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神は好きに生きるそうです。  作者: 空の宙
3章 雪と氷のお城で遊ぶそうです。
93/115

83 スノードロップを引き止めて⑥

 


 時は、静寂が起こる数十分前。

 爽やかな風吹く快晴の空の下。

 野原の真ん中に出来た馬車の通る道から離れた道。

 そこにロングケープを羽織った二つの影があった。


 ふと、その内の小さな影が、後ろを振り返る。

 だが、後方には歩いてきた野原が続くだけで、何も無い。


「レイ? どうかしたの?」


 大きな影、ルルディーが小さな影、レイに問う。

 レイの目線は、背後に固定されたまま動かない。


「……あの子」


「あの子?」


 レイは後方に広がる野原よりもずっと向こう、昨日通ってきた山の向こうに視線をやっていた。

 つまりは、昨日の朝別れを告げた雪の森の方角を、真っ直ぐと見つめていた。


「あの雪狐が、泣いてる」


「雪狐が……?」


 勿論、距離的に考えて、数十キロ離れた音など、余程の爆音でない限り聞こえるわけもない。

 増してや、声になってすらいない鳴き声など。


 しかし、レイには聞こえていた。

 レイの魂には、届いていた。


「死にたくないって、泣いてるの」


 あの雪狐の泣き声が、確かに聞こえる。

 レイはそう確信した目で、ルルディーを見上げた。


「……なにか、あったのかもしれないわね」


 そう言いつつルルディーはレイから目を逸らし、レイが見ていたのとは逆の方向、進もうとしていた前方に目を向けた。

 会話を続けようとは、しなかった。

 面倒事に、危険な事にレイを巻き込みたくないのだ。

 そんなルルディーの意志を分かっていながらも、レイは後ろにまた目をやる。


「死にたくない、生きていたいって……遊びたいって。……あの子も、私達と同じ。平穏な日々を望んでるだけなんだよ」


 レイはルルディーの足を止めるように、繋いでいた手を強く握る。

 ルルディーは強く引かれた手を離すことも出来ず、背を向けたままその場に立ち止まる。


「ルル、私、あの子が泣いているなら助けたい」


 レイが正面に回り込んで、ルルディーと向き合う。

 その目は、ただ生半可な気持ちで言っているものではなかった。

 ただ情に流されてるだけの目ではなかった。

 心からの、意志であった。

 それでも、ルルディーは首を振る。


「正しいことが良いこととは限らないし、良いことが正しいこととも限らない。救いたいというその思いは貴女の思いで、あの子の思いじゃないわ。同時に、死にたくないという思いも、あの子の願いであって、貴女の願いじゃない。……必要のない戦いをする必要はないわ」


 そうやって、冷たく言い放つルルディー。

 ルルディーにとっては、レイがいればそれでいいのだ。

 そのレイが何かに巻き込まれて傷付くなど、以ての外。

 つい先日知り合ったばかりの存在のために、態々身の危険を冒すなど、して欲しくなかった。

 ルルディーが優しくするのは、ルルディーが優しいのは、あくまでレイのためなのだ。


「……分かってる」


 だが、その気持ちを理解して大人しくなるほど、レイは聞き分けのいい大人では無かった。

 ただ我儘で、自分自身の想いに正直な、小さな子供であった。


 だから、ルルディーの手を振り払った。

 突然離された手を見て、ルルディーが目を丸める。


「それでもね、自分の心がそのまま思ったことを、私はしたい。助けられるなら、助けたい。そう思ったから、私は助けに行くよ。……例え一人でも、例え、弱くても」


 レイの身体がふわりと浮く。

 ルルディーの伸ばした手が、空を切る。


「レイっ」


「……ごめんね、ルルディー。ルルディーの気持ちを、その心配する心の苦しみを分かっていながら、私は行くよ。……でもいつか、心配をかけないくらいに、強くなってみせるから。……だから、ごめん」


 そう言って、レイは背を向けて飛び去る。

 浮遊したレイの背中は、瞬く間に山の向こうに消えていく。

 今までに出したことの無い速度で、必死な顔で、空を駆けていった。


 そうしてその場に一人取り残されたルルディー。

 一人、掴めなかった掌を見つめて、自嘲気味に笑う。


「……羨ましいわ」


 取り残された、道の真ん中。

 丁度誰かが来るような気配もなく、ただ穏やかな風を独り占め出来る快晴の下。

 一人の独白が、ただ零れ落ちる。


「私にとっては、とうの昔に壊れた心を、貴女は純粋に持ち続けている。……もしそれが、貴女を危険に呼ぶ種だとしても、ずっとそう有り続けて欲しい。私に無理でも、貴女になら歩める道かもしれないから」


 一雫掌に零れ、それを握って潰したルルディー。

 レイの去った方向を見て、普段のように優しく笑う。


「……そうね、私には無理だったからこそ、私は貴女をちゃんと守って導くべきね。だって私は、私は、レイの…………」


 誰に言うでもなく、むしろ自らに言い聞かせるために何かを言おうとして、結局言葉を止める。

 そして振り捨てるように、頭を振った。

 そうしてルルディーも、鳥のようにふわりと浮く。

 身体に魔力を纏い、レイとは違い、魔力の流れに乗って飛んでいく。


 ……だが、その出遅れた差が、大きな差になることを、ルルディーは現場に着くまで解っていなかった。





「ふっ……はぁ……」


 少しだけ息を切らしながら、空をジェット機の如く突っ切っていくレイ。

 風を操り、魔力で魔素の流れを作って乗り、人間であれば絶対に耐えられない速度を作る。

 上空であるが故の低温のせいか、身体は既に冷え切り、吸った空気の酸素はとても薄い。

 それを魔力を使って無理矢理補い、全速力で飛んでいる。


 それに、レイは無自覚であったが、途中で空間瞬間移動、つまり転移を使っていた。

 神々の中でも出来るものはそこそこにいるが、大抵他の魔術と併用しながらやるものでもない。

 おかげで、今までにした事の無い魔力の扱いと、その速度により、レイの身体は悲鳴を上げかけていた。


「あの森まで……あと、少し……」


 それでも、速度を緩めないレイ。

 緩めたら、その分あの子に傷が増えるかもしれない。

 今自分が苦しいのを耐えさえすればいい。

 そう思えば、全力を出さないわけはなかった。


「……!」


 そしてレイの目に、その森が見える。

 ほんの一日しか経っていないはずなのに、少し荒れた様子のその森を。


 雪狐の悲しみで凍り付いた、氷の森を。


「あれは、他の神族……? まさか……」


 レイはその光景を一目見て、全ての状況を把握した。

 あの雪狐が、その命も、唯一の居場所も、奪われようとしているということに。


 辺りへの被害を考慮しない巨大な魔術の完成。

 それを見るや、レイの身体は、声が聞こえていた方に急旋回した。

 周りの音も、景色も、魔力の流れも、今のレイには関係無かった。

 限界を超えて、手を伸ばした。


 だが、限界を超えた魔術は壊れ、霧散し、レイを自然落下で地面に迎える。

 放たれたその魔術と共に。


 嫌な音が、辺りに響いた。

 服が燃え焦げ、背中が赤黒く血で染まり、苦痛で漏らした音が。





『レイ……レイ……!』


 レイのやったことを理解した雪狐は、必死になってその名を呼ぶ。

 目の前で蹲る小さな温もり。

 それは確かに、自分を庇って負傷したレイであった。


「くっ……はっ……」


 焦点を地面に合わせ、淡く息を吐くレイ。

 痛みと苦しみに、息が絶え絶えになる。

 その内、大きく息を吸って、息を整え、突然に顔を上げると、



「……大丈夫っ!」



 笑顔で、真っ先に自分の無事を伝えるのであった。


『え……』


 その満面の笑みに唖然とする雪狐。

 その反応を無視して、レイは立ち上がる。


「ほら、平気。全然大丈夫、ね?」


 くるりと回って、自らの無事を伝える。

 嘘だ。

 服も髪もボロボロだし、雷と風に引き裂かれた肉体もズタズタだ。

 とても大丈夫とは言えない。


 それでも、レイは笑って、雪狐の頭に手を置く。


「私も、君も、まだ生きてる。だから、大丈夫」


『レ、イ……』


 自分の苦しむ姿を見て苦しむ者がいる。

 その苦しみを知っているレイは、ただ笑うしか無かった。

 笑う以外に、心配をかけすぎない方法が、分からなかった。

 例えそれで余計に心配をかけたとしても、格好つけて、みっともない所なんて見せられなかった。


 そうして雪狐の無事も確認すると、レイは空に顔を向ける。

 そして自らの意志を伝えるように、まるで頼れる姉気分のように、片手を腰に当て、当事者達を指さした。


「それで、そっちは一体何かな? 大人数で寄って集って、こんな良い子を襲うなんて」


 ようやく、その場の空気がレイ達の他にも向く。

 しかし、その顔は一様にして困惑であった。


「……貴様、何者だ?」


「質問無視してそっちが質問ですかそうですか。でも教えてあげる義理はないと思う! 被害者はこっちだもん!」


 全身で私怒ってますという雰囲気を作る、この場に似合わず子供っぽいレイ。

 しかし本人は気が付いていない。

 雪狐も、知りもしない。

 レイが持つ、その魔力量の異常さに。

 その場でその異常さを分かっていたのは、襲撃者達のみであった。


「……人間では、確実にないな。しかし、なんだ、その魂は」


「中位の神など、とうに超えている。上位、いや、最悪最上位か……?」


「あの存在は……一体、なんだ……?」


 口々に漏れる、異常を訴える声。

 誰にも、分かるはずの無い存在であることは確かだろう。


 確かにソレ(・・)は、普通であれば存在するはずのないものなのだから。


「特に用事が無いならさ、早く帰ってくれない? この森はこの子の家で、居場所なんだ。私は、余計な争いはしたくない。だから帰って」


 しかしレイは、そんな目も気にせず、懸命に伝える。

 奪わないでくれと、先程雪狐に攻撃を向けて殺そうとしていた者達に対して、そう伝えるのだ。


「……断る」


 だが敵というものは、言葉でどうにか出来るほど大概優しくは無い。

 リーダー格の神が、レイ達に魔術を編みかけていた手を向ける。


「貴様が何者かは知らないが、退くのは貴様の方だ。その狐は能力持ち。能力持ちがどのような危険を秘めているか、分からないとは言わせないぞ」


「理解はするけど、納得はしないね。なんで将来危険だって、君達が決めつけるの? なんでこの子の努力も知らずに、この子の未来を決めつけるの? 誰がその未来が確実だと、証明するの?」


 そう言ってレイは、少し怒った顔で雪狐の方を振り向く。

 雪狐の血だらけの身体を撫で、綺麗な白い手を赤く染めていく。

 すると、雪狐の身体の傷が、一瞬で消えていく。

 その現象に雪狐が驚愕し、レイの顔を見る。

 レイも、雪狐の瞳を、悔しそうな瞳で覗き込む。


「私は君のこと、少ししか知らない。でも、それでも君が努力してるんだってことは分かる。でなきゃ、私との追いかけっこの時、ただの偶然だけであんな氷の壁が出来るはずないもん。それにあの後も、その前も、何回か私を足止めするために能力を使ったでしょ? 君は多少だけど、能力を操れている。君はその力を、制御出来ている」


 雪狐は、小さく震えた。

 ただの数日間の行動で、自分のこの百年の努力を認めてもらえるなど、思ってもいなかった。

 誰かに認められて、報われたような気になるなんて、想像すらしなかった。


「あれは、偶然なんかじゃない。生まれ持った才能なんかじゃない。君は君自身の努力で、君のその力を管理出来ている。これからもっともっと、ちゃんと操れるようになれる。君は、頑張り屋さんだ。……それを知ろうともしないで否定するのは、私、嫌い」


 レイは雪狐を庇うように手を広げ、襲撃者に顔を向ける。


「この子は、危険な子なんかじゃない。もしそうだとしても、今じゃない。ていうか不安なら、君達が面倒見ればいいじゃん。君達が、教えてあげればいいじゃん。……私と違って、同じ星に住む神族同士でしょ?」


 レイのその言葉に、その神族達の様子が変わる。

 先程まで、レイなど突然現れた無関係のものとしか見ていなかった。

 どこかで単独で暮らす神族の一人だと。

 だが、今の言葉で、この星住まいのものでは無いとバレてしまった。

 レイは神族達が何か言う前に頭を下げた。

 謝罪の意味を込めて、その小さな頭を下げた。


「そう、私は勝手にこの星にやって来た不法侵入者。そこは、ごめんなさい。でも、この星を荒らすようなことは一度もしていない。世界に誓って、していない。もし不快だというなら、後で出ていく。この子を殺さないって分かった後で。私はこの子とほんの少しの間しか一緒にいなかったけど、お願いします、殺さないであげてください」


 その小さな体は、ただただ、紳士に守りたいという意志を表し、顔を伏せていた。

 よって、レイには見えていなかった。

 訴えを聞いていた側は、途中から言葉など耳に入らず、レイの容姿に目を奪われていたことに。

 勿論、決して好意的な目ではない。


 ────レイ達が最も恐れていた、悪意の目であった。


「この星の者ではない……? おい、まさかとは思うが、あれは……噂の神子か?」


「赤い髪に、赤い目……そして異常なまでな魔力保持量……」


「前にいた星から姿を消したという噂の時期を考えても、おかしくはない」


「ならば、あれは……使える()()なのでは?」


 その声が、真剣であったレイの耳に入り、レイの顔は一瞬で蒼白する。

 一番恐れていた事態に、進む音がする。

 レイの手が震えているのを見て、雪狐はよく分からないも、慰めるようにその手を口でつつく。

 その僅かな温もりに、レイはハッとし振り向き、雪狐の気遣いに笑い、その頭を撫でてやった。

 そしてまた襲撃者に向き合うと、リーダー格の神族の方からこちらに降下してきた。


「交換条件と行こう」


 突然の、向こうからの対話。

 しかし、勿論友好的な雰囲気には全くもって見えない。


「その狐のことは、まあ保留としよう。貴様の意見通り、いつか本当に危険と判断出来た時に処分する。それまでは我々からは手出しをしない。その代わりに、貴様が我々と共に来い」


「断る」


 一瞬の間。

 先程襲撃者が言った言葉を、今度はレイが躊躇うことなく言った。

 その場にふさわしく冷たい風が吹き抜ける。

 先に口を開いたのは、襲撃者の方であった。


「……何故だ? そこの獣神を守りたいのであろう? そのために、お前がこちらに同行する、それだけだ。断る理由は無いはずだが」


「理由は簡単。その話に乗れば、私以外、大切な人が泣くことになる。泣く人がいることを、知っている。だから、行かない」


「……では、どうしようと言うのだ?」


「両方見逃して。出来れば、これから先、ずっと」


 また長い沈黙。

 敵の神族はため息をついた。


「虫が良すぎるとは思わないのか?」


「分かってる。心底わがままだって。でも、私が良くて、他の誰かが良くない選択肢は取りたくない。過ちに()()()はいらない。それに、私は君達と傷付け合いたい訳じゃない。だから、お互いに見なかったことにして」


 カチャ、金属の鳴る音がした。

 雪狐が息を飲んだ目線の先には、レイの首筋に当てられた鉄色の剣があった。


「もう一度言おう。その雪狐を殺されたくなければ、我々に着いてこい。悪いようには扱わんぞ」


「こっちももう一度言うよ。断る。昔聞いた同じような言葉を信じるほど、馬鹿じゃないし、大体、私自身の扱いなんてどうでもいいの。私はただ、手放したくないだけ。大切な人も、大切な、友達も、……大事にされてる、私自身も」


 その目には、微塵も引く色が無かった。

 震えなどなく、ただ一心に、変える気のない意志を告げた。

 リーダー格の神族は、残念そうにため息をつく。


「そうか。────なら両方死ね」


 刃が柔肌に深く食い込み、その身体を大きく傷付けようとしたその時。


「なっ!」


 剣を持つ襲撃者の体が、唐突に半分近くも凍った。


『……やだ』


 攻撃を仕掛けたのは、ずっとレイの背後で震えていた、臆病であったはずの雪狐。


『しぬ、やだ。レイ、しぬ、それも、やだ』


 だが、先程までの、怯え迷う目は、もうなかった。


『だから、あらがう!』


 雪狐の意志に、能力が応える。

 自分を苦しめる呪い、自由を奪う鎖、周りを傷付ける武器。

 そう思っていたその能力は、長年自分の中にあった、ある種の自分自身は。


 目の前にいる一人を守るために、たった今完全に自分自身と同化した。


「くっ! この!」


 武器と自身の体の自由を奪われた神族が、魔術や筋力を使って必死にもがく。

 だが、壊れても壊れても、氷はすぐに再生する。

 何度も何度も、雪狐がレイを傷付けさせまいと

 能力を、自分自身の意思で操っているのだ。


「くそっ! ……ぐわっ!?」


 突然宙に浮く神族。

 否、浮いたのではない。

 体の半分を氷漬けにされたまま、その氷が槍のように伸びていき、無理矢理引き剥がされたのだ。


「雪狐、それ……」


 咄嗟のことで反応が遅れたレイ。

 雪狐はレイの後ろではなく、横に立った。


『レイ、まもる、ぜったい』


 そう呟いた雪狐は、目を閉じて鼻先を空へと向けた。

 ゆらりと、辺りが揺らめく。

 すると、周囲に無数の氷の礫が現れた。

 現れた礫は、やがて氷柱のような突起に形状を変え、その凶器を襲撃者達へとぶつける。


「くっ! 防げ!」


 味方に協力してもらいどうにか体の自由を取り戻した襲撃者の一人は、休む間もなく氷柱に襲われ、慌てて魔力でバリアを形成する。

 けたたましい音を立てて爆ぜていく氷柱。

 一向に力を緩める気がない雪狐。


『ぜったい、しなせる、させない』


 誰かを傷付ける覚悟も、完全に何かと敵対する覚悟も、雪狐にはない。

 ただ、守る覚悟だけは、もう出来たから。

 だから、顔を上げて、能力を操る。


「……ありがと」


 だから、レイもそれに応えることにした。


「一緒に、戦おう」


『うん!』


 ふと、目を瞑るレイ。

 そして辺りの魔素に、精霊に、世界に、心の中で呼びかける。

 さわさわ、ゆらゆらと、世界が共鳴し始める。


「……もういい、総攻撃だ。目標二体を、殺せ」


 だがその間に、ついに妥協する気も無くなった襲撃者達の、総攻撃が準備される。

 レイの編んだ魔法も、完成する。


「私達を、護って」


「確実に、殺せ」


 両者の攻撃が、ぶつかり合う。

 レイの周囲に、魔力で創成した巨大なドーム。

 そのドームに、無数の魔術が当たる。

 時折、ドームの内側を狙って、その地面から攻撃が飛び出るが、雪狐が地面を凍らせてそれを防ぐ。


 明らかに互いの数は違うのに、レイと雪狐が特殊過ぎるために、その場は拮抗を保っていた。

 その事実に、徐々に痺れを切らし始めた襲撃者達。


「くそ、中々にしぶといぞ、どうする?」


「……こうなれば、もう大規模魔術でも使うしかあるまいか」


「そんなことをすれば、辺りの人間を巻き込むかもしれんが?」


「構わん。未来の脅威を除去するための、必要犠牲だと思え」


「「「了解」」」


 たった一人と一匹のために、本来のルールを破ろうとする襲撃者達。

 一つの大規模魔術を、その場の過半数の人数で構築するために、一時的に弱まる攻撃。


「はぁ……はぁ……」


 だが、レイの方はもう限界であった。

 魔術は周囲の魔素を、魔力に変換してから使う。

 だから、自身の魔力を消費することは無い。

 それでも、継続して多大な魔術を行使すれば、その魂は悲鳴を上げる。

 そもそも、ここまでも全力で来て、なにより負傷しているのだ。

 度重なる魂からの疲労により、レイの頬を汗が伝い、雪狐の能力の余波で凍りつく。


『レイ、だいじょうぶ?』


「まだ、いける。けど、このままじゃ、埒が明かない」


『どう、すれば……』


「……っ!」


 レイは少しして、敵が巨大な攻撃を準備しようとしていることに気が付いた。

 その術式を、その赤い目で読み取り、即座に耐えきれないと悟る。

 明らかに、許容範囲を超えた大規模魔術だと。


「雪狐! 逃げっ……!」


 せめて、雪狐だけでも、と。

 そう思った刹那。



「────【死んで】」



 深い殺意を乗せた、酷く冷たい言葉。

 川の水よりも、冬の雪よりも、冷たい冷たい、その音。


 その音が響くと同時、辺りに赤い雨が降った。







 ********



『今回は休憩』



S²「きゃー!綺麗な雨ですねー!素敵ですねー!」

S『快晴時々紅雨、と』

S²「いちごキャンディがいっぱいですねーあははははー!」

S『飴玉は結構痛いですよ』


傘が欲しくなる陽気。

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