50 秘密基地での楽しい計画
「はい、お疲れさん。そっちのソファーで寝てていいよ。あとで一応体調チェックするから、戻らずに待ってて」
「あ、はい。お気遣い、ありがとうございます。そうさせていただきます」
部屋の扉からクーリアが出てくる。
扉が閉められると、クーリアはその場にペタンと座り込んだ。
慌ててライディルとオルヴィンが駆け寄る。
「大丈夫か?」
「あの変な女になんかされたのか?」
「……お前でも女を変と言うことがあるんだな」
「いやいや、あれどう見ても人間じゃねーだろ。俺が好きになるのは、あくまで普通の女の子。あんなおっそろしいもん女とは思えねーよ」
「まあ、流石にあれはな……」
二人でさり気なくピィリィを貶しながら、クーリアの背中をさする。
「それで、一日篭ってたけど、何されたんだ?」
クーリアはオルヴィンに心配そうな顔で覗き込まれて、力なく笑った。
「……何かされたりは、してないよ。ただ、見ちゃいけないようなものを見ちゃった気分で……」
そう言ってクーリアは、布の上から両目を撫でた。
「まさか、その目であの化け物みたいな奴らを直視したのか?」
ライディルの言葉に、クーリアはこくりと頷く。
その体は未だに恐怖で震えていた。
「本当に、怖い神様達だよ」
「え、あれ神様!? 悪魔かなんかかと……」
「あれとかいうとバチが当たりそうだな……」
「マスターの知り合いの神様だって。でも、なんだか楽しそうだったから、友達にも見えたけど、そう言ったらマスターに凄く嫌な顔されちゃった」
「まあ、流石のマスターも、あんなヤバそうな神様達と友達扱いは嫌がるだろ……。よっと」
オルヴィンはクーリアを軽々と横抱きに持ち上げて、ソファーに横たわらせる。
「ありがと、オルヴィン」
「ヤバいもん見たあとは疲れるんだろ?マスターに言われたとおり、ちゃんと休めよ」
「ヤバいもの……そうだね、あれは、本当にヤバいというか、恐ろしいものだよ」
「どう恐ろしかったんだ?」
ライディルの質問にどう答えたらいいか。
クーリアはほんの少しの間考えると、口を開いた。
「……単純に言えば、あの小さい神様の方は常に血の匂いをさせているような怖さで、中にもう一人居た、紳士みたいな神様は、底なし沼、というか、どこにいるのか分からなくなるような怖さ、かな」
「うっわなにそれ見たくない。そんなんを見たクーリア超偉い。よく頑張ったな」
「いや、正直、マスターが隣で背中をさすり続けてくれてなかったら、すぐ目をつぶってたよ。まあ、そのまま目を開けててって言われたら、怖くなってそのまま開けてたけど」
「いや、目が乾燥するだろそれ……」
「瞬きはちゃんとしてたよ。でもホント、目の前でじっくりと凝視されて怖かったし、あの人達の纏う魔力やオーラも怖かったし、本当に怖かった」
「……ゆっくり休むといい」
「うん、そうするよ」
そう言って、クーリアは目を閉じて、やがて眠りについた。
二人はそんなクーリアを見ると、元の持ち場に戻った。
「……いやー、相変わらず、マスターは恐ろしいね」
「今更だろう。それに、そんなこと分かっていて仕えているだろう?」
「いやそうだけどさ。改めて、おっそろしいなぁと」
「まあ、神だからな」
「それで納得出来ちまうのが、この世界の理不尽なところだよな……」
そうため息をついて、二人はその恐ろしい人物達の集う部屋を警護し続けるのであった。
*****
「こういう何も無い一本道とかで、突然、こう、バリーンッ! って床が割れて串刺しお肉になってそのまま雪にうもれたら面白くない!?」
「うーわ殺意高すぎヤバすぎー。つーか道はどこ行った」
「無くなった?」
「頼むからプレイヤーを進ませてあげてまじで」
「えー」
「えーじゃない」
レイはベッドの上で林檎のようなものの入ったゼリーを食べながらため息をつく。
飾りのためのうさぎりんごはかわいらしいのだが、あくまで林檎のようなものであり、林檎ではない。
なにせ毒々しい斑色の林檎もどきなのだから。
しかし、味は納得いかないことに美味なのだ。
自然のあり方を破っているような果実である。
先程からピィリィにも新設ダンジョンのトラップについて考えさせているのだが、どうにもこうにも確実に仕留める気満々で困ったものである。
別にプレイヤーがトラップにかかって死ぬ分には、イベントの一部のようなものだから問題無いのだが、クリア者が誰も生まれないのは問題である。
なのでレイが、それに修正をいれて使えるようにし、それをディムとSが協力して、ダンジョンの設計図に入れていく。
レイがやらないのは、それを今度は自分がゼロの状態から挑戦したいと言い出したためである。
トラップについての記憶も、あとでピィリィに消去してもらうらしい。
『このような感じでよろしいのでしょうか?』
「うんうん、大体あってる。でもこれだとここの座標の地点で地形が重なってバグが起きるから、少しずらさないと」
『むむむ、やはりダンジョン制作は難しいですね』
「レイはいつもノリでやっているけど、その脳内では膨大な量のデータを一度に整理して制御しつつ、制作しているからね。私としても呆れるものだよ」
「んな規格外みたく言わなくても……」
「いや、君はれっきとしたイレギュラーだから」
「成程天才ってわけか」
「天才って言葉を超えている気がするけど、まあ、そう称するしかないね」
「レイちゃんは可笑しい子なのー」
「おいこらお前」
「あううううう」
少し腹が立ったレイがピィリィの頭をグリグリする。
ピィリィは逃げようとするが、拘束の魔術でもかけられたのか、動けていなかった。
「こらこらレイ、病人なんだから大人しくしてないと。無意識に魔術を使うんじゃない」
『マスターって無意識に謎の魔術を使うこと多いですよね』
「あうー」
「いや、こう、なんかノリで?」
「ほらそういうところだよ」
ディムがピィリィを自分の膝上に転移させて助け、余計なことをしないようにがっちりと腕でホールドする。
レイは折角のおもちゃを取られたように不満そうな顔をした。
そしてベッドに置いていた空の器をディムに差し出した。
「ん。ごちそうさま。今日のも美味しかったって伝えといて」
「カルランに伝えておくよ。ピィリィの治療がきちんと終わるまでは毎日持ってくるよ」
「ふむ、病人食も悪くない」
『……マスター』
「分かってる。言ってみただけ。ずっと引きこもってるとつまんないね」
「え、それレイが言うかい?」
「別に今までだって、そこまで引きこもってたわけじゃないし。ただ、用がある時以外は殆ど自空間にいたってだけで」
「それはれっきとした引きこもりだよー」
「解せぬ」
レイはベッドの上で体育座りをして、首を傾げた。
「んで、今どこまで終わったっけ?」
「第二十七層かな」
「まだまだかかるなー。もうラストのボスとか氷龍でよくない?」
「ゲームバランス崩壊しないならいいんじゃない?」
「Cランクのダンジョンじゃ、上限はランク5までの魔物のつもりなんだよなー。となると、弱いアイスドラゴン?」
『ふむふむ、当機の方で、適当に探すか作ってみます』
「よろしく」
「ピィちゃんはあと何作ればいいー?今はあの子観察してご機嫌だから、もう少し作ってあげてもいいのー」
「最初は出し渋ってたくせに……」
「レイちゃんの世界での新しい魔物作りは大変なの! もっと感謝して欲しいの! むう!」
「はいはい、いつもお世話になってまーす」
「誠意が足りないのー!」
「後で色々上げるから勘弁」
「やったー!」
「ピィリィ、それはチョロくないかね……」
「私としては扱いやすくていいけどね」
レイ達は楽しくダンジョン制作を続けた。
そしてふと、レイは自分の影を見つめた。
「……アヴィー、帰ってこないなぁ」
部屋の中には、既にアヴィーラウラの姿はなかった。
しかし、レイ以外は未だに姿が無いことを気にする様子はない。
「どうせルルディーにお仕置きでもされているんだろう? 自業自得じゃないか」
「まあ、そうなんだけどさ」
「なになにー? レイちゃん寂しいのっうぶっ」
「……だからピィリィ、すぐにからかうんじゃないよ」
「えー、だってー」
「もっぱつくらいたい?」
「え、遠慮しておくのー」
『まあ、どうせ出かける時にはまたマスターのところで栄養補給してから行くでしょうし、大丈夫だと思いますよ』
Sの言葉に、レイはため息をついた。
「大丈夫かなぁ……」
*****
「……ぁ……う……」
天井から照明の吊るされた、人形の並んだ鳥籠の中。
その白い床に、花が咲くように、黒い血が至る所に舞っていた。
その中心にいる人物、黒く血みどろのアヴィーラウラは、掠れた声を出した。
そのボロボロの肉体に向かって、大きな刃物が振り下ろされる。
「あがっ……」
その胸元が大きく裂かれ、またその場に血のようにみえるアヴィーラウラの魔力の塊が舞う。
しかし、致命傷に見えるが、まだ息はある。
悪魔は、魔力が尽きない限り、死ぬことはないからだ。
「ぐっ……あっ……う……」
黙って刃物を振り下ろし続けるのは、この空間の主、ルルディー。
その顔は、アヴィーラウラを見るわけでもなく、ただ宙をさまよっていた。
放心した状態で、ただただアヴィーラウラを痛めつけているのであった。
しかし、アヴィーラウラは逃げない。
逃げようとしない。
初めから、これくらいされるのは覚悟の上だったからだ。
分かった上で、あのようなことをした。
だから、黙って無慈悲な暴力を受け続けた。
不意にルルディーが、刃物を下ろしてアヴィーラウラに手をかざす。
すると、一瞬にしてアヴィーラウラの衣服も肉体も元通りになる。
しかし、元通りになったとしても、痛みを受けたということには変わりない。
無慈悲な暴力と不完全な治癒。
これをこの数日間ずっと繰り返して、アヴィーラウラになんの意味も無い暴力を与えているのだ。
「はっ……あぅっ……」
アヴィーラウラが虚ろな目で天井を見上げる。
まだ終わらないと思って。
しかし、ルルディーからの追加の暴力は無かった。
アヴィーラウラが不思議に思って体を起こすと、ルルディーはまるで、骸のようにその場に座り込んで動いていなかった。
壊れてしまった人形のように、ただ空虚な目を床に向けていた。
アヴィーラウラは、そんなルルディーを優しく抱き締めた。
まるで、今までのことなど何も無かったかのように。
いや、無かったことにしている訳では無い。
全て受け入れた上で、今のルルディーも纏めて受け入れようとしているだけだ。
それが、今のアヴィーラウラにとっての存在意義だから。
それが、今の願いだから。
「ルルディー……」
アヴィーラウラがそう優しく名前を呼び、背中をさすってやるも、反応は返ってこない。
本当に、空っぽの人形になってしまったかのようだ。
「ルルディー、君が壊れてしまうことを恐るなら、ボクにいくらでもその恐怖をぶつけていいよ。何かを壊していないと生きていられないなら、ボクを壊し続けて生きていい。ボクはちゃんと、ここにいるから」
異常な愛か、執着か、依存か、決して美しいとは言えない心のあり方がそこにあった。
それでも、アヴィーラウラの言葉に嘘も他意もなく、ただそれだけが今の願いであった。
途中から暴力が怒りではなく、ただの八つ当たりであったことなど、気付いていた。
その上で、全てを甘受していたのだから。
「ルルディー、泣きたい時は、泣いていいよ。その心の叫びが誰にも届かなかったとしても、ボクはちゃんと、気が付いてあげるから。ちゃんと君のこと、理解してあげるから」
ルルディーから涙が零れた。
虚ろな目から零れ落ちる涙は、まるでルルディーそのものにも見えて、とても痛々しく写ってしまう。
「……わ……私、は……レイと……一緒に、いたい……だけなのに……」
まとまらない思いの欠片を絞り出して吐き出すように、言葉の切れ端がルルディーの口から零れ落ちる。
言葉とともに涙も零れ落ちて、まるでこのまま中身が無くなっていってしまいそうにも見えてしまう。
「でも……私は……もう、そんなこと……望んでは、いけなくて……欲しがっても、いけなくて……」
そんなルルディーを、アヴィーラウラは強く抱き締める。
壊れてバラバラになるのを、止めるために。
まだここにいるよと、証明してあげるために。
「……どうしよう」
ルルディーが、アヴィーラウラの肩を強く掴む。
強く強く、行き場のない思いを留めるように。
「……私が壊れて、レイを壊してしまったら、どうしよう……」
ただ、怖いのだ。
幸せになる恐怖よりも、壊して手に残らなくなってしまう切望の方が、ずっとずっと恐ろしくて、逃げ続ける。
ただ、傷付けたくないのだ。
大切で大切で、唯一無二のものだから。
だから彼女は、この世界で一番、自分を一番恐る。
どうなってしまうか分からないのが怖くて、失ってしまうのが怖くて、自分の大切なものを壊してしまうのが怖くて。
ただ、逃げ続ける。
閉じこもり続ける。
「大丈夫」
そんなルルディーを、アヴィーラウラは全て許す。
それでもいいよと、優しく受け止める。
「ボクが必ず、方法を見つけるから。君を、君達を、終わりで終わらせない方法を、見つけるから。だから、大丈夫だよ」
そっと優しく、甘く、包み込むように──。
「──それはダメ」
だがその優しさは、一つの意思に拒まれる。
「──っ!?」
アヴィーラウラは突然ルルディーによって床に押さえつけられ、唇を塞がれた。
初めは理解が出来なかったが、自分の中に熱いものが流れこもうとした時、自分が何をされるか理解し、抵抗した。
悪魔にとって、魔力とは存在するのに、生きていくのに、必要不可欠なエネルギーだ。
しかし、弱すぎては大して腹は持たないし、質の悪いものも、自らの強化には至らない。
だが、力が強く、質の良すぎる、強い意思を込められたエネルギーを取り込んだ場合は?
悪魔とは、精霊とはまた別の魔力体のようなものだ。
そこに、意思を持つ強い魔力を取り込んだ場合、自らの意思で染まっている魔力は、その強い魔力に染め上げられていく。
ようは、一種の洗脳である。
ルルディーは、自らの魔力の篭った体液をアヴィーラウラに飲ませて、文字通り黙らせている。
アヴィーラウラにしたら、首輪はまだしも、意思までねじ曲げられる気は毛頭なかった。
自分の意思でやらなければ意味が無いから。
自ら懺悔しながら、茨の道を歩まなければ、なんの意味もないから。
「んっ……くっ……んん……」
しかし、その意思を、全て押さえつけられ、否定され、飲み込まれようとする。
アヴィーラウラは必死に抵抗するも、ルルディーの拘束魔術には叶わない。
激しい波に、自分の意思が流され呑み込まれるような感覚に抗おうとするが、次第に肉体の感覚が薄れていく。
(レ……イ……)
心の中の叫びもまた、同様に虚しく、呑まれてしまった。
それから、どれほどの間そうしていたか。
ルルディーが顔を離した時、アヴィーラウラは虚ろな目で掠れた息をしていた。
そんなアヴィーラウラの首を、ルルディーが両手をかけて、絞めようと力を込める。
「……私は、私達は、終わらなきゃいけないの。終わりにしない、なんて、許さない、許されない。絶対に、絶対に、私が、私自身が、私を終わらせてみせる」
意思を呑み込まれたアヴィーラウラは、何の反応も示せない。
まるで、先程とは立場が逆転していた。
首を絞めるルルディーの顔は、その瞳には、烈火の如き憤怒が込められていた。
「……だって、何かを願う以前に、こうして存在していること自体が、罪なんだから」
アヴィーラウラの頬に、涙が落ちた。
ルルディーはそれを見て、自分が泣いていることに気が付き、目を強く擦った。
そして不意に、手を振りあげ──
「……っ」
──アヴィーラウラの腕を手刀で切り裂き、その腕を掴んだ。
それを両手に乗せて、ルルディーがこねていくと、腕は元の魔力の塊になり、球体になり、そして中から、形を帯びた何かが出てきた。
ルルディーが手を開いた時には、それは黒い子猫になっていた。
そしてその猫を抱いて、ルルディーはいつも通りの、冷たい笑顔を浮かべた。
「また、この星の外にいる、レイを傷つけようとする人を狩ってきて。でも、今回は、バツとして、弱体化した状態で頑張ってきてね」
ルルディーは立ち上がり、腕の中の子猫を撫でた。
僅かにアヴィーラウラの意思が篭っているのか、子猫はルルディーの手に反応した。
「そしてもう一つバツとして、この分けた魔力と意思は、レイのもとに置かせてあげる。……ただし、誰とも一切話が出来ない状態で。まあ、貴方のことが嫌いなSとだけは、許してあげるけど」
そう言って、残酷に笑い、アヴィーラウラを完全に回復させる。
そしてアヴィーラウラを宙に浮かべ、ルルディーが指を弾くと、アヴィーラウラの姿は無くなり、どこかへと飛ばされた。
残ったルルディーは、アヴィーラウラを分けて作った分身体を見つめ、その小さな瞳を覗き込んだ。
「もう、何も言わず、何もせず、余計なことなんてしないでね?」
その言葉を耳にして、黒い子猫の意識は途切れた。
不気味な鳥籠の中、一人残ったルルディーは、子猫を抱いて、不気味な笑みを浮かべて踊った。
「──私は、間違ってなんかないんだから」
これは、果たして神が好きに生きる話だったか。
それとも、罪と後悔と懺悔の物語だったか。
はたまた、誰かの意思と願いと、苦痛が込められた、お伽噺だったか。
今はまだ、全ての紐は、離れたまま、宙を彷徨う────。
はい、これで幕間は終了です。
次回はキャラ紹介とスキル紹介です。
ひゃー、2章終了とかはっえーなー。
ブクマは相変わらず少ないが、まあ、その少ないブクマ登録者様のために自分のためにやりまっしょい。
まあ書く一番の理由は楽しいからですがね。
あ、誤字報告とか、よかったらしてくださいませ。
え?そんな機能知らない?
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「誤字報告」がありますよ。
誤字がなかったとしても、ここで句読点とかあった方がいいんじゃない?等でも構いません。
作者がセンスを感じたら適用するでしょう。
されなかった場合はご了承ください。
それでは、3章本編は未定ですが、そこまで遠くならないうちに。
次回のキャラ紹介とスキル紹介をお楽しみください。
では、本編は、またいつか。




