55 氷柱は折れる気がないようで
ねえちょっとなんでこいついるの。
ねえちょっとなんでここにいるの。
久々に街に出てきたってのにどうしているの。
全身全霊を込めた私の拳に殴り飛ばされた女、もといゴリラ。
黒髪ポニテに袴を着たド変態が、日本人らしい茶目を恍惚と輝かせその頬を紅に染めた。
そして黙ってれば美人に見えなくもない顔で、完全にアウトな発言をする。
「はぁっ、レイレイからの久々の一発、最高っすわー。反射的に〈痛覚無効〉オフにして正解っすわー。小さいお手手で力があんまり無いから痛気持ちいくらいっすわー」
「そういうことを平然と人前で言わないでくれるかな変態ドマゾ野郎」
「野郎とはしつれーな! こう見えても女の子っすよ!」
「そうですか、メスゴリラですか。どうやら脳味噌筋肉の阿呆に人の言語は難しかったようで、それはそれは失礼しました」
「くうっ、久々にレイレイの罵倒コンボ炸裂っす! 相変わらずっすね!」
相変わらず過ぎるのはお前もだ。
もうやだ帰りたい。
私が頭を抑えて頭痛を訴えていると、ルーリアが後ろでワナワナと震えていた。
「えっと、レイちゃん。あの人って、あのユキさん、だよね?」
「え。あー、あー……そうだねー、ソウデスネー」
一応超絶有名人、なんだよなぁ。
こんな変態野郎だけど。
こんな変態野郎なのに。
私が素っ気なく返事をすると、今度はノクトの方が驚きを表す。
「いやいやいやいや、レイチェルちゃん。ユキってあの『疾風迅雷』で有名な、えっ、Sランク冒険者じゃねーか!?」
「あーしを呼んだかー!」
「うおっ!?」
ノクトに自分の二つ名を呼ばれて、ハイテンションでこちらに現れるユウキ。
文字通りの瞬間移動。
神出鬼没。
そして自重する気が一切無いらしい。
さりげなく近付いてきて即座に抱きつこうとするユウキの顔面を、私は抑えて押し返そうとする。
「呼んでない。呼んでたけど呼んでないから、帰れ」
「もー、冷たいっすねぇー」
「塩対応で何が悪いか」
「全然いいっすわ!」
「いいんかい」
結局、今の弱体化した私じゃこいつに勝てる訳もなく、大人しく捕まってしまう。
ううー、一時的に力解放してぶん殴って逃げたいー。
こいつの名前はユウキ・カンザキ。
黒髪茶目の、ただの日本人だ。
ええ、日本人です。
ポニテを揺らしながら幼女の私に興奮してハートマーク撒き散らしまくってるけど、れっきとした日本の元じぇーけーです。
今は二十歳過ぎてっけども顔は案外若く見えるので、美人っつか美少女っていうか、撫子美人? な感じの美人だ。
美人だが、変態なせいで大分マイナスである。
冒険者としては、ユキという名前で通している。
しかも、みんなが憧れ切望し、命懸けで目指す冒険者の最高ランクであるSランク冒険者だ。
冒険者はBランク以上になると二つ名を名乗れるようになり、かなり名が通るようになる。
なのだが、こいつは実際の二つ名以外にも、色んなあだ名のようなものをつけられていた。
何故なら、こいつの戦闘方法が特殊過ぎるから。
ある時は持ち主と同じくらいのサイズの大剣で超大型魔獣を一刀両断し、ある時はアダマンタイトゴーレムを巨大槌で粉砕し、またある時は魔法を無数に展開してゴブリンキング率いるゴブリン大軍を一騎当千する、などなど。
その時の状況に合わせて、武器の形状を変えて戦うのだ。
武器を変えるのではなく武器の形状を変えるってなんぞ? と思うかもしれないが、こいつが背中に掲げる黒い大太刀はそんな意味不明を可能にする。
武器の内側にある魔力を外に纏うことで、ユウキの望み通りの形になるのだ。
ちなみに、質量は変わらない。
といっても、どの形状でも保有している魔力の量のせいで、ユウキ以外持てないんじゃないかってくらいに重いのだが。
……ようは全くもって普通の武器ではない。
今もなんか勝手にカタカタ動いてるように見えるし。
つかアレな、動いてるね、確実に。
とにかく、こいつはありとあらゆる戦闘スタイルを有する。
武にも魔にも精通しており、全てにおいて一流にして天才級。
どんなに困難だと言われていることでも、そつなくこなしてしまう。
もはや天才というより天災である。
だからこそ、『黒破』だの、『魔狂戦士』だの、色々な呼び名があり、そのどれも正しい。
二つ名ってなんだっけと思うぐらいに、色々呼ばれ過ぎである。
一応、メインの二つ名は『疾風迅雷』だ。
で、そんなこいつと私の関係性は何かと言ったら、まあ、ファンタジーあるあるの、あれですよ。
召喚した神様と召喚された転移者。
ただそれだけ。
たったのそれだけである、のだが……。
「んぁぁぁ、レイレイが可愛すぎるっすよぉぉぉ」
「……暑苦しい」
「あーしは今めちゃくちゃヒートしてるっすよー!」
「するな! はーなーれーろー!」
「ああー、離れたくても非力であーしを振り解けないレイレイも可愛いー」
何故かこの懐かれよう。
暑い、ウザイ、キモイのアンハッピーセットである。
くそうくそう。
こいつ私が人間で弱体化してるからって調子乗りやがって。
いいよ分かったよやってやんよ。
神の力見せてやらぁ!
Sさんがな!
『天誅』
「のわあぁぁぁああ!? なんかビリッときたあああ!?」
ユウキは私から手を離し、床をのたうち回った。
ふっ、ざまぁ。
私は目線より下になったユウキの肩に、足を乗せながらニッコリと笑った。
「ただの天罰だよ安心しな」
「今は〈痛覚無効〉オンにしていたのに激痛を感じるってどんな天罰なんすか!? いや天罰だからなんすか!?」
「やだなー、私に不可能なことはないんだよー」
「知ってるっす」
「そか」
でしょうね。
「とりあえずもっかい抱きつかせてっすー!」
「いーやーだ! かーえーれ!」
私がユウキを両手で抑えていると、横で呆然としている四人が見えた。
「……なにさ」
「いや、なんていうか。とりあえず、レイちゃんってユキさんと知り合いだったの?」
「そうだけど?」
「初耳だよ!?」
「ソウダネ」
「ズッ友っすよね!」
「違うよ」
「むー」
むーじゃねー。
ルーリアは本当に意外だったのか、ポカーンとしている。
まあ、ユウキは一見、ルーリアと違って神となんの関係もなさそうだけどね。
召喚された奴って時点で関係ありまくりだけど。
謎の微妙な空気が流れる中、不毛な争いと力の拮抗を繰り返してる私達に、空気が読めてんのか読めてないのか、アヴィーを抱えたままのリグアルドが近づいてきた。
「ユキさん、お久しぶりです」
リグアルドは、珍しく興奮気味に丁寧な口調で話しかけた。
その目は憧れの人に再会したかのようにキラキラした目で、いつもの仏頂面は完全に崩れていた。
誰だお前。
誰ですかお前様は。
そんなリグアルドを不信に思うことも無く、ユウキは私に踏みつけられたまま自然と対応する。
いやこのままなんかい。
「やーやーリグリグの少年、お久っすよー。相変わらずおにいさん目指して励んでんのかーい?」
「はい。まあ、まだまだ兄上には及びませんが」
「そーっすか。青春っすねー、いいっすねー。……春は遠そうっすけど」
ああ、うん、空気見て察するよね。
こいつが安定のにぶちんぶりだってことが。
「にしても、レイチェルと知り合いだったのですね」
「むしろあーしとしては、エル……ルーリアちゃんとレイレイがお友達なことに驚きなんすけど。レイレイ、相変わらず交友関係広いっすねー」
私はお前らが知り合いなことは知ってたがな。
私とユウキとの関係は、私達以外誰も知らなかったのは当たり前でしょ。
「私は世界の狭さを感じたよ。なんで全員集合みたいな感じになんのかな。んでもって、地味に力を抜きながらもじりじりとこっちに寄ってくるのやめてもらえますかねぇ!? 思いっきり手を抜かないでくれるかなぁ!?」
「だって、あーしが本気近づいたら今のレイレイは死ぬっすよ?」
「知ってるよバカ! ムカついたから言っただけじゃい!」
「やーん、レイレイ弱くてもかーわいー」
『天誅』
「ぬぁい!? またなんか痛い!?」
「ふーははは! 私を馬鹿にするとこうなるんですよバーカ!」
「レイレイめっちゃハイテンション! 好きー!」
「ぎゃー!」
結局、予想通り押し相撲に負けて、私はユウキに抱き着かれる。
ぬあああ。
暑苦しいんだよゴリラァァァ。
「にゃー」
「んっ?」
不意にユウキが私にぎゅーするのをやめて、リグアルドの腕の中にいるアヴィーに目を止めた。
しばらく、小さな沈黙が流れた。
「……なんすか? その猫」
「この猫は僕のではなく、レイチェルのペットらしいんですが」
「ふーん……?」
ユウキはマジマジとアヴィーを見て、雑に首根っこを掴んだ。
「にゃん」
アヴィーはあくまでただの子猫の振りをする。
ユウキはアヴィーをじっと見つめる。
しばらく不思議な空気が流れたかと思うと、
「いやー、可愛い子猫っすねー! よーしよしよしよし」
「にゃー!」
普通の可愛いもの好きの女の子みたく可愛がった。
……こいつ、絶対正体に気が付いてるでしょ。
何せ、あいつと同じなんだもんなぁ……。
私がそう思うと、ユウキの背中の大太刀がカタカタとまた揺れた。
ユウキはそれを見て突然嫌そうな顔になり、舌打ちする。
そして大太刀を手に持ったかと思うと、
ガンッ!
思いっきり床に向かって殴りつけた。
それはもう、人間や魔物を殴るように、思いっきり。
あーあ。
特にその光景に驚かなかったのは私だけで、他のみんなは驚いていた。
「……え、自分の武器、殴った」
「え、ちょっ!? ユキさん、自分の武器に何してるんですか!?」
「それって貴重な武器なんじゃねえんですか!?」
「た、大切な剣ですよね?」
四人の言葉に、ユウキはキョトンと首を傾げる。
「いや、五月蝿かったら殴りたくなるじゃないすか? カタカタ構ってちゃんみたくうるさいから殴っただけっすよ」
言ってることが意味不明。
謎の暴君だ。
リグアルドには思い当たる節があったのか、ユウキに尋ねた。
「……もしかしてそれ、本当に意思がある武器なんですか?」
「そっすよ?」
「「「ええっ?」」」
え、そんなに驚く?
別に精霊が気まぐれに宿った剣とかあるでしょーに。
まあ宿ったとしても、その精霊の声を聞くことが出来るやつってなかなかいないけどね。
ユウキは頭をかきながら、大人しくなった大太刀を背中に戻し、私の方を見た。
「んー、レイレイ、ちょい向こうで話さないっすか? ここじゃ色々とまずいっしょ?」
「……そうだね。一旦、ギルドの裏にでも行こうか。行くよ、アヴィー」
「にゃあ」
ユウキの腕からぴょんと逃れ私の足元に擦り寄るアヴィーを連れて、私は先に歩き始めた。
ユウキはそんな私に楽しそうに付いてくる。
その途中で振り返り、四人を見た。
「今からちょーっち内緒のお話するんで、誰もついてこないでくれっすー。着いてきたら、そっすねー、黙らせちゃうっすよ」
こいつに黙らされるとか普通に恐怖。
私は笑顔で脅迫するユウキにため息をつきながら、久々に来たばかりの冒険者ギルドを出た。
……あーあ、再開初日から出鼻をくじかれたよ、盛大に。
『どんまいです、マスター』
「にゃーお」
********
『今回は休憩』
S『この前ネット徘徊していて、当機、分かったのです』
宙:え、なにやだなにか悪寒が。
S『前書き後書きで確信犯が登場する作品は人気がないものと認識されるそうなので、物理で解決すればいいと理解しました。つまりこういうことです』
ピチューン!
レイ「ん?なんか今ピチュった音したけど何事?」
S『いえいえ別に何も』




