78 スノードロップを引き止めて①
冷たい、冷たい、雪の向こう。
『ミツケタ、ミツケタ。アラタナ、コドモ』
静かに、静かに、風が吹く。
『コノコ、キマリ。ダイガエ、キマリ』
暗い、暗い、森の奥。
『サア、タマシイヲ、コノセカイニ』
孤独な、孤独な、一つの影。
『『『タマシイ、ギフト、オメデトウ。アラタナコ────』』』
どこかの星の、どこかにある、雪の森。
その森に、平等にして残酷な朝日が差し込む。
森の中心地にある、雪を贅沢に被っても尚、悠然と佇む大木の根元。
そこに掘られた穴の中、そこに朝日が差し込み、一匹の狐が目を覚ました。
狐は起きると、僅かに被った雪を体を震わせて落とす。
そして、額縁の中の絵のように朝日が顔を覗かせる穴の入口から、体を出した。
狐の身体は酷く白く、辺りの雪と同化して、簡単に見えなくなってしまいそうなほどであった。
しかしその白さは、少しだけ自然でない色を帯びている。
どこかぼんやりと、何色とも言えない色が揺れていた。
それに見るだけでは分からないが、狐の周りだけは異常に温度が低かった。
まるでその一点にだけ、冷気が漂っているかのように。
それは比喩にあらず。
確かにその狐の周りにだけ、特別な冷気が漂っていた。
その場にいるだけで、徐々に辺りの水分さえも凍らせていく、呪いのような冷気が。
その狐は、普通の狐ではない。
結論だけ言ってしまえば、獣神と呼ばれる、言わば神の一種であった。
だが、白き狐は産まれた時から神であった訳では無い。
稀に産まれた時から獣神であることもあるが、その場合その生まれた子供に生命力の殆どを奪われ、産みの親は死んでしまう。
神は、不思議な因果に導かれ、突然発生するものが多い。
生殖により生物らしく生まれた場合、自らの魂を魔力不足の飢餓状態にしないために、周囲の生命力を吸い込んで産まれる。
高い確率で、親子が生きて顔を合わせることがない、悲しい生まれ方だ。
が、その狐は普通に狐として生まれた。
もう一つのパターン、途中で神として変貌してしまう場合の例であった。
子供の頃は、まだ家族と共に育っていた。
呪いのような能力が、目覚めるまでは。
神々の使う魔術を超えた、理解不能再現不能の領域にある、異能力。
魔術の過程を飛ばし、尚且つその魔術の極み以上の事象を起こす、神すら恐れる力。
それは、人間や神にだけ宿るものでは無い。
時に獣に宿ることもある。
しかし、目覚める時は人によって疎らである。
産まれた時から能力を使える者もいれば、ある程度成長してから目覚める者もいる。
その狐は、後者であった。
だが、目覚めた能力が、必ずしも所有者を幸福にするとは限らない。
むしろよくある、非常に残酷なものであった。
おかげでその能力が目覚めた時、狐は能力に混乱し、操ることが出来ず、一つの悲劇を生むことになった。
能力の目覚めを、兄の死という形で、永遠にその狐の心に、恐怖の呪いを刻み込み、開花したのだ。
能力が目覚めた時、その狐は兄から狩りの仕方を教わっていた。
教わった通りに一匹の兎を自分の力で捕まえ、親の元に帰ろうとした時であった。
なんの脈絡もなく、その狐の能力が目覚め、暴走した。
───悲劇の種が、目覚めた瞬間であった。
狐が謎の衝撃で気絶し、目覚めた時。
緑豊かなその森は、雪深き白い森へと変貌していた。
その中心地には、一匹の白くなった狐と、横たわる狐と、捕えられて食べられるのを待つだけの兎が、静かに佇んでいる。
それは、一瞬の出来事であった。
初め、その狐は何が起こったのか分からなかった。
何かが起こり、今の現実がある。
ただ目の前が、文字通り真っ白になっており、先程まで自分のことを褒めてくれていた兄が、口もなく横たわっており、何も、何も理解出来なかった。
狐は一人、その骸に足で触れる。
寝ているだけだと思ったから。
そう思いたかったから。
しかし、その冷たくなった柔らかい毛皮は、触れたところだけ凍りついた。
まるで、自分の手から雪を生み出したように。
理解、出来るわけもなかった。
したくもないだろう。
もしこの現象が真実ならば、恐らくこの森の状態と、眠る兄の原因は、間違いなく自分になってしまうのだから。
白くなった雪狐は、ぐるぐる回る頭に操られたように、その場を意味もなくぐるぐると回る。
ぐるぐると、ぐるぐると、ぐるぐると。
しかし、時計の針を回すように、時が巻き戻って、兄が起きて、森が元通りになる、なんてことは無かった。
ただ無意味に、冷たい時間が過ぎていくだけであった。
やがて日が傾き始めた頃、二匹の帰りを心配した親狐二匹と、残りの兄弟二匹がやってきた。
家族は、変貌していたその森に絶句した。
自分達の家である森が、まるでその場所だけ別世界になっていたのだから。
雪狐はやって来た家族に気が付き、近寄って助けを求めた。
森が白く雪に染まったこと、兄が眠ったまま起き上がらないこと、どうすればいいのか分からない故に、近寄ってその前足を伸ばした。
────だが、家族が一歩身を引いたことで、その前足は届かなかった。
雪狐は、何故家族が自分を怯えるような、否、不気味なものを見るような目を自分に向けているのか、理解出来なかった。
理解出来ないまま、一歩足を出す。
家族が、一歩身を引く。
そして雪狐はようやく気がついた。
自分のその前足が、見たことのない、白色になっていたことを。
頭も、白い。
体も、白い。
尾も、白い。
白くて、白くて、白くて、────。
────自分が、きつね色の家族と、別の色をしていることに、まるで化け物のように変わり果てていたことに、気が付いてしまった。
家族は、自分という子供から身を引いたのではない。
見たことの無い存在に怯えただけなのだ。
記憶にない、覚えのない、恐怖の冷気を放つその化け物に、怯えたのだ。
そして、家族を守るために身を引いたのだと、気付いてしまった。
解ってしまった。
雪狐は一人、理解した。
今この瞬間、自分と家族は、家族で無くなってしまったことを。
悲しかった、泣きたかった、喚きたかった。
だがそれ以上に、家族を傷付けたく無かった。
困惑以上に家族への愛情が勝り、今度は雪狐が、一歩身を引いた。
そして雪の中、倒れたままの兄に近寄った。
冷たくなった、優しかった兄の顔を舐めようとした。
その瞬間、後ろで唸り声がした。
母親、否、母であった狐が、自分の子に近寄る害獣を追い払うように唸ったのだ。
その子に触れるな、と言っているに等しかった。
その時、もう雪狐の心は絶望で冷たく染まっていた。
だが家族への想いだけはあり、兄に触れることもなく、黙って背を向けて歩き始めた。
少し距離をとってから、家族へ振り返る。
まだ、自分を睨んだままだった。
頭を一度下げて、前を向き、駆け出した。
大切な家族から、自分という恐ろしい化け物を遠ざけるために、一人森を駆けた。
自分が通った道、森の一部に霜がおり、雪が舞う。
白い自分が通ったあとは、白い道が出来上がっていた。
それでも、振り返ることも無く、立ち止まることも無く、どこまでも、どこまでも、駆け続けた。
やがて雪狐は疲れ果て、トボトボと足取りを重くする。
そうやって足を踏み出した場所もまた、少しづつ冷えていく。
そんな地面に、突然氷の粒が落ちた。
反射的に空を見上げても、腹立たしい程の快晴である。
氷の粒など、どこにもなく────。
────その雨雲は、自分自身であった。
自分から流れ落ちた涙が、落ちた時に凍りつき、氷の粒となっていたのだ。
ポタリ、ポタリと、一つ、また一つと、氷の粒が落ちていく。
霜の乗った草の上に、青い宝石が積もっていく。
ポタリ、ポタリ、ポタリ、ポタリと。
白くなった森の中、一人ぼっちになった狐の青い宝石が、静かに落ち続けた。
それから、どれくらい時間が流れたのだろう。
数分か、数時間か、いつの間にか、辺りは黄昏の色に染まっていた。
いつもであれば、隣に家族がいる時間。
しかし、今は誰もいない。
本当に、一人ぼっちであった。
不意に、物音が聞こえた。
雪狐の鼻が、それの臭いを捉える。
本能が、それに向かって駆け出した。
見えたのは、一匹の野兎。
兎は雪狐の姿を見ると、その脚力で逃げようとした。
だが雪狐が近づいた瞬間、その場に薄い氷が張り、兎は知らぬ間に転んでしまう。
獲物を捕らえるため、無意識のうちに能力を操ったのだ。
その隙を逃さず、転んだ兎の喉元に雪狐は噛み付いた。
生々しい赤い味が、口の中に広がる。
何故かまた、青い宝石が流れ始めた。
雪狐の心を表すように、辺りは徐々に白く染っていく。
ああ、一体、どうすればいいのだろう。
捕らえた獲物を一心に喰らいながら、泣きながら雪狐は思った。
獲物を捕らえても、もう褒めてもらえることも、寒い時に、温めて貰うことも出来ないというのに、何故自分は、生きようとしているのだろう、と。
それでも、食べるのをやめなかった。
ほんの少し前に見た、冷たい兄の顔が浮かんだから。
死んだものへの、自分が殺したものを悼む心があったから。
だから、生きなければ、と雪狐は誓った。
涙混じりに、生を食らった。
自分自身という死の存在に抗うために、負けないために、生きるために、地に足をつけた。
そうして一匹、白い森を歩き始めた。
ただ、生きるために…………。
それから約百年もの時が過ぎた────。
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『以下の用語とその解説が追加されました』
「情報:神族:神の生物的発生について」
神は突然変異でなるだけでなく、生物として生まれることもある。
詳細:神は人間が変貌したり、動物が変異したり、突然発生するものもあるが、稀に番の子として生まれることもある。
生殖行為により、普通にメスの方に子が宿るのだが、その際その子供の肉体に宿った魂が、魔力を多く含む、所謂神の素質を持った魂であった場合、産まれた時に周囲から魔力という生命力を奪って、魂の器がスカスカにならないようにして生まれる。
よって多くの場合、周囲の存在は死に、子供は一人で生きなければならない。
それを保護するために、大抵はその星の神が回収して親代わりになるのだが、獣神の場合手懐けるのも面倒で放置する場合も多い。
今回のこの狐はその例である。
ちなみに、龍、天使、悪魔に関しては、それぞれ全く違うものなので、別の話である。
補足:なんというかまあ、厄介な産まれ方ですよねえ。
「情報:能力:能力者の発生について」
能力の発生には、先天性のものと後天性のものがある。
詳細:この世界に存在する、魔術を超えた術、能力。
これは生まれつき持っている場合と、後に目覚める場合がある。
だがどちらも、高確率で自らの意思で操れないことが多い。
よって暴走を招き、能力の種類によっては大災害を巻き起こす。
今回の狐は後天性で獣であったために、自分自身の状態を理解出来ず、そのまま能力に飲み込まれた。
ほんの少しなら操れるようだが、それは能力者の状態による。
補足:望んで得たわけでも無いのに、悲惨ですよね。
S²「はいはいどうもー。シリアスちゃんですよー」
S『アーハイ、ドウモー。Sですよー』
S²「今回は今回はー、新キャラですねー!どうやらキャラ的にはまともに獣で、でも生物的にはまともじゃない獣みたいですけど、これからどうなると思いますかぁ、司会のSさん!」
S『とりあえずマスターのもとに帰りたいです。変わってください』
S²「はい、何とかなるだろうということで、ではまた次回ー!」
S『マスタァァァ(号泣)』
……始めておいてなんだが、カオスや。




