表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神は好きに生きるそうです。  作者: 空の宙
3章 雪と氷のお城で遊ぶそうです。
89/115

79 スノードロップを引き止めて②

 


 春の穏やかな陽気の朝。

 その雪狐は、起きて大きく伸びをする。

 自身の汚れを雪の上に擦り付けて落とすと、川まで向かう。

 川に辿り着き、川に口を入れて、目覚めの水を飲む。


 ふとその場で息を潜めていると、魚がちゃぷんと水を揺らす。

 雪狐はより一層息を潜め、タイミングを図る。


 刹那、魚がパキッと氷に包まれた。


 氷に包まれた魚は一切身動きがとれず、川の流れに身を任せるままになる。

 流されていってしまう前に、雪狐はその氷の魚を咥えて仕留める。


 捕まえた魚を、雪狐は日当たりのいい岩場まで走って持っていく。

 そして一番日の当たりやすいてっぺんに置き、しばらく待つ。

 凍らせてしまったので、溶かしてから食べるのだ。

 やがて薄い氷が溶けると、雪狐は丸ごと食べる。

 冷たくて赤い、確かな生き物の味がした。


 呪われた身体となり、家族と離れて一匹で生き始めてからもう百年ほど経った。

 家族など、とうの昔に亡くなっているだろう。

 だが雪狐は、あの日以降、一度も家族を探そうとも、戻ろうとも思わなかった。

 結局、いつかは独り立ちしなければならない。

 自分の場合、それが強制的に、早くに起こってしまっただけ。

 それに、こんな化け物を家族に近づける訳にはいかない。

 だから雪狐は、遠く離れたこの土地で暮らし始めた。


 別に、この森を選んだことに意味は無い。

 あの日泣きながら、無心で地をかけていたら、気が付けば辿り着いただけだ。


 初めてこの森を見た時は、青々しい緑や、色とりどりの果実、凛と咲いた花々に見とれ、綺麗だと感動していた。

 ここで、一匹静かに生きていこうと。


 しかしある日、森の奥で、狩人達に遭遇しそうになった時、またその呪いは暴走してしまった。

 雪狐には、未だに暴走した理由が分かっていない。

 ただ武装した人間を、怖いと思っただけ。

 それだけで、引き金を引くには十分であったらしい。


 そして気がつけば、その森も雪の森と化していた。


 雪狐は、自分が怖くなって、またその場から逃げ出そうとした。

 しかし、ふと気がつく。

 もしこれがずっと続くなら、自分はどこにもいてはいけないのではないか? 

 どこにいっても、自分のこれが暴走してしまうなら、どこの森も白く染めてしまうのではないか? 


 世界の至る所で、世界を白く染める雪狐。

 それこそ、本物の化け物ではないか、と。


 だから、これ以上何かを凍りつかせないために、呪いを与えないために、この森に留まることにした。

 いつか自分が、生きて、死ぬまで、世界に迷惑をかけないように。


 しかし不思議なことに、その狐は森の外の春を十回眺めようと、二十回眺めようと、まだ生きていた。

 自分の本来の寿命など知らずに、のうのうと生きていた。

 しかし、やがて四十三回程の春を迎えて、ようやくおかしいと思い始める。

 いつまで経っても、元気に走れるし、目も遠くまで見通せる。

 まだ自分は、生きている。

 そのことに、おかしいと疑念を抱き始めた。


 だが、そんなことは今更であった。

 自分がおかしいだなんて、あの日からずっと思っていたことだ。

 自分は、確かに化け物であったのだ、と。

 再び、そう確信する証拠が無駄に増えただけのこと。


 次第に死ぬことを諦め始め、ただのうのうと生きていた。

 どんな生き物も、いつか死ぬ。

 化け物の自分も、恐らく生き物であるなら、いつか死ぬだろうと。

 普通に生きることも、普通に死ぬことも諦め、ただ生を喰らっていた。

 だがおかしなことは他にもあった。


 今までは一日に一度は何かを食べていたのに、気が付けば太陽が七回ほど空を横切る間何も食べなくても、腹が減らなくなっていた。

 元々雑食であったが、食べても腹が少ししか満たされなくなった。


 なにより、発動すれば必ず暴走すると思っていたその呪いが、時々自分で操れているかのような動きを見せるのが、一番の疑問であった。


 先程魚を捕らえた時もそうだ。

 集中している時は、不思議とこの呪いが自分の手足の延長のように操ることが出来、対象のみを凍りつかせることが出来るのだ。

 ある日にそれに気が付いて以降、雪狐は自らの呪いを操る特訓に励むようになっていた。

 もう大事なものを傷付けないように、森を白く染めないために。


 しかし、それは少しだけ遅かった。


 数年前のある日、雪狐が呪いを操ろうとしてた時、突然森に子供達が現れた。

 雪狐は酷く驚いた。

 最近じゃ大人もほどんど見かけなくなり、自分が暮らしてる森の奥までやってくる人間はほとんどいなかったからだ。


 咄嗟に逃げた。

 鼠や兎は食べるために殺すが、力の暴走で人間を殺すような真似はしたくなかったからだ。

 しばらく逃げて、流石に森の奥まで来ることは無いだろうと思い、雪狐は地面に寝転がる。

 恐怖で暴走しかけた呪いを抑えるためだ。

 そのためには、眠ってしまうのが一番であった。


 だが、そんな雪狐の怯えた考えは、子供達の方から破られた。


 雪狐が起きた時、そこに子供達がいた。

 子どもの一人が、自分に触れていた。

 呪いを持つ、雪狐の体に。


 そうして、いとも簡単に、雪狐の恐怖は具現化した────。



 ……気がつけば、森のさらに奥、雪狐の寝床に、雪狐は戻ってきていた。

 その足取りは重たく、自慢の白いふさふさ尻尾も項垂れている。


 雪狐は、あの始まりの日以降、普通の獣以上に感情豊かとなっていた。

 まるで、人間みたいに。

 それにより、感情が左右される度に、心が何かに怯える度に、呪いが発動され、あらゆるものを凍りつかせていった。

 その事に対してさらに悲しみ、寂しくなり、怯えて、何度も呪いを暴走させる。

 感情が豊かである故に、呪いと繋がり、負の連鎖を産んでいた。


 触れてきた子供から即座に逃げてきたが、きっとまたダメだろうと分かっていた。

 自分はまた、食べる訳でもないのに、無意に殺してしまった。

 また、同じことを繰り返してしまった。

 悲しくて、辛くて、自分が酷く恐ろしかった。


 ああ、誰も自分に近付かないで欲しい。

 自分に無意味な殺しをさせないで欲しいと。

 ただそれだけが、孤独な雪狐の願いであった。







 *****



「なんだいあんた達、北の方に行くつもりなのかい? それはやめといた方がいいと思うねえ」


 とある街の、とある市場。

 一人の野菜売りのおばちゃんと、ロングケープを羽織った一人の女性が話をしていた。


「何か危険なものでもあるんですか?」


 銅貨を渡して、いくつかの野菜を受け取った女性はそう質問する。

 それに対しておばちゃんは親切に答えてくれた。


「あるある。大有りさあ。北には『厳寒の森』って呼ばれる、呪われた森があるのさ」


「呪い、ですか……」


 野菜を籠に入れ、言葉を詰まらせる女性。

 おばちゃんはふんっと鼻で息をした。


「嘘だと思ってんだろう? だが本当らしいんだよ。あたしらのじいちゃんばあちゃんが子供の頃だったかな。それまで北にあった森は、普通に緑が覆い茂る普通の森だったらしい。春は色んな花が咲いて、夏は青々しく葉が多いしげり、秋は色んな木の実が実って、冬は枯葉がサクサクと音を立てる。そんな普通の森だったそうだ」


「……ということは、今はそうではないと?」


 女性の言葉に頷き、おばちゃんは北の方に目をやりながら話を続ける。


「ある日のことらしい。あたしらのじいちゃん達が森に採集に行った時、その森は突然真っ白になっていたんだ。本当に、ある日突然ね」


「白……雪で、覆われてたんですか」


「ああそうさ。この辺りじゃ雪なんて滅多に降らない。降ったとしても、積もるほどじゃない。なのに森一帯が、一夜にして雪で真っ白になっていたらしい。おかしな話だが、事実、今もその森は深い雪に覆われている」


「だから、呪われた森と?」


「そ。ある時突然雪に覆われ、本当に冷たい森になった。しかも、春も夏も秋も冬もずっとだ。だから『厳寒の森』なんて呼ばれてしまうようになったらしい。木の実も全然取れなくなって、こっちとしては色々困ったもんさ」


 やれやれと肩を竦めるおばちゃん。

 市場の道を、少しひんやりした風が通り、落ち葉を踊らせる。


「……ですが、ただ雪の森なら、行くなとは言わないですよね?」


「そうさ。あそこには危険なものがある。だから誰もが危険だと言い、誰も近づかない」


「その呪いの原因、ですか」


「その通り。察しのいい姉ちゃんだねえ」


 舞った落ち葉が並べてある野菜の上に落ちてきて、おばちゃんはサッと手で払う。

 落ち葉はまたヒラリヒラリと、道を舞っていく。


「あの森には、じいちゃんらの時からずーっと、とある化け物が住んでいる。その化け物、見た目はただの白い狐なんだがね、その狐の立っているところは、いつも雪が舞っているらしい。晴れの日も曇りの日も、そこだけ天気が違う。あたしのじいちゃんはそう言ってた。周りのじいちゃん達もだ。森に行って見に行った男衆全員が同じことを言うんだから、きっと本当のことなんだろうね。そしてあたしらは、その狐を、呪いの雪狐と呼んでいる」


「……雪狐。本当に、そんなものが」


「いるみたいだよ。……事実、悲しいことにね、その雪狐に呪い殺されたのがいるのさ。森に遊びに行っちまった、とある小さな子供だった」


 おばちゃんは悲しそうに目を伏せると、店の横に目をやる。

 そこにはツギハギの服を着た一人の子供がおり、 子供用のロングケープを羽織ったもう一人の子供と一緒になって、地面の虫の行進を見ていた。


「ウチの子ぐらいの小さい子でね。ある時子供たちが興味本位で森に行っちまったのさ。大人の言う雪狐がいるのかどうかを確かめに。そして不幸なことに、その雪狐と出会っちまったらしい。子供達は初め近付いたらしいが、雪狐は逃げたそうだ。それで、雪狐のことを大したことないと気が緩んじまったんだろうね。そのまま森の奥に入っていって、木陰で眠る雪狐に追いついた。そして、雪狐に触れちまったのさ、その呪われた狐の体に」


「じゃあ、その触れた子供は……」


 おばちゃんは喉に言葉を詰まらせ、重たく頷いた。


「……いなくなった子供達を探しに大人達が捜索しに行って、見つけた時、その場に雪狐はおらず、子供達だけが眠っていた。だがその内の一人は、既に体が氷みたいに凍っちまってね。そのまま死んでしまったんだ。ほかの子供達は、雪の上で震えながら縮こまってたけど、なんとか目を覚ましたらしい。雪狐の身体に触れた、その子供だけが、死んじまったそうな」


 店の子供が、虫をつつこうとして、それをロングケープで顔の見えない子供がやめさせる。

 そしてまた、子供二人は黙って虫が歩いていくのを見ていた。


「その子の親は、酷く悲しんでたよ。森に行くのを事前に知って止められなかったことを、ね。そうして、それを戒めとして、誰も雪狐には関わらないようにした。森にも、あそこにしか生えてない薬草が必要な時以外は、入らなくなった。あそこは、静かで悲しい森だよ」


「……今の話だと、なんだかその狐は、子供を傷付けたくなくて逃げたみたいに思いますけど」


 ケープの女性の言葉に、おばちゃんは頷いた。


「あたしも、そう思うよ。というか、なんとなく、そう思いたいね。優しい狐だと。互いに不幸なもんだよ。関わらなければ、あの子供も死ぬことなく、あの雪狐も逃げることにはならなかっただろうにねえ。あの雪狐自身、もしかすると被害者の一人なのかもしれない。……あの寂しい森を見てると、そう思えてしまうよ。昔からずっと、あそこにひとりぼっちなんだろうからね」


 おばちゃんは、どうやら雪狐に同情してるらしい。

 とても申し訳なさそうな顔を浮かべた。


「だから、あんたら自身のためにも、あの狐の平穏の為にも、あの森は避けて行くんだね。西の川にそっていけば、あの森を通らずに済むし」


「そうですか、分かりました。色々とお話、ありがとうございました」


「いやいや、旅人が知らずにあそこに入っていって凍りついて死んじまった、なんて話は聞きたくないからね。気を付けておくれよ」


「はい。ご忠告ありがとうございます。……行くわよ、レイ」


「はーい」


 レイと呼ばれたケープの童女は、立ち上がって女性の手を握る。

 そして、さっきまで一緒に遊んでた子供に手を振った。

 おばちゃんの子供も、手を振り返した。

 おばちゃんもまた、手を振って見送った。


「遊んでくれてありがとねえ。良い旅をー」


「よいたびをー!」


 やがてケープの二人組の姿が見えなくなると、二人は手を下ろした。

 そして不意に、おばちゃんが子供の手に気がつく。


「おや? あんた昨日木の枝で掌を怪我してなかったかい? 治ってんじゃないかい」


「あれ? ほんとだー。ふしぎー」


 子供は自分の掌をかかげ、マジマジと見つめる。

 いつも小さな傷だらけで、汚れた手であったはずなのに、全くそうは思わせないほどに、その手はとても健康的で綺麗であった。

 よく分からないまま、子供は、まあいいかと、そのうち手の傷のことなど忘れてしまった。





「……レイ、さっき再生の魔術と洗浄の魔術、こっそり使ってたでしょ。見えてたわよ」


「……ごめんなさい。でも、あの子供の手が、痛そうだったから」


 手を繋ぎ話しながら、二人は街の外の道を歩く。

 先程野菜を買っていた女性、ルルディーは、レイの言葉にため息を吐く。


「ほんの少しの魔術でも、人間にとっては不気味なもの。昔経験したでしょう? 人間は知らないものを理解もせず忌み嫌う。だから、人間のために魔術を使うのはやめておいた方がいいって」


「……分かってるよ。良い事が、良い結果を産むとは限らないって。それでも、私は、目の前に傷付いた誰かがいて、それを素通り出来るほど、冷徹になれないよ。……誰かが痛がってると、まるで自分まで痛いみたいなんだもん」


 レイは寂しそうな顔をして、下を向く。

 ルルディーは、危うすぎると心配になる。

 レイは昔からそうなのだ。

 見ず知らずの他人に対して、共感し過ぎてしまう、痛みを理解し過ぎてしまう、歩み寄りすぎてしまう。

 だからこそ、あまり人に関わらせないようにしているのだが、ルルディーは逆に自分だけのところにいるのも良くないと思い、程よく人と関わりに行くようにしている。


 それでも、やはりこういうことを勝手にされると、人里に近付くのはよしておこうかと悩むことになる。

 今日みたいに、レイはほんの少し目を離した隙に、また見ず知らずの他人に優しさを振りまく。

 危なかっかしいったらありゃしないのだ。

 とりあえず、咎めるのはそこまでにして、ルルディーは行先の話をした。


「……ところで、さっきの話だけど、どう思う?」


「雪のキツネさんねー。森を一瞬で雪の森に変えて、それを何十年もの間、ずっとそのままだなんて。私達みたいに魔術が使える、特別な獣なのか。それとも、本当に呪われちゃった狐なのかな」


「話を聞いた限りじゃ、後者の線が濃いわね。自分で自分の能力を操れない狐なのかしら。となると、ちょっと未知数で危険な存在ね」


「……その森は、避けていくの?」


 レイが顔を上げて道を訪ねる。

 その顔は、その狐に同情するような寂しさがあり、ある意味甘いルルディーはついつい甘やかしてしまう。


「レイは、どうしたいの?」


「んー、んーっとねー」


 少しだけ考えたあと、レイは少し先に見える白い森を指さした。


「私、キツネがどんな姿なのか知らないもの。だから、見てみたいな。その雪狐さん」


 そして、好奇心による答えを出した。

 ルルディーは、それに頷く。


「なら、決まりね。早いうちに、行ってみましょうか」


「うんっ!」


 冷たい冷たい、春の風。

 そこに花は、見えやしない。

 でも、雪に埋もれて、見えないだけかもしれない。

 それは、雪を溶かさないと、分からない。


 分からないからこそ、だからこそ。

 雪を掻き分け、溶かして、その花を探しに行くのである。

 そのために、前へ前へ、進むのである。 







 ********



『今回は休憩』



S²「幼女ですねぇ、幼女がいますねぇ、ぐへへ」

S『当機のマスターに何かしようものなら粛清しますよ?』

S²「おおっと危険な空気だ。このマザコンめ」

S『いやそれは少し違いません……?』

S²「多分大きく間違ってはいない!」


幼女レイと今と姿が一切変わらないルルディーの登場。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ