43 ヤバい奴ってこういうこと
ボクは隠れ家に入ると、とりあえずリビングのソファーにレイを座らせた。
隠れ家に来て安心したのか、レイはほんの少し目を閉じる。
本人は問題なさそうにしてるけど、結構顔色が悪い。
何か食べさせて早く寝かせた方がいいな。
魔力が一時的に体内に多く流れていたのと、複雑な魔術をこの肉体で使われたせいで、その後遺症が体の方に強く残っている。
ボクは回復魔術は苦手だし、普通の回復薬なんかが効くはずもない。
……もう少し考えてからやれば良かったかなぁ。
後悔はないんだけど、人間の肉体でも苦しんでるレイを見るのが嫌なことに変わりはない。
でもまあ、予想以上に苦しんでて、後悔しそうになる。
それでも、ボクはボクのやりたいようにやる。
ボクに生きることを強いてくれた彼女達のために、ボクは生きなきゃいけない。
彼女達を傷つけてでも、彼女達に明るいエンディングを迎えさせなきゃいけない。
そっと首のリボンに手を添える。
そして、この呪いのためにも……。
「スーレアとアレン、ただいま戻りました」
「マスターは大丈夫か?」
「おかえりなさい。一応、大丈夫だけど、なんだか顔色が悪いみたい」
「この悪魔も、マスターには特に何もしてないよ」
ボクが思考してる間に帰ってきたのは、たしか、スーレアとアレンって人間。
それに対して、メルウィーとウレクの二人が返答する。
最初にやりすぎたせいか、ボクは随分嫌われているらしい。
まあ、別に気にしないんだけどね。
他人には興味が無い。
なんていうのかな、人間達や神族達の中で、尊敬するところはするけど、他人としては興味ないって感じだ。
ボクにとって大切なのはルルディーとレイだけ。
レイが彼らと仲良くしろというならその通りにするけど、そういうつもりは無いらしいし。
彼らが帰ってきたのを感じて、レイが体を起こそうとするが、ボクは無理をさせないようにそのままにさせる。
過保護だと思っているのか、少し睨まれるが、看病すると言ったのはボクだ。
それを遠慮する気は無い。
ボクがやったことなんだから、ボクの手できっちりケジメをつけさせてほしい。
その訴えが通じたのか、レイはまたソファーに身を預ける。
「おかえり。早速だけど、スーレア、ちょっとこっちに来てくれる?」
「私ですか?」
疑問を抱けど、スーレアは即座にレイの元に来る。
ほかの三人も一応レイの側に集まる。
レイは何故かボクを睨んだ。
「おい、私よりも先に、スーレアを回復させてよ」
「え、なんで?」
「お前がスーレアを暴走させたせいで、スーレアの体内に無駄な魔力が巡ってるの分かるでしょ? 顔色も少し悪いし。スーレアは私よりも体内の魔力を操るの苦手なんだから、余分な魔力を吸い取ってあげて」
ああ、そういえば破滅の子ってそういうのだったな。
確かに、今レイは自力で体内を回復させようとして魔力の操作も一緒にやってるけど、人間はそんな器用なこと出来ないだろうし。
レイの提案にスーレアはおずおずと手を上げる。
「あの、マスター、吸い上げるとは具体的に何をしてもらうんですか?」
「スーレアの血をこいつに吸わせる」
その瞬間、アレンがボクからスーレアを守るような立ち位置に入り込む。
わあ、素敵なナイト様だこと。
「マスター! こんな奴にスーレアを触れさせたくないです! それに、もしそれで致死量吸われたら……」
「あー、分かってる分かってる。全くもって同感だよ。でもまあ、私が操作するより、そっちの方が確実だし、私の目の前でそんなことさせないから。大人しく受け入れて欲しい。後で私が休んでる間にでも、乳繰りあってこいつのことなんて消毒していいからさ」
「ねえ酷くない?」
「いらんことしたのはお前でしょ。あと、やる時は血を吸うというより、血を通して魔力を吸い上げるようにしてよね。貧血になられちゃ困るし」
「まあ、出来なくは無いけどさ。はいはい、やりますよ。ボクがやらかしたことだし。そんなわけで、手首出してくれる?」
ボクが笑顔で手を差し伸べるも、スーレアは心底嫌そうな顔でアレンの方に抱きつく。
アレンの方も殺気に充ちた目で睨んでくる。
嫉妬心強いなー。
ボクは嫉妬はあんまり理解できない。
「スーレア、スーレアは私を影で護衛する側なんだから、体調管理はしっかりしておいた方がいい。それは分かってるでしょ?」
「……はい」
スーレアは嫌々ボクの方に近付いてきて、手首を差し出す。
ボクは跪いてその手首をとり、牙を露わにして突き立てた。
「っ!」
スーレアが不愉快な感覚に顔を顰める。
そんなスーレアのもう片方の手を、アレンが握ってあげる。
お熱いことで。
まあボクは言われた通りにするだけだけど。
流れてきた血を通じて、ボクはスーレアの魔力を吸い上げていく。
……ああ、薄いなぁ。
レイの魔力濃度の高さが嫌でも分かる。
薄いし美味しくない。
魔力に対しての味覚が悪魔にあるかどうかは知らないけど、それでもレイと比べると美味しくないと本能的に解る。
やっぱり、魂が格別に違うんだよなぁ。
大して腹の満たされない魔力を、そこそこにとり、ボクは口を離した。
「この程度の魔力で体調悪くしたり死にかけたりするなんて、人間は本当に弱いんだね」
「私と比べちゃ可哀想でしょ。だいぶ格が違うでしょうに」
「だよねー」
ボクは最後に傷口を撫でて簡単に塞いでやり、スーレアを離してやった。
離れた瞬間、スーレアはアレンに強く抱きついてスリスリと頭を擦り付ける。
あー、ボクもレイに抱き着きたくなってきた。
まあ、この子達が殺気立つだろうから、後でやるけど。
「結構取っておいたから、しばらくは増えても大丈夫だと思うよ」
「……ありがとう、ございます」
わー、あんまりお礼を言いたくなさそうな顔。
まあいいんだけどさ。
やらかしたことの収集をつけただけで、お礼を言われることじゃないし。
「で、レイの食事はどうするの? 誰が作るの?」
「一応こちらで買ってきましたけども──」
「はいはーい! そんな弱ってるレイちゃんに、体に良いもの持ってきたのー!」
突然元気よく現れたその人物に、全員が振り返った。
現れたのは、ピンクの団子頭に、小さな体躯に少し大きめの白衣を着た個性的な幼女。
その白衣のポケットには、メスやら注射器の先が覗いている。
まるで、小さなお医者さん、といったところだろうか。
いやしかし、誰で、しかも、この隔離されているはずのこの空間にどうやって入ってきたのか。
ボクも、全く感知出来なかった。
ボクが全く感知出来ないとなると、この幼女はボクよりか遥か格上の──。
「おおー! 上物の悪魔がいるよー! ぴょんっ!」
「っ!?」
一瞬で間合いを詰められ、その童顔に獰猛な笑みを浮かべる。
「ぶっち!」
「くっ!?」
腕をもがれた。
それはもう、無慈悲に情けも容赦もなく。
悪魔だから血は出ないし、肉体も魔力で構成されてるために、直ぐに再生出来るが、その場には黒い魔力の残滓が散った。
どうして、とか、どうやって、とか、色々な疑問が巻き起こるが、ボクにとって自分の肉体なんてどうでもよかった。
ボクにとって、一番心配すべきことはレイの安全なんだから。
その白衣の幼女は、ボクの腕を持つと、何か透明な容器に入れて、それを見つめてうっとりと恍惚な笑みを浮かべる。
「あぁ……ステキな魔力の流れだなぁ。いいねいいねー。折角二本もとりやすく作ってくれてるんだから、両方取った方がお得かなー?」
そう言って、獰猛な笑みを向ける。
ボクは久々に、怖いと思った。
死ぬのは怖くない。
ボクは死にたいから。
でも、今ここで何もなせずに死ぬことは許されない。
許されないことをまたするのが、怖くて怖くて堪らない。
そう思いながらレイを庇うように立つと──、
「普通の人間もいるんだから、そういうバイオレンスなのはやめておいてよね」
「ピィリィ、お見舞いに来たのに、看病している者の腕をもぐのはどうかと思うよ」
「あうっ」
レイが呆れたように咎め、白衣の幼女の背後から突然現れた背広の紳士が、後ろから抱き着く形でピィリィを止める。
……レイの、知り合い?
「レイ、この二人は?」
「あー、そっか、お前は知らなかったね」
「ピィちゃんもこの子知らなーい! その子はだれだれー?」
ピィリィと呼ばれた幼女が、紳士の男の腕の中で首を傾げる。
一見普通の子供だけど、どう見ても普通じゃない。
ていうか、間違いなく神族でしょ。
それも中位、いや、高位くらいか?
にしては、なんだか体内の感じが異様だけど……。
こう、合成獣みたいな歪な感じで……。
「アヴィー、こいつらは『影の扉』の向こうに住む、あらゆるコミュニティから独立した神達だ」
「えっ、マスター、この方々も神様なのですか?」
思わずメルウィーがそう疑問符を浮かべる。
まあ、そう思うよね。
悪魔とか獣神とか神だったら、互いに魂のオーラで分かるんだけど、人間はわりと神を神だと分からない。
見た目が同じだからね、仕方ないね。
にしても、影の扉か。
「それって、神々の中でもかなりヤバい神達がいるって噂の場所だっけ」
「むー! ピィちゃんやばくないもん!」
「いやいや、各地で素材集めと称して残忍な真似しまくってるピィリィは明らかにヤバいから自覚しなさい」
「わおっ! ピィちゃんビックリ新発見なの!」
……うん、神様らしくない。
いや、そもそも神様にらしいもなにもないけども。
「そっちの白衣ロリはピィリィ。宇宙にいる魔女の間では有名な奴だ」
「ってことは、魔女ってこと?」
「まあマッドサイエンティストだから、魔女でも間違いじゃないと思う」
「マッドマッドくるっくるー?」
「くるくるしないで。落ち着いて」
「んで、その後ろにいる紳士もどきがディム。そいつ、ドがつくほどの変態フェミニストだから、メルウィーとスーレア気を付けてね」
「おやおや、流石に人妻を攫う趣味はないさ」
「ねえ今この神様攫うとか言わなかった?」
「気にしても無意味だから気にするな」
「なんか、レイの交友関係って、その……」
「ああん?」
「ごめんなさいなんでもないです」
類は友を呼ぶ、とか言ったら殺される雰囲気。
ボク、馬鹿じゃない。
まあ、この人たちはその中でも一層濃いと思うけど……。
「それで、そんな人達が一体何をしに来たんだい?」
「この白衣が見えぬかー!」
「……血が凄く付着してるね?」
「お医者さんだもん!」
「ええー……」
オペ帰りとかにしてもちょっとさっきの一連の流れでかなり自己中バイオレンスなイメージが……。
ああ、こっちの人間達がボクを嫌う理由がちょっと理解出来た。
理解不能の生物になんかされるって普通に恐怖だよね。
でも、お医者さんという意味でとらえるなら、一応治療に来たって事なのかな?
凄く不安な感じがあるんだけど……。
レイも顔顰めてるし……。
「覗き見していたら、君がなんだか面白い目にあったみたいだからね。こうして駆けつけたわけさ」
「おい今覗き見とか言った?」
「言ったね。でもそれが何か?」
「……」
怖い怖い。
無言の圧力が怖い。
ディムと呼ばれた方が、そんなレイの目線など気にせず、説明を続ける。
「それにダンジョン制作の話もしたいからね。まあ気を利かせたカルランが、体に優しい料理を作ってくれたから許しておくれよ」
「流石は影の扉の主夫。仕方ないから許す」
「主夫もいるの……?」
「他にはうるさい犬とか、パンダな堕天使がいるよ。他にも、この星にいるやつの何人かは、たまに出入りしてるらしいし」
「……堕天使は関わりたくないなぁ」
聞いただけでもヤバそうな集団だ。
独立したコミュニティってことは、それだけ強い猛者がいるってことでしょ?
レイ達のコミュニティとどっちが上なのやら。
「エグちゃんはねー、レイちゃんが大変だーって分かった瞬間『こうしちゃいられねえ! スグに看病に行くっすよー!』って飛び出そうとしたから、普通より五十倍くらい効力のある眠り薬打って放置しといたよー」
「それは良くやった。今あいつに飛びつかれて構われたら死ぬ気しかしない」
「わーい褒められたー!」
ディムを押しのけたピィリィは楽しそうに、どこからか取り出した籠をずいっと差し出す。
多分、これが主夫が作ったらしい食事なのだろう。
うん、確かにいい匂いがする。
「元気の出る雑穀ドリアだって! あとで診察終わったら食べていいよー」
「え、マジでお前が診察するの?」
「するよ! 全力で!」
ピィリィのキラッキラの笑顔に、レイは何故かボクを引き合いに出す。
「これ貸してあげるから帰んない?」
「ねえちょっとレイ? 何さりげなくボクを人身御供に出すの?」
「ダンジョンの話もあるから、話してる途中にでも診察してあげるのー。あと、その子も借りていいなら後で借りる!」
「あ、ボクに拒否権とかないんだ」
「諦めたまえ、人のフリをした悪魔よ。この幼女は止められまいよ」
いやどう見てもこのディムって人が保護者でしょ。
止めて欲しいなぁ……。
「そーれで、レイちゃんの具合はどんな感じなのー?」
「痛っ!?」
何故かレイに近づいてきたピィリィに、通りすがりに薬を投与された。
え、何この神様?
通り魔? 通り魔なの?
「あっ、ごめんなのー。手が無意識にー。てへっ」
舌を出して一切反省する気のない無邪気な笑顔のその手には、薬を打った後の注射器が。
「え、待ってどういうことなの」
「相変わらず手癖悪いなー」
「患者には正確にやるから大丈夫!」
ブイっ、と指を構えるピィリィ。
その悪びれない姿に、ボクもレイも、人間の四人も閉口してしまう。
ピィリィの背後のディムって神だけは、やれやれと言うように肩をすくめる。
まるで、いつもの事みたいな感じだ。
ボクはレイに耳打ちした。
「……レイ、本当にこの神様達大丈夫なの」
「腕は確かだから大丈夫……多分」
「不安しかない……」
でもまあ、レイがこんな風に対応してるくらいだし、そこそこ信用はしているんだろう。
ピィリィはボクやディムを見ながら、部屋の扉の方を指さした。
「とりあえず、レイちゃんをそっちにあるどこか使っていい部屋にでも入れてくれる?ベッドとかある部屋がいいなー」
「ボクが運ぶよ。一番端の扉が使われてないみたいだよ」
「じゃあそっちにゴーゴー!」
レイは黙ってボクに運ばれる。
ピィリィは先に部屋に入ると、ぴょこっと顔を出して、人間達を見た。
「君達は入んないでねー。護衛らしいけど、君達雑魚も雑魚だし。ピィちゃんはレイちゃんに手を出すような悪い子じゃないから、そっちの部屋で大人しくしててねー」
「ピィリィ、彼らをあんまりボロクソに言うんじゃないよ。可哀想じゃないか」
「ええー? でも事実だもーん。ピィちゃんが強化人間にしてあげる技術を作ってあげたにしても、結局この星の人間ちゃん達がちょっとしか強くないのは、ピィちゃんが一番知ってるしー」
「「「「……え?」」」」
……ちょっと待って。
今この幼女、とんでもないこと言わなかった?
この世界のスキルや魔法なんかは、レイがこの世界の人間達に与えたものとは聞いているけど、強化人間云々は初めて聞いた。
「ピィリィ」
「レイちゃん……ぴゃうっ」
レイがボクの腕の中でピィリィを冷たく睨む。
その眼光にピィリィが怯んだ。
「それは、今の人間はあまり知らなくていい話だ。知ってる奴だけが知ってればいい。そんな昔のことを、簡単に漏らす必要は無い」
「……でも、そんなに大したことない話だと思うのー。第一、それはこの世界の人間が望んで……」
「だから、そういうことは話す時に話す。知りたいやつに伝える。無駄に広める必要は無い。……そりゃ、結果的には今更変えられない、無意味な話だけど、それでも今は、説明も面倒くさいし、余計な疑問を産ませる必要はないでしょ」
「……ごめんなちゃい」
ピィリィは大人しく項垂れる。
レイは納得してくれたピィリィを見て安心したようなため息を吐く。
「ほら、さっさと運んで。まあ四人も、ピィリィが言った通り、別にすることないし、今日二度目の待機ね。まあ、そっちのリビングでイチャついててもいいよ」
「……えっと、はい。かしこまりました」
話がまだ飲み込めてない様子で、命令だけは飲み込んだメルウィーが返事をした。
そんな彼らを背に、ボクら四人は部屋に入った。
……なんか、本当にとんでもない神達来ちゃったなぁ?
レイ「んで、さっきのもいだ腕どうすんの?」
ピィ「え、聞きたいのー?」
レイ「いや、いいや」
ピィ「じゃあいいのー」
まあ、何かに使われるんですよ。
なにかってなんだ。




