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神は好きに生きるそうです。  作者: 空の宙
2章 ダンジョンは神にとって波乱万丈の地になりそうです。
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44 知る者達の密談

 


 部屋に入り扉を閉め、内側から鍵を閉めようとしたら、ディムって神に止められた。


「閉めたりすると、流石に外の彼らが心配するだろう。それに、私がいる時には鍵をかける必要などない」


「どういう意味?」


「こういうことだ」


 ディムが指を鳴らすと、別になんの変化もない。

 しかしレイには分かったようで、ベッドの上でため息をついた。


「態々隔離空間にしなくてもいいと思うんだけど」


「レイちゃん弱ってるし念の為ー、ね?」


「……あとでアヴィーが取ってきた素材の中でいいの譲るよ。あ、紹介忘れてたけど、こいつは私の犬のアヴィーラウラね」


「やったー! ありがとアヴィーちゃん!」


「別にツッコミ所なんて無いんだけどさあ、無いけどさぁ……」


「エグデルと違ってちゃんと忠実な犬なのかい?」


 エグデルって神様? もボクと同じように首輪でもされてるんだろうか。

 ていうか、違ってってことは、その神は狂犬なの?

 レイって狂犬を飼う趣味あったっけ。

 いや、変な人を囲う趣味というか、変な人にはよく慕われてるけど。


「ま、あいつより断然大人しいね。たまに変なことされる以外は、首輪付けて餌やってれば、役に立つ犬だね」


「あうっ」


 そう言ってレイは、ボクの首輪を具現化させて、魔力の鎖で引っ張った。

 こういう扱いは完全に犬だよなぁ。

 まあ、役に立てればいいけどさ。

 可愛がってもらうのも悪くないし。

 かといって、人前で撫でられるのはちょっと気恥しいんだけど……。


「そっかそっかー。結構信頼してるんだねー」


「信頼、というか、同情だけどね」


「へぇ。君が他人に同情とは、面白いこともあるものだね」


「別に、成り行きでこいつの過去を()()()()()だけだよ」


 そう言ってレイはボクの頭を優しく撫でる。

 ……君が今優しさを向けるべきは自分自身のくせに。

 いや、弱ってるからこそ、優しくなってるのか。


「へえー。まあどうでもいいやー。この子のことなんて」


 おっと、完全に興味無いという発言をされたよ。

 まあ、ボクとしても、この神達がレイの敵でないなら、別段どうでもいいけどね。


「そんなわけで、もう少しちゃんと見たいから、レイちゃん、体の強化をやめてくれる?」


「……やっぱりバレるか」


「神の体内を巡る魔力の流れをしょっちゅう解剖しながら見てるピィちゃんの目は誤魔化せないんだぞー!」


「さりげなくグロいことを自慢しないでよ……」


 ……気付けなかった。

 まさか魔力強化した状態で具合悪そうだったなんて。

 どれだけ極小の魔力を丁寧に縫い込んでるんだ?

 またレイの凄さを感じてしまったよ。


 レイは魔力強化を解除したようで、顔色が余計に悪くなる。

 本当に痛みとかをこっそり緩和してたんだ。

 ボク、というか、主にあの人間達に心配かけないために。

 ピィリィとディムはやれやれと肩を竦めた。

 ……強者と弱者の壁ここにあり、と。


 ピィリィは強化を解除したレイの体をぺたぺたと触る。

 子供っぽいが、その目は無邪気ながら真剣だ。


「うーん、やっぱり魔術の残滓が残ってるねー。しかも破壊とか消滅の系統の魔術の残滓だから、体を蚕食し、破壊しようとしてて、あらたいへーん、って感じー?」


「グラド、を、ルルディー、が倒したから、多分、それ」


 僅かに肩で息をしながら答えるレイ。

 グラドを消滅するだけでなく、レイの願い通り、囚われていた魂を浄化して救い出す魔術も重ねて使っていただろうから、発動されていた魔術はさらに複雑なものだ。


「ここはこの天才ピィちゃんがビシッとバシッと治療して上げるのです! ぶい!」


「はぁ。はいはい、もう、お好きにどうぞ」


「レイ、興奮しかけてるピィリィにお好きにどうぞとか言うものじゃないよ」


「やりすぎなときは、お前がちゃんと、止めるでしょ? 保護者、なんだから」


「ま、その通りだがね」


 ピィリィはレイの体を調べ終わると、レイの目の前に先程言っていたドリアを食膳に供した。


「ん! とりあえず診断終わったし、お腹すいちゃうし冷めちゃうから食べて食べてー。食べる時は一旦身体強化してていいよー。治療する時は邪魔だから解除してもらうけどねー」


「……分かった」


 完全に言われるままに動くことに微妙な顔をするレイ。

 再び身体強化すると、ピィリィに渡されたスプーンを持って雑穀ドリアを口に含む。


「……美味しい」


 そうポツリと呟いて、レイは丁寧且つ素早く食べ切った。

 相当お腹が減っていたみたいだ。

 神の時だったらそんなに食べる必要ないだろうけど、今のレイは人間だからなー。

 人間も悪魔と同じで大変だ。

 食べてるレイも可愛いと思うけど。


「ごちそうさま」


「食べ終わるの早いのー」


 ちゃんと手を合わせて、食膳をピィリィに渡すレイ。

 ピィリィは布巾でレイの口元を優しく拭いてやる。

 レイは地味に仰け反るが、されるがままだ。


 そしてピィリィは、拭いた布巾をディムに渡すと、突然レイに抱き着いた。

 レイはそんなピィリィの行動に困惑した。

 ボクは、その優しげな感じから、ピィリィが何をしたいのか分かった。


「……なんのつもり?」


「レイちゃんに今一番必要な治療は、心の治療かなーって。でも、ピィちゃんはそれの解決方法なんて知らないから、なんとなく、こうするの」


「……態々、そんなことしなくても」


「してあげたくなるくらい、今のレイちゃんの魔力の乱れは酷いよ。その魔力の乱れも、体調不良の原因だし」


 そう言われて、レイは黙る。

 そして、不意にピィリィに深く倒れ込んだと思ったら、レイは眠っていた。


「抱き着きつつ睡眠薬を刺しているとは、流石だね」


「今のレイちゃんは起きてるより眠ってる方がいいかなーって」


「……眠る方が辛い時もあると思うけどね。昔の夢、とか」


 ボクは俯きつつそう言う。

 眠らされたレイに触れて、ボクは服を先程作ったパジャマに着替えさせてあげる。

 弱々しくて、細い体。

 細くても芯が通っていて、強い体である神の頃とは大違いだ。

 髪留めは、付けたままじゃないとダメなのかな?

 これに込められている封印みたいなのが、今のレイを保たせてるみたいだし。

 最後にペンダントを外して、ディム達に顔を向ける。

 そうした瞬間、三人を囲うように結界が生まれた。


「防音の結界だ。これで私達で話せるだろう?」


「……レイに関すること、だよね」


『その話、当機も混ぜてもらいましょうか』


 三人で声のした方を見ると、それはボクが握っていた、たった今レイから外したペンダントだった。

 ボクはペンダントを顔の近くまで持ち上げた。


「あれ? Sのこれってレイとしか話せないんじゃなかったっけ? これが君だってことは気がついてたけど、今まで声なんて聞こえなかったし」


『念話対象を切り替えるだけなら容易ですよ』


「わあーSちゃんだー。久しぶりー」


『お久しぶりです』


「相変わらず女性とも男性とも取れない声だねぇ」


『もし器を得たとしても、貴方好みの女性になる気はサラサラないのでご安心を』


「それは残念」


 ディムはSの言葉に肩を竦める。

 どうやら、こちらは知り合いらしい。

 まあ、ボクはこの世界の住民じゃ、レイとルルディーと、時折Sやフォルトゥーナって神と話すくらいだから、交友関係狭くても仕方ないけど。


「そうだな、ではまず初めに、レイについての情報共有からするとしよう」


 ディムがそう議題を口にする。

 レイの話題となり、全員の気が引き締められた。


「素直に答えて欲しい。それぞれ、何処までレイとルルディー、そしてこの(・・)宇宙(・・)について理解している?」


 理解、そう、理解だ。

 レイ達については、ただ知ってるだけではダメなのだ。

 それを理解して、その上で、何をすべきか、何を成すのか、何もしないのか、選択しなくてはならない。

 それだけ、デリケートで壮大な話なのだ。


「……ボクは多分、全て、かな。ルルディーに願いを託された。もしもの時の願いを。そして、自分の立ち位置も、なんとなく決めている。で、結果選択したのが、どちらにも手を貸す中途半端な中立者だ。情けないことに、ね」


『当機もほぼ全てですね。そして、その時が来た時の命令は受けています。立ち位置としては、僅かにルルディー様寄りですね』


「成程、そちらはそういう感じなのか」


「結構複雑ー」


「……そっちの神達は?」


 なんとなく訝しむ口調になってしまったのは仕方ない。

 まだこの神達については何も知らないのだから。

 ディムはボクの問に答えた。


「私達は全てを知った上で積極的に関わらない傍観者だ。どちらにも手を差し伸べる気はないさ。が、立場的にはもしもの時のこの宇宙を任されている、非常用員と言ったところかね」


「……それは、活躍する日が来ないで欲しいものだね」


「全くもって同感だ。いくら超越者であろうと、この広大な宇宙を完全に御せるとは思えんさ」


 超越者。

 時折産まれる、能力持ちの存在は、能力者と呼ばれる。

 その中でも、概念使いと呼ばれ、かなり強力な力を持ち、さらに『世界の核』に近い者達が超越者だ。

 一説では、世界を操ることが出来る力と権利を持つ、宇宙で最上の者達とも言われている。


 勿論、大抵の超越者は神だ。

 いざというとき、世界の柱となるかもしれない超越者が弱い人間では使い物にならないから。


「ということは、君は超越者ってこと?」


『おや、馬鹿悪魔は知らなかったのですか』


「そういう事情には疎いんだ。仕方ないでしょ?」


「まあ、あまり超越者も知られたものでは無いからねえ。ちなみに、私は『空間のディム』というものさ」


 空間の概念使い。

 成程、結界とか異空間とか、そういう空間に関する扱いが、この宇宙で一番の存在ってわけだ。

 となると、うん、全くもって勝てる気がしないな。

 なにせこちらの攻撃できる範囲なんかを操られたら、きっと向こうに攻撃が一切当たらないんだろうから。


「あれー? 簡単にバラしちゃっていいのー?」


「彼とはなるべく協力すべきだし、バラしたところで問題ないさ。むしろ話がしやすい」


「そーいうものなのかー」


 ま、空間使いってことは、色々出来るだろうからね。

 いつか頼むこともあるかもしれない。

 ギブアンドテイクかもしれないけど、まあその時はその時だ。


「ピィリィも何かの能力者?」


「いいや。彼女はただのマッドサイエンティストさ」


「ドヤァ……」


『ドヤ顔する所なのかは謎ですね』


 成程、ただの神か。


「そっちの陣営で、他に能力者は?」


「私以外はいないさ。こちらのコミュニティは基本的に掛け持ちだったり曖昧だったりして、いつも部屋にいるのは五人だけさ」


「コミュニティの掛け持ちなんてあるの?」


「レイのコミュニティと掛け持ちというわけさ。私達も基本的にレイの味方寄りの傍観者だが、その中でもレイに心酔してる者達はレイのコミュニティに近い。ほぼ二つのコミュニティの境界線は曖昧だね」


「へえ、そういうのもあるんだ」


 神って基本的にほかのコミュニティとは馴れ合わないものだと。

 いや、レイの周りには、レイのことが好きだったり興味があったりして集まってる者が多いから、イレギュラーな神ばっかりだけどね。


「で、互いの把握が出来たところで、これからどうするの?」


「どうする、とは?」


「それは……」


 ボクは口にしようとして、何も言えなかった。

 どうするのか?

 いいや、今は、なにも、出来やしない。

 現状に変化を与えたいなら、レイとルルディー、両方の背中を押せば済む。

 が、それは、かなり危険なものでもある。

 正直、終わりを近づける危険な行為でもある。

 そしてそれを、何よりもルルディーが望まない。

 ボクらは、ルルディーが自分から変わろうとするか、レイがルルディーに、全ての真実に踏み込もうとしない限り、何も出来ない。


「私達がレイに何かを伝えるかい? ルルディーがそれを全力で止めに来るだろうというのに? 大体、これは二人の問題だ。そこにこの宇宙の全てを巻き込んでいたとしても、二人が解決すべきことであることに変わりない。私達は、何もするべきではないのさ」


『そうですね。今どちらも中途半端な状態で、下手に刺激したら、余計に拗れそうですし。ていうか、馬鹿悪魔のせいで余計に微妙なところになりましたし』


「ピィちゃんも、様子見を提案するのー」


 ボクは口を紡いだ。

 彼らの言う通りなのは分かっている。

 でも、ボクとしては、経験上、気が急いてしまう。

 早くなんとかしなければと思ってしまうのだ。

 どうにもならなくて終わってしまうのが、一番嫌だから。


 悩むボクの肩に、ディムが優しく手を置いた。


「悩め、時間が許す限り。そして、どうするかは自分で決めなさい。彼女達の意志を尊重するのか否か。自分の願いを貫くのか否か。幸い、まだ少しは時間があるし、私達は傍観者だ。何も言うまいよ」


 それは、彼にとっては精一杯の優しさだったのだろう。

 ボクは何も言えなくて、親の説教をきちんと飲み込んだただ子供のように、黙って頷いた。


 彼女達のためを、言い訳にしてはならない。

 結局は、ボクの意志なのだから。

 その中で、彼女達の意志をどう扱うのか、どう見るのかを、考える。

 いつか必ず、笑顔にするために。

 ボク自身の罪滅ぼしのために。


「とりあえず、ボクはこれからもレイの役に立とうと思うよ。あ、今回のことについて、ボクは謝ったりしないから」


「分かっているさ。というか、謝罪するべきは私達に向けてではないだろう?」


「ルルちゃん、きっと今頃泣いているのー」


『馬鹿悪魔最低』


「……Sってもしかしなくてもボクのこと結構嫌いだよね」


『何を今更。貴方のように無駄にマスター達の関係をほじくり揺さぶる方を簡単に許容出来るわけないでしょう』


「ま、それもそっか」


 ボクが肩をすくめると、防音の結界は消えた。

 内緒話は終わりらしい。

 ボクはベットに腰掛けて、眠るレイの髪をそっと撫でる。


「ル……ル……」


 目尻に涙が浮かぶ。

 ボクはそれを拭う。

 拭ってやることしか出来ない。

 優しくする方法も、イマイチ分からず、間違った方法でしか彼女達の背中を押せない、こんな悪人で罪人のボクには、そんな簡単なことしか出来ない。


「……守るよ」


 そう無意識に呟いて、ボクはレイを抱き寄せた。

 この小さな温もりを守るためなら、ボクは自分の全てを捧げよう。

 それが、彼女達への恩返しになると信じて。


 ……ああ、本当に、この世界は理不尽だ。

 本当に、小さな、当たり前の願いすら踏みにじられるくらいに、理不尽に満ちている。


 ボクはそう、小さく悪態をつくことしか出来なかった。



ピィ(なんだか空気が重たいからピィちゃんが無理矢理なんかして明るくしようかなあなのー)

ディム(ピィリィ、何か変なことしようと考えてないかね?)

ピィ(気のせいなのー)


気遣いは出来るが多分そのやり方は間違っているであろうピィリィさん。

気持ちだけで十分。

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