 刺すー!! イザンバもコージャイサンもナチトーノも、容赦無くグッサグサ刺していく。
「ちょっと待ってください! ナチトーノ様もイザンバ様も酷いです! こんなにみんなの事を傷付けて!」
なんだ突然? そういえば居たね。
すっかり蚊帳の外だったターユメヤが、また待ったをかけて割り込んだ。
「みんな本当に悲しんでたんですよ! それなのにちょっと誕生日が言えないとか好きな色を間違えたくらいで酷いです!」
ターユメヤの主張にイザンバたちは面食らった。心の声を表すのならば「えー、ちょっとマジかよー」である。
けれど、すぐに気を取り直すと、それぞれが口を開く。
「つまり、ターユメヤ様はお誕生日を忘れられても大切な記念日を忘れられても大丈夫! 平気! 全然気にしない! って事ですよね!」
といい笑顔を向けるイザンバ。
「好みじゃない色の贈り物ばかりを貰っても、気にせず何度でも使うと」
と淡々と言うコージャイサン。
「趣味に時間を割くばかりで自分の事を全く相手にしなくても、怒らないって事ですわね」
と心底感心するナチトーノ。
なんと聖人君子のような人が居たものか。いや、それは聖人君子とは言わないか。
流石にターユメヤもすぐ言い返せない。それもそうだろう。彼女は誕生日は祝われたいし、どうせなら好みの色の贈り物がほしいし、暇なら構って欲しい人だ。
「でもそれって相手に興味が無いのと同じですよね。だって『 好き勝手してていいよー! あなたの事なんて何も気にして無いからー! 』って言ってるのも同然ですよ?」
「それはイザンバ様でしょ⁉︎ コージャイサン様まで巻き込んでる癖に偉そうに言わないで!」
イザンバの言葉にターユメヤはすぐ様噛み付いた。コージャイサンが言った「イザンバは俺に興味がない」発言はしっかりと覚えているようだ。
それに対して、イザンバとコージャイサンは反論した。
「いえ、私は婚約者との時間もちゃんと取ってます。それに貴族としての手紙のやり取りも社交も、私の出来る範囲ですがちゃんとしてます。ただ、それ以外の時間を趣味に使っているだけなので」
「ザナはやるべき事をきちんとやった上で、全力でそれらに情熱を注いでいるんです。そうでなければ俺だって付き合いきれてません」
「当然です! やるべき事をやってこそ全力で好きな事が楽しめるのです! アレと一緒にしないでください!」
どん! っと胸を張るイザンバ。無意識にケヤンマヌをアレ呼ばわりだ。
そして、ターユメヤに言い聞かせるようにイザンバは言葉を紡ぐ。
「確かに婚約者との付き合いなど最初は義務でしょう。ですが、回を重ね、相手を知り、自分を知ってもらい、そういう積み重ねから信頼は生まれるのです。ポッと出てきて 『可哀想に。私はあなたの事何でも知ってるよー! 』なんて言う人は正しくその人を理解しているとは言いません。それに流されるのは考えの甘い人だけです」
「だとしても、長年婚約者として一緒に居たのに信頼関係が出来てなかったんでしょう⁉︎ そんなのみんなは悪くないじゃない!」
「何言ってるんですか? 話聞いてないんですか? その耳は飾りですか?」
おや、イザンバの雰囲気が変わった。どうやらいつまでも屁理屈ばかりを捏ねるターユメヤにイライラしてきたようだ。
「随分とご自分に都合のいいように話を持って行きたいようですが、無理ですよ。あのね、最初から色眼鏡で見て肩書きだけで拒絶したのは殿下達の方です。それで悲劇の主人公気取りとかどんだけですか。痛いどころではないですよね。笑いだって生まれません。生まれたとしても嘲笑です。意味わかりますか? 嘲笑です」
「それくらい知ってるわよ! 馬鹿にしないで!」
「それは良うございます。では、黙ってお聞きください」
自身の理解力を心配する様に首を傾げるイザンバに対してターユメヤは怒りを返すが、イザンバは華麗にいなし言葉を続ける。
「ターユメヤ様はそんな悲劇の主人公気取りの彼らを救ったつもりかもしれませんが、そんなあなた方の姿は周りから見れば『うわナニアレ! 危ない、危ないよー! 近づかないでおこう!』です。近づけば肩書きや外見だけに寄ってきていると思い込み相手を理解しようともしない者が、自分に甘言だけを吐いてくれる人の周りに侍っているんです。『苦言は言われているうちが花 』とはよく言ったもので、見限った相手に助言も苦言もする者はいないでしょう。誰も救われてない、むしろ破滅への道のりを歩いているのに気付かず夢の世界に浸っている」
「破滅なんてしない! するのはそっちよ! 私たちはハッピーエンドを迎えるんだから!」
「一体それは誰にとってのハッピーエンドですか? 私たちってまさか 『みんな一緒に 』 って事ですか? 逆ハーレムとか気持ち悪い事言わないでくださいよ。現実的に考えて無理ですから。もし、その逆ハーレムの状態が一番のハッピーエンドだと言うのなら、私ならあなた方を隔離します。考えなくてもまともな結末にはいかないでしょう。あなた方だけで小さな世界で幸せに浸っていてください」
「何言ってるのよ! 隔離される必要がどこにあるのよ! あんた達が邪魔をするからでしょ⁉︎ 所詮悪役なんだから大人しく退場しなさいよ!」
短絡的で幼稚なターユメヤの言葉にイザンバは溜め息を吐いた。
「そうですか。本当に考えの甘い、お花畑のような思考ですね。悪役なんてどこの恋愛小説を参考になされたのか知りませんが、もしあなたの考えている事を小説にしようとしても駄目ですね。つまらな過ぎます。ボツですよ! ボツ! あなた、偉大な作品を生み出している方々を馬鹿にしているんですか‼︎」
「何でそうなるのよ!」
交わらない双方の主張。現実的に考えたら叶わない事をターユメヤは出来ると信じているのだ。
若干脱線しかけていることもあるし、これ以上は無駄だと判断したのだろう。コージャイサンが締めにかかった。
「ロイヒン男爵令嬢も頭に血が上っているようだし、ザナも相当キている。ここは一旦解散にして、それぞれ家長に話をして結論を出しましょう。どの道自分たちだけでどうこう出来る話ではないのですから」
「そうですわね。コージャイサン様とイザンバ様もここまで巻き込んでしまい申し訳ありません。大変ご迷惑をおかけしました。あとはこちらで対処しますわ」
「分かりました。大変でしょうが、今まで頑張ってきた貴女がたは報われるべきです。ナチトーノ嬢、どうかご武運を」
「ありがとうございます」
コージャイサンにナチトーノら同意を返した。王子であるケヤンマヌを除けば、この二人が爵位のツートップ。その二人の決定に、令嬢たちは静かに従う意思を見せた。だがしかし……。
「ちょっと! 話はまだ終わってない!」
もうそろそろ綺麗に終わりにしたい。そう思うのにまたまた待ったがかかった。「もういい加減にしてくれ」とウンザリしているのは誰だろうか。
そんな空気の中、吠えるターユメヤにナチトーノは最後通告を突きつける。
「いいえ。終わりです。ロイヒン男爵には正式に此方から抗議の文書を送ります。あなたも大人しく沙汰をお待ちになってください」
「そんな事! どうせ自分たちの都合のいいように話をするんでしょ⁉︎ 信用できないわ!」
「わたくしたちからだけの報告ではありません。王家の影、ひいては各家の諜報員や護衛が今までの話をしっかりと聞き記録している事でしょう。その事を元に話しますので都合のいいようにとはなりません」
ナチトーノの言葉にターユメヤはポカンとした顔を晒す。
「え? 影? 護衛?……そんなのが居たの?」
「居ましたよ。殿下もいらっしゃるのですから当たり前でしょう。ですからターユメヤ様、大人しく、沙汰をお待ちください。いいですね」
美人の渾身の圧力。あまりのナチトーノの迫力にターユメヤはこくこくと無言でうなずいた。
「殿下がたもです。分かりましたね」
「はいっ!」
けちょんけちょんに言われ、ぼきぼきに心を折られた後の美人の圧力。四人全員、右に倣えのとても良いお返事でした。
「では、解散!」
こうしてナチトーノの号令により各々が家路に着いた。
卒業を祝う舞踏会に来ていたのに、婚約破棄などと言われ話の通じない相手との会話にどっと疲れた様子だ。
皆さまどうぞゆっくりお休みください。
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後日、ケヤンマヌを始めとする四組の婚約解消が成立した。
噂によれば令息たちはそれぞれの家で厳しい再教育をされているそうだ。父母に、兄弟に、親戚に、しこたま叱られ今回の反省点と今後に向けての改善策を提出するように課題を出されている。
彼らが起こした騒動の尻拭いを結局は家族がしたのだ。当然である。
そして令嬢たちだが、彼女たちは男への期待を捨て自ら立身する為の挑戦を始めている。実に逞しく頼もしい。
ナチトーノは国外から婚約の申し込みが来ているそうで、いずれいい縁が結ばれるのではないだろうか。
今まで頑張ってきた分それぞれの幸せの形を見つけて貰いたい。
騒動の中心であったターユメヤはといえば……。
「なんで、なんで私がこんな所に来なくちゃならないのよ! ふざけるな! 私はヒロインよ! 逆ハーでハッピーエンドになるのよ! 何なのよ! シナリオちゃんと仕事しろー!」
元気そうなので問題はないようだ。因みに辺境の修道院に入っている。これ以上騒動を起こされては堪らない! という男爵の判断である。賢明だ。
さてもう一組、巻き込まれたコージャイサンとイザンバはどうしているのだろう。
「きゃー! 見てくださいコージー様! ここでかの有名な伝説の暗殺者が幼少期を過ごし修行したのですよ! やだ! ナニコレすごい! テンション上がるー! ここ! ここで寝たんですかね! 私も横になっていいかしら? ……あー! 私今最高に幸せです!」
「へぇー。この資材にこういった使い方もあるのか。中々面白い。こっちの魔法陣はどうなっているんだ? 解除してみるか? いや、効果が分からんな。先に解析からか」
なんとも平和だ。イザンバの誘いに乗り、結局二人で暗殺者の隠れ里に来ているようだ。
そして、それぞれが強く興味の引かれるところを楽しんでいる。きっと彼らは何だかんだとこのまま仲良く過ごすのであろう。
そんな二人にこの言葉を贈ろう。
末永く爆発しろ!
どうしてこうなった。短編、そう短編なんだ。
私の頭の中では短かったのに、気付けば二万文字。おかしい。
上手くまとめ書き続けている作者様を尊敬します!
誤字脱字報告ありがとうございます!
何度も見直してたのですが、自分では気付いていなかったので、有り難いです!