42 提案に乗った片恋少年
その日のセルトは、そわそわしていた。
それはもう、傍から見ても自重しろと思うくらいに。
そわそわ、そわそわ、と落ち着きなく。
その顔は、緊張でガチガチに固まっていて。
待ち人を待つにしても、みっともないくらい緊張していた。
ルーリアと約束した影の六の刻の時、時計塔の下で約束の時間の一刻|(一時間)前。
早く来るにも程がある時間であった。
そして折角早めに来たのに、この落ち着きのなさだった。
深く、深く、深呼吸をして、心を落ち着けようとするが、鼓動は激しいまま。
緊張のしすぎで熱でも出すのでは無かろうかと心配になるほどの緊張具合だ。
いくら自身に、大丈夫だ、大丈夫だ、と言い聞かせても、何が大丈夫なのだろうと疑問を抱いた瞬間、落ち着きが無くなってしまう。
今から顔を合わせるルーリアにこんな姿見せる訳には分かってはいれど、そのルーリアのことを考えるとまた震えが止まらくなる。
そうしていつまでも、ぐるぐる、ぐるぐる、と堂々巡り。
そんなことをしてる間にも、刻一刻と時は迫る。
そんな時だった。
────自分で腹括ったんだから、しっかりしなよね、なっさけない。
セルトは顔を上げ、周囲を見渡す。
しかし、声の主は見当たらない。
夜に近付いて、酒場に向かう者、夜の店に行く者、帰路を急ぐ者が歩いているだけだ。
そしてセルトは、なんとなく誰か予想がつき、ため息を吐いた。
その一瞬で、緊張は収まっていた。
深呼吸でも収まらなかったのに、ため息で収まるとはこれ如何に。
「……意外と面倒見の良い奴め」
「それって誰のこと言ったの〜?」
「ル、ルーリアさんっ!」
落ち着きが台無しである。
緊張のし過ぎで、想い人が近付いてきたのにも気付かないとはどういう訳か。
セルトは声の主に感謝しようとしたが、間の悪さを恨んで取り消した。
「な、なんでもないです」
「そーなの?」
「そ、そうなんですっ」
「ふふっ、赤くなってるセルトくん可愛い〜」
ルーリアは微笑ましそうな笑みを浮かべて笑う。
セルトはその目に、まるで一切眼中に入れてないように感じ、悔しくなった。
「……俺も、一応男なんですけど」
「ああっ、ごめんね? そうだよね、男の子だもんね。私の弟と似てるから、つい可愛いなんて言っちゃった」
「弟? 弟さんがいるんですか?」
確かに家族から離れて冒険者は多くいるが、まさか弟がいるとは思わなかった。
もしかすると、自分に対しての目は、弟と重ねて見ている目なのかもしれないと思い、セルトは更に落ち込んだ。
やはり眼中に無いなと。
それでも、足に力を入れて、その場に立った。
「今は離れて暮らしてるんだけどね、昔から優秀で凄いんだ。それに、私のことも応援してくれるし、何時でも頼りにしていいって言ってくれるし。だからそんな頼りになる弟がいるから、家のことは任せて、私は冒険者として修行に専念出来るんだよね」
「……ルーリアさんにそこまで言われるなんて、とても凄い弟さんなんでしょうね」
「うん、自慢の弟だよ」
嬉しそうに、誇らしそうに、ルーリアは弟の自慢をした。
それだけで家族仲の良さが伺える。
また自分の知らないルーリアを知れて、セルトはなんとなく嬉しくなりつつ、本題に入らなければと気を引き締めるが、切り出し方が分からない。
ああ、やはり色々と誰かに相談すればよかったと思うが、家族には恥ずかしくて言えないし、とある小さい後輩には癪だから言いたくないし、かといって先輩の人も相談しにくい。
だが、自分の想いなのだから、自分の言葉で語らなければ。
そう思い、セルトは闇の混じった夕方の空を見上げる。
「……俺、昔から人見知りなんですよね。なんか、他人と関わることを避けていたら、自然と関わり方が分からなくなっちゃって」
結果、とれた方法は、なんてことない自分語りであった。
切り出せているとも言えない、なんとも遠回りな方法。
それでも、言え、言え、言え、と心の中の叫びに必死で応えようとする。
勇気を、一歩を、覚悟を、どうか自分に。
そんな風に、自分自身に祈る。
「……冒険者の中でも、堂々としてないせいで、子供扱いされて居心地悪くなることもあって。初めての頃なんて、じいちゃんがいなきゃ、受付嬢の人と話をするのすら苦手でした」
「でも今は普通に話せてるってことは、セルトくん、頑張ったんだねえ〜」
「……それは、ルーリアさんのおかげですよ」
「私?」
ルーリアは覚えがないというように、キョトンと首を傾げる。
そんな一挙動に対して、一々可愛い人だと思ってしまう自分は、本当にこの人が好きなんだなと、セルトは自分に対して恥ずかしくなる。
「……ルーリアさんは、出会った時から、誰にでも笑顔で、優しくて、強くて眩しかったんです。そして、俺に対しても平等に接してくれて。俺は凄く嬉しかったんです。年齢とか気にせず、冒険者の一人として扱ってくれたことが。頑張っていると褒めてくれたことが」
「うーん、私は普通のことのつもりでやってたんだけどなぁ〜」
「……その、普通のことが、嬉しかったんです」
そう、嬉しかったのだ。
誰にでも優しくしてくれることが、とても嬉しかった。
年齢や実力関係なく、その冒険者でありたいという意志を尊重されて、自分がちゃんと冒険者の一人として扱われていることが、嬉しかった。
自分をちゃんと見てくれる人がいるんだと、単純に今ここにいることを肯定されたことが、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
「……それに、ルーリアさんが眩しかったのは、その優しさだけじゃありません。努力家なところもです。冒険者になったときから、本当に強かったのに、それをひけらかすこともなく、むしろ影で精一杯特訓しているところとかが、凄くかっこよかったです」
「あ、改めて言われると、なんだか照れくさいね〜。あれ、でも、私セルトくんに特訓してることろ見られたの数回くらいしかないと思うけど?」
「……えっと、その、すみません。自分も弓の訓練していて、たまたま見つけてしまうことが多かったんです。それで、一度見つけたら目が離せなくなっちゃって。……ホント、なんか、すみません」
「ありゃりゃ、あんまり人がいなさそうなところでやってるつもりだったのに、見られちゃったのか〜。それって、失敗してるところも見られちゃったってことだよね〜。そう思うと恥ずかしいね〜」
「……すみません」
セルトは今更ながらに罪悪感で顔を真っ赤にした。
実の所、途中からはむしろ積極的にルーリアを追うというストーカー紛いのことはしていたのだが、流石にそれは白状出来なかった。
しかし、ルーリアはそんなセルトを責めるでもなく、笑顔を見せた。
「でもまあ、気にしなくていいよ〜。今こうして、その時の私を褒めてくれているんだから〜」
だから、むしろ見ていてくれてありがとうね、とルーリアは嬉しそうに微笑んだ。
セルトは恥ずかしくなりすぎて、熱を帯び始めた顔を片手でおおった。
ルーリアの特訓姿は、とても美しいのだ。
魔力の流れも、その魔法の発動のされ方も。
セルトはその景色に、何度だって見とれていた。
ルーリアの作り出す芸術のような修行姿に、その光景の全てに。
セルトは激しくなる鼓動を深呼吸で落ち着けて、再び顔を上げる。
「……俺は、本当に凄いと思いました。失敗しても、成功しても、考えて考えて、前を向いて、真っ直ぐに強くなろうとするルーリアさんが。そして、その目には、自分の守りたい人達のことも思い浮かべてるような優しい眼差しもあって、その優しさと強さも、かっこいいと思いました。思いました、っていうか、今でもずっと思っています」
気持ちの纏め方なんて分からないから、思いつく限りの想いを全て吐露する。
緊張で消えてしまわないうちに、恥ずかしさで溶けてしまわないうちに。
セルトの言葉に、ルーリアは一人頷く。
「……そっか、そうだね。私は、誰かを守れるような、誰かの役に立てるような、そんな魔法使いになりたい。うん、確かにそうだね。今まで、結構無自覚だったかも。……私のそんな所も見抜くなんて、セルトくんは人を見る目があるんだね〜」
えへへ、とルーリアは恥ずかしそうに笑う。
本人も無自覚だったらしいことを、見抜けたことを誇らしく、同時に自分がどれだけ相手のことを見つめていたのか、そんな自分自身も自覚するセルト。
本当に、素敵だな、と単純に感動してしまうほどに、セルトから見たルーリアは綺麗だった。
「……ルーリアさんは、凄いんですよ。本当に、凄いんです。だから、俺は、凄くてかっこいいルーリアさんが好きだし、優しいところも好きだし、努力家なところも好きだし、何に対しても頑張っているところも好きです」
自分の中で言葉を纏めようとしても、纏まらない、収まらない。
思考がぐるぐると渦巻いて、しかし、言いたいことだけはハッキリしていた。
そして、黙って自分の言葉を待ってくれている、目の前の想い人。
伝えたいことは、シンプルに、伝えればいいと、セルトは周りの音も忘れて、息を吸った。
「……俺は、ルーリアさんが好きです。好きだから、頑張っているルーリアさんを、支えて、隣で一緒に自分も上を目指して、そして、ルーリアにとって頼りになるような、そんな存在になりたいです。そういう特別な隣にいさせて欲しいと、思ってます」
これだけハッキリと、よく通る声で自分の言葉を言ったのはいつぶりか。
ああ、そうだ、親に冒険者になりたいと、必死に伝えた時と、同じだ。
いいや、それ以上に自分の感情は昂り、ハッキリと声を出している。
想いを、伝えている。
セルトは、残りの想いを全部吐き出した。
「だから、冒険者同士以上の、頼りになる関係に、なってもらえませんか」
言った、言い切った。
数年溜め込んだ想いを、全部吐き出したのだ。
一番伝えたい人に、伝え切ったのだ。
そんな、自分の想い人は──
「……凄いなあ、セルトくん」
羨ましそうに、眩しそうに、小さな羨望を宿すように、小さく笑っていた。
「そんなふうに、勇気をだして、自分の想いを伝える。うん、凄い。かっこいいよ。……私なんかよりもずっと」
セルトは首を傾げそうになり、すぐにルーリアのその目に宿る臆病な光を読み取った。
そして、ルーリアの言葉を、ただ受け止めた。
ルーリアは遠くを見ながら独白する。
「私は、ずっと想ってるくせに、遠回しで、誤魔化して、今のままの関係を喜ぶふりして、変えようとする勇気も出せなくって。いっつも、最後の一歩が踏み出せない。ずっとずっと、そうだった」
そんなことは、知っている、分かっている、全部、見ていたから。
それを承知の上で、自分は告白したのだから、とセルトは強く思う。
知らないわけはない、分からないわけはない。
それも込みで、好きになったのだから。
「でも、セルトくんは、その最後の一歩を踏み出した。自分の想いのために、変わろうと、ううん、進もうとした。その勇気は、きっと、誇っていいことなんだよ」
セルトは、なんだか告白したのはこちらのはずなのに、こっちが恥ずかしくなってきた。
まさか、告白したことを、こうも褒められるとは思わなかったのだ。
そして、分かり切っていた答えを返される。
「だから、ありがとう。その勇姿を見せてくれて。私のこと、想ってくれて。でも、ごめんね。だからこそ正直に返すよ。私は、ずっと想ってる人がいるから、セルトくんの想いには答えられない。その人のことが、昔も今も、そしてこれからもきっと、ずっと、想い続けるから。だから、ごめんなさい」
知っていた、分かっていた。
それでも、ああ、やはり、この人の一番近くにいることは出来ないのだと、ハッキリと思い知らされて、セルトはとうに覚悟していたことだとしても、泣きそうなった。
それでも、好きな人の前で涙を流すなんて、男としてできるわけが無い。
だから、必死に笑った。
最後までかっこつけるために、笑顔を貼り付ける。
「……分かってます。ルーリアさんが、リグアルドさんのこと、ずっと想い続けるだろうなってことは」
「あはは、やっぱり知ってるんだ」
「ええ。それでも、分かった上で、好きになって、分かった上で、告白することにしたんですから。……だから、そんなルーリアさんに提案です」
「……提案?」
セルトは、思い出す。
あの時に言われた、ちょっとした提案を。
イタズラ顔で言われた、ちょっぴり酷い提案を。
そんなことを言ってきた、生意気で小さな冒険者を思い浮かべながら、セルトは提案する。
「ルーリアさんのことが好きで、ほんの少し知っていて、一番の幸せを願う俺を、色恋の相談相手にして、頼ってくれませんか」
レイはあの時、こう言ったのだ。
──友達以上の色恋の相談相手として、失恋した後も隣で頼りになる存在であり続ければいい。ルーリアの方が成就するまでね。どうせお前は、ルーリアを好きなままでしょ? 諦めたって、想いを消すなんて無理でしょ? だから、そうだなあ。つまり命名──
「片想い同盟、結びませんか。ルーリアさんの恋が成就するまで、俺はずっとルーリアさんを応援します。味方になります。だから、沢山、頼ってくれませんか」
「……それは、セルトくんはこれからも変わらず、むしろ頼りになる存在であり続けてくれるってこと? 私は振ったのに?」
そう言われてセルトは、苦笑いした。
やはり、この人は、こういうことに関しては怖がりなんだと。
きっと、簡単に、これからが変わってしまうと思っていたのだろうと。
だが、だからこそ、自分がそんなことは無いと証明する。
「……振られたくらいで、興味なくなったり、応援するのをやめたりしませんよ。好きだからこそ、ずっと貴女の幸せを願い続けます。ルーリアさんの想いが、願いが、果たされることを、応援し続けます。ずっとずっと、好きなままでい続けます」
真っ直ぐに、ルーリアを見つめて、ただひたすらに声援を送る。
励ましを、想いを、願いを、全て乗せて、自分でもズルいと思う提案をする。
振られたくせに、むしろ近づこうとする口実を言うなんて、なんだかズルい気が、なんとなくするのだ。
だが、それがどうした。
恋愛は、諦めたら負けなのだ。
好きな人の近くに居たいなんて、当たり前のこと。
頼りにされたいなんて、当たり前のこと。
幸せを願うなんて、当たり前のこと。
極々、自然な感情だ。
だから、堂々とズルい提案をする。
ただただ、想っているから。
「なんか、振ったはずなのに、口説かれてる気分だよ〜」
「……でも、これが俺の本心です」
「うん、そうだね。分かるよ。痛いほど伝わった。……やっぱり、凄いね。こういうことに関しては、セルトくんの勝ちだね」
ルーリアは気恥しそうに笑う。
セルトもつられて、応援するように笑った。
「……大丈夫ですよ。すぐに俺に勝てるように、応援し続けますから。なんなら、男目線のアドバイスだって、いくらでもします」
「いや、リグルは全然普通の男じゃないから、どうなんだろうね……」
「それは、その……時と場合によりますね……」
二人して苦い顔をする。
お互いの想いが、一方通行の想いが、伝わってくる。
彼らはそれを、決して、不毛だとは思わない。
人の心はうつろいやすいと言うけれど、それでも、今この瞬間だけでも、確かな想いがここにあると言えるから。
だから、ルーリアは手を差し出した。
「それなら、頼りになりそうなセルト君に、恋愛相談、頼んでもいいかな」
その手を、想い人の手を、たった今自分を振り、そして讃えてくれた人の手を、セルトはゆっくりと握り返した。
「はい、惚気だって愚痴だって聞きますし、アドバイスも沢山します。そして、俺はルーリアさんのこと好きでい続けるので、ルーリアさんも必ず、いつか必ず、その想いを成就させてください」
それはきっと、幸せな地獄だろうなぁ、とこれからの日常に苦笑いしながら、セルトはルーリアに向けて笑った。
ルーリアも、返すように笑った。
「うん、分かった。片想い同盟の、約束ね」
今日ここに、奇妙な関係が結ばれる。
片方は振られ、片方は未だに勇気がないまま、しかし、不毛ではない、微笑ましい関係が結ばれる。
──ところで、これを結んだことで、やはり片方は頻繁に惚気話を聞かされて、ほんの少し後悔しかけるが、それはまた、あとの話。
「あれ? レイちゃん?」
ルーリアとセルトが二人で互いの恋愛話をしながら帰路につき、宿屋木漏れ日亭に着いた時、店の出入口からレイの姿が見えた。
レイも二人に気がつくと、笑って手を振る。
しかし、その笑顔にはどこか疲労が見えた。
「やっほ、片想い同盟の御二方」
「……やっぱり見てたのか」
「え!? 見てたの!? もしかして一部始終!?」
「やだなールーリアってば。私が面白そうなイベントを見逃すようなやつに見えるかね」
「……ああ、うん、分かってた。分かってたけど、堂々と言われたくわないよ〜」
「なんで告白された側が嫌がるのやら」
「「いや普通は両方嫌だよ」」
二人の声がハモり、顔を見合わせてクスッと笑いをこぼす。
「いやー、片想い同盟、別名片恋アライアンスを結ぶとは、セルト、お前だけが苦労するぞー」
「……ふん、好きな人に頼られて疲れるような男はいねーよ」
「おっとイケメン発言頂きましたー。しかし私が懸念してるのはそこじゃないのだが、まあ後から思い知るだろうし、心優しい私はこの場では言わないでおこう」
「……流石発案者、楽しそうだなおい」
「え!? レイちゃんの提案だったの!?」
「よかったねルーリア! 友達が増えたよ!」
「セルトくんとは元からお友達だもん! ねえ?」
「……そ、そうですね」
まんまとレイに乗せられたような気がして|(まあ実際事実だが)セルトはため息をついた。
そして荷物をまとめて持っているレイを見て首を傾げる。
「……お前、こんな時間から何処に行くんだ? もう門も閉まる時間だし、お前なんかが夜に空いてる店に興味は無いだろ。てか無理だし」
「んー、あー……。その、しばらく冒険者家業を休むから、この宿から出てくところ」
「……それ、どういうことなの? 私、何も知らないよ?」
ルーリアが不安そうな顔になる。
突然離れると言われて、不安にならないわけはないだろう。
だがレイは、ルーリアを安心させるように、背伸びしてルーリアの頭をポンポンと軽く撫でる。
「だいじょーぶ。せいぜい一週間くらいだよ。その間、この宿じゃ都合が悪いから、移動するだけ。別に、数ヶ月もいなくなるわけじゃない」
「……何処にいるつもりなんだ?」
「内緒。まあ、この都市の中とだけ言っておくよ。色々用事があってね。まあ、そう伝えたら、宿屋のおばさんは部屋を取っておいてくれるって言ったから、また同じ部屋に戻ってくるよ。ここの料理は、美味しいしね」
そう言ってレイは歩き始める。
なんだか弱々しく見えたその背に、思わずルーリアは声をかけた。
「いってらっしゃい。待ってるよ」
「……戻ってこいよ。この提案けしかけた奴がいないなんて、狡いだろ」
レイは立ち止まって振り返り、照れくさいような、寂しいような、不思議な笑みを浮かべる。
「……別に、お前らのところを、私の帰ってくる場所にした覚えはないけど、まあ、待ってて」
レイはまた前を向き、一歩踏み出すと、突然体がぐらりと揺れる。
「レイちゃん!?」
「おいっ!?」
しかし、レイの体は地面に倒れる前に、突然現れた誰かによって受け止められる。
黒いケープを羽織り、フードから黒髪を覗かせる人物。
それを見て、かけよろうとした二人は、足を止めた。
否、謎の気迫で、動けなかった。
「はぁ、やっぱりまだ動けないじゃん。無理して出てこなきゃよかったのに。あれくらいボクが魔術を使って見せてあげたよ?」
「……るっさい。自分でけしかけたことは自分の目で見届けたいもんなの」
「もー、律儀なんだから」
「体調不良の原因が言うなし……」
「あはは、看病するから許してよ。あ、いや、許さなくてもいっか。それだけのことしたんだし」
「どっちだし……」
黒い人物は、レイを横抱きに抱え上げる。
僅かに覗いた顔からは、深い慈愛のようなものが見えた。
そしてその人物は、二人に向かってそのほほ笑みを向ける。
「心配しないでよ。レイの仮の友人さん達。ちゃんとレイは戻ってくるからさ。それが今の、レイのやりたい事なんだから」
彼はそう言って、夜の街へと消えていく。
二人はその姿が見えなくなるまで、何も喋れず、何も出来なかった。
「……誰だろう、今の人」
「……さあ。というか、人、だったんでしょうか」
「確かに、あまりにも、人らしくなかったよね」
「……あいつ、大丈夫ですかね」
「多分、大丈夫じゃないかな。だって、レイちゃんだもん。大丈夫に決まってるよ」
セルトには、何故ルーリアがそこまで確信出来るのか分からなかったが、ルーリアが大丈夫というなら、大丈夫なのだろうと、ルーリアのことを信じて納得することにした。
それから、ほんの少しの間、都市ビギネルで、誰もレイの姿を見なかった。
レイ「身体めっちゃ痛い」
アヴィ「無理しなきゃいいのに……」
レイ「嫌だ! 私は哀れな少年少女達の恋路をせせら笑う義務があるんだ! 無理してでも覗き見する!」
アヴィ「ないと思うなあ……」
お大事に。




