68 そろそろ雪の気配がする頃合
酷く冷たい床。
凍り付くような空気。
異常な寒さの部屋。
「レイレイ! レイレイ!」
氷のように冷えて動けない、小さな私。
「ぁ……」
掠れて出た言葉も、白い息に飲み込まれる。
春の陽気など、微塵も感じさせない、閉じた空間。
「だ……め……」
その空間の奥にいる存在に、私は手を伸ばす。
夥しい程の冷気を纏い、呪われたような白さに包まれ、悲鳴をあげるあの子に。
寂しいと泣くあの子に、私の手が届く無く、私は自らの意識すら手放した。
……なんで、こんなことになったんだっけ。
私はただ、楽しみたくて、楽しんで欲しくて、やっただけなのに。
泣かせたいわけじゃ、無かったのに。
そして時は、少し遡る────。
「みんな、ちょっと新しいダンジョンにでも遠足に行かない?」
「「「……は?」」」
男性陣三名に意味不明と首を傾げられる。
ちっ、この私が誘ってんのにノリ悪いなあ。
私の正体を知る女性陣は、私の内心を読んでか呆れたため息をはいた。
都市ビギネル近くにあるCランクダンジョンが崩れ始めてから二日後。
ダンジョンが崩れてそこを穴場にしていた者の悔しがる声、これからあそこはどうなるのだろうと疑問視する声、とりあえず今日の稼ぎをなんとかしようと現実を見つめる声。
そんな様々な困惑の声が冒険者ギルドに溢れていた。
ダンジョン崩れとは?
神である私の視点でぶっちゃけてしまえば、つまらなくなったダンジョンを壊して、そこを更地にするか、新しいダンジョンを作る下地を作るという、大規模魔術起動の前兆というか、準備によるものである。
今回私とSが崩壊させたダンジョンは『怪狼の大森林』という、狼系やその餌になる獣系の、獣だらけの森型ダンジョンであった。
ダンジョンというものはちょくちょく魔術で内部を変動させて、生き物のように中身が変わっている。
が、そろそろあそこは変動パターンが一定になりかけており、それを人間に悟られるのも嫌だったし、飽きてきたので壊した。
ダンジョン崩れの兆候は、二日前に冒険者が飛び込んで叫んて来たように、簡単にわかる。
内部変動であるならば、ほんの数十分地震のような揺れがあるだけなのだが、ダンジョン崩れは完全に崩れきるまで揺れが収まることはない。
そして大抵、安全に壊すために三日ほど揺れ続ける。
今回は数時間立っても揺れが収まらなかったことにより、ダンジョン崩れだと判断してギルドに即刻報告しに来たらしい。
あれはダンジョンという名の一種の魔術生物なので、壊すのにも結構一苦労する。
内部で魂がさまようのも大変だから、三日間の間に冒険者達には近寄らないようにしてもらわないといけないし。
まあ最終的に脱出出来てないやつは、強制的に入口にテレポートさせて御退場願う安全仕様だけどね。
それでも隠し部屋とかボス部屋で伸びてる奴とかは、下手すれば魂が引きちぎられかねない。
正直強制テレポートはそれはそれで面倒なので、とっとと退場して欲しいのだ。
でもって、中には魔物もいる。
魔術破壊に魔物を巻き込むとごちゃごちゃして大変なので、そいつらも全てダンジョンの外に出てもらう。
予備で生み出そうとしていたやつもだ。
つまり、ダンジョン崩れの際には大量の魔物が外に出てくる。
そんなものが街にまで出てくれば大災害である。
なのでその情報が入った瞬間、ギルドの方で討伐隊を結成して、脱走モンスター達の処理に当たるのだ。
今回は遠回しだけど、クディールに既に遠回しな告知しておいたのもあって、早急に討伐隊が組まれ出動した。
よって、今の冒険者ギルドにはあんまり人がいない。
うんうん、仕事が早くて何よりだ。
ダンジョンの中身を完全に空っぽにしたら、あとはダンジョンを少しづつ分解していく。
え? ダンジョンの資材?
それは世界のどっかからとった元の場所にばらまくのでノー問題。
流石に質量保存の法則を無視は出来んでしょ。
いや、魔術は色々と無視してるけどね。
それでも自然界の一定の法則は守ってるし、逆らえないのよ。
で、ダンジョンが無くなったら、その土地は元通りただの場所になる。
草木が無かったとしても、直ぐに生えて、初めから何も無かったようになる。
魔術さまさまである。
しかし、今回は私が楽しむために、新しいダンジョンを作ることが確定しているので、その土地はほぼそのままだ。
クレーターみたいなのが出来たままのところに、ダンジョンの下地を作る。
まあ景観的に、座標はちょっとずらすけどね。
そんで、いつもなら私が神として組み立ててるそれだが、今回Sに大部分を任せ、私はもしもの時の監視役に徹底する。
つまり、人間としてそれを見物するのだ。
まあ必要な部分はちゃんと手を出したり、魔術の制御はやるけどね。
『どうぞよろしくお願いします』
おう、大船に乗った気でやりな。
責任は私がとってやる。
で、ダンジョン建設現場には連れて行けないけど、出来上がった直後のダンジョンを一緒に楽しんでみたいし、普通の人間の反応を見るために連れていこうと思い提案したのだが。
ううむ、どうやら意図が伝わらなかったらしい。
作るのは程よいCランクダンジョンの予定だから、こいつらくらいなら程々にいけると思うんだよねー。
十層までは案外行けるでしょ。
私の提案を聞いたノクトは、冒険者ギルドの机に頬杖を着きながら、意気揚々と提案した私の顔をマジマジと見た。
「あのさあレイチェルちゃん。ちーっと気が早すぎなんじゃねえ? まだダンジョンは崩れてる最中で、脱走魔物の討伐もされてる最中だぞ? それに、ダンジョン崩れが起きたからって、新しいダンジョンが出来上がるとは必ずしも限らないって言われてるし。何より、どれくらいのレベルか分からないのに俺達で向かうのは流石に無謀だと思うんだがなー」
おおっと、先輩冒険者が至極真っ当なことを。
その通りだよ畜生。
「そこはほら、もしかしたら新しいダンジョンが出来るかもって仮定した時の話だよ。そう仮定した方が楽しくない?」
「もしそうだとしても、初調査を依頼されてる訳でもない僕達が勝手に行くのはどうかと思うぞ」
おっとリクアルド先輩からも待ったがかかりましたー。
こいつら素直に常識人でつまんない。
「ねぇねぇレイちゃん」
「なに?」
右に座っていたルーリアに手招きされて、みんなに背を向け声を潜めて話しかけてくる。
「……今回のこれって、レイちゃんの仕業なの?」
「はっ、私を誰だと思ってんの?」
「うわあ〜……。じゃ、じゃあ、新しいダンジョンが出来るって仮定して、って言ってるけど、確信して言ってるの?」
「予定調和ですがなにか?」
「……やっぱりレイちゃんって色々デタラメだよね」
思いっきり呆れた顔をされてしまった。
ふっ、流石私ってば大女神。
やることの規模が一回りも二回りも違うだろう!
『スケールが大部違いますけど』
種が違うからね。
とりあえず咳払いして、私はノクト達に再び顔を向けた。
「えーと、依頼されてるわけでもないのに大丈夫なのかって? 残念ながらそこを心配する必要はないんだなー」
「「「「はい?」」」」
「はい。てなわけで、説明よろしく。一応Sランク冒険者のユキさん」
「一応とか言わないで欲しいっす……」
私がそう促すと、今回の共犯者であるユウキが、バツが悪そうにしながら口を開く。
「……実は、レイレイから先にその話をされて。その、新しいダンジョンが出来る方にかけてみようと思って。それで、冒険者としてダンジョンの初クリアとか夢じゃないっすか? だから、既にギルド長から許可を貰ってるんすよね……」
そう言って、恥ずかしそうにクエストの依頼書を出した。
事情を全く知らない四人は、食い入るようにそれを見つめる。
「……新しいダンジョンが出現した場合、Sランク冒険者ユキを筆頭としたパーティーに、最初の内部調査を依頼する、だって……!?」
「仮定の話なのにお仕事が早いよ!?」
「そうか、ユキさんだからか……」
「……こんなアホみたいにトントン拍子な話聞いた事ねー」
ふはははは!
クディールさえも巻き込んでやりましたよやったね!
私、楽しいことをやる時には本気でやるから。
ある意味今回ユウキがいてくれて良かったよ。
これでクディールから依頼を受けてもなんの不自然も無いね!
『いや良く言いますよ。ダンジョン制作の予定日、そのゴリラが来る日に合わせるって最初から計画していたでしょうに』
おっとバレてた。
『そりゃあ第一の協力者ですから』
流石我が相棒だぜぇー。
「にゃーん……」
私は腕の中で呆れたように鳴くアヴィーを撫でながら話を進めていく。
「まあまだ仮定の話だけど、その仮定の話に対して、ギルド長直々に正式に許可が出てるんだから、これで新しいダンジョン見学に行ってもなんの問題もないってわけだ!」
「ふっ、楽しみっすねー」
「ユキさんなんか遠い目してますよ!? まさかレイちゃんに乗せられました!?」
「ぶっちゃけこの話しに行った時のギルド長の暖か過ぎる笑みが痛かったっす」
「ちょーっとー! レイちゃーん!」
「めんごめんご。楽しいだろうから許して?」
舌を覗かせてあざとく謝罪する。
途端ユウキは満面の笑みでグッジョブした。
「笑顔が可愛かったから許す!」
「駄目だよこの二人! この間の闘技場の結界破壊といいまた何かやらかす気だよ!」
「おい私を問題児みたくいうな!」
「いや大分それらしい節はあるからね?」
「同感」
「同じく同感」
「……右に同じく」
「あーしも大いに同感」
「解せぬ」
みんな私への評価酷くない?
まだそんなにやらかしてないじゃないか!
『まあちょっとしたことで簡単にレジスト出来るくらいには、皆さんマスターのこと問題児扱いしてますよね。やらかす前から疑われてはいますよ』
「にゃーあ」
ホントだよ。
ルーリアだけかと思いきや全員レジストしてるっぽいんだけど。
私への固定評価の酷さ!
「で、だ。私とユウキはそのもしもに備えて行く気満々なんだけど、みんなはどうする?」
「このあーしがみんなのボディーガードとしてバッチし働くんで、大船に乗った気分でいていいっすよ!」
「……新しいダンジョン現れなかったら、完全に無駄足になりますけどね」
「楽しい未来を考えながら生きるんすよセルトっち!」
「セ、セルトっち……」
さり気なくあだ名で呼ばれてセルトがワナワナと震える。
いやこれ違うわ。
超有名なSランク冒険者に気軽に名前を呼んでもらえて嬉しいとかいう方だわ。
騙されるな! こいつはただのおバカだ!
私とユウキの胸を張った明るい未来の話へ、ノクトは呆れながら手を挙げた。
「分かった分かった。レイチェルちゃんの楽しい賭けにのってやるよ。ギャンブルはより楽しそうな方に賭けるべきだよなー」
「僕も行く。楽しそうだし、例え無駄足であったとしても、道中は鍛えるのに丁度いい」
「私は勿論行くよ! ユキさんと同じパーティーになれるなんて中々ないし!」
「……お、俺も。こんな俺でも行っていいなら」
「うんうん、レイレイのお友達なら誰でも大歓迎っすよ! 遠慮はいらないっす!」
全員の不敵な笑みが、私に向けられる。
いいねいいね。
そう来なくっちゃ。
「よしっ、満場一致ね。じゃあ、ダンジョンにも潜れるように準備万端にして、明日の昼に出発だよ!」
「「「「「おー!」」」」」
そんなわけで、ユウキを含めた六人パーティーで、新しいダンジョン遠足に出発することが決定した。
ふひひっ、新しいダンジョンに驚くみんなの顔が楽しみだあ。
罠に嵌る所とか内心で笑ったろ。
『あ、きっちり邪気も備えてましたね。楽しい遠足とは一体』
「にゃんにゃーん」
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『今回は休憩』
レグ『こいつ巻き込みに巻き込んでくな。竜巻よか酷い』
S『まあマスターですから』
アヴィー『なんか念話の向こうで得意げな表情してるイメージが浮かんだけど、いい所で歯止めはかけようね?』
次回よりようやくメインストーリー。




