5 神は冒険者にジョブチェンジ
とうとうやって来てしまったぜ。
私の時代が!
じゃなくて、冒険者ギルドに!
『時代もなにも、そもそもこの世界を裏から操作しているのはマスターですけどね』
あれ、ある意味ずっと私のターン状態だったり?
『ある意味そうですね』
なにそれ私強い。
『事実この世界最強でしょうに。あ、いや。二、三番目でしたっけ?』
そうだよ。
私がトップってだけで、実力ナンバーワンなわけないじゃないか。
パワーバランスはきちんと保ってるつもりだよ。
「マスタ〜」
突然Sからではなく、直接耳に私をマスターと呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、そこらの住民と似たような、所謂ちょっとおしゃれした平民の格好をした少女が、満面の笑みを浮かべて走ってきた。
そして私の前でピタッと立ち止まると、何故か綺麗に敬礼した。
「メルウィー、ただいま到着致しました!」
うん、到着したね。
でもマスターと敬礼はあかん。
「ご苦労様。でも私言ったよね? マスターって呼んだり敬意を払うのは禁止だって」
「ああっ、すいませんでした。マス……レイさん。レイさんが目の前にいるだけでも嬉しいのに、横に立てるなんて更に嬉しくって、つい」
いや、目の前にいるだけで嬉しいとか、何それ私神様かよ。
『いや神様ですよ。彼らにとっては特に』
そういやそうかもしれんが、私特に神様らしいなにかしただろうか?
うーむ、拾ってやったこと以外身に覚えがないでござる。
『何故でござる。まあ、マスターは特に深く考えず行動することも多いですから、仕方ないのでは?』
おい、なんで考えのない馬鹿みたいに言うのさ。
そんなに酷くないし!
『そこまで酷くも言ってません』
「レイさーん? Sさんとばっかり構ってないで欲しいですよー」
「ん。ああ、ごめんごめん」
「別に謝る必要なんてありませんよ。むしろこちらがすみません、ただの我儘です」
Sと話してたのなんてほんの一瞬なのに、よく気がついたなあ。
まあ、組織の年少組の中でもエリートなんだから当たり前か。
このメルウィーという少女は、私の持つこの世界のとある裏組織の構成員。
存在を一部の者しか知らず、その者達にも口止めしてるため、外部の者達はほぼ知らない秘密の存在。
その内の諜報員の一人である。
しかも、年少組と呼ばれる比較的若い部類の中ではエリートな奴だ。
ちなみに、見た目は少女っぽいが、もう二十歳は過ぎている。
健康的に生きてるから、肌年齢とかが若々しいんだろう。
「メルウィー達は成績も成績なんだし、むしろもう少し我儘になってもいいと思うけどねえ」
「ふふ、そこまで我儘になるほど、欲しい何かがある訳じゃありませんよ。今のままでも十分に幸せですから」
「幸せ、ねえ。まあそっちが満足してるならいいけどさ。しばらく私につきっきりになるんだし、その間になにか欲しいものがあったら言いなよ。私の権限と力で、大概の願いは叶えてあげられるからね。君らのことは結構買ってるんだよ?」
「その言葉だけでも十分ですよ。レイさんに認められている、その事実だけで」
「そうかい」
まあ恋人がいて、毎日温かく美味しい食事に、温かい寝床があり、そこらの平民や冒険者なんかよりも大分稼いでいる。
この世界じゃ、恵まれた人間の部類に入るだろう。
多少の制限は、些細なことなのかもしれないな。
「……ある意味、私も同じか」
「どうかなさいましたか?」
「ああ、いや。なんでもない。それじゃ、行こっか」
「はい!」
全身から幸せオーラを出しながら着いてくるメルウィー。
いや、顔もそこそこ可愛いのにそんなオーラ出してたら男の目を引くだろうに。
もう少し自重出来ないだろうか。
と思ったら、メルウィーが一瞬周囲を一瞥し、そのオーラを引っ込めた。
そして一見普通にしながらも、周囲を警戒するような態勢になる。
器用だなあ。
私は冒険者ギルドの建物を一度見上げ、扉を開ける。
そのまま私は窓口に向かって歩いていく。
今は空いてたみたいで、すぐに対応された。
「ようこそ冒険者ギルドへ! 本日はどういったご要件でしょうか?」
ギルドの受付嬢らしく、素晴らしい営業スマイルを向けるエルフの少女。
うむ、素晴らしい無料スマイルである。
なので、私も返すように猫かぶりスマイルになる。
「はい、冒険者登録でお伺いしました」
「かしこまりました。後見人はそちらの方でよろしいですか? また、登録料として五千リルいただきますが、よろしいでしょうか?」
「はい、存じてます」
「それでは、ステータスカードをお借りしてもよろしいでしょうか」
「こちらです」
すでに作成済みのステータスカードを差し出すと、「では手続きをするので、少々お待ちください」と受付嬢がギルドの奥へ消えていった。
受付嬢がステータスカードからステータス情報を特殊な機械に乗せて読み取っていたが、特に問題なし。
必要なことだからね。
メルウィーも勿論気がついていたが、当たり前のことなので無視した。
なのでこのまま何事もなければ、メルウィーにはこれからの任務についてもらい、私はさっさと冒険者生活を始め、無事終了となる。
まあ、流石に序盤から何かが起こるわけないだろうけど。
ない、よね?
「そこのちっこい嬢ちゃん、まさか冒険者になる気じゃないだろうなー」
そんなフラグを立てたからだろうか。
早速見知らぬ奴に話しかけられてしまった。
そんなバナナ。
『おめでとうございます。早いですねー』
嬉しくないやーい。
声をかけてきたのは、ギルドの休憩スペースからやって来た男であった。
ここで出てくる選択肢は三つ。
1、無視する。
2、それらしい返事を返す。
3、隣で殺気を放ちかねないお馬鹿を止める。
はい、問答無用で最後だな。
うぉーい、メルウィーさーん?
まだここの腑抜け共は誰も気がついていないからいいけど、そんな押し込めた殺気を笑顔のままで放つんじゃありませーん。
「(マスター、こいつどうしましょう?)」
「(どうもしないっつーの。ありがちな話に反応するんじゃない)」
メルウィーから〈念話〉が送られたので、即座に静止をかけておく。
〈念話〉は、声を出せない、出したくない状況で、一方的に思念を送るために使うスキルだ。
個人が使うと一方通行なので、互いに〈念話〉で会話するには共に〈念話〉を持っているか、片方の〈念話〉がレベル6以上である必要がある。
メルウィーは諜報員として、既に〈念話〉はカンストして〈遠話〉を派生させている。
なので私が〈念話〉を持っていなくても、会話が可能なのである。
とまあ、そんなことは置いといて。
「(ここは私一人で流すから、メルウィーは何もしないでいいよ)」
「(かしこまりました)」
指示を受け、殺気を仕舞うメルウィー。
良かった良かった。
下手にプッツンされるとここらに血溜まりが出来かねないからね。
まあ流石にそんなことしないだろうけど、釘を刺しておくに越したことはない。
さてと、とりあえず普通の子供らしくするか。
ここまでのやり取りには、別に差ほど時間は経ってないだろう。
私は少女らしい小さな笑みを浮かべて対応する。
「ええ、そうですよ。何か問題がありましたか?」
「はっ、問題ばっかりだね。嬢ちゃんみたいなチビッ子は薬草採集の最中でも死んじまうよ。大体、この都市ビギネルで冒険者登録してるってことは、今まで魔物と遭遇した経験が大してないだろう? そこの保護者の姉ちゃんにも悪いが、二人でさっさとお家に帰るんだね」
男は立ち上がりながらこちらへやって来て、威圧的な殺気を向ける。
それに触発されメルウィーも僅かに殺気を出しかけるが、私に釘を刺されたからか大人しく引っ込める。
いつの間にか周りの冒険者達も、久々に面白いものが見れると言わんばかりに笑っている。
いやまあ、龍の群れとか遭遇して全滅させたことあるくらいには私は戦闘慣れしてますが。
ここの誰よりも、なんて傲慢なことは言わないが、そもそも私を人間基準で測られても困る。
といっても、今の私はただの人間の幼子。
それらしい生意気な返事を返しておくか。
私は笑顔で、お返しと言わんばかりに冷たい殺気を送ってやった。
「ご忠告、ありがとうございます、世話好きさん。でも私は大丈夫ですよ。自分の実力くらい、分かっているので」
そう言うと男は一瞬キョトンとして、そして男も周りの冒険者達も、見下すような笑いではなく今度は楽しそうな笑い声を上げた。
そうして男は、笑いながら私の頭をポンポンと叩いた。
「今のにビビるどころか、むしろ返してくるとはな! 気に入ったぜ嬢ちゃん!」
「お気に召されたようで何よりですよ」
「俺の名前はノクトだ。嬢ちゃんの名前は?」
「レイチェルです。これからよろしくお願いしますね」
「レイチェルちゃんか。可愛い子だな! んで、そっちのお姉さんの名前はなんだい?」
ノクトと名乗った男は、さりげなくメルウィーに近づく。
するとメルウィーは、今まで以上に冷たい笑顔を向ける。
「メルウィーです。でも貴方みたいに下心丸出しの男は却下」
「あっはは! バレちまったか! 君の顔はタイプだったんだけどねえ」
「生憎、私はもう恋人がいるので」
「ちぇー、つまんねーの」
楽しそうだなおい。
今の会話と周りの女性冒険者の感じから、こいつがいつもこんなんだってのが分かるし。
一応、ロリは範囲外らしい。
「レイチェルちゃんは将来に期待だな。まあ俺は年上趣味だけどな!」
こっちに飛び火した。
なんて奴だ。
周りの女性からの視線が更に冷たいものになってやがる。
多分良い奴なんだろうけどなぁ。
「私の方は全くもってタイプじゃない。ロリを口説こうとしないでよね」
「おっと、急に素で対応された。流石にグサッと来るものがあるぜ」
そしてノクトは手をヒラヒラさせながら「またなー」と去っていった。
私としては、再会しなくてもいいけどね。
でも同じ都市にいるんなら、また会うんだろうなあ。
そんな茶番を終えると、受付嬢が帰ってきた。
多分、アイツに私のステータスを見せてたんだろう。
でも既に組織の奴から手紙が届いているはずだし、特に問題ないでしょ。
「お待たせしました。何かありましたか?」
「いいえ、特に何も」
メルウィーが少しため息をついていたからか、受付嬢が不思議そうに小首を傾げるが、まあ何も無かったな、うん。
ありがちなイベントに遭遇しただけだ。
私は登録の完了したステータスカードを受け取り、五千リルを支払った。
「これで冒険者登録は完了しました。では、レイチェルさんのこれからの冒険者生活を、私アンジェリカも、心より応援しますね!」
「ありがとうございます」
くっ、笑顔が眩しい。
このエルフモテそうだなぁ。
私はメルウィーと共に冒険者ギルドを出た。
空にはまだ、太陽が高々と輝いていた。
この時間なら、少しレベルを上げたり、体の具合を確認するために狩りに出ることも出来そうだな。
「そんなわけで、これから私は人間として冒険者生活を始める。保護者役お疲れさん」
「はい、無事に済んで良かったです。それでは、私は当初の任務につきますね」
「ん。ありがとうね」
「いえいえ、マスターの部下として当然です。では」
そう言って、メルウィーは忽然と姿を消した。
今の私じゃ認識出来ない速度で跳んだのか、光の屈折を利用した魔法で消えたのか、どっちか分からないな。
メルウィーなら、今の私には認識されにくいような丁寧な魔法を構築するだろうし。
うむ、弱いと悩むことが出来て面白いね。
『そうやって面白いと言えるのはマスターくらいなものだと思いますよ』
弱者というものがどういうのか理解するのは大切だと思うけどね。
この人間としての生活は、私にとっての暇つぶしのお遊び兼お勉強でもあるんだから。
さーてと。
そんじゃ、本格的に冒険者生活を始めるとしますかー!
『おー』
*****
「おーっす、リグアルドー。今日も精が出るねえ」
「ノクトか。まあ、いつもの習慣だ」
「そんなふうに生真面目に剣を振ってばっかだと、本当に冒険者じゃなくて騎士みてーだな」
「そりゃあ騎士志望だし、むしろそういう風に全然見えないと言われれば微妙な気持ちになるぞ」
「そーかい。ま、お前がそれでいいんならいいんだろうさ」
「それで、ノクトは何かあったのか?」
「ん? なんで?」
「いや、ほんの少しだけ、楽しそうに見えたから」
「……はぁ〜。そういうことは気付けるのに、なんで一番大事なことには気が付けねえのかなぁ」
「何の話だ?」
「なんでもねーよ、バーカ! ニブチン!」
「いきなり酷い言われ用だな。意味がさっぱり分からないぞ。それで、結局何があったんだ?」
「ああ、さっき新しく冒険者登録しに来た子供がいてな。ちっこくて可愛らしい嬢ちゃんだったぞー。あと、付き添いの姉ちゃんっぽいのもそこそこの美人さんだった」
「つまりまたアレをやったのか。飽きないな」
「だってよー、小さい子供が憧れだけで死んでくのは可哀想っしょー。ま、あの辛辣な姉ちゃんが冒険者になることを許可してるってことは、意外と心配ないのかもしれないな。なんか保護者自体も強そうだったし。でも念の為に、先輩として目を光らせておかねえとな」
「付き添いの女性はそんなに強く見えたのか?」
「俺の勘だが、多分俺よりも強い姉ちゃんだったな。んで、強い上でそれを隠すのが上手い姉ちゃんだ」
「本当か? ノクトより強いなんて凄いな」
「おいおい、そもそも俺はまだのんびりとDランクであり続けてるような三流以下の冒険者だぜ? そんなに強いわけでもねえしな。大体、俺がやばいと思ったのはそっちの姉ちゃんの方じゃない」
「まさか、登録に来た子供の方が強そうだったのか?」
「いや……。ステータス的には多分弱いだろうさ。なんつーか、ね」
「珍しく歯切れが悪いな。そんなにも面白そうな子供だったのか?」
「面白いっちゃ、面白いな。想像ついてるだろうが、俺はいつものように挑発して、威圧と殺気を寄越してやったんだよ。そしたらまあ、面白い返し方をしてな」
「セルトの時みたいに怒ったりするわけじゃなくてか?」
「そういうんじゃないさ。ただ、こっちが殺気を出したからって、向こうも殺気を返してきてな」
「なんだ、割とよくある返し方じゃないか」
「おいおい、相手は子供だぞ? しかも、多分セルトが登録して来た時と同じくらいの歳のさ。でもそれだけじゃない。その殺気にな、情けないことに俺が一瞬怯んじまった」
「……ノクトが?」
「いやー、俺も改めて強くならねーとなと思ったよ。いつまでものらりくらりとやってちゃ、どんどん将来有望な新人達に追い越されちまう」
「なるほど、殺気を返してきた将来有望な子供だったから、楽しそうなのか」
「まーなー。久々に面白そうだ。……でもほんと、あの嬢ちゃんは怖いもんだな」
「ステータス的には弱そうだったんだろう?」
「ステータスが絶対じゃないってのは、お前だって知ってるだろう? でもあれはそういうのじゃない気がしたんだよなー」
「へえ。まあ、なんにせよ、僕らも精進しなきゃだろ」
「そーだな。……全く。一体どこに、あんな悪意はないのに、睨まれた方が底冷えするような殺気を向けられる子供がいるのやら。どんな育ち方したらそうなるのか、俺には検討もつかねーな」
********
『以下の用語とその解説が追加されました』
「単語:お金:リル」
広く使われるお金の単位。
特徴:ほぼ大陸の全域で、この単位が使われている。
お金の種類は以下の通り。
十リル(小銅貨)
百リル(大銅貨)
千リル(小銀貨)
一万リル(大銀貨)
十万リル(小金貨)
百万リル(大金貨)
補足:ぶっちゃけ日本と同じ感覚で考えれば良いかと。なんで同じか? それはノーコメントです。
「行動:冒険者ギルド:冒険者登録」
冒険者として登録すること。
特徴:この登録を行うことで、冒険者ギルドで素材の換金や、冒険者ランクを上げることによる様々な特典を得ることが出来る。
ちなみに登録料は五千リル。
そして冒険者ギルドと一部の者しか知らない情報だが、登録する時に受付嬢がステータスカードからステータスを読み取っている。
基本的にはステータスカードから冒険者登録者のステータス情報は自動的にギルドに集められている。
補足:アウトに見えて、実は必要且つ大事な機能なんですよね。
レイ「安定のイベント」
S『安定とは……?』
レイ「冒険者みんなが通った方が面白い道、それ即ち安定イベント」
S『色々と違うでしょう……』
やらなきゃならぬとネタの神が言うたのや。