49 変態蒐集家と人形メイドの平穏
都市ビギネルの住宅地の一角。
ここらはそこそこの富裕層が住む一戸建てが多く、庭持ちの者も住まう。
その中に、庭は持たないが、そこそこの広さを持つ、どこか暗い雰囲気の家があった。
近隣の人々は、その家を様々な言葉で形容した。
変人の住処。
お化けのいる家。
ゴミ屋敷。
まあ、このように、まともな呼ばれ方はしていない。
なら、果たしてそのまともではなさそうな家の主はまともであるのか否か。
答えは否と断言出来る。
こんなありとあらゆる物に溢れた家に住む主が、まともとは思えない。
「ただいまー」
まともでない主、クディールが帰宅する。
薄暗い家の魔力照明をつけて、至る所にものがある部屋を明るくする。
すると、その奥でクディールに向かってお辞儀する影がいた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「ただいま、ドルダム」
それは、単純明快にメイドであった。
この変態エルフにメイドを雇うような趣味があったのだろうかと思うかもしれないが、それはない。
クディールは自分の家に人を上げたことが一度も無い。
それだけ他人に自分の領域に踏み込んで欲しくなく、自分のコレクションに指一本でも触れて欲しくないからだ。
昔レイが触れようとした時も、無言で殺気を送ってきたとかなんとか。
ならばこのメイドはなんなのかと言われると、これもコレクションである。
先に答えをいえば、人ではない。
これはレイの組織で作られた、魔動人形だ。
レイが昔見せたところ、いたく気に入ってしまい、試作品というのもあり、破格の値段で購入したのである。
組織ではドールメイドシリーズと言われ、その貴重な一号機であった。
メイドという通り、家事をこなす人形なのだが、正直あまり役に立てていない。
なにせ、例え人形とはいえ、掃除などをして下手に何かを壊されたりしたらたまったものではないからだ。
料理も、クディールは自分でやる。
何気、昔一人旅をしていた名残で、料理は上手なのだ。
人形に態々やらせたりしない。
となると、人形のやれることと言えば、洗濯くらいなものである。
しかし、この人形、普通の洗濯はしない。
「ご主人様、服を綺麗にします」
「よろしく」
人形がクディールに手をかざす。
すると魔術式が浮かび上がり、魔術が発動する。
そして、クディールの服にはホコリひとつ無い状態となった。
洗浄の魔術一つで洗濯終わり。
真のチートとはこのことである。
掃除では、動かないとなると、部屋の空気を常に綺麗にするくらいしか出来ない。
コレクションはクディールが自分の手で丁寧に拭いていくからだ。
なんともまあ、好きなものに関してはマメなエルフである。
もはや人形は自立洗浄機と化していて哀れである。
「先にお食事ですか?」
「そうだね。お腹空いたし」
「では、お風呂はいつ入られますか?」
「食後かなー」
「かしこまりました」
人形メイドドルダムは、あまり人形には見えない足取りで風呂場へと向かった。
それもそのはず。
組織の方でレイと共同で、より人間に近い動きが出来るように研究開発され、その肌まで、人肌とまではいかないが、それに近い柔肌を再現されたものなのだから。
正直いって手が込み過ぎている。
正規ルートで購入した場合いくらになるかは計算したくなくなるだろう。
クディールは市場で買ってきた食材を手際よく処理していく。
その包丁やまな板なども、クディールのコレクションの一つである。
盛り付けに使う皿も同様だ。
クディールはコレクションを、一部は飾って置くだけでなく、きちんと使用している。
使うとすぐ傷んでしまう恐れがあるものは使わないが、それ以外は使えるなら使わなければ可哀想だと思うタイプだ。
それに、汚したとしても、ドルダムに頼めばすぐに洗浄の魔術をかけて、綺麗にしてくれる。
ドルダムさまさまである。
「いただきます」
クディールは一人きりの家で、静かな食事を楽しむ。
ドルダムは風呂を沸かす魔術を使用中である。
色んなところにクディールの集めた魔術が使われている。
その殆どはレイから購入したものだが。
この家のなかだけ、妙に世界が違うのだが、近隣の住民は知らないことだろう。
「はぁぁぁー。ようやく心から落ち着けるー」
クディールは風呂に入ると、ドルダムに髪をお湯に付けて洗ってもらう。
体に関しては、水を浴びた方がスッキリするということだそうだ。
ちなみに、ドルダムには家事機能だけでなく、マッサージ機能までついている。
なので、その人形でありながら程よい柔らかさを持つ指で、ほどよく頭を揉みほぐしてくれるのだ。
本当に手の込んだ人形だ。
「どうかなさいましたか?」
「いやね、ダンジョンの方の変死体の件がようやく片付いたって聞いてさ。こっちとしても安心出来るなーって」
「マスターが担当していた事件でしょうか?」
「そう、それそれ」
この人形も、レイのことはマスターと呼ぶ。
レイは、クディールに売るのだから、自分のことをマスターとする必要はないだろうと言ったのだが、開発者側が押し切ってそう設定したのだ。
試作品だし、連絡係でもあるのだから、マスターと呼ばせるべきだとかなんだとか。
単純に徹底したかっただけだろう。
「にしても、実物を見ていないと、何があったのか本当によく分からない。ちょっと見てみたかった気もするなー」
「マスターが対応しているあたり、ご主人様が向かえば確実に死ぬでしょうから、やめておいて良かったかと」
「だよね、知ってた」
クディールは残念そうにため息を吐く。
基本的に物にしか興味を示さないが、珍しい文献にも興味を示すこともある。
その文献に登場しているものを、そのまま欲しがることもあるのだ。
例えば、物語のなかに出ていたこの時計が欲しいとか、笛が欲しいとか、そんな感じである。
ようは、珍しく面白いものを見つけるための参考文献にするために、読んでいると言った感じだ。
「そうだ、レイに頼んでその悪魔についての文献を作ってもらえばいいんだ。ちゃんと正当な対価を払えば書いてくれるだろう」
「マスターのお心次第かと」
「ふんふん、僕ってば名案だ」
クディールは楽しそうに笑いながら風呂から上がった。
ドルダムが乾燥の術をかければ体もすぐに乾き、服を着る。
寝巻きに着替えたクディールは、寝室のベッドに横たわる。
その際に、ベッドに置かれていた何かの頭蓋骨を抱きしめて頬ずりした。
ドルダムはベッドの横のドルダム用の待機椅子に腰掛ける。
直後ドルダムの頭がピクンと動いた。
「ご主人様、たった今エシム様からの通信要請が来ておりますが、繋げますか?」
「エシムから? またなにか珍しいものの情報集めてくれたのかな?とりあえず繋げて」
「かしこまりました」
ドルダムには通信機能も搭載されている。
主に組織と連絡を取ったり、特定の相手と通信石を繋げるために使われる。
組織にクディールのまとめた情報を素早く提出するためだ。
ドルダムの口が開き、そこからドルダムではない声が響く。
『やあクディール、久しぶり。丁度寝る時間かなーと思ったけど、あってた?』
「久しぶり。怖いくらいにあってるよ。今日はどうしたんだい? また何か面白いネタでも入った?」
『期待してるだろうところ悪いけど、今回は頼み事かな』
「ほう? 珍しいもんだね。僕に頼み事って一体なんだい?」
『近々ユウキがそっちに行くだろうから、あまり目立たないようにしてあげて欲しいな』
クディールがその単語に反応し、しばし固まる。
「……え、彼女、来るの? あの行く先々でとりあえず大事起こす彼女が?何の目的で?」
『あれ? 知らない? ユウキと今そっちにいるだろう彼女が知り合いなこと』
「彼女?」
『レイのことだよ』
クディールは頭蓋骨から手を離し、頭を抑えた。
なんともまあ、頭が痛いようで。
クディールは頭痛を落ち着けると、絞り出すように声を出した。
「……初耳だよ」
『そっかー、知らなかったのかー。まあ、今の情報はタダでいいよ』
「さり気なくお金を取ろうとするのはやめておくれ」
『仕事柄仕方ないね』
クディールは仰向けになりながらやれやれと頭を振る。
「まあ、レイも今のところ大して問題を起こしてないし、むしろ解決してくれたくらいだし、大丈夫じゃないかなぁと思いたいなあ」
『何か問題でもあったの?』
「ちょっとね。それについてはまた今度話すよ」
『分かった、レイ絡みのことだし、期待しておくよ。そんなわけで、ユウキがそっちで冒険者する間は、情報管理に気を付けて欲しいな。ユウキもレイと同じで、縛られるとか探られるとかいうのは嫌いだからね』
「面倒事を一番起こしそうなくせして面倒事が嫌い、か。あの二人はなんだか似ているんだねえ」
『あはは、レイが聞いたら微妙な顔しそうだね』
「違いない」
二人共に通信越しに苦笑する。
「まあ、レイはまだまだ強くないから目をつけられることもないし、ユウキ一人くらい問題無いさ。仕事はきちんとやるからね」
『日々補佐を困らせてるくせしてよく言うよ』
「君はどこかから見ているのかな?」
『さあね。でもこの世界の全てに目を光らせてると思ってくれていいよ』
「神気取りかい?」
『ははっ、本物のレイには叶わないよ。色んな意味でね』
色んな意味というのを知らないクディールは首を傾げるが、とりあえず依頼は納得したのであった。
『そんなわけで、頼んだよ』
「はいはい。任されたよ」
通信が切れたのか、ドルダムの口が閉じる。
クディールは頭蓋骨をベッドの横のテーブルに置いて、ベッドに潜り込む。
「ドルダム、スリープモードに切り替え」
「スリープモードに切り替えます。おやすみなさいませ」
「うん、おやすみ」
ドルダムは椅子の上で目を閉じる。
しかし、中の機能は働いている。
スリープモードというのは、ドルダム自身が寝るという意味ではなく、クディールが眠っている時のモードだ。
ドルダムはクディールが眠っている時、外出している時は、警備ロボとかす。
具体的には、家の周囲に張ってある結界を常時確認し、家の安全を確実にするというものだ。
もし侵入されたとしても問題無い。
戦闘機能まで備えられているのだから。
本当にやりすぎな人形である。
クディールはドルダムの顔を見たあと、自分も目を閉じた。
「……さて、明日も働かないとね」
そうして、クディールは夜の眠りにつく。
色んなものに囲まれて、楽園に居るような気分で、英気を養うのだ。
これは、そんな変態蒐集家の、日常の一時であった。
*****
街の薄暗い路地、その壁に、一組の男女がいた。
「あっ、あのっ……」
「どうしてそんなに拒もうとするんだい?いいじゃないか、ほんの少しだけ」
「でも、私……」
「ちゃんと自分に素直にならないと。寂しいって思ってる君が可哀想だよ?」
壁に追い詰められ、腰に手を回され、逃げ場を無くした女性は、その男から発せられる甘言に酔いそうになっていた。
だが溺れてはいけない、逃げなくてはと抵抗する。
それでも、体は心に反して動かない。
青髪の男の方はそんな女性を可愛いと言うように、くすりと笑った。
「僕は君のことをちゃんと受け止めてあげる。全部全部、さらけ出していいんだよ?だから、ね?」
逃げようという気持ちすら、薄れていく。
耳元で囁かれる、甘い言葉に騙される。
飲み込まれてしまう。
そうして抵抗する女性は、僅かに香る甘い香りに、気づかずに。
「──僕に、色々聞かせてよ?」
そのまま、意識が途切れた。
そして、目を覚ました時、女性はその晩あった時のことを、全て忘れていた。
自分のこと、出会った男のこと、その全てを。
まるで、何も無かったかのように、忘れていつも通りの日々に戻った。
「あーあ、ほんっと、女ってチョロくないかなー。簡単に香を吸うなんてさ。ま、男でもチョロいのいるけどさー」
月明かりが僅かに入り込む暗い路地を、男は頭をかきながら歩いた。
そして、突然その頭が落ちた──かと思うと、それはウィッグであった。
青い髪のウィッグの下からは、くすんだ金髪が顕になり、淡く月に照らされる。
「っあー、目が痛い。試しに使ってみようと思ったけど、やっぱなし。幻影魔術の方がマシ。どうせ普通の人間は気付かないんだし」
男が目に指を入れてコンタクトを外す。
どこからどう見ても、カラーコンタクトである。
ウィッグといいカラーコンタクトといい、明らかにこの世界のものとは思えない。
なにせ、この世界は、まだそこまで発達していないのだから。
カラーコンタクトの下から現れた黒い瞳が、空を見上げて笑う。
その笑みは、どこまでもどこまでも、優しげな笑みで、他人を引き込むような目であった。
「今回の情報も大したこと無かったし、まあ、組織のウィッグとカラコンを試すだけの回だったということで」
男は肩を竦めながら、ウィッグとカラーコンタクトをしまい、掌に突然、どこからか取り出した白い仮面を手にした。
笑顔にくり抜かれた、不気味な仮面を、その顔に付ける。
仮面をつけた道化師は、楽しそうに楽しそうに、夜の道を踊る。
「黒い狼、光の元へ。黒色と共に、旅だった。ピエロは笑って、見送った」
リズムに乗るように、石畳の街の地面を、トントンとかける。
「光の元には、神様色々。色々、色々。色んな神様。でもでもみんな、光がお好き。光が大切。それでもみんな、意地悪な傍観者」
月を笑うように、街を笑うように、世界を笑うように、はたまた、自分を笑うように、笑う、嗤う、哂う──。
「ピエロはみんな、見ているよ。ピエロはいつも、笑っているよ。ピエロはちゃんと、ここにいるよ」
そうして自分の家に辿り着き、扉を開けて、うちに入る。
仮面を外して、その不気味な笑顔を顕にした。
「さあさあ世界? どうか僕に見せておくれ? 喜劇でも悲劇でも、なんでも大歓迎さ。だから僕を、退屈させないでね?」
自分にそう念じるように、世界を踏みつけるように、道化師は笑う。
「さあさあ、見せておくれ、魅せておくれ、観せておくれ。僕を楽しませるために、みんなのために、世界のために。ふふっ、くすくす、あははははっ」
一人ぼっちの家の中、不気味な笑い声が、響くのであった。
そんな不気味な不気味な、道化師の夜。
路地裏の闇は、深く深く、染まっていった……。
宙:なんかやべえヤツいる。
S『やべぇやつ居ますね』
宙:次回は君も久々に登場出来るよやったね!
S『わぉ。唐突なネタバレ』
そんな訳で、次回は白雪姫の食べた毒林檎よりかずっと毒々しい林檎片手にみんながほのぼの悪巧みをする話です。
間違ってはいない。




