69 粉雪も積もれば雪崩となる
「ん……う……」
小さな暗い部屋の中、一人の少女が目を覚ます。
明かりは蛍のような小さな魔力光だけで、その空間を照らすには不十分過ぎる明るさだ。
しかし少女にとっては丁度よく、慣れた明るさのため、平然と起きて伸びをする。
伸びをすると、今度は身体をあちこち動かし始めた。
その動きはさながらラジオ体操のようで、寝起きの体を程よく解していく。
指先までピンと伸ばされた、見事なラジオ体操を一人こなし、深呼吸をした少女は、突如ばたりと危ない倒れ方をした。
床に伏せた少女は肩で息をしている。
どうやら体操で疲れたらしい。
しばらくゆっくりと息を吸って吐いてを繰り返していると、少女の顔に蛍の光が落ちてくる。
否、それは周りの光とは少しだけ違うものであった。
少女は指先でそれをちょんとつつくと、それは反応するように強く発光した。
『おはようございます。朝のラジオ体操お疲れ様です。体操一曲で疲れるなんて、相変わらず引きこもり過ぎますよ』
一体何処から見ていたのか、平然と指摘してくる声の主。
少女は特に何も言わず、黙って起き上がり言葉の続きを待った。
僅かな沈黙の後、ため息が聞こえてきそうなトーンで声の主は続ける。
『予定通り、今夜には移動してもらいますので、連れていきたい存在とか、荷物とかあれば纏めておいてくださいね。まあ何時でもそちらに戻れますが』
一人頷く少女。
氷のように冷え切った無表情で、何を考えているのか全く読めない。
もしかすると、何も考えていないのかもしれない。
『数日後には、マスターの方からあなたの所に辿り着いてくれますよ。それまでの道中、貴方も手加減することなくマスターを楽しませてくださいね。そのために声をかけたんですから』
通信で相手に見える訳でもないが、一人口元を隠して頷く少女。
僅かに隙間から見えるその口元は、楽しそうに、ほんの少しだけ口角が上がっていた。
『では、時間になったらまた連絡します』
そう言って消える蛍のようなもの。
それを見て少女は立ち上がり、その場でクルクルと回り始める。
少女の周りには、その感情を表すように、小さな雪が舞っていた。
ひらひら、ひらひら、ひらひらと……。
少女は一人、踊り過ごす。
*****
翌日の朝、私達は都市ビギネルの門の前に集まった。
前回もこんな風に集まったが、今回は一人と一匹、真っ黒の鎧を身を纏った黒騎士と黒猫が増えている。
猫のアヴィーは私の肩に。
そして鎧の中身は、言うまでもなくユウキだ。
「すっげー、ユキさんの有名なあの勝負服じゃねーか」
「凄い、僕も初めて見た」
「……着て歩けるの、かっこいいです」
「や、やだなー。みんなそんなにジロジロと見ないで欲しいっすよー」
ユウキはヘルムを外して恥ずかしそうに笑う。
私はそんなユウキの鎧をくすぐった。
『──ッ!』
鎧が僅かに揺れる。
ユキの体が揺れたのではない。
鎧そのものが揺れたのだ。
こちょこちょこちょこちょ。
『──ッ! ──ッ!』
『ぶっはー』
「にゃー……」
「……あのレイレイ、これの正体分かった上で虐めるのはやめてあげてくれないっすかね」
やめられないとまらない。
馬鹿悪魔を虐めたい。
『えびせーん』
「にゃうん」
そう、この鎧はレグの姿の一種だ。
つまり質量もレグの重さそのものなので、鎧は軽くて丈夫というわけだ。
ホントにこいつ結構万能だよな。
馬鹿だけど。
「いやほら、この姿とこの状況下なら反撃されないだろうと思って。弄れる時に弄るべきでしょ?」
『──ッッ!』
「ああほら、こいつが殺気だって鎧解除しそうになってるんすけど。レグが震えることによってあーしも若干くすぐったいんすけどー」
「勿論巻き添え狙いだけど?」
「ひっでぇ!」
ユウキと私の無駄な茶番を、他の四人はハテナで眺める。
まあ、一見何してるか分かんないよね。
私は咳払いして茶番を終わらせてやった。
なんか鎧から殺気を感じるけど、知らん知らん。
「んで、なんで態々鎧なの? あの袴も結構色んな付与がついてたと思うけど」
「そりゃあ、あれも熱変動とか防御力とか色々強いっすけど、こっちの方が耐性的にも物理的にも丈夫っすよ。あーしの魔力を吸い続ける限り、欠けることも弱くなることもない。それに、たまにはこっちで行きたいっすし」
まあ服と鎧なら、その防御力は比べるまでもないよな。
つっても、それを覆せるのが魔法技術なわけだけど。
「あれ? そういえばユキさん、大剣はどうしたんすか?」
ノクトがユウキの背中になにも無いことに気が付く。
おっと、鎧にしてるから背中に何も無い状態か。
武器とかどうすんねん?
「今日は使わないっすー。代わりにこっちっすよ」
ユウキが右手に何処からともなく大剣を出現させる。
立派な装飾が施されてる辺り、スキル創成ではなく貰ったもんだろう。
そこそこの魔物の防御力無視しそうだな。
「まあオーバーキルになる気がするから、微妙なとこっすね。あとはまあめんどくなったら、拳で」
「拳で」
全身鎧でそれは結構馬鹿悪魔的には痛いんじゃなかろうか。
いや、二人で同時に殴ってる気分なのか?
そういうことはやったことないからよくわからん。
「んじゃ、全員準備万端かな?」
「万端だぜ!」
「問題無い」
「……ちゃんと用意した」
「いつでも行けるよ〜」
「レッツゴーっす!」
うんうん、元気があるようで。
あ、そうだ。
「言い忘れてたけど、ユキはダンジョン着くまで戦っちゃダメだからね」
「ほえ?」
ユウキがIQが溶けたような顔になる。
『IQは溶けません』
「にゃご」
比喩ですよあんぽんたん。
ユウキはポカンとするが、四人は何となく察したのか、苦い顔をする。
ワナワナと震えたユウキは、私の肩をガシッと掴んだ。
「こ、このバーサーカーたるあーしに戦うな、なんて、死ねって言ってるんすか?」
「欲求不満かよ我慢しろ。お前が真っ先に突っ込んだら私達何も出来ないじゃん。なに、お前一人が突っ込むのを黙って見てろって?」
「まあ、ユキさんが突撃したら、ねえ〜」
「何も残らねーよな」
「激しく同意」
「……同じく」
流石にこの前結界破壊したのが全員の記憶に新しいらしい。
こいつ興奮したらすぐ手加減するのを忘れるんだよなー。
私達にも経験値稼ぎをさせて欲しい。
「はうっ。で、でも! 魔物見たら切りかかりたくなるんすけど! 襲いたくなるんすけど!」
「我慢して。正直お前の強さ的に、ダンジョンでも入ってすぐはあんまり戦って欲しくないくらいだね。強過ぎるし」
「あ、あーしはなんのために装備したんすか……?」
「そりゃあ、突然の予想外の強大な敵に備えて? ハプニング警戒要員だよ頑張れ」
「あ、あんまりっすよー!」
ユウキは地面に手をついてダムダムと殴る。
ちょいちょいちょいちょい、軽く揺れてるから。
危ないから。
はあ、しょうがない。
私はしゃがんで、ユウキの耳元で囁く。
「夜にお前にだけ、特別に私からいいもの見せてあげるからさ。みんなに功績を立てさせてあげて?」
「よっしゃやる気出た! さあ行くっすよー!」
何を勘違いしたのか、途端にやる気マックスになり意気揚々と出発するユウキ。
いやー、いいものだけど、人によるかもしれん。
ルーリアが首を傾げながら私に聞く。
「レイちゃん、ユキさんに一体何を言ったの?」
「いや? あとで特別に私からいいもの見せてあげるって言っただけだけど?」
「……まあ、よく分かんないけど、元気になってくれて良かったね?」
まあ暴走しなきゃそれでいい。
それにしても、ふと思ったのだが。
「ねえねえユキ?」
「ふんふふーん? なんすかー? 早く行こうっすよー!」
「いや、大したことじゃないけどさ」
私はユウキに近づいて肩に手を置き、満面の笑みで答えてやった。
「黒騎士に"れ"を足したら、黒歴史だよね!」
「何故それを言ったんすか!?」
勿論ただの純然たる悪意からです。
『これは酷い』
「ふにゃあ」
「【スパーク】!」
雷光が弾ける。
「悪い! 二体そっちいった!」
ノクトの短剣から敵が逃れる。
「……問題無いです」
すかさずセルトが矢を放ち、逃れようとする魔物を仕留める。
「はあっ!」
突然空から敵意をもって放たれた木の枝を、リグアルドが剣で防ぐ。
「そこっ!」
私はそれを放った木の魔物、普通の木々に隠れてたトレントを炎で燃やし、短剣でその核をついて殺す。
現在崩壊中のダンジョン近くの森の中。
私達はキノコ型魔物、マッシュの群れに襲われたり、まんま木の魔物、トレントに襲われたりしていた。
近くで冒険者達がダンジョン崩れによる脱走魔物の処理をするためずっと留まってるから、こいつらもより落ち着きが無くなっているのだろう。
まだまだやってくる。
薪も手に入ったし、今日は焼きキノコパーティーかな!
「いやー、みんな凄いっすね。もぐもぐ」
「おいお前、戦うなとは言ったけど、キノコをとっとと処理してあぶって食べてるのは腹立つよ!?」
「おおっと」
「にゃうんっ!?」
私は木の上でアヴィーを抱えながら跳んでついてくるユウキに、トレントの麻痺毒付きの木の枝を投げた。
あっさりと避けてキノコを食い続けるユウキ。
「いやいや、これはちょっとしたつまみ食いっす。あとでこのキノコ使って、美味しいキノコシチュー作って上げるっすよ。魔物の素材取りや食材の下処理は全部あーしがやっとくんで、みんなは戦いに専念しててくれっす」
それは助かるのだが、なんだろう、素直に有能なのも逆に微妙な気分。
ユウキが料理するという所に、ノクト達が反応する。
「おっ、ユキさん料理出来る感じですか?」
「なにそれ楽しみ〜。【ヒール】!」
「ふふん。一家に一人ユキさんっすよ! 炊事洗濯掃除、家事ならなんでも任せんしゃい! ついでに魔法で風呂も作れるっす」
「お風呂!? すごーい!」
「あれ、これダンジョンに向かってるんだよな……?」
「……気にしたら負けなんですよ」
「なははははー! まあ無事に近くに辿り着けるように、まずは魔物をどんどん片付けるっすよー。ほら、なんかまた近付いてるしー」
いち早く〈気配察知〉で魔物を感知するユウキ。
確かに、今までのと違ってなんか大きいのが来てんな。
そして森の奥から、のっそりとそれが姿を現す。
「えええっ! ママシュとパパシュ!?」
「二体いっぺんに来るとか、群生地だったのかここ!」
森の奥から来たのは、三メートル程の巨大なピンクキノコと青キノコ。
マッシュが三十センチ程の可愛らしいキノコなのに大して、こっちは顔も体型も可愛くない。
だってショッキングピンクと毒々しい青色のエリンギみたいな魔物だよ?
子供は椎茸みたいな感じなのに、何故か成長したらエリンギだよ?
意味わかんないよね。
『いや作ったの誰ですか』
ここら辺はマッドロリのせいです。
なんかキノコ食べたいなーとか言いながら作ってた。
『……エリンギと椎茸が食べたかったんですかね』
私の今の気分的には舞茸かな。
『いや知りませんよ』
しょぼんぬ。
ママシュとパパシュは私達を見つけるなり、その体を縮めていく。
その動作を知ってるが故に、全員距離をとる。
「みんな! 私の近くに!」
杖を掲げるルーリアの近くに、全員で身を寄せた。
それと同時に、ママシュからは催眠効果のある胞子、パパシュからは毒効果のある胞子が周囲に撒き散らされ、私たちに襲いかかろうとする。
「【ウォーターウォール】!」
胞子が私たちに触れる前に、ルーリアがドーム型に展開した水の傘が身を守る。
その間に、こういう所に突入する用として、それぞれ持っている布マスクで口や鼻を覆う。
「あ! ユキさんは!?」
あれ、そういやあいついないな?
そう思うと、頭上から声がする。
「あーしは大丈夫っすよー。これくらいならちゃんとレジスト出来」
ガシャッ、と音がした。
見ると、水のドームの近くに黒鎧のユウキがうつ伏せで落ちてきた。
「あ、なんか、眠くなってきたっす」
「ユキさーん!」
馬鹿か。
ちゃんと防ぎなよ。
「まああれは毒くらいじゃ死なないし、放っておこう」
「レイちゃん無慈悲!?」
「弱い私達の方がどうするか問題だよ。ルーリア、魔法を一度に二つ起動するとか出来る?」
私は水のドームの中でルーリアに訪ねる。
ルーリアは激しく首を振った。
「出来ないよ!? そんな高等技出来る人中々いないよ〜!」
「っち、めんどくさ」
「舌打ちされた!?」
あーもー、面倒くさい。
自分の展開した魔法の外にもう一つ展開するならまだしも、他人の作った魔法のドーム越しに魔法発動するのは割と大変なんだよなー。
「じゃあルーリア。水のドーム、ちゃんと自分の魔力だけでいけるように維持してね」
「えっ!? なっ、何するの!?」
「異論反論抗議は一切認めない。自力で耐えろ!」
「やだなに怖いっ!?」
私はドームの中で手を掲げ、ドームの外の魔素に自分の魔力をリンクする。
そこから魔法式を描いて、自分の魔力を流す。
そして私がその魔法を起動しようとした瞬間、私の魔力に反応して、何かが集まるのが感じられた。
その何かは、この森に多く潜んでいた精霊達であった。
あっ、やっべ。
引っ込めようとしても、時既に遅し。
刹那、森に洪水が巻き起こった。
「わあああ!?」
ルーリアが涙目になりながら必死に自分の魔力で水のドームを形成し続ける。
他の三人も同様に混乱する。
「なんだこの洪水!?」
「ルーリア大丈夫か?」
「正直大丈夫じゃないよ〜!」
「……おいこらお前」
セルトに睨まれて、私はふいっと目をそらす。
私、悪くないもん。
胞子を流すために、ちょっと雨を降らそうとしただけなのに、精霊達が勝手に魔力を継ぎ足したのが悪いもん。
昔からこういうことはよくある。
何故か精霊達は私の魔力が好きらしく、私が魔法を発動する時に擦り寄ってきて、勝手にその魔法に魔力を足すのだ。
通常であれば、魔法という器から魔力という水が溢れて魔法が崩壊するものだが、精霊達はお節介なことに、魔法の魔力許容量を無理矢理増やしてそこに注ぎ込むという、強引なやり方で魔法を強化してくる。
使い手の魔法を勝手に増強するとか、訳分からん。
だからこそ、稀に存在する精霊使いというのは恐ろしい。
精霊使いとは、精霊に見初められて、契約を許されて、自らの魔法を精霊に助けてもらうことの出来る人だ。
本人の力量では絶対に出し切れない魔法も、精霊の力を借りれば、何倍にも何十倍にも威力が跳ね上がる。
精霊とは魔力そのもので、魔素とは切ることの出来ない深い関係にある。
そんな奴らが少し魔法を強化して魔力を足したら、本人の力量を遥かに超えた魔法が発動できる。
正直、そんなのはかなり危険だ。
何故なら大抵、今みたいに予想を超えて発動されるから。
勘弁して欲しい。
精霊使いならまだしも、私は精霊となんの契約もしていないために、精霊にセーブをかけてやることすら出来ない。
勝手にやってきて、勝手に人の魔法で遊んで、勝手に去っていくのだ。
じゃあ契約すれば?
って思うかもしれないが、精霊にモテモテの私が何体かと契約してみ?
無数の精霊に僕も僕もーって寄られるわ!
そしたらどんだけ魔法強化されるよ!?
ただでさえ私の魔力やら魔術やらは天才なんだよ!?
そこから天災にクラスアップはしたくないよ!
一をオーケーしたらじゃあ百も! ってなるわ! 勘弁!
そんなわけで、精霊と私の共犯により巻き起こった洪水。
それは胞子を流すだけでなく、辺りのキノコ達を弱らせ、森の土を沼へと変えた。
ついでに、地面に伏せていたユウキを泥まみれにした。
あっ、やっちまった。
洪水が収まった後、ユウキが泥の中から顔を上げる。
「……ぶはっ! 川の向こうで親父とお袋と弟が手を振って!」
「いやごめん、多少濡れるだけかと思ってた」
「やっべえ、巻き添えくらって死にかけるとか、中々ないわー」
少し流されて溺れかけたユウキが体を起こす。
魔法で身体を洗って直ぐに身を乾かしていたので、風邪はひかないだろう。
鎧の馬鹿も、馬鹿だから風邪ひかないと思う。
『馬鹿は風邪を引いても気づけないから馬鹿なのでは?』
『──ッ! ──ッ!』
おいおい聞こえてるぞ。
事実を言ってやるなよ。
いやー、あぶねえあぶねえ。
これだから精霊達は嫌なんだよ。
気まぐれにやってこないで欲しい。
心底迷惑である。
ルーリアが〈ウォーターウォール〉を解除し、辺り一面水浸しになっているのを見てゲンナリした。
「レイちゃん、やりすぎだよ〜……」
「いや、正直私もここまでやる気はなかった。いやマジで。殆ど精霊達のせいだから」
「精霊のせい……って、レイチェルちゃん、精霊使いなのか!?」
「それは本当か?」
「あー、いやー」
精霊使いではない。
ただ精霊に懐かれやすい体質なだけだ。
体質っていうか、魂の性質なのかな?
よくわかんないけど。
「その、精霊使いじゃない。そういうのじゃないんだよ」
「……じゃあなんで、精霊のせいなんて言えるんだ?」
「んー……」
あんまり誤魔化すのもあれだし、素直に言うか。
「……なんかこう、私って、精霊に好かれやすい体質なんだよね。契約してなくても」
「「「「はい?」」」」
「好かれやすいだけで、ここまで巨大な魔法が出来ちゃうんすか?」
出来ちゃうんだなそれが。
「ちょっと雨降らせようと思って、洪水になった、これが現実」
私が端的に事実を述べると、みんなが唖然とする。
ユウキがしばらく首を捻ったあと、質問する。
「つまり、契約しなくても、勝手に精霊が助けてくれたってことすか? もしかして、いっつも?」
「たまに、だけどね。今みたいに、本当に突然くることもある。やんなっちゃうよ」
私はふっと、乾いた笑みを浮かべた。
本当に、困った連中だ。
「マジか……精霊がレイチェルちゃんを助けたのか……」
「言っとくけど、普通に危険だからね? 羨ましいと思っちゃいけないよ」
私はため息をついて、周囲に寄ってきた精霊をしっしっと手で払う。
ルーリアはその目ではっきりと見えているのか、大丈夫なのかと慌てふためく。
基本的に人間にとっては精霊は大切に接するべき存在だからねー。
私にとっちゃ有難くなんてないから、雑に扱ってるけど。
「勝手に魔法が強化されるって、普通に怖いことだからね。今みたいに」
「でも、精霊に好かれるって、それだけでも凄いことじゃない? 精霊使いなんて、一年に一人くらいしか現れないって言われてるよ?」
そう、人間の誰もが魔法を使えるだけの魂のを持つこの世界じゃ、一年に一人ペースで精霊に好かれる奴が出る。
少ないように見えて、これでも多い方だ。
神々からしたら羨ましい限りだろう。
神々の中で、精霊に好かれるやつなんてほぼ居ない。
まあ精霊を脅威対象とみなしてるから、精霊もあんまり寄り付こうとしないだけかもしれないけど。
精霊使いとなれる神は、精霊から魔力を与えられる。
代わりに自分も与えなければなのだが、精霊から与えられる魔力の方が大きい。
それで神格を上げることも出来る。
元人間だったのだが、精霊使いになったおかげで神へと至るやつもいる。
精霊っていうのは、個々としての力は微量でも、群生ともなれば最早神そのものだ。
そんな強大な精霊から力を与えられる人間は、この魔法が当たり前の世界では重宝される。
身も蓋もないことを言えば、兵器として使える。
精霊に善悪の感情はないため、素直に懐いた契約者のやることに従うというか、力を貸すだけだ。
本人の魔力さえあればそれでいい、そんな感じだ。
……人間らしく、利己的な種族とも言える。
「使えたところで、私の得にはならないね。ただひたすらに、ムカつくだけだよ」
「……なんでそんなに精霊を嫌がるんだ?」
「はっ、そんなの決まってんじゃん」
私は胸を張って、精霊達にも宣言するように答えた。
「精霊の力なんて借りなくても、私はちゃんと強いもの。態々誰かの力を借りる必要なんてないでしょ?」
そう。
そんなもの必要ない。
誰かの助けなんてなくても、私は大丈夫。
だから、誰かの力なんて借りる必要は無いもの。
「…………」
そんな私の言葉に、ユウキが探るような目で見つめる。
はて、何かおかしなことを言っただろうか?
そう思った時、後ろから何かが動く気配がした。
「プ……プクー!」
「クプー!」
まだ息絶えていなかったママシュとパパシュだ。
ちぇっ、水没してくれれば良かったのに。
「切り裂けっ!」
私は巨大な風の刃で、二体を切り裂いてやった。
鋭利な刃物で切られたあとのように、ママシュとパパシュはその場に崩れ落ちた。
私はそいつらに近寄りながら、未だに固まったままのみんなを振り返った。
「なにボーッとしてんのさ。夜になる前に、さっさと行こ?」
「お、おうっ」
「そうだな」
「わあっ、地面がびちゃびちゃだよ〜」
「……ホントにやりすぎだろ」
みんなで仕留め終えたキノコ達を片付ける。
私はポツンと立ち止まるユウキを見た。
「ユキ? お前処理とかやってくれるんじゃないの?」
ユウキは私に声をかけられ、少し見詰めた後、フッと笑ってやってきた。
「ん、任せろっす」
「料理も任せたからねー」
「ユキさんの料理楽しみだね〜」
「なるべく僕達も手伝えるだけは手伝わないとだな」
「あと距離的にもう少しだし、早くつくためにもやる気出さねえとな!」
「……ですね」
そうして森の中を歩き、そして辺りは夕焼けの真っ赤に染められていく。
少しずつ、夜風の寒さが近付いてくる。
********
『以下の用語とその解説が追加されました』
「存在:魔力生命体:精霊」
世界の至る所に存在する、魔素に微量な自意識が芽生えたもの。
詳細:基本的に自由に世界をさまよっている。
住み好む環境によって、僅かに性質を変える。
精霊好みの綺麗な魔力を持つ魂が好き。
時折神や人間の魔法魔術を勝手にいじって遊んでいる。
本人達的には、あくまで遊んでるだけ。
気に入った存在とは魔力供給による契約で、力を貸すこともある。
補足:正直、かなり気まぐれ過ぎる存在ですよね。
「存在:術士:精霊使い」
精霊と契約したことにより、その膨大な魔力を使うことが出来る者。
詳細:精霊に気に入られたものだけが契約を結べる。
基本的に精霊の方から契約を持ちかけられる。
魔法魔術を強化出来、使える魔力もかなり増え、また、精霊から魔法を教えられることもある。
世界によって、その存在の扱いはかなり異なる。
補足:まあ、精霊使いの周りの者達が精霊を利用して潰して害するようなら、即精霊の神にチュドンされますけどね。
【擽られた時のレグさん】
レグ『殺す。ぜってー後で同じ事を倍でやり返してやる……』
S『何マスターの柔肌を堪能しようとしてるんですか吹き飛ばしますよ?』
レグ『アホか!捉え方がおかしいだろ!興味ねえよそんなん!』
Sさんが保護者過ぎて偶に(?)怖い。




