70 冷え込む夜の小花の歌声
「「「「「「いただきます」」」」」」
もう辺りも暗くなり始め、そろそろ光源が欲しくなる黄昏時。
全員で手を合わせ、シチューを口に含む。
「んん〜! 美味しいっ!」
「すっげー。マッシュのソテーとかサラダとかは食ったことあるけど、シチューでこんな美味くなるなんて初めて知ったぜ」
「……凄い。美味しい」
「ユキさん、料理が上手なんですね」
みんなからの嬉しい言葉に、ユウキはスプーンで顔を隠すようにしながら照れる。
「いやー、喜んでもらえて良かったっすよー。戦闘出来なかったけど、本気で仕込んでた甲斐が有ったっすわー」
「度々つまみ食いしてるの見えたけどね」
「うにゃにゃあ」
私は足元のアヴィーにも分けてやりながらチクってやる。
アヴィーもその通りと言うように鳴いた。
「レーイレーイ、それは言わない約束っすよー」
「口止めされた覚えがありませーん」
「むー、意地悪するレイレイにはつけパンのパンをあげないっすよー」
「美味しいから寄越しなさい」
「ぷふっ、素直じゃないんすから」
ユウキが自分の〈空間魔法〉で持ってきた石窯からパンを取り出す。
遠赤外線効果で外はパリっと中はふわっと絶妙なバランスを持って出来上がったパンがみんなに配られた。
『いやこのゴリラお鍋とか石窯とか色々持ちすぎじゃありません? なんでそんなに揃ってるんです?』
いつでもどこでも自炊してるんでしょ。
マメだよなー。
皆でパンのそのままの味を楽しむ。
そのふわふわで整った味に、シチューの時と同じようにほっぺたが落ちそうになる。
「わあっ、すっごく美味しい〜」
「誰でも食べやすい柔らかさだな」
「くぅーっ、今日の疲れが全部吹き飛んだ!最高!」
「……シチューをつけてもつけなくても、とても美味しいですね」
「美味い、おかわり」
「レイちゃん早いよっ!?」
「なはははー! やっぱ美味しい料理さえあれば誰でもほだせるっすね! ほらほらー、みんなもどんどん食べるっすよー」
パンにシチューつけてぱく。
シチューのキノコを掬ってぱく。
もぐもぐもぐもぐ。
おっと火が弱くなってる。
使えるようにしたトレントの枝を燃料に足さなきゃね。
ポイッとな。
みんな食べ終わり、膨れた腹を擦る。
アヴィーも私に分けてもらって満足そうだ。
「ふああ〜、もうお腹いっぱいだよ〜」
「美味い料理で腹が幸せいっぱいだな!」
「ごちそうさまでした」
「……温かくて美味しかったです」
「お粗末様っすよ。いやー、みんなに喜んでもらえて良かったっすー」
食べ終わったらみんなでお片付け。
温かい火元の周りで、水で魔法が出せる女性陣で水を出して桶で洗い、洗い終えた物を男性陣に渡して拭いていく。
洗ってる時も、ユウキは楽しそうに鼻歌を歌う。
私はそんな横顔を見て、声をかけてしまう。
「楽しそうだね、ユキ」
「んー? 楽しいっすよー。だってこんな風にパーティープレイするのも、しかも食事を一から全部用意してあげたのも初めてっすもーん」
その言葉に、みんな首を傾げた。
Sランクのユウキともなれば、今までに様々なところからパーティーやクランの加入を申し込まれているはずだ。
なのに何故、今まで一度もそんなことがなかったという風に言うのか。
ユウキはそんなみんなの疑問を察して、苦笑いしながら答えた。
「あーし、今まで誰かと組んだこと無いんすよ。本当に、だぁれとも、こんな風に過ごしたことが無いんす」
「えっ。ってことは、今までずっとソロで冒険者してたんですか?」
「そっすよ? 誘われたことはいくらでもあったんすけどねえ。でもまあ、やっぱ初めは誘われることも少ないし、好意的に接してもらえたことも少なかったっすけどね」
ルーリアの驚愕に平然と答えながら、ユウキは続けた。
「あーしが冒険者になって初めて倒したのって、なんだと思うっすか?」
「えっ? なんか、どこかで聞いたことあるような……」
「ダークドラゴンっすよ。それもランク7でありながら、天災クラスの」
私以外の全員が息を飲んで手を止める。
その話を知っていて退屈な私の皿洗いの音だけが、しばらく響く。
ランク7というと、Aランク冒険者グループが相手をするようなやつだ。
だが、魔物としてのシステム内でのランクがそれくらいでも、人間達的には十分脅威となりえる。
その中でも、人間への直接的な被害が大きいものに関しては、天災クラスと言われる。
人間の決めた危険度のクラスとしては、低い方から、大厄、天災、劫火である。
大厄は複数の村を軽く滅ぼせる程度。
天災は国一つ軽く滅ぼせる程度。
そして劫火は、世界すら滅ぼしかねないと言われるものだ。
劫火としては、神々や最古の龍がこれにあたる。
機嫌を少し損ねるだけで、指で弾くように街や村が壊され、歩くように国を壊され、本気を出されれば世界が壊れかねない。
まさにそんなレベル。
まあ大体あってる。
確かに、龍は昔世界を滅ぼしかけたしね。
無駄に力ばっか持ってるアホトカゲだったなぁ。
んでまあ、その一ランク下の一国の力など軽く壊せるくらいなのが、天災クラスのわけで。
それを冒険者になってそうそう倒してちゃ、まあ結果は目に見えるわな。
「あーしだって、初めは弱かったんすよ? 色んな街に迷惑をかけてるっていうダークドラゴンにムカついて、喧嘩売りに行ったはいいものの、そりゃあ無傷じゃ済まなかったっす。まあ最終的に、相棒と一緒に本気だして、勝てたっすけどね」
皿を洗い終え、水を呼び出して鍋を洗い始めるユウキ。
どこか遠くを見ながら、黄昏れる様に続きを話す。
「んで、賞金かかってたっていうし、ギルドでその首やら部位やら見せたら、まあ大騒ぎっすよ。駆け出しから一気にCランク。アホみたいなランクアップっすよ。ギルド的には、Bランクくらいにしたかったらしいっすけどね。……んで、後はつまらない、在り来りな話っすよ」
空っぽになった鍋の底を、ユウキは静かに見詰めた。
「初めはそりゃあ、色々勧誘とか来て、輪の中に入ったりもしたんすけど、割と一人で行けちゃうことが多いもんで、妬みを買うことはよくあったっす。どうにも、こういうことで周りと合わせるってのは自分には難しかったみたいで。結局ソロでやったら、ソロで大きなクエストをどんどんクリアしちまうし。自分は別に、ムカついた相手をぶっ飛ばしてただけなんすけどねー。それがまさかのクエスト指定されてたものだとも知らずに」
「知らず知らずにやってたんですか?」
「なーんも知らなかったっす。一度、大厄級の魔物討伐に行く遠征隊と、自分が倒した後に顔を合わせたこともあったっすし。そういう時は、悪いと思ったんで、賞金の大半をあげちゃったっすね。向こうにも遠征にかかった費用があるだろうし」
「別に倒したのはユキさんなんだし、いい気がすっけどなー」
ノクトの言葉に、ユウキはヒラヒラと水で冷めた手を振る。
「あんまり横取りとかそういうのでトラブル起こしたくなかったんすよ。普通に、準備運動がてらに倒してた魔物の素材を換金したお金だけでも、十分な額だったし」
「……運動」
うん、基準が色々とおかしい話だ。
どこのチート主人公だと言いたい。
……つっても、こいつはただがむしゃらに強くなっただけで、私は何もしてあげてないけどね。
「んでまあ、ソロで功績立てまくったら、それに比例して次第と勧誘も減ってきて、むしろ悪意ある手が伸びてきたりもして、あーしとしても、益々関わり方が分からなくなって……そもそも、巻き込みたくなかったし」
「巻き込むって、何にですか?」
俯きかけたユウキは、ルーリアの疑問によって失言に気がつき、顔を上げた。
「いや、こっちの話っす。とにかく、他人からも寄られなくなり、自分から行くこともなくなって、冒険者生活早々に、あーしは一人ぼっちっすよ。まあ、気楽で良かったっすけど」
鍋を逆さまにして水気を飛ばす。
それを渡されたリグアルドは、ふと首を傾げた。
「なら、どうして今回は僕達と組んだんですか?」
その言葉に、ユウキはニカッと笑う。
そして私に寄りかかった。
「レイレイがいたからっすよ。ねー」
「ねーって言われても、知らないよ。暑苦しい」
「あうー」
邪魔な顔を押し返す私と、駄々をこねるように甘えてくるユウキ。
「レイレイが仲良くしてる相手なら、あーしも仲良くできるかなーって。ちょっとした期待っすね。あとレイレイが信頼してるなら、あーしも信頼するーんで」
「うるさい顔近い」
「むいーん」
みんなからしたら奇妙な光景に、ノクトが口を開いた。
「そもそも、お二人ってどんな関係なんです? どこで知り合ったんで?」
「んー? んー、そっすねー」
ユウキが悩むように私を見つめる。
そして私の肩に右腕を回して、左腕で口に指を立てた。
「ただの、秘密の友達っすよ」
「友達だと言った覚えはないけどね」
「この流れで辛辣な拒否! あんまりっすよ!」
うわあああん! と喚くユウキ。
面倒くさいと思いながら、私はボソッと呟く。
「……別に、友達が嫌とも、言ってないけど」
顔を逸らしてそう言った私の言葉に、一瞬ユウキの時が止まり、そして頭を抱えた。
「っっっああああー! 今のセリフと顔録画しとけば良かったー! 多分一生聞けねー! ちょっと待ってレイレイ! 今機械だすんで、ワンモアセイ! ワンモアセイ!」
「人の素直な吐露に対してなんでお前はいつもそうなんだ! もう一生言ってやらん!」
「そんなあっ! 後生っすよー」
「いーやーだ! はーなーせー!」
むぎぎぎぎ。
言うんじゃなかった!
色々と恥ずかしいし腹立つ!
私とユウキの無駄な取っ組み合いにみんなが微笑む。
「っふふ。結局、ユキさんにとっての一番の友達は、レイちゃんってことなのかな?」
「なんにせよ、今楽しいなら良かったんじゃないすか?」
「お互い、出会えて良かったと思う」
「……友達、楽しそう」
「なんでほのぼのしてんのさ! ちょっとこの変態止めてくんない!?」
「さっきのもう一回! もう一回!」
「だーもー! 言わないってばー!」
そんな森の中で無駄に騒がしく、愉快な夕飯が過ぎ去った。
その後テントを貼り、みんなで見張り役の順番を決めて、簡単な風呂に入って、まだみんな寝付けないのかまた火の周りに集まった。
「はあ、さっきどっかの馬鹿のせいで目が冴えた。なんかやってよ」
「ええー、なんであーしがー」
「私も、ユキさんが何かするとこ見たいでーす」
「俺もー」
「むー、しょうがないっすねー」
ユウキは湯上りの袴の裾を揺らしながら、木の向こうに姿を消す。
と思ったらひょこっと顔を出して、昼に着ていた鎧を夕闇に輝かせた。
「ふっ、早着替えっすよ!」
「つまんない。座布団マイナス一枚」
「なんか、在り来りな感じ?」
「ぶっちゃけ特別な鎧なら、着脱が簡単らしいって言うしな」
「芸としては、普通?」
「……もう少し派手なのが良かったです」
「まさかの全員一致のダメだし!? んもー! 袴に戻るっすー!」
ユウキは拗ねてまた一瞬で着替え、いつもの袴マフラースタイルへと切り替えた。
流石にその程度はなあ。
この魔法の世界でそんなもの見せられてもって感じ。
「むー、じゃあ次にルーリアちゃんが面白いことやるっすよー」
「ええっ、私? んんーと、んんーっと」
ルーリアは悩んだ後、手をにぎにぎとした。
そして手を開くと、その中で小さな雷の魔力玉が線香花火のようにパチパチと音を立てて輝いていた。
「えっと、手乗り花火?」
「綺麗だし魔法の腕ポイントも合わせて百点満点」
「すっげー。流石ルーリアちゃんだな」
「綺麗だし、可愛らしいな」
「……魔法としても凄いと思います」
「ぬわー! 負けたー!」
いや、ホントに素直に凄い。
自分の掌の上で安定して雷の魔力玉を維持出来てるんだもん。
しかも攻撃性を持たない極小の状態で。
「あいたっ」
攻撃性あるんかい!
雷の魔力玉を消したルーリアは、舌を出して恥ずかしそうに笑った。
「ちょっと失敗しちゃった」
「魔法イコール攻撃っていう固定概念を壊して、色んなことに役立つ術だということを念頭に置くようにした方がいいんじゃない?」
「え、万能なものって考えじゃないの?」
「魔法を過信するな。万能なわけないでしょ。不可能なことだってあるよ。結局は使い手の問題になるし。万能だって信じ切ってると痛い目見るよ」
「わ、分かった」
「はいじゃあ次にリグリグっちはー……」
全員でリグアルドに目線を向ける。
リグアルドはしばらく首を傾げて考える。
・・・・・。
「はい、次にノクトっち」
「あれっ、僕の番……」
お前何も思いつかんやろ。
なしなし。
「うっしゃ! じゃあ俺はジャグリングだ!」
ノクトは腰と自らのマジックポーチから合計五本の短剣を取り出す。
「ほっ!」
そして鞘に仕舞われた状態で器用にジャグリングをする。
おお〜。
普通に上手じゃん。
最後に高く放り投げ、両手で交互に一本ずつとったらフィニッシュだ。
ノクトは鼻を鳴らす。
「ふふん、どーよ」
「素直に上手。チップ投げてもいいレベル」
「ノクトさん器用ですね〜」
「何か一つでも特技があるといいもんだな」
「……かっこいいです」
「刃が剥き出しの状態ではやらないんすか?」
「それはまだ練習中だから、人前ではやらねーな」
練習中でも凄いね。
「お次に、セルトっちは?」
「……え、えと」
セルトは自分にまで振られると思ってなかったのか慌ててバッグを漁る。
そこから、なんで入れてるのか分からないが、糸とかぎ針を取り出し、素早くちまちまっと編んだ。
え、早っ。
ほんの数分で出来上がったのは、小さく可愛らしい花であった。
セルトは顔を赤くしてフードの端を引っ張りながら披露する。
「……えと、花、です」
「可愛い。グッジョブ」
「セルトくんすごーい! いいな〜、こういう簡単な飾りっていいよね〜」
「……あの、ルーリアさんが、気に入ったなら、よければどうぞ。小さな髪飾りにはなるかと」
「えっ! いいの!? わーい、セルトくんありがと〜」
セルトから花を受け取ったルーリアは、早速髪に編み込んで花の飾りをつける。
一応お嬢様なルーリアとしては、こういう簡素な飾りが新鮮らしい。
とても喜んでいる。
「えへへ〜、セルトくんどう〜?」
「……す、凄く似合って、ます」
セルトは自分で小さな花なんて洒落たものあげたことが恥ずかしすぎたのか、ルーリアの顔を見ていられなくなっている。
ぴゃー、なんだここ甘ったる、ピュアに甘ったるいぞー。
「リグアルドはこういう所が足りねーよな」
「どういうところだ?」
「おっとダメっすねこのにぶちんは」
「だな」
何故ノクトとユウキに貶されてるの分かっていない様子のリグアルド。
歳下に負けてんぞー!
いいのかーお前ー!
『だってにぶちんですもの』
「にゃあ」
せやね。
「んでしれっとスルーしようとしてるっすけど、最後はレイレイっすよ?」
「ナゼワタシガ」
「いや不平等じゃないっすか」
「あれっ、僕の番……」
「リグルってば何か思いついたの?」
「…………。」
「はい、そんなわけで、お次はレイレイっすよー! レイレイのー、ちょっといいとこ見てみたいー!」
「囃し方に悪意を感じる。んー、一発芸か見世物ねー」
はーてさーて。
色々ネタはあるが、なーににしよーかなー。
あ、そうだ。
丁度いいからこうしよう。
「よし、歌おう」
「え、レイちゃんが歌うの?」
「失敬な、歌えるわ」
「おおー、いいなそれ。眠たくなる歌とかだったら丁度いいんじゃね?」
「みんな寝ちゃっても、あーしが最初の寝ずの番だから、安心して聴けるっすねー」
「レイチェルの歌か。気になるな」
「……歌とか、あんまり聞いたことない」
「ふふんふんふん。私の歌声にひれ伏すがいいわ」
「ははー」
「まだ歌ってないよアホゴリラ。……ええー、こほん」
咳払いし、場を整える。
私はすうっと息を吸いこむ。
そして、懐かしい歌を奏でる。
音を奏で、結んで、重ねて、弾かせた。
この歌を教えてくれた人にも、ちゃんと届くよう願いながら────。
*****
「……あら?」
鳥籠の暗闇の中、一人の少女が手を止めて顔を上げた。
何かが気になり、魔術を使って外の景色を見て、音に耳をすませ、その場を覗いてみた。
そして少女は、ルルディーは、珍しく目を見開いて驚いた。
「この、歌は……」
外の世界、レイのいる世界に、とある歌が聞こえていた。
レイの奏でる歌声だ。
周りの人間達も、悪魔も、精霊も、眠るように耳を傾け、自然と心を傾け、酔いしれる。
意思ある者達だけでない。
その周りの空気も、自然も、星空さえも、まるで踊るように煌めいて見える。
否、それは比喩に在らず。
確かに、世界そのものが、一人の少女の歌によって揺らめいているのだ。
無意識下で魔力の乗せられた歌に、共鳴しているのだ。
「……っ」
その震える唇から、困惑と喜びの混じった感情が零れる。
その潤んだ目から、思いの篭った青い種が零れる。
その揺れる体から、力の源より溢れ出たエネルギーが零れる。
体が、心が、突然の激情に乱されることを止められない。
魂そのものが感じてしまっているのだから。
そしてルルディーは、小さく笑った。
「覚えていたのね、あの歌を」
『忘れるはずも、ないと思いますけどね』
ルルディーの独白に、誰かが応える。
その返答の人物は、存在は、入口からそっと入ってくる。
「あら、またやって来たの?」
その存在、Sの登場に、ルルディーが苦笑する。
Sは器無き体で揺らめいてみせる。
『迷惑でしたか?』
「いいえ。最近ここに来ることが多いなあと思っただけよ。レイが長期間、人間もどきの体で活動するために、封印するための道具が欲しいと言ってくれた時以降、よく来てくれるようになったじゃない? 簡素な日常が、少しだけ変わったなぁと思ったのよ」
レイが冒険すると決めた数日後に、ルルディーの空間に訪れたのは、Sであった。
Sは久しぶりにルルディーに会うと、レイのために強力な封印道具を作って欲しいと頼んだ。
ルルディーは全ての事情を理解し、それに合わせた特別な髪飾りを作り上げた。
ルルディーとSが知っているだけで、レイには知らされていない機能も、多くつけて。
それからSは、レイのことを常に見守り心配するルルディーの元に何度か訪れるようになった。
「……隣、いらっしゃい」
ルルディーが自らの隣を叩いて呼ぶ。
Sはふよふよと浮きながら、カウチに座り込む、ような形になる。
健気なSの魔力体をルルディーは、外の歌に耳をすませつつ、優しく撫でてやった。
その行為に、Sの魔力が酷く揺れる。
その温もりへの心からの歓喜と、その柔らかな手から流れ込む純粋な魔力の美味に震えたのだ。
息をする、訳では無いが、一度魔力の流れを整え落ち着いたSは、中断されていたルルディーの手元の物に意識を向けた。
ルルディーはその視線に気が付いて、それを持ち上げて見せた。
「見て見て、お洋服。折角だから手縫いで作ってるの。魔力糸を込めた上で手縫いだと、更に魔力が籠るでしょう?」
それは、紛うことなきメイド服だった。
しかし見るものが見れば、明らかにただの給仕服ではないことが分かるだろう。
何せ、強大な魔力を保持するルルディーから作り出された糸で作られているのだから、その効果の程は計り知れない。
最早一種の戦闘服だ。
それが分かってしまったSは内心で引きつった笑みを浮かべるしかない。
『素敵、ですね』
勿論、無顔を利用してそんな感情は一切見せないが。
「ふふっ、頑張って完成させるわ。あともう少しだから、楽しみにしててね」
そう言って、ルルディーは楽しそうに裁縫を続ける。
Sは何かツッコミをいれるべきかと思ったが、主が楽しそうならそれでいいかと思い、諦めた。
横から見上げるように裁縫をするルルディーを見れば、何だか愛しい子の新しい服を作る母親のようにも見える。
その顔を見て、Sは話題を変えた。
『あの、マスターのあの歌、止めた方がよろしかったですか?』
ほんの少しだけ、ルルディーの手が止まる。
その赤い瞳に、影がかかる。
しかし、またすぐに裁縫は再開された。
「……別に、レイが悲しそうじゃないなら、それでいいんじゃないかしら。私も久々に聞けたことだし。それに、目的を持って歌ってるなら、特に問題は無いはずよ」
『目的?』
「あら、気が付いてなかったの? 多分あの子、周りの人間を眠らせるために歌ったのよ」
ルルディーはそう言って、魔術で手の中に小さなスクリーンを作り上げ、歌うレイの周囲を見せた。
すると、聞き入っていたルーリア達は、ユウキも合わせて全員眠りについていた。
その顔は穏やかで、心地よく眠っているようだ。
「ダンジョンを創りに行く時邪魔をされないように、ぐっすりと眠ってもらいたかったんでしょう。レイの歌はとっても心地よいもの。私だって、直接聞いてるわけじゃなくても眠ってしまいそうよ」
そう言って小さな欠伸をするルルディー。
眠る必要のないルルディーを眠くさせるとは、一体どのような原理なのか。
『マスターは、眠らせるための魔術を発動しながら歌っているのですか?』
「いいえ? あの子、心から歌おうとすると魔力が一緒に溢れ出て、その魔力の波長で眠たくさせてしまうの。つまり無意識にそうしてしまっているのを、逆手に取ったというわけね」
『……何度かマスターが口ずさんでいる所は知っていますが、それについては知りませんでした』
「ふふっ、そりゃあ貴方は眠ることはないし、レイの魔力なんて素直に吸収するだけなのだから、分からなくて当然よ」
ルルディーは可笑しそうにくすくすと笑う。
レイが歌を歌ったことにより、どうやら機嫌がいいらしい。
手元の動きもどこか楽しそうである。
「ふふっ、私が教えた歌だけど、やっぱりレイが歌うとより素敵ね」
『ルルディー様が作った歌なのですか?』
「……さあ、どうだったかしら。昔のことだから、あんまり覚えてないわ。自分が作ったのか、誰かから聞いたのか」
そう言ってルルディーはどこか遠く、遠い過去のことを思い出すような目をする。
「でも、歌の意味は知ってるの」
『意味、ですか』
「ええ。この歌に込めた思いは、覚えているの。この歌は、そうね、この歌は……」
ルルディーは言葉を止め、口を噤む。
まるで、その言葉を喉の奥に流し込んでしまいたそうに。
そして目を瞑り、口を噤むと、レイの歌に重ねるようにルルディーも小さく歌い始める。
********
『今回は休憩』
アヴィー『すー……』
レグ『んぐぅ……』
S『ああ、精霊である当機と違って、悪魔は簡単に寝ちゃうんですね。……つまり、イタズラし放題』
アヴィー&レグ『『んうっ』』
やめてあげて。




