53 雪の届かぬ地下での朝食
私がアヴィーを頭に乗せ、Sのペンダントを首にかけて、ラフな部屋着を着て部屋から出ると、アレン達が交代で食後を取っていた。
うんうん、ちゃんと休憩取れているようで何より。
「あ、マスター、おはようございます」
「おはようございます、マスター」
部屋の向かいにある壁付きキッチンで料理を作っていたメルウィーとウレクが振り返る。
手元のフライパンで絶賛料理中なのはスクランブルエッグだろうか。
うむ、美味そう。
「おっ、んぐっ、おはようございます!」
「おはようございます。スー、ほっぺに付いたままだぞ」
「あうっ」
スーレアが私の姿を見た途端挨拶しようとするが、食べていたパンが詰まりかけてつっかえていた。
そんなスーレアのパンカスを、アレンが優しく拭いてやる。
朝からイチャイチャしてますね。
まあ平和でいいけども。
「おはようございます。具合はどうです……か?」
「おはようございます、マスター。一応、顔色は良いみたいですけ……ど……」
「あ、マスター、おはようございま……。……なんですか? その不気味な子猫」
部屋の前に、四人の代わりに警護のため立っていた、ライディル、オルヴィン、クーリアは、挨拶してきて即座に、一応気配を消していた子猫アヴィーに気が付き、顔を顰めた。
そういや、こいつらはアヴィーと入れ替わりでやって来たから、アヴィーのこと知らないか。
「私の方はもう大丈夫。んで、一応紹介するね。こいつはアヴィーラウラ。私が首輪つけて飼ってる、まあペットみたいなやつだ。今は弱体化して猫の姿とってるけど、一応悪魔だから」
「悪魔さんですか? 初めて見ましたー。なんだか、不気味な魔力を宿してますね。触ってみてもいいですか?」
「別にいいよ」
クーリアが目隠し越しに、アヴィーの魔力の流れを看破し、その不気味さを理解した上で手を伸ばす。
私が飼ってるから、特に怯える必要が無かったのだろう。
アヴィーは一瞬私の頭の上で小さく震えるが、大人しくクーリアの伸ばした手に捕まえられる。
クーリアは優しく抱くと、見た目だけは愛らしい子猫のアヴィーに頬ずりした。
「わぁー、可愛いしあったかいー」
「にゃー」
「……マスター、なんかこの悪魔猫、凄く鳴き方が下手なんですけど」
「元が悪魔なんだからしゃーなし」
「ええー……」
オルヴィンが微妙な顔をするが、私に言わないで欲しい。
〈念話〉を使えないらしいんだし、仕方ないと思う。
「一応、この子猫は安全な者なのですか?」
「別にお前達に危害を加えることはないよ。まあ、そっちの四人には、ちょっとやらかしてるけど」
ライディルの問いに答えて、四人の方を見ると、四人は呆然としていた。
え、そんなに驚き?
子猫になって現れて驚き?
「なんでしょう……。子猫だとしても、中身があの悪魔だと思うと、あまり可愛いと思えないのですが……」
「メルウィー、それは正しい。こいつは猫だろうがなんだろうか、全くもって可愛くなんてないから」
「にゃ!?」
アヴィーがガーンとショックを受けたような顔をする。
いや、可愛くないでしょお前は。
『ぷっ』
「にゃにゃあ!」
Sの笑い声が聞こえたのか、アヴィーがクーリアの腕の中で悔しそうな声を上げる。
会話出来なくても何言ってるかはなんとなく分かるよなー。
「まあそんなわけで、これからこいつも私の冒険のお供として加わることになった。別に大した意味は無いけどね。お前達のやることに代わりはないし」
私はキッチンに近付き背伸びをして、メルウィーの手元のモーニングプレートを覗き込んだ。
「ほほうほう、中々美味しそうじゃん。私の分も頼める? 材料にも限りがあるだろうし、量とかメニューは普通にお前達と同じでいいよ。この通り、自分で作りたくても、 身長がねぇ」
「わ、私なんかでよければ、喜んでお作りします」
「マスターに作らせるのも、なんだか悪い気がしますからね」
「じゃあよろしくー。スーレアとアレンは、別に私のことは気にせず食べてていいよー」
「ありがとうございます」
「そうさせていただきます」
食べるのを再開したアレンとスーレアの向かいのソファーに座り、メルウィーとウレクの手料理を待つ。
オルヴィンとライディルが私の後ろに控え、クーリアが私にアヴィーを渡して、同じく控えた。
私がアヴィーを撫でながらほのぼのしていると、オルヴィンが思い出したように口を開き、
「そういえばマスター、前にユウキさんに、マスターの今やってる事と居場所を教えちゃったんですけど、やっぱりダメでしたかね?」
さらっと爆弾発言を落とした。
「…………あ?」
「ふにゃ!?」
オルヴィンの言葉に、私が反射的にアヴィーの体を握ると、アヴィーがビックリして硬直した。
私はゆっくりと振り返り、出来るだけ笑顔でオルヴィンに目を向けた。
オルヴィンはビクリと震え上がる。
「……今、なんて言ったかな?」
「え、えと、その、ユウキさんに、マスターの今やっていることと、その居場所を、教えてしまっ……て……」
「……ほう」
「ぐにゃあ!」
『馬鹿悪魔が死んだー!』
アヴィーが雑巾みたいに握られ、私の手の中でぐったりした。
しかし私は構うことなく、笑顔を消して立ち上がり、オルヴィンを睨みつけた。
「お前かあああああ!!」
「ひいっ!」
「にゃー!」
『飛んだー!』
そして容赦なく、オルヴィンに向かって子猫アヴィーをぶん投げた。
動物愛護団体に喧嘩売ってるようだが、だがしかしこいつは以下略。
オルヴィンは見事にアヴィーをキャッチし、私から距離をとるように一歩身を引いた。
しかし私は逃がすまいと、ズカズカと歩いてオルヴィンに近づいた。
「あいつに? 私のやってることと? 居場所を? 教えたって?」
「ひうっ……」
「にゃあ……」
オルヴィンは私の笑顔の殺気に腰を抜かして、アヴィーを抱き抱えたまま部屋の扉と扉の間の壁に追い込まれる。
アヴィーもオルヴィンの腹の上で震える。
私はそんなオルヴィンに跨って、その胸ぐらを掴んだ。
「そんなことしたら! ひじょーに面倒なことになるのは! 大いに予想がつくでしょうがぁぁぁぁああ!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいー!!」
「にゃー!」
私が掴んだ胸倉ごと体をブンブンと揺すると、オルヴィンが涙目になる。
アヴィーもそれに巻き込まれ、頭を抑えてブルブルと震えていた。
しばらく揺すり終えても、私のイライラは収まらなかったので、とあることを思いついた。
「よし分かった。ではオルヴィンは今からこちょこちょの刑に処します。異論反論抗議は認めない」
私が怖い笑みを浮かべながらワキワキとした手を近付けると、オルヴィンが真っ青になる。
「え……ちょ……ま……!」
大丈夫大丈夫、私、やると言ったらやる女。
『うーん、なんかニュアンスが微妙に違いますねー?』
しばらくして、床には打ち上げられた魚のようにピクピクしたオルヴィンと、巻き込まれたアヴィーが同じくぐったりとしていた。
よし、私、満足。
「お待たせしました」
「うむ、どうも」
私が席につき直すと、メルウィーがオルヴィンのことなど素知らぬ涼しい笑顔でモーニングプレートと牛乳の入ったコップを運んで来た。
半分に切った食パンにハムとチーズを挟んだサンドに、スクランブルエッグ、それと野菜のサラダの乗った、中々綺麗な朝食だ。
「いただきます」
手を合わせて、私はハムチーサンドを食べた。
挟んだパンがこんがり焼かれてて、チーズもとろけてうまー。
「むぐむぐ。んで? 何か言い訳があるなら一応聞いてあげようじゃないかオルヴィンくん?」
私がそう言うと、オルヴィンはのそのそと匍匐前進し、私の膝上にぐったりしたアヴィーを乗せ自身は横に正座した。
「はい、その、えっとですね。この前休暇だった時に、ユウキさんに会ったんですよ。それで、他愛ない話をして……気が付いたらマスターのことについてポロッと」
もぐもぐ、スクランブルエッグも塩加減が丁度ええね。
他愛ない話をしていたら、ねえ。
「お前も諜報員なんだから、そういう会話内においての情報の抜き出し方も、逆にそれに対する対処法も学んでるはずでしょ? なのに簡単に話しちゃったの?」
「……言い訳に聞こえるかも知れませんが、多分、思考が鈍くなる系統の香を使われていたかと。自分も一応それに対する耐性も上げてますけど、それでも思考が鈍ったくらいなので、多分、組織で使われている香かと……。それに、さりげなく話の中で流してしまいましたし……」
「あー……。それはもしかすると、エシムのやつになんか上手い話術を吹き込まれたのかも。しかも催眠効果のある香まで所持していて、それらを私の情報を抜き出すためだけに使ったのかもなぁ……」
「ああ、成程、エシムさんですか……」
私は頭が痛くなりながら、サラダに口をつける。
もしゃもしゃ。
あいつ誑かしたとか書いてたけど、そういうことかー。
あの変態ゴリラにそんな面倒な技術を身に付けさせやがって。
エシム、許さん。
「その、自分でも、深く反省しております。いか様な処罰でも受けますので」
「いや、別にいいよ。さっきお仕置きしたし」
私がそう言って牛乳を飲むと、オルヴィンも他の全員もきょとんとした。
え、そんなに意外?
「で、ですが、自分が腑抜けていたせいで、マスターを面倒なことにさらしてしまうわけで。訓練不足と警戒不足が招いた事態ですので、罰はちゃんと」
「いやいや、別にいいよ。大した罪じゃないから、大した罰もない。どうせあいつの勘でいつかはこうなる気はしていたし。お前も悪いかもしれないけど、そもそも私についての情報抜くためにお前を利用したユウキが悪いわけだし」
「ですが……あうっ」
私はしつこいオルヴィンの額を弾いた。
「私がいいって言ってるから、いーいーの。別にもう怒ってないし。ていうか、怒るならあいつに怒るし。お前が自分でまだまだと思うなら、もう一度自主的に訓練受ければいいでしょ? 好きにしなって」
「……申し訳ございません。ありがとうございます」
「ん。じゃあこの話は終わりね」
私は残った牛乳を飲み干して、手を合わせる。
「ごちそうさま」
ペロリと速攻食べ終えて、私はソファーから立ち上がる。
「そうそう、急で悪いんだけど、私今日からまた冒険者活動再開するから」
「えっ、もうお体は大丈夫なんですか?」
「大丈夫って言ったでしょ。あのマッドロリドクターからも、もう大丈夫だって言われてるし」
ちなみに、あいつらは私の治療とダンジョン製作が終わり次第、さっさと帰った。
今回色んな魔物を作ったことにより、次にやりたいことが、ピィリィの中で色々思いついたらしい。
まあ仕事してくれて有難いんだけどさ、使えるやつなんだけどさ、やっぱいつ薬刺されるかと思うと怖いんだよね。
いやホント、あいつ物理はそこそこだけど、持ってる薬がえげつないものばっかで、自作の合成獣もやばいもんばっかりだから、まともに戦いたくなくなる。
神としての格はそこそこだけど、総合戦闘能力が推し量れない。
あーやだやだ。
「そんなわけで、一応用意はゆっくりでいいけど、昼までには出るつもりだから、四人は準備しておいてねー。あ、クーリアとオルヴィンとライディルはこれで終わりね。突然の任務ご苦労様」
「「「「了解です」」」」
「「「ありがとうございます」」」
三人を労って、私は部屋に準備しにアヴィーと共に戻った。
さてと、冒険者生活、再開しますか。
『レッツラゴー』
「にゃー」
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『今回は休憩』
宙:お仕置きこちょこちょって中々に……。
S『いや確信犯誰ですか』
宙:なってこった!私じゃないか!
S『アーハイハイ。アーハイハイ』
宙:(しょぼんぬ)




