67 吹雪の訪れを届けましょ
クディールと話をした次の日。
丁度タイミング良くルーリアとセルトが捕まえられたので、久々に二人を森の中でいじめゲフンゲフン鍛えてやることにした。
さてさて、果たしてこの一週間で変化はあるのかないのか。
「それじゃ、いっくよ〜!」
ルーリアがそう言って両手を大木に向けて、魔力を凝縮し始める。
魔力の揺らぎに周りの木々が揺らぎ、微かな精霊達もその流れに反応する。
やがてルーリアの手の中にあった魔力弾は子供の私と同じくらいの大きさになり、バチバチと雷電を纏い始める。
そして巨大な雷玉が放たれ、大木に当たり、その立派な幹を大きく爆ぜさせる。
よく見ると、周囲の草木も焼け焦げている。
魔法ではなく、魔法式そのものとして雷電の魔法がきちんと起動されていたのだ。
森でやったのは失敗ではと思うくらい、軽く辺りをめちゃくちゃにしている。
その惨状を引き起こしたルーリアは、私の方を振り返ると、ドヤ顔でブイサインした。
「えっへん!」
私はそんなルーリアの頭を、ジャンプして殴ってやった。
「痛いっ!?」
頭を抑えて蹲るルーリア。
ルーリアは涙目でハテナマークを浮かべながら拳を握ったままの私を見上げる。
そんな涙目に微塵も動かされることなく、私は淡々と説教を始める。
「……あのねえ、私は最初、これを教えた時になんて言ったかな?」
「ふえ……?」
どうやら、何故殴られたのか分かっていないようだ。
私は軽く何かが切れる音が心中で響き、そして爆ぜた大木の幹を指さした。
「無属性の! ただの魔力ビームって言ったんだよ! なのにこれは何!? 雷属性付与して、しかも単純な巨大な魔力玉にしてるじゃん! ただの保有魔力増加の訓練を攻撃魔法にシフトチェンジしないでもらえるかなあ!?」
「えっ……だ、駄目?」
蹲るルーリアの頭をがしっと鷲掴みにする。
そして綺麗な髪が乱れるのも構わず、乱暴にぐしゃぐしゃにする。
「駄目です! そんな潤んだ目で見ても許しません!」
「そ、そんなぁ〜」
ルーリアはなんでなんで〜と私の服の裾を引っ張る。
駄々をこねるなー!
そんな私達に、少し離れて見守っていたセルトが近寄ってルーリアにフォローを入れようとする。
「……別に、属性付与出来るなら、むしろいいんじゃないのか? 攻撃の手段が増えるじゃないか」
「そ、そーだよ〜。訓練から新しい技見つけたんだよ〜。褒めてよ〜」
ルーリアは味方を得たと思い、すかさずセルトの後ろに隠れて抗議する。
セルトはルーリアに頼りにされてちょっと嬉しそうである。
こいつら……。
「私が怒るのは、危ないからだよ」
「……攻撃なんて危ないものだろ?」
「違う、制御面での問題」
「え、今ので駄目だったの?」
ルーリアが首を傾げる。
確かに魔力を凝縮して放つという、魔力ビーム完成までのある程度の段階はクリアしている。
その制御は、ちゃんと出来ていた。
だが問題はそこじゃない。
「いや、魔力玉そのものとしての完成度は良かったよ。この一週間だけでよくもここまで上達したものだと思う。その点に関しては素直に褒めるよ。問題なのは、そこにとってつけたように雷属性をつけて、魔法に近いものを作ったこと」
「え? 何が問題だったの?」
「あー……。説明する、ちょっと待って」
私はアヴィーと共に待機させていたバッグに近寄ると、アヴィーが影で持ち上げてくれる。
サンキュ、アヴィー。
そのバッグから、一つのポーション用の空の瓶を取り出す。
その中に魔法で水を入れ、蓋を占める。
それを持ってルーリアとセルトの前に立ち、右手に瓶を、左手の指先にただの水球を浮かばせた。
「この二つの水があったとして、地面に落とした時、地面に水が撒き散らされる可能性が高いのはどっち?」
「えっと、そりゃあ、ただ魔力で集めた方だよね? 瓶だったら割れなければ水は漏れないし」
「……瓶の方が、安全なのは当然」
「そう、そこだよ」
私の例えにピンと来ないのか、二人は首を傾げる。
この水ぶっかけてやろか。
『落ち着いてスーハー』
ウーパー。
『ルーパー。……違うそうじゃない』
ごめんなちゃい。
……いや乗ってきたやん。
『気のせいです』
そうか、気のせいか……。
んんっ、気を取り直してっと。
「この水を、私達が魔法やスキルを扱う際の魔力としよう。つまり水球がさっきの魔力玉。そして、瓶は魔法という容器だ。で、ルーリアがさっきやった雷属性の付与。あれを水の中に入れた酸とする」
サッと魔法式を組み立て、本当に水を酸にする。
「……おい、今なんか水に変化が見えた気がするだが?」
「なにか魔法みたいなのが……」
「気の所為だよ」
「「ええ……」」
気にしたら禿げることもある。
……これかけたらホントに禿げそうだけどね!
「でまあ、むき出しの危険水をそのまんま落としたら、危ないことは明白でしょ? 中身に触っても危ないし。だけど、なにかしらの容器に入っているなら、落としても割れない限り安全だ。容器を使って持ち運ぶ事も出来る。だけど、さっきルーリアがやってたのは、むき出しの酸の水ををそのまま破裂させようとしているようなものだったんだよ」
「えっ……」
ルーリアが唖然として空いた口に手を添える。
分かってくれたかなー?
「魔法ってのはガラスの器なんだよ。水という魔力をちゃんと入れて、扱いやすくする器。でも、割れた時には魔力だけじゃなくて、硝子の破片、つまり魔法式の破片も交じるから、割れた時の被害は大きい。それでもむき出しの危険より扱いやすい安全性を選ぶのは当然でしょ? 魔法っていうのはそういうものなの」
そう言って瓶を指で弾いて鳴らす。
そしてむき出しの水球の方は、大木に向かって飛ばした。
幹に当たったところが、ジュワッと音を立てて僅かに溶けた。
それを見たルーリアとセルトはドン引きである。
「まあ言ってなかった私も悪いけどさ。ただの魔力玉に、無意識のうちに不安定な術式組み立てて混ぜたらいけないんだよ。ちゃんとした魔法っていう器に入ってない分、暴走しやすい。ルーリアの魔力量だと、軽くこの辺りを吹き飛ばすよ。そうしたら私もセルトも怪我をしかねない」
「あっ……」
そう、危ないのは失敗するとき、ただ不発するんじゃなくて、周りに被害をもたらすこと。
ルーリアが集中して圧縮した魔力玉が雷の魔法を帯びて爆発したら、ここらは軽く吹き飛ぶ。
この子は自分が優秀であると同時に危険でもあることをもっと自覚するべきだね。
「あと、重ねて脅すようであれだけど、あえて脅そう。さっきのも危なかった。だからこっそり魔力抜いちゃった」
私は指先に纏めた魔力を弄ぶ。
いやー、咄嗟に気が付けて良かった。
……まあ抜いた上でこの惨状だから、本当に末恐ろしいね。
ルーリアは私に叱られどんどん萎んでいく。
「はうぅっ……」
「……お前、発動された魔法の魔力を抜くなんて、そんな真似が出来るのか?」
「残念ながら、私ってば軽く天才だから出来ちゃうんだなー」
「……つくづく変なやつだ」
褒めてんのか貶してんのかわかんないな。
私は瓶の中の水も地面に捨てた。
近くの草が僅かに音を立てて溶ける。
「ルーリアはさ、もうちょい自分が才を持つ者だと自覚した方がいいね。大きな才能が持つ者が、自覚と責任を持たずに、いつかその力で周囲を傷付けたりでもしたら目も当てられないよ」
つんつんとルーリアの頭をつつきながら言ってやる。
ルーリアは素直に頭を下げた。
「ごめんなさい……セルト君も、知らない間に巻き込もうとしてごめんなさい」
「……い、いえ。別に気にしてないですよ」
「うう〜、まだまだだな〜私〜」
うん、まあ、褒められると思ってやったことが叱られて全否定、なんてのも流石に可哀想過ぎるから、多少は褒めてやるか。
項垂れたルーリアの頭に、ポンポンと手を乗せる。
「まあたったの一週間くらいでここまで上達したのは本当に素直に凄いと思うよ。頑張ったじゃん」
その言葉にルーリアはパッと顔を上げ、嬉しそうに破顔する。
「やった〜、レイちゃんに褒められた〜」
「と言っても、危険があったことに変わりはないから、これからは私が教えたことで、何か活用法思いついたなら、ちゃんと相談してよね。危ないサプライズとか寿命縮むわ」
「分かりました、先生!」
「うむ、よろしい」
とりあえず、今後は危ないことはしないだろう。
素直に訓練に励んで欲しい。
「で、次にセルトの方は?」
「……こんなもん」
セルトは弓を構え、矢を番え、矢先に魔力を込めた状態で引いてみせた。
狙いを大木に定め、矢を放つ。
見事に幹の中心に当たるが、あまり破壊力は感じられず、ただの矢と差程変わりない。
「……どうだ?」
「んー、ちゃんと魔力を矢先に込めた状態で撃ててるけど、対象に当たった時には殆ど無くなってる。魔力の込めが足りないね」
「……やっぱそうか」
どうやら自分でも多少自覚してたらしいが、正確に魔力を見れる私に確認してもらいたかったらしい。
いやでも、こっちも一週間で凄い進歩じゃない?
ルーリアと違って、セルトは弓しか触ったことが無いはずだ。
魔力の扱いなんて中々慣れるもんじゃない。
最初だって矢に流して込めるっていうのがピンと来てなかったくらいなのに。
それが僅かでも、矢先に込めて撃てるようになるとは。
「ルーリアもセルトも、素直に努力出来てそれが身になるタイプの天才なんだね」
「……褒めれてるのか呆れられてるのか分からないな」
「褒めてるし呆れてる。正直、二人とも私の想像以上の進歩だよ。どれだけ練習してたのさ」
「……別に、普段矢を持つ度に魔力を込めることを意識してやるようにしていただけだ」
「私もスキマ時間にちょっとずつだよ〜」
「呆れるくらいにバカ真面目だねえ」
「わーい、褒められたよセルト君! いえーい!」
「い、いえーい。……今の褒められたんですか?」
「レイちゃんの分かりにくい褒めだよ!」
「あーはいはい。それでいいよ」
私はハイタッチして喜ぶ二人から離れて、バッグを腰につけ、アヴィーが肩に乗っかる。
「とりあえず、二人ともよく頑張ってるじゃん。その調子で続けていきなよ」
「はーい」
「……どこか行くのか?」
「久々に狩りをしに。今日はここまで。解散ね」
「え〜、一緒に行こうよ〜」
「やだ。たまには一人でする」
「む〜、分かった〜」
「……俺はもう少し練習してから街に戻る」
「はいはい。お疲れさーん」
二人に背を向け、私は一人で森を歩く。
あー、ようやく落ち着いて狩りが出来るわ〜。
一人でのびのびとやれるって素晴らしい。
『いやマスター、それフラグ……』
え?
「レーイレーイ! みーつけたっすよー!」
私が足を止めた瞬間、嫌な声が森に響いた。
そして、向こうから猛ダッシュでやってくる一人のゴリラ。
私は脱兎の如く逃げだした。
『フラグ回収速度最新記録更新!』
「にゃー……」
わああああん!
結局あの後、ユウキにわざと誤射したり、ストレス発散と言わんばかりに魔物を惨殺したり、やりすぎてレベルが上がったりと、まあ色々あったが帰ってこれた。
そして勿論、隣には堂々とユウキがいた。
「いやー、いい運動になったっすね!」
「お前がいなければここまで疲れる必要無かったけどね……?」
「だってレイレイと楽しく協力プレイしようと思ったのに、レイレイってばとっとと出かけちゃうんすもーん」
「お前に着いてこられたくなかったからだよ!」
「な、なんだってー! あんまりっすよー!」
だあああ、ざーいうー。
この構ってちゃんが。
面倒臭いんだよ畜生。
はあ、こんなやつは無視して、レベルアップしたし、ステータスでも見てみよ。
********
『名前』レイチェル・フェルリィ
『種族』 人族
『ジョブ』シーフ
『Lv』12
『HP』168/168(↑13)
『MP』197/219(↑11)
『SP』86/111(↑8)
『攻撃』105(↑12)
『防御』57(↑8)
『魔力』157(↑13)
『抵抗』151(↑7)
『敏捷』96(↑8)
『運気』10
『スキルポイント』20(↑10)
『アクティブスキル』
「罠解除 Lv1」
「立体機動 Lv1」
「火炎魔法 Lv2」(↑1up)
「水流魔法 Lv2」
「暴風魔法 Lv2」
「地動魔法 Lv2」
「光魔法 Lv1」
「闇魔法 Lv1」
「魔力付与 Lv1」
「魔力具現 Lv1」
「魔闘技 Lv1」(new)
『バフスキル』
「集中 Lv2」(↑1up)
「演算処理 Lv1」
「予測 Lv1」(new)
「並列思考 Lv1」
「気配感知 Lv2」(↑1up)
「魔力感知 Lv3」
「魔力操作 Lv4」
「罠感知 Lv1」
「斬撃強化 Lv1」(new)
「剣技 Lv1」(new)
「短剣技 Lv1」
「強力 Lv2」(↑1up)
「俊足 Lv2」(↑1up)
「MP自然回復強化」(new)
「神層領域拡張 Lv10」
『ユニークスキル』
「観察眼」
『称号』
なし
********
ンンンンンー?
ウェイトウェイト、ちょっとマテ茶。
「んあ? レイレイいきなり固まってどうしたんすか? あ、ステータスでも見てるんすか?」
「うっさいちょっと黙って」
「うっすお口チャック」
ユウキが口で指をバッテンして大人しく黙る。
いや、待って。
ホントに待って。
なんでこんなにスキルが増えてんの!?
なんでレベルアップ以上にステータス増えてんの!?
待って私何かした!?
『あ、マスター集中していたから気が付いて無かったんですね』
え、何が。
『そこのゴリラと戦闘してる時、マスター封印状態でありながら出せる力の精一杯を全力で出していたので、スキル熟練度がバンバン貯まってしまったんですよ』
ほーうおーうおーう。
つまりあれか。
「半分お前のせいじゃん!」
私はお口チャック中のユウキを容赦無く殴った。
「痛いっ!? 突然の理不尽な暴力反対!」
殴られたユウキは黙るのをやめて涙目になる。
「うっさいわ! お前が私を挑発して乗せたりするから、私もリミッター外しちゃったんじゃん! どうしてくれんの!?」
「えっと、一昨日のことっすか? だったら挑発なんかに乗って本気で来ちゃったレイレイにも多少は非が……痛い痛い! 髪の毛は尻尾じゃないっすよー!」
「うっさいこの疫病神め!」
「モノホンに神って言われた!? ひゅーうあーしすげー!」
「ポジティブに受け止めんな!」
あああああ。
……もう、あれだ。
本格的にステータス自重すんのはやめよう。
多分私には制限かけるとか無理なんだ。
私が地味プレイとか無理だったんやー。
『ド、ドンマイ、です』
「にゃーん……」
もうこれからはそこまで気にせずに行こうと思う、うん。
私はしょんぼりしてユウキの髪を引っ張りつつ冒険者ギルドに戻った。
ギルドには換金を終えた後らしいノクトやリグアルド、ルーリア達がいた。
「おーレイチェルちゃん、おかえりー」
「どーも……」
「……ユキさん何かあったんですかい? レイチェルちゃんが凄く重たいオーラ持ってるんですが」
「自分のチートっぷりに打ちのめされたただの可哀想な子っすよ。気にしないでおこうっす」
誰のせいだと……。
いやまあ私のせいでもあるか……。
己私……。
「も〜、おつかれさんかな〜? 私がなでなでしてあげよっか〜?」
しょぼくれた私に、ルーリアのどすこいおっぱいが迫る。
なんか腹が立ったので、アヴィーを胸に抱き抱えてそれに寄りかかった。
「わふっ。どうしたのレイちゃん〜。本当に疲れちゃってるの〜? よーしよしよし〜」
「胸がむかつく」
「ええっ。レイちゃんが自分から来たんだよ〜」
ルーリアの胸と腕に抱擁されながら、私はしょぼんぬする。
周りの冒険者からなんか変態的な目を向けられるが、テメーらがこの胸に抱擁されることはないと思う。
そうやってのんびりしている、その時であった。
「────た、大変だ!」
一人の冒険者が、ギルドの扉を勢いよく開ける。
その姿はボロボロの汗だくで、脇目も降らず一直線にここに赴いたことが伺えた。
……来たか。
彼はゼェゼェと激しく肩で息をし、見るに耐えられなかったノクトがそいつに近付いて背中をさする。
私から手を離したルーリアも近付き、杖を構える。
「わわっ、大変。【ヒール】!」
ルーリアの強力な回復魔法が、瞬く間に彼の状態を良くする。
「あ、ありがと、ルーリアちゃん」
「いえいえ、これくらい当然です」
聖女のような笑みを浮かべるルーリア。
まぶい。
「それで、何があったんだ?」
ノクトの言葉に、その場にいた冒険者達が口を閉ざして注目する。
恐らく、なにかあったと。
悲報か、朗報か、もっと大きな、混沌呼ぶ何かか。
そしてその冒険者は息を整えた後、口を開いた。
「……ダンジョン崩れが、始まった!」
その言葉に、冒険者達全員が震えた。
誰もが恐怖を、動揺を、興奮を隠せない。
何故なら、それは心底、楽しいイベントの予告だから。
そんな中、私は、私だけは。
「……レーイレイ、悪い笑みが隠せてないっすよ」
「あらいやだ」
手の下に隠した口元で、主催者としての確信犯の笑みを浮かべていた。
『イベントスタート、ですね』
「にゃーあー」
********
『今回は休憩』
今回のレグさん。
ユウキの背中にて。
レグ『こいつなんでクソ女神の居場所分かったんだ……』
S『残り香と勘じゃないですかね』
レグ『お前人の独り言にいきなり来るんじゃねーよ!おめーが一番怖いわ!』
S『神出鬼没のSさんですから』
ユウキ(レグのやつ、誰と喋ってんだ?レーイレイはどーこかなー)
ユウキには勿論聞こえてません。




