58 その雪崩のような衝撃に
「アヴィーも、私のバッグ守りながら大人しくここで待ってて」
「にゃー」
ボクとレグとかいう大太刀の悪魔の後ろに、レイのバッグが置かれる。
多分、野次馬の人間達に預けないのは、万が一にも盗られないようにするためだろう。
組織とか言うところの人間に預けたら、それはそれで突然バッグが消えたように見えて不審だしね。
うんうん、ボクがちゃんと守っておこう。
こっそり影で縛っておいてっと。
これくらいなら、この弱体化した身体でも出来るんだね。
「流れ弾くらい、自分で防いでよね。あ、なんならそいつの刀身の影に隠れてたら?」
ああ、それいいね。
弾除けになってもらおう。
ついでに、さっきのレイに対する態度が気に食わなかったから、引っ掻いておこう。
カリカリカリカリ。
『ぎゃーす!』
ん?
今なんか声聞こえた気がするけど。
さっきまで聞こえてなかったし、気の所為かな?
「あーもー、デビにゃんってば、あんまりあーしの相棒をいじめないで欲しいっす」
デビにゃんが何かは知らないけど、まあそうだね。
この悪魔はこの人間の所持物らしいし、虐めすぎると可哀想かも。
「まあ、なんか変なことしようとしてたら、容赦なく引っ掻いていいっすけど」
じゃあその時は容赦しないでおこう。
『おいこらクソ女!?』
あれ、やっぱり聞こえてる?
『はーい、どうもどうもー。みんなのアイドルにしてマスターの一番の相棒ことSさんですよー』
……誰?
『誰だテメェ』
『一名は仕方ないとして、馬鹿猫悪魔、貴方は酷いんじゃないですか』
いやごめん。
本当に誰か分からない。
『当機、マスターの前ではぶりっ子なので』
君の存在しない口からぶりっ子なんて単語が出るとは思わなかったよ。
『いや、俺様をそっちのけにすんなって。テメー誰だよ? つーか、そっちの猫野郎も、さっきまでにゃーにゃーしか言ってなかったのに、急にまともな声聞こえてなんなんだ?』
え? 君、今ボクの声聞こえてるの?
『ああ? バッチリ聞こえてるよクソが。俺様の素敵ボディに爪たてやがって覚えてやがれ』
『天誅』
『ぎゃー!? なんだいきなり!?』
『いえ、口調が悪いことに腹が立ったので、なんとなく』
『なんでなんとなくで痛い思いさせられなきゃいけねーんだよ意味わかんねー! つーか! 結局テメェは誰だ!』
『だからSですよ。マスターの忠実なる下僕の』
『あァ!? 誰だよマスターって!』
そりゃあ、レイのことでしょ。
『あのクソ女神ィ? いでっ!』
『当機の崇高なるマスターに対して何度もクソとか言わないでもらえますか。マスターをいじっていいのは相棒たる当機だけなんです』
Sって、名前だけじゃないんだぁ……。
『色んな意味をひっくるめてのSさんですから。スーパーでスターでサディストな、超イケてるシステム自動管理用人口精霊。そんなS要素が沢山なSさんなのです』
うわあ、どうしよう。
どこから何を言えばいいのかさっぱりわからない。
『やべぇわこいつ。あのクソ女神の下僕なだけあってマジやべぇ』
『当機に落ち度など無い!』
ツッコミどころしかない!
『とりあえず、適当に今のこの現象を三文で表すとこうです。マスター提案サブキャラ連絡網採用! 作った! 起動した! 以上です』
うっわ予想以上にフリーダムな回答をありがとう。
『んな適当な理由で念話リンクするとかアホじゃねーのか』
『ちなみに、これは完全に当機達専用チャンネルのため、向こうの御二方には一切声は届きません。当機もマスターに付いてるのとは別部隊で出してますから。つまり雑魚悪魔に天誅打ち放題』
『うぉぉおおーい! ユウキー!!』
『ふはははは! 残念だったな! 貴様の叫びは誰にも届かん!』
『理不尽!』
何この茶番。
『茶番は茶番以外のなんでもありません』
『茶番で済ませようとするんじゃねえ!』
はぁ……。
ところで、ボクってルルディーの呪いで、君以外とは話せないんじゃなかったっけ?
『出来てしまったということは、そこの雑魚悪魔は別に問題無いと判断されたのでしょう。馬鹿ですし』
『おいなんか言ったかこら』
『いえ別に。馬鹿としか言ってません』
『言ってんじゃねーかおい!』
ふう、それで、なんで態々こんなことしたのさ?
『別に、ただのノリと嫌がらせですが。あと天誅』
『いででぇ! 息をするように謎の攻撃打ってくんな痛てーんだよ! つーか今までのもお前か!』
『今更気が付くとは、流石雑魚』
『テメェ、いつか俺様の前に姿を現したら覚えておけよ……?』
『明確な姿のない当機に何をおっしゃいますやら』
『……さっき人口精霊とか言ったか? つまり精霊野郎なのかよ?』
確か、実際の精霊とは全然違うんだよね?
どちらかというと、実体を持たない妖精に近いんじゃない?
群れてもないし、自意識も高いし。
『その通りです。当機は天才たるマスターの手により生み出されたユニークスピリチュアル。唯一無二の存在です』
『精霊を作る、って、あの女神は命知らずか何かか?』
なんで?
『いやだってよ、普通は精霊に関する何かをした場合、即座に精霊王にバレてちゅどんじゃねーか』
ちゅどんて。
もしかして前科持ち?
『癪だがその通り。昔精霊に喧嘩ふっかけたらガチで倍返しされた。以来俺様にとってのトラウマツートップの一つ』
うわぁ……。
『マスターが精霊王からなんのお咎めもない理由は簡単ですよ。愛されてるからです』
あい。
『アイ?』
『それはそれはもう、可愛い娘を溺愛する親馬鹿の如く可愛がられております』
『どういうことだ!?』
ちょっと、というかかなり理解出来ない。
厳格にして絶対の精霊王が親馬鹿?
ねえそれなんて冗談?
『まいけるじょーだんではありません。紛うことなき事実です。マスターは事の異様さに気が付いてませんがね』
異様?
『貴方の言う通り、冗談みたいな話なのです。本来であればありえない話。しかし、現実でマスターが平然と精霊関連に手出ししていても無傷なところから、それは事実であると認識出来ます。単に、マスターにだけ精霊王が優しいというだけではないのですよ。マスターだから、精霊王は見逃してくれる。そういうことなのです』
ああ、なるほどね。
『つまり、どういうことだ?』
『知らないし分からない馬鹿はマスターの偉大さだけ認識していろということです』
『どういうことだおい!』
にしても、君って思った以上に変わってるというか、分かりやすい存在なんだね。
『マスターの役に立つ人口精霊がコンセプトですから、分かりやすいのは当然かと』
じゃあ、君の感情は全てレイからの贈り物ってこと?
『いいえ、自分で学んだ結果がこれです』
『学びの意味間違ってねぇ……?』
凄く同感……。
『当機はマスターに喜んでもらえればそれでいいので。必要なら色んな感情を学んで身につけて、マスターを笑顔にしてあげられるようにする。それだけです』
一途だねえ。
『なので、そんなマスターに対する不穏分子は即排除です。危険な天誅落としますよ』
過激派かなぁ?
『危険な天誅ってなんだよ』
『マスターにツッコミ代わりに打つのが、静電気レベルの幻痛が体に走る安心安全天誅。雑魚悪魔に撃つのが、本当に痛みを与えている普通の天誅。そしてガチのは、爆ぜます』
爆ぜるんだ。
『こういうのをモンペっつーのか?』
モンペは知らないけど、多分ちょっと違う気がする。
『モンペではなく従順な下僕です』
『安心安全天誅下すのにか?』
『ツッコミ役ですから』
『マジで意味わかんねー……』
ここの会話だけ常にカオスだなぁ……。
いや、さっきまでのレイとユウキとかいうあの人間のやり取りの方が凄かったけど。
基本的にユウキからのスキンシップにレイがキレてるだけのやり取り。
『ま、マスターとしては、あの人間は別に嫌いでは無いらしいですがね。ただウザイだけで』
『まあ、あいつがウザイというのは同感だ。俺様に対しても、たまにあんな感じになるからな。人間の男児に化けてるってのに、女物着せようとしてきたりするし』
それ色々とおかしくない?
『あいつはもう色々とやばい』
やばいんだ。
「受付嬢のお姉さん、開始の合図、お願いしてもいいですかー?」
レイか組織の人が一時的に防音の結界を解除したのか、レイは後ろの人間に声をかける。
多分試合中も、防音の結界は続行するんだろう。
聞かれたくない会話とかあるだろうし。
「かしこまりました! では、お二人共、準備はよろしいですか?」
「いつでもおっけーっす!」
「問題ないよ」
ユウキもレイも、既に準備万端だ。
「では、五つ数えたら開始です!」
ボク、レイが戦ってる姿まともに見たことないから、ちょっと楽しみ。
『へえ、以外だな。まあ俺も見たことねーねど』
『おや、それは良かったですね。あとで観戦料払ってはどうですか?』
なんでお金取ろうとするの。
まあ、ちゃんとボディガードに努めますよー。
受付嬢は部屋の中で、音声を拡張する類の魔道具を取り出し、声を上げる。
「ごー!」
闘技場の周りから、徐々に音が消え始める。
そのまま、カウントダウンは続く。
『なーんか、どっちが勝ってもムカつくな。勝った方と俺様がやり合いてえわ』
『もしそれで対戦相手がマスターでしたら、貴方は何も出来ませんがね。かといって、あの地球人に勝つ事も出来ないでしょうが』
『だぁー! クソ! 呪いムカつく! クソ女もムカつく!』
君がそうやって反抗的だからだろうに。
まあ、わかりやすく素直に嫌悪を見せてるから、レイとしても殺さないのかもしれないけど。
『それどういう意味だ?』
好意的なのに内心は敵意に塗れてる奴の方がレイは嫌いってことだよ。
昔そんな話を聞いた。
『そうですね。マスターはイエスマンばかりになってしまうのはつまらないので、程よく嫌悪してくれる相手を傍に置くのが楽しいと申しておりました』
『結局俺様を面白要素として見てるだけじゃねーか。そういう傲慢な所が嫌いなんだよ』
傲慢っていうか、誰のことも信じていないってだけな気もするけどね。
『勿論当機は信頼されておりますとも。どやあ』
あーはいはい、あーはいはい。
「いーち!」
さて、始まるね。
はてさて、どっちが勝つのやら。
『ま、勝敗は見えてますけどね』
それって、どっち?
そんなボクの疑念は、次の瞬間吹き飛んだ。
物理的に。
「始めっ!」
結界の張られた闘技場内に、どうしようもないほどの爆風が吹き荒れ、石の床の隙間から砂埃が舞い、ボクらに襲いかかった。
ボクは咄嗟のことに身を構えていられず、後ろの壁へと吹き飛んだ。
ぐえっ。
『……貴方、本日何回目のぶっ飛びですか。なんていうか、こう、ぶっ飛日ですね』
……上手いこと言わないで欲しかった。
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『今回は休憩』
レグ『俺様の素敵ボディに砂が!地味に痛い!』
S『ふっ、砂埃被るいい悪魔ですね』
レグ『うっせえ!』
アヴィ『うぇぇ……口に砂が……』
色々大惨事。




