54 雪すら吹き飛ばす一本
「アヴィー、ちょいこっち」
「にゃ?」
私は部屋に戻ると、アヴィーにベッドに登るように手招きする。
素直にアヴィーがベッドに来たので、即座にその首にバッグから取り出した首輪を嵌めてやった。
「うにゃあ?」
いや、街の中に魔物の類を入れる場合には、契約の首輪は絶対だからさ。
一応お前、魔物よか恐ろしい存在だし。
「にゃん」
アヴィーは納得したように頷いた。
魔物用の首輪は、一応小型大型の魔物に合わせて色んなサイズがあるが、高級なやつだと魔物の首にはめたら自動的にサイズが合うやつがある。
質量保存だとか物理法則とかどうなってんのと思うかもしれないが、一応これでもファンタジー世界。
魔術を駆使すれば案外なんとかなる。
まあ魔術だって一定の法則はあるけども。
バッグの底に一応入れておいた、いつか面白そうな魔物や魔術がいたらペットとして捕まえようかなぁと思って用意しておいたら、まさかアヴィーに使う羽目になるとは。
組織から持ってきておいてよかったー。
ちなみにスライムみたいな、首って何? みたいな流体類系の魔物の場合は、特別な魔水晶を飲み込ませる。
まあ、スライム連れるやつなんて中々居ないけどね。
私はベッドに腰掛けて髪を下ろし、もう一度櫛を通す。
ふむ、たまにはポニテにでもしようか。
気分転換ってねー。
「にゃにゃあ」
アヴィーが似合ってるよと言うように鳴く。
ふっ、赤髪ポニテロリっ子だぜ!
最後に花の髪飾りも付けてっと。
さて、行きますか。
私と四人は秘密基地から出て、都市ビギネルの路地裏に出た。
路地裏から通りの方に足を踏み出して、久々にビギネルの街並みを見上げた。
うむ、一週間くらい引きこもってたせいで日差しが眩しい。
太陽は敵とかいうヒッキーの気持ちが今なら少しくらい分かるかもしれない。
「……レイ、か?」
そう太陽を見上げながら眩しさに目をおおっていると、後ろから声が聞こえた。
既に後ろの四人が認識阻害のマントを使っていることを確認してから私が普通に振り返ると、そこには久々のセルトがいた。
「よっ。久しぶり」
「……久しぶりだな。意外と元気そうで」
「はてさて、私が元気ない時なんてあったかなー?」
「……あの時はそうだっただろ」
「気の所為だよ、気の所為」
「……お前がそう言うなら、それでいいけど。また戻って来たんだし。……で、その猫はなんだ?」
やはりそこに気が付くか。
私の頭の上でデロンと日に照らされて伸びたアヴィーを指でつつく。
そこで呑気に日光浴とはいい度胸じゃないか。
「うにゃー」
「こいつは私のペット。まあペットというか、おもちゃというか。そんな感じのやつだ。ちなみに名前はアヴィーだ」
「……なんか、鳴き方が地味に変な感じするんだが?」
セルトが私に近付いて、アヴィーに指を近付けてみる。
アヴィーの方から頭をぐりっと突き出して、セルトの指に触れる。
「にゃん」
「……なんかこう、猫の鳴き真似みたいな猫じゃないか? いや、猫なんだけどさ」
「変な猫なんだよ気にするな」
「……魔物か?」
「まあそんなもん」
「……ふーん」
私とセルトは、横に並んで歩き始める。
「……冒険者ギルドに寄る予定か?」
「まあねー。一週間ぶりのルーリア達の顔でも見とこうかなと」
「……ルーリアさん、ちょっと寂しそうだったぞ」
「あはは、別に、そんなに長い付き合いでも無いのにねぇ?」
昼の青空と太陽が燦々と私達を照らし、引きこもっていた身としてはちょっと痛いくらいに眩しい。
でもまあ、なんとなく、今は外でこうしている方が落ち着くね。
例え嘘をついた生活だとしても、楽しいのは嘘じゃないし。
セルトと他愛ない話をしながら、冒険者ギルドへとたどり着いた。
そういや、アホギルド長にも一度顔合わせておかないとなー。
事の顛末話して、特別に作ってやった資料を売りつけるために。
私は冒険者ギルドの扉を開けた。
「おっ? レイチェルちゃんじゃねーか! ちょい久しぶりだなー」
「どーも」
「セルトもおーっす」
「……どうも」
入って早々、ノクトに出会った。
そしてやはり、ノクトも私に近づいてきて頭の上のアヴィーをつつく。
「何だこの猫?」
「猫ですがなにか?」
「ええー……」
ツンツンツンツンとノクトはアヴィーを続き続ける。
アヴィーは段々嫌になってきたのか、身を後ろに引いていく。
「にゃー……」
「おっと嫌がられちった。で、なに。魔物? 捕まえたのか?」
「まあそんな感じ。名前はアヴィーだよ」
「にゃー」
アヴィーがどんどん後ずさるものだから、私の後頭部へずるずると落ちていく。
髪が乱れるのも嫌なので、私はアヴィーを掴んで腕に抱いて優しく撫でてやる。
アヴィーは気持ち良さそうに喉を鳴らした。
そこ様子に、ノクトがほほうと唸る。
「随分と飼い慣らしてるんだなー」
「別に大抵のペットは拳で言うこと聞かせられるでしょ?」
「ごめんレイチェルちゃん何言ってんの」
「……意味不明」
はて、何かおかしいことを言っただろうか?
だって私が今までに捕まえたペットといえば、大概物理でどうにかなったそ?
一匹は、まあ気まぐれに遊んでやったら懐いてきて。
一匹は殺しにかかってきたから返り討ちのボコスカ山にしたら勝手に着いてきて。
その他龍なんかも、大抵殴って黙らせてるし。
アヴィーもぶっちゃけボロボロになってるところに勝手に首輪つけた感じだし。
調教と書いて殴るって読むんじゃなかろうか。
『マスター、それは価値観がだいぶ違うかと。あとそれらはペットじゃなくて、殆ど害獣じゃないですか』
「にゃーぁ……」
そういやそうか。
大人しいアイツ以外は害獣やね。
私がアヴィーを撫ででほのぼのしていると、向こうからルーリアとリグアルドの姿が見えた。
「ルーリアにリグアルド、やっほー」
「久しぶりだな、レイチェル」
「レイちゃん、久しぶ……」
ルーリアが私に近付いてきて、ピタリと止まる。
その目は完全に、アヴィーに固定されていた。
「か……」
「おいちょルーリア」
「可愛い〜〜!」
「いってこーい!」
「にゃー!?」
こっちにダイブされたくないので、私は思わずアヴィーをルーリアにパスした。
ルーリアはきちんとキャッチし、腕の中に完全に捉えて頬擦りをした。
「なぁにこの子すっごい可愛い〜。ねえレイちゃん、この子だあれ〜?」
「私のペットのアヴィーだよ。存分に可愛がってやれ」
「わあい〜」
「にゃにゃ!?」
『ぷーくすくす』
「アヴィーちゃんっていうんだ〜。私はルーリアだよ〜、よろしくねぇ〜」
「にゃぁぁぁ」
『馬鹿悪魔無様ぁぁ』
やめてやれって。
にしても、そうか。
ルーリアはこういう可愛いのが好きか。
アヴィーは可愛がられすぎてめっちゃじたばたしている。
まあ、うん、ルーリアの癒しになってやれ。
私は腰に手を当ててため息をついた。
「全く、寂しがってたとか聞いたけど、一気に全回復じゃん」
「レイちゃんが帰ってきてくれた事もちゃーんと嬉しいよ〜? でもでも、この子が可愛いから〜」
「はいはい、そのまま持っててくれていいよ」
「わ〜い」
「にゃぁぁ……」
アヴィーは諦めることにしたのか、じっとしてルーリアに可愛がられることにしたらしい。
ルーリアって可愛いものに対してはこういう反応するんだなぁ。
そう思って眺めていると、リグアルドがアヴィーをみながらソワソワしていた。
……おめーもかよ。
「ルーリア、リグアルドにも触らせてやったら?」
「はっ、そうだね! ごめんねリグル〜。つい夢中になって〜」
「いや別に、楽しそうだから構わない。なんとなく、触れてみたいと思っただけだ」
「はい、どうぞ〜」
ルーリアからアヴィーを手渡され、リグアルドは恐る恐る腕に抱く。
アヴィーも、一旦ルーリアから解放されて、リグアルドの方に体を傾けた。
リグアルドはそっとアヴィーを撫でてやる。
「……可愛いな」
「……っっ!?」
ルーリアがリグアルドの一瞬緩んだ笑顔と優しげなイケメンボイスの褒め言葉に反応し、アヴィーを軽く睨む。
ねえちょっとまさか嫉妬してんの?
そういう風に可愛いって言われたアヴィーに、たかが猫に嫉妬してんの?
子猫だぞ?
ねえ子猫だよ?
その空気を察したノクトが、リグアルドの肩に肘を置く。
「じゃあリグアルドよー、ルーリアちゃんとその子猫、どっちの方が可愛いよ?」
「ちょっ!?」
ルーリアがあわあわとノクトを止めようとするが、リグアルドの答えを聞きたいのか押し留まる。
リグアルドはアヴィーとルーリアを交互に見て首を傾げると、
「両方可愛いと思うが?」
安定のド天然をかました。
「〜〜〜っっっ!」
ルーリアは耳まで真っ赤にして、顔を覆って地面に蹲った。
セルトは相変わらずの光景にため息を吐き、ノクトはやっぱそう来るかと苦笑いし、私もやれやれと肩を竦めた。
なんだこの光景。
朝からあちこちでゲロ甘な雰囲気を見せられてた気がする。
私がそう呆れ気味に思うと後ろの不可視の四人がくしゃみをした気がした。
そうして、いつも通りの空気に戻ろうとしている時であった。
「レ……イレイ……?」
ギルドの鍛錬場の方に繋がってる方から、そう声がした。
私がその声に反射的に振り返ると、それだけで答えになったのか、その人物は顔を明るくした。
「ま、まさ、まさか、ほほほ、本当に、レイレイ、なんすか?」
口元は震え、そう半信半疑を口にするが、目は確信した光を宿している。
「……うげ、ユウキ」
私が心底嫌そうな顔をしてそう名前を呼ぶと、それだけであいつのブレーキはぶっ壊れた。
「レーイレーイ!!」
刹那、文字通り目にも止まらぬ速さで、そいつは私に向かって突っ込んできた。
が、例えその動きを知覚出来なかったとしても、予測済みならば問題ない。
私はあいつが向かってくる軌道上に向かって、構えをとり、拳を引くと、
「だらっしゃぁぁぁああ!」
全力のストレートで、腹パンをくらわしてやった。
「あふんっ!」
なんだか変な声を出して、そいつは反対にころがっていく。
そしてギルドのテーブルの足に当たり、その場にぐてっとなる。
私は拳を引き戻し、息を吸った。
「一本!」
『違う、そうじゃない』
いやあ、ついつい。
転がったあいつは顔を上げると、にへらっと心底嬉しそうに笑った。
「ふへっ、うへへっ、あっははは」
なんで殴られて嬉しそうなんだよ意味わかんない。
私が殴った、このメスゴリラ、ユウキ。
ユウキ・カンザキは。
地球人で、日本人で、召喚された者で、皆が憧れ畏怖する最高ランクたるSランクの冒険者だが。
とりあえず、ただの、知り合いである。
ただし、出会い頭に殴る程度の。
『知り合いとは……』
「にゃーぁー……」
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『今回は休憩』
宙:と、言うわけでー。新しいキャラは日本人でしたー!いえーいパチパチー!
S『やばい作者と同じ日本人というだけで変態な気しかしません』
レイ「同じく」
宙:まるで日本人が変態みたいに聞こえる発言はやめなさい。まあ僕の変態っぷりを元ネタに作ったキャラだから、変態なのは認める。
レイ&S「『うわやっばいキャラやん……』」




