62 雪は忍びを連れ歩く
「ぶっはー! 外の空気が美味しいっすねー!」
「うう……巻き込まれた……。色々とお前のせいだ……」
「まあまあ、レイレイに集まるはずだった注目を全部あーしが引き受けたんすから、しゃーなしっすよ」
「いや、お前が私の元に来さえしなければこんな面倒事は起きなかったんだけど!?」
「うぎぎぎぎ。ギブギブ! 背中から羽交い締めはやめるっすよー!」
現在、闘技場から抜け出して、私はユウキにおぶられて冒険者ギルドの外へと出てきた。
ユウキに群がった野次馬が凄かった。
足元にいたアヴィーが何度か踏まれかけててあれだったから、私の頭の上に移動させたもの。
中には昼間っから飲んでる阿呆もいたし。
酒臭いんじゃ馬鹿野郎共!
「ああ、もう。ギルド長に会うのは明日でいっか。もう疲れた。どっと疲れた」
「あ。あーし、結構効果強めの疲労回復ポーション持ってるっすよー。今あげるっすー。おーい、オボローん」
「ここに」
「うわあっ!?」
「うぐっ!」
なんか出た!?
なんか目の前にイキナリ出現した!?
ビックリしてユウキの首絞めちゃったじゃん!
まあそれはいっか。
『人間、哀れ』
「にゃーお」
気にしない気にしない。
ユウキとおぶられた私の目の前に、突然一人の人物が出現した。
なんの脈絡も無しに、だ。
まるでうちの組織の奴みたいじゃん。
慣れてる事のはずなのに、疲れてるせいで一切姿が感じられなかった。
が、まあ、それはいい。
気配を消して近寄る猛者はこの世界じゃそこそこに居る。
そういう暗殺部隊傭兵とか。
だから、イキナリ現れたことに驚きはするが、それほどのことではない。
私が驚いたのは、その存在が黒装束を身に纏っていることでも、ユウキなんかに跪いていることでもなく、額から生やした特徴的な鋭い二本の角に対してだ。
私はその存在に思いいたり、ユウキのポニテを強く引っ張った。
「ちょっとお前! なんで鬼人族の忍びを飼ってるの!?」
「痛い痛い! 髪が抜けちゃう! 剥げちゃうっす!」
ユウキは頭を振って私の手から逃れようとしているが、私を下ろせないから逃れようがない。
いやいや、それどころじゃないでしょ。
『女性の髪に対してそれどころ』
知らんがな勝手にハゲとけ。
「にゃにゃあ……」
鬼人族。
名前の通り、鬼の特徴を有した人型種族の一種だ。
地球の古き良き日本文化にそっくりな文化を形成し、火山帯付近に集落がある。
故に、彼らの地域にはあちこちに温泉が存在しており、所謂、この世界の観光名所の一つである。
そして、その種族の有するとある一団が忍び、つまりこの世界のなんちゃって忍者だ。
基本的に諜報活動に特化しているが、戦闘能力も素直に高いため、金さえ払えば頼りになる傭兵ともなる。
一応もう一度言うが、なんちゃって忍者だ。
日本の忍者と全然違うやん、とかいうツッコミは受け付けない。
なにせその現地にいる元日本育ちの豪酒神が、鬼人忍者ごっこ集団を勝手に始めやがったんだから、私は悪くないのだ。
ないったらない。
『一応この世界の総監督ですよね?』
「にゃーん?」
あー、あー。
聞こえなーい聞こえなーい。
で、だ。
基本的にそいつらは、その神と忍びの長に忠誠を誓っており、勝手な単独行動は基本しない。
言われた任務を忠実にこなすからね。
だから、こんなちゃらんぽらんに呼ばれてすぐ現れるとか、どう見ても飼い慣らしてるとしか思えない。
しかも気配の隠し方がぶっちゃけ今私の周りにいる四人並み。
あいつらはデフォルトの上に、認識阻害の魔術を使っているから、ほぼ見えないだけで、デフォルトはこの世界のそういうプロと変わらない。
そんなあいつらのデフォルトと同じぐらいの奴、エリートだろ間違いなく。
それをニックネームで? 呼んだらすぐ来る?
どういう関係だこら!
だが茶番をしていると、その鬼は片膝をつき、ユウキの背中にいる私に向けて頭を垂れた。
「お初にお目にかかり……かかるでござる。某、オボロなる鬼人の忍びの一人でござる。レイ殿のことは姐御から常々聞いておる故、存じております。よろしくお願いするで……」
「待て待て待て待て待て。待って、色々待って。一旦止まって」
「某になにか?」
ツッコミを入れていいのかー?
いや、入れていいだろう。
ここじゃ逆に言わなきゃ負けな気がする。
「……そのござるって語尾、素?」
「いえ、姐御たるユウキ殿に、忍びはこういうと教えてもらいました……でござる」
「とってつけなくていい。無理すんな。というかお前、馬鹿じゃないの!? なに変なこと教えてんのさ!?」
「うぷぷぷ。頭が回ってるんすよー。揺すらないでくれっすー」
私は背中からぐわんぐわんと頭を揺らしてやる。
いやほんとに馬鹿なの。
忍ぶ連中に変な語尾教えんなよキャラ迷子になるでしょ!
ユウキの頭から手を離し、こちらを無関心な目で見守る鬼人にビシッと指さす。
「おいオボロとかいう鬼人」
「なんで、ござるか?」
「その取ってつけたような口調な、全然忍者っぽくないから。というか、忍者らしいとか言われて騙されてるけど、忍者の大半がその口調使ってたら平常時でもバレるでしょうが。忍ぶのがお前らの特徴なのにプライドどこいった」
「なん、ですと……」
グギギ、といった感じにオボロはユウキの方に目をやる。
ユウキはサッと目を逸らして口笛を吹く。
誤魔化す気が無くなっている。
というか、こいつ自身そんなことは分かってて、でも本当に信じちまうなんて面白いからこのままにしておこー、的な感じで放置したでしょ。
オボロのキャラが可哀想。
そんなユウキの遠回しな嘘の肯定に、オボロはガーン! なんて効果音がつきそうな顔をする。
「か、かっこいいと言ってくれたではありませんか!」
「いや、似合ってたっすよ? 似合ってたっす。ただまあ、忍者もどき度が増すだけで、本物の忍者らしさは無くなってるなあと、薄々思ってなくも、無かった、っす……うん……」
ユウキが騙していた罪悪感にどんどん顔をオボロから背けていく。
こやつ馬鹿でござる。
自分で仕掛けた罠に自分ではまってるでござる。
オボロは成敗していいと思うでござる。
『伝染ってますがな』
「にゃご」
おっとついうっかり。
オボロはそんなユウキを見て、黒装束で隠された口元からため息を吐いた。
「まあ、いいですよ。悪気があって教えた訳では無いのでしょう?」
「イタズラ心はあったっす」
「…………別に、自分も楽しんで使ってましたし、いいですよ。でもやっぱり、この口調って多少は変に思われるんですね」
「変というより、ネタとしては微妙なのと、この世界の奴が真面目に使ってると物凄くなんとも言えない気分になるから、やめておいたほうがいいよって感じ」
「えー? でも忍者っぽい感じじゃないっすかー?」
「ぽいだけで実際の忍者は使わん。忍者ってのは基本的には普通の一般人として生活してるんだから、口調の使い分けくらいは出来るかもだけど、妙に特徴的な口調を態々使う必要はないと思う。まあ素なら何も言うまいが」
「某達の一団を良くご存知なのですね」
「あ、その一人称は素なんだ。まあなんというか、知り合いがいるからね」
知り合いというか、忍者創立の確信犯ですが。
ここ数年顔見てないなー。
いつか顔見に行くかー。
「で、なんでこいつ呼んだの?」
「あ、そうだったっす。オボロん、薬入れ出してくれるっすか?」
「レイ殿用の高級薬品ですね。こちらに」
「流石オボロん、話が早いっす」
オボロが即座に取り出し、蓋を開けられた薬入れから一本取り出し、私に渡した。
「あーしの持ってる奴の中で一番強力な薬っす。体力全開になるっすよー。筋肉痛も引くかんぺきんぐでバッチグーな薬っす!」
「ん、サンキュ」
大人しくもらい、薬を開ける。
アヴィーが気になったのか、頭の上から匂いを嗅いでくる。
ふむ、普通のとなんか違う?
恐る恐る口にした。
お、意外と苦くない。
シロップのようなものでマイルドにされてる。
ふーん、いいの持ってんじゃん。
市販の最高級ポーションっていかにも良薬口に苦しで、緊急時に飲むのに噎せそうになるんだよね。
「ふふーん、美味しいっしょ。あーしなりに考えてみて、薬に丁度合う甘い花の蜜を入れてみたんすよねー。いやー、知り合いに教えてもらいながらだったっすけど、調合の実験って大変っすねー」
「その実験するだけでそこそこ金が飛ぶなおい……。高級ポーションが一体いくらだと思ってやがる」
「そこはほら、あーしは小金持ちなんで、よゆーっすね。それに、レシピは錬金術協会に知的財産丸ごと売ったんで、結局支出ゼロみたいなもんになったしー」
「なんてやつだ」
「にゃーん……」
ドヤ顔でやべえこと暴露しおった。
あ、いや、そういやそんな話聞いたな組織で。
どっかのSランク冒険者の開発した飲みやすいポーションのおかげで、ポーションの味が全体的に向上したとか。
勿論、甘味を加えられたやつは通常よりやや割高だが、次第にそちらが主流になるだろう。
味的には多分、大したもの使ってないんだろうし。
「んじゃ、オボロんサンキュっす。また用があったら呼ぶっすよー」
「御意」
そう言って、オボロは消えた。
こうして見ると、忍者カッケーって思うよね。
まあ白昼堂々街中で姿を現すと、微妙な気がしてくるけど。
「んで、レイレイの寝床はどっちっすか?」
うぐっ!
やっばいうっかりしてた!
こいつがおぶった本当の目的はそれか!
同じ宿取る気満々じゃん!
私は慌てて降りようとするが、ユウキは私の華奢な足をガッチリホールドして離しそうにない。
いやあああ!
離せえええ!
「いやいやいや、そこまでお世話になるのも悪いしー? 宿には自分で帰るよー。だから下ろしてもらおうかー」
「いやいやいや、別にいいじゃないっすかー。あーしがお世話したいんすよー。にしても、へえー、宿とってるんすかぁー。でも、今のレイレイじゃ、あんまり良い宿取ってないっすよね。レイレイってセレブに拘るタイプでもないし。かといって、安すぎる宿もどうなのか。となると、この都市でほどよい値段で、レイレイが案外気に入りそうな宿というとー……二、三軒あるかー?もしかして木漏れ日亭とか?」
うげっ!?
怖っ!?
こいつ変な所で洞察力怖っ!?
冒険者としての知識怖い!
いやまあ、別に私安宿でも最初はいいかなーと思ってたし。
いっそのこと野宿でもいいかなと思ったくらい。
まあそれは流石にアレン達に止められたけど。
いくら我々が護れたとしても風邪を引きますご自愛くださいって。
泥んこになっても気にしない子供を叱る保護者みたいに怒ってきたよ、うん。
「もしかして、マジで木漏れ日亭っすか? 今背中でビクッと」
「ち、違うし。何処だろうとお前には教えてなんかやんないしー。ていうか、体力回復したし、おーろーせっ!」
「いだっ!?」
魔術的な謎攻撃をユウキの背中に放ち、その衝撃でユウキが手を緩めた瞬間に私は身を踊らせて地面に着地、距離をとる。
反射的に跳んでいたアヴィーも続けて着地。
ふっ、脱出成功。
ユウキは背中を擦りながら頭にクエスチョンを大量に浮かべる。
「いつつつ……。やっぱ回復させない方が正解だったっすかねー……。ていうかレイレイ、明らかにおかしいっしょ!? さっきから痛みを感じてるの、あーしの錯覚だったと思ってたんすけど、どう考えても痛覚入ってるっすよねこれ!? 一体どんなチート使ってるんすか!?」
ほう、馬鹿ゴリラでも流石に気付くか。
『気付きましたね。まあ何度もやられれば』
「にゃーにゃー」
まあ気付いたところでどうにか出来るわけでもないけどねー!
なははのはー!
「あんれー? 今更気が付いちゃったー? 〈痛覚無効〉ばっかり頼るのも良くないよー? 答えを教えてあげると、私がやったのは、管理者権限利用した、スキル無効ってやつだよーっと。私がお前に暴行を加える瞬間だけ、お前の〈痛覚無効〉を封じてるってこった」
まあ今私は封印状態だから、Sがタイミング良く発動してくれてるんだけどね。
これぞ連携プレイ!
卑怯とは言わせねえ!
『うははのはー』
「うにゃー……」
「マジモンのチート! 卑怯過ぎるっす!」
「いいじゃん肉体が筋肉で覆われてるんだし」
「着ぐるみ着てるんだしみたいに言われても痛いものは痛いっす!」
「いや、お前今までの攻撃一度も避けようとしなかったじゃん。お前の動体視力と勘なら、今までの攻撃全部避けれたでしょ」
そう、いくら痛覚を与えられるようになったところで、当たらなければどうってことないのだ。
今の私はどれだけ全力で殴っても、こいつのスピードには勝るわけはないのだから、避けたり防いだりだのは簡単なはずなのだが。
私がそう言うと、ユウキは胸張って答えやがる。
「ふっ、ロリっ子レイレイからの攻撃は痛くてもちょっと痛いくらいっすからね。むしろ喜んで当たるっすよ! ちょっとは痛いっすけど!」
「え、やだドマゾキモイ」
「ガチでドン引きしながら言われた!?」
ガーンという効果音を背負っているが、いやドマゾは勘弁。
まあ殴りたくなった時には問答無用で殴るが。
快楽に変えるとか知ったことかいな。
「まあそんなことは置いといて」
「置いとかれたー」
「もう私も体力の方は結構回復したし、のんびりと帰ることにするよ」
「じゃあ別にあーしがいたっていいっすよね!」
「お前といると心が休まらん」
「がーん」
「口に出さんでよろしい」
私が後ろに一歩下がると、ユウキもじりっと一歩近づく。
また一歩、一歩、一歩……。
そして私はユウキに背を向けてダッシュした。
「スーレア以外、全力でそいつの足止めしといて! 衛兵騒ぎにならない程度に!」
「「「了解!」」」
「おおーっと! パーティープレイはズルいっすよー!」
「戦略的逃走と言うんだねバーカ! 行くよスーレア!」
「はいっ、マスター!」
そして、都市ビギネルで、不毛な追いかけっこが始まった。
街中をぐるぐると駆け回り、一時間ほどかけて、私はようやくユウキを撒くことが出来た。
よーし私の勝ち!
『なんですかね、この争い……』
「にゃおん……」
********
『以下の用語とその解説が追加されました』
「スキル:バフスキル:痛覚無効」
身体の傷痍具合は把握しつつ、痛覚を無効化するスキル。
詳細:単純に痛みを無くすだけでなく、きちんと痛覚の役割も果たしてくれる便利なスキル。
苦痛軽減の派生スキルである、痛覚軽減の上位互換。
スキルレベルは無く、取得と同時にカンスト状態となる、完成系スキルである。
取得してるものは世界でも数えるほどしかいないとか。
補足:まあ、取得条件が想像通りですから、仕方ないですね。
「スキル:管理者権限:スキル無効」
一時的に対象の特定のスキルを無効化するチートスキル。
詳細:本編的にはレイ専用スキル。
一応Sもシステム本体なので使える。
くだらない使い方してるとか言わない。
だってムカつくんだもん。
補足:ゲームマスターだから裏チートでもなんでもありなんです。
ウレク「すみませんが、マスターのご命令通り足止めさせてもらいます!」
アレン「全力で邪魔します!」
メル「御覚悟!」
ユウキ「ヒャッハー!燃え燃えの燃えーっすね!」
レグ『(やっべー。変態が街でヒャッハーしてるよやっべー)』
この後三人がどうなったのかは、また後で。




