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神は好きに生きるそうです。  作者: 空の宙
2章 ダンジョンは神にとって波乱万丈の地になりそうです。
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41 涙ばっかり

 


 ダンジョン前、商人達から離れた木々の中、時計が影の三刻を指し示す時、レイがダンジョンに入ってから二時間が経ったころ。


「……マスター、まだ帰ってこないな」


「兄さんそれ言うの十回目。いい加減うんざりしてくるよ」


「だってよぉ、あのマスターがよぉ」


「マスターは必ず帰ってくるだろうから心配せずに待ってればいいって。昔言ってたじゃない。魔術は時に発動するのに長時間かかることもあるって。だから、悪魔から人間の魂を救う魔術に時間かかってるんだよ」


「マスターがもしもの時を言うくらいヤバいやつってことだろ? 心配じゃねーか」


「誰だってもしもの時は言うと思うよ。マスターだって勝ちを確信した上で言ったんだろうし」


「……だー! 確認しに行きてぇ!」


「目の前で命令違反させる訳にはいかないから全力で止めるよ」


「あ? 弟のくせに兄を止められると思ってんのか愚弟がよ」


「アホ(にぃ)の脳筋さには負けるけど勝負に負ける気はないなー」


 アレンとウレクの間に火花が散る。

 その頭にそれぞれ手が伸びる。


「喧嘩、めっ!」


「待機中に喧嘩しないの」


「「いてっ」」


 スーレアがアレンを、メルウィーがウレクを叩いた。

 兄弟は揃って不満そうな顔を見せる。


「だって愚弟が」「だってアホ兄が」


「今回の場合喧嘩両成敗じゃなくて、アレンが悪いと思うよ?」


「……スーは心配じゃないのか?」


「勿論心配だけど、出来ることもないもん。だから命令通り、任務通り、スー達はここで待つの。待つしかないの」


「アレンはマスターの言うグラドっていうのを見たことないからこそ、心配になってるんだと思うけど、結局そいつが敵に回したのはあのマスターなのよ? 心配し過ぎなくていいと思うけど」


アレンは叩かれた頭を抑えながら、下を向く。


「それは分かり切ってるんだけどさあ……。万が一を考えたら、やっぱ怖いじゃんよ」


「兄さんは心配し過ぎだよ。結局僕らとマスターは違うんだ(・・・・)。だから、今は信じて待とう?」


「……まあ、そうだよな」


 ウレクに宥められ、ようやくアレンが木に寄りかかって落ち着く。

 ウレクがやれやれと肩を竦め、スーレアとメルウィーは落ち着いてくれてよかったとホッとする。


 その時だった──。



「やあやあ、君達かい? レイの持つ『組織』ってやつの人間達は」



 それは、一言で表すと、黒だった。

 闇夜のような黒髪は肩口でショートに切りそろえられており、その目も同じぐらい漆黒に染まっていた。

 顔立ちは整った中性顔で、その黒いワンピースの服装から女のように思えたが、聞こえた声はやや男よりの中性声で、性別の判断に迷う。

 そんな黒い少年(?)は、突然なんの脈絡もなく、四人の前に現れた。


 そして目の前に気配を感じた瞬間、四人共武器を構えられたのは流石と言うべきだろう。

 しかし、冷静に見せながらも、内心困惑していた。

 そして〈遠話〉の機能がついた小型の通信機を使って通信する。


「(こいつ、どっから来た?)」


「(僕の目には目の前に突然現れたように見えたけど、本当に突然(・・)、ね)」


「(スー、どうだった?)」


「(……スーのこの目でも、〈転移〉するのが見えなかった。ううん、多分、してたとは思うんだけど、あまりにも隠し方が綺麗過ぎるよ)」


「(ていうかみんな見て、相手の腕の中にいるのって……)」


「せーかい! 君達の大好きなレイだよー。眠ったお姫様を抱っこーってね」


 四人はさらに困惑する。

 まるで極自然に、会話に入ってきたからだ。


「あれれ? まさか聞こえてないと思った?どうせそれ、レイが君達に使えるようにしてあげた、簡単な〈念話〉でしょ? 人間には傍受出来ないだろうけど、その程度じゃボクだったら簡単に聞こえるから、気にせず普通に話せばいいよー」


 その少年は嘲笑う。

 瞬間、アレンは踏み出していた。

 この危険な存在から、早く自分達のマスターを助けてやらねばと。


 しかし、その足は動かなかった。

 恐怖ではなく、魔術的な何かに縛られて。


「なっ……」


 それはまるで、自らの影が自分自身を縛っているようであった。

 その影に絡め取られて、足が、全身が動かなくなる。

 それは他の三人も同様であった。


「なにっ、これっ……!」


「これは、影っ?」


「……振りほどけないっ」


「いきなり襲いかかって来るなんて酷いなー。まあ、正しいし偉いと思うけど、まだまだだね」


 彼は期待外れだと言うようにため息をつく。

 そして不意に、スーレアに目を止める。


「あれ? 君……」


 影に縛られたままのスーレアに、レイを一旦地面にそっと置いて近付きその顔をマジマジと見る。

 スーレアはその童顔で、殺意をもって睨み付けた。

 それを気にせず、顔を近づける。


「君のその目……おっと」


 少年は、突然飛んできたナイフを避ける。

 飛んできた方向、アレンを見るが、彼は縛られたままで何かを投擲出来そうには見えない。

 しかし、彼は瞬時に何をしたのか理解した。


「ああ、一応空間魔法も使えるんだ。じゃあキャンセルっと」


「なっ……魔法が、使えねぇ!?」


「下位の存在の魔法を使えなくさせるなんて簡単なんだよ。ちょっと邪魔しないでくれる?」


 その瞬間、アレンの殺気が膨れ上がる。


「……てめぇ、スーに触れたら、殺す」


「わあ怖い。まあボクの発動した魔術は既に触れてるわけだし、今更ってことで」


 少年は微塵も殺気に怯まず、スーレアの顔に手を伸ばす。

 その手が何に触れようとしているのか分かった瞬間、スーレアは怒りを消して首を振る。


「やっ……」


 しかしその抵抗も虚しく、少年の手はスーレアの眼帯に触れる。

 そしてその眼帯の下から顕になった目を見て、優しそうな笑みを浮かべる。


「ああ、君も目の力を持ってるんだね。破滅の子、だっけ? 綺麗な目だよねぇ」


 それは懐かしそうで、慈愛に満ちており、純粋に相手を褒めたのだが、スーレアは必死に少年が奪ったものに動かない手を伸ばそうとする。


「マスターのくれた、大切な眼帯……返して!」


 悔しさと悲しみにより、その赤い目が煌々と光る。

 その瞬間、スーレアの中で魔力が増加していく。

 アレンがギョッとして止めようとする。


「スーレア、やめろ! 魔力に呑まれるぞ!」


「返し、て……!」


 周囲に魔力が集まり、スーレアを女王とするように群がっていく。

 少年は興味深そうにそれを見た。


「へえ、破滅の子が怒るとこんな感じになるんだ。この眼帯の効果は……流石レイ、シンプルな魔術でも、度々点検してるみたいだ。にしても、凄い魔力の集まり方だなあ」


「おいお前! スーにその眼帯を返してやれ!」


「そうよ! このままじゃスーちゃんの体が!」


「くそっ、この影さえ解ければ……」


「へえ、仲良いんだねえー。彼女(・・)の環境とは大違いだ。でもどうしよっかなー、返そっかなー、それとも奪っちゃおっかなー」


 少年は指先で眼帯を弄びながら四人を笑う。

 四人は己の無力さを恨んだ。

 そして再認識した。

 弱いとは、こういうことなのだと。


 そして──。


 ゴンッ!


「あたっ」


「……あんまりこいつらを虐めないでよね、馬鹿悪魔」


「「「「……マスター!」」」」


 少年、アヴィーラウラが後頭部を抑えて背後を見ると、いつの間にか起きていたレイが、短剣の塚を自分に向けていた。


「早くそれ、スーレアに返してあげて。私の可愛い部下を殺すつもり?」


「もー、からかっただけだよーっと」


 アヴィーラウラはスーレアに近づき、未だ怒りの消えない目を塞ぐように眼帯を付けてやる。


「ごめんね? 目に何か持ってる子を見ると、つい昔を思い出しちゃってさ」


「……お前、昔にも目を持つやつにこんなことしてたの?」


「いいや、その頃はむしろボクがお人形さんだったね」


「どういう状況なんだか……。ていうかほら、四人を離してあげてよ。悪ふざけも大概にして」


「はーい」


 レイの言葉にアヴィーラウラは素直に従う。

 開放された四人は、レイの元に集う。

 そして未だ警戒するようにアヴィーラウラを睨みつける。


「マスター、こいつは?」


「あー……、なんて言えばいいかなー」


 アレンの言葉にレイは頭をかく。

 会わせる気はあるが、疲労もあり説明を考えてなかったからだ。

 すると、アヴィーラウラのほうが勝手に説明をする。


「ボクはアヴィーラウラ。宇宙に蔓延る悪魔の一匹で、今はレイの下僕だよー。わんわんっ」


「今日遠回しに噛み付いてきたくせに」


「二回も謝ったりしないよー」


「分かってるよ。まあそんな訳で、別にこいつは敵じゃないから、むしろ私のために多少は協力し合って」


「えー、ボクこの子達と協力する価値あるように思えないけど。だって弱いし」


 四人はその言葉に腹が立つが、事実なので何も言えなかった。

 レイは傲慢なアヴィーラウラの言葉にため息を吐く。


「適材適所ってのがあるでしょ。まあ今回は基本的にお前への罰としてお前に面倒見させるけど」


「ボクとしては君の側に居られるだけでご褒美だけどねー」


 そういってアヴィーラウラはレイに抱き着いて甘えたように頭をぐりぐりとする。

 それに対して呆れた顔をしながらも、手を回して頭を撫でてやるレイを見て、四人はポカンとするしかなかった。

 優しいのは知っていたが、こんな風に優しくするレイは見たことがなかったからだ。

 その視線にハッとして、部下の前で気恥ずかしくなったレイはアヴィーラウラの頭を押し退けた。


「あとでいくらでも抱き着いていいから、さっさと街に戻るよ」


「なんかレイがすっごく優しくて怖いんだけど」


「誰のせいだと思ってんの、あ?」


「あーうんそうだね全面的にボクのせいだね分かってるから首に手を置いて締めないでうぐぐぐ」


「死にたがりの命を今ここで消したろか」


「今はまだ困るからまた今度にいだだだだ」


「こっちとしても、まだまだ役に立ってくれないと損だから、同感だね」


「ふぐっ」


 べしっと地面にアヴィーラウラを打ち捨てるレイ。

 その顔は眠そうで、疲労と睡魔で妙な情緒不安定になってると伺える。


「確かビギネルに組織の奴が一時的に使ってる隠れ家あるよね? 悪いけど、しばらくの間そこに泊めさせて」


「えっ、でもあそこは組織の組員が使ってるただの部屋で、とてもマスターに見せられるものでは……」


「いーよいーよ、気にしない。どうせ一時的な寝泊まり兼休憩場所で、あんまり使われてないでしょ? 汚れてるなら洗浄の魔術使うし。洗浄の魔術で自分も服も洗えるから、シャワールームも必要ないし。しばらく療養とりたいからってだけ。あと、ルーリア達にも見つかりたくないから隠れるっていうのも、無くはない。あいつら勘が良さそうだから、下手に心配されたくないね。……それに、多分だけど、客が来るし」


「客、ですか?」


「……まあ、お前達は気にしなくていいよ。つーか気にしたら負け。てなわけで、アヴィーは私を街の門までは運んでって」


「はいはい、仰せのままにーっと」


 レイはアヴィーラウラに自分を運ぶように指示する。

 アヴィーラウラは呆れながらも嬉しそうに顔を綻ばせてレイを抱き抱えた。





「こちらです」


 ウレクが路地裏に入って、積み上げられた木箱に手をかざす。

 すると、木箱達は自動的に動き、その下に周りと変わらない石畳の地面を見せる。

 一見、ただ木箱を退けただけにしか見えない。


「ああ、認識阻害の魔術がかかってるのか。念入りに隠してるねえ」


「……侵入者が来ないようにする為のものですから。まあ、貴方のような悪魔や他の神族には無意味と化しますけど」


「でも、その悪魔や神族が態々こんな所に侵入するようなことも無いだろうし、結局安心安全ってわけだね」


 アヴィーラウラは瞬時に理解して軽く笑う。

 ウレク達としては、この者に教えても本当に大丈夫なのだろうかと懸念するが、他でもない自分達のマスターが許可しているので、文句も不満もない。

 ただ、初対面での対応があれだったため、心象はどん底というだけだ。


 ウレクがその辺に小型の水晶を翳すと、魔法陣が忽然と姿を表す。


「へえ、これはただの魔法陣なんだ」


「道具だと上からものを置いて隠しにくいですから」


 魔法陣は便利な魔術である。

 描けさえすれば、壁でも地面でも布でも紙でも、どんな媒体上でも周囲の魔素を自動で魔力に変換して魔術を発動出来る。

 しかも、発動者自体が沢山の魔力を持つ必要も無い。

 巨大な魔術などだと、コントロールするためにも、扱う自分も丈夫な魂とそれを保護するための魔力がいるが、魔術はほんの少しの魔力を流して起動させるだけなので、弱いものでも、いっそ人間でも使える。


 しかし、その魔法陣の上に何か別の魔術がかかっている場合は使用できない。

 つまり、認識阻害の魔術で覆っているのは、隠す役割と使えなくする役割の両方を果たすためなのである。

 勿論、秘密基地の出入りにこの方法を考えたのはレイである。


 閑話休題。


 かくして彼らはその魔法陣に触れて、組織の持つ秘密基地に転移する。

 しかし、アヴィーラウラはそこに入り、瞬間驚く。


「え、なにここ?」


 そこはマンションの一家のリビングルームのような場所であった。

 電気で動く照明器具があり、キッチンもあり、テーブルがあった。

 外に広がる住宅と違って、完全に壁は白く塗られ、汚れ一つ付いていなかった。

 いってしまえば、地球のマンションとさして変わらない。

 一つ付け加えると、必要最低限の物しか置いてないので、とても殺風景ということだろうか。

 しかし、それ以外の所は完全にただの家であった。

 外の街とは完全に世界が変わっている。


「え、何これ?」


「何これと言われましても、ただの秘密基地というか、一時休憩室というか、ただの部屋ですよ?」


 ウレクは転移してきた玄関のような場所の壁にある、とある魔法陣に触れながら何を言ってるんだと言わんばかりにキョトンとする。

 しかしそれはアヴィーラウラの台詞であった。

 ちなみに、ウレクが触れていたのは、入口の魔法陣やら木箱やらを全て元の状態に戻しておく魔術で、これで内側から外の出口を塞いでいる。


「いやいや、君達ここの世界の住民だよね? この景色の変わりように何もツッコミないの?」


「……ああ、外と全然雰囲気が違うことに、ですか? 僕らも初めは心底驚きましたけど、今じゃ慣れましたよ、ねえ?」


「ここは違う世界なんだ、って思って納得したわよね」


「本当にこっちとあっち(・・・)は別世界だよねー」


「生活事態も慣れちまえば、問題ないよな?」


「……なるほどね。レイの持つ組織は、こっちの大陸じゃなくてあっちの大陸にあるのか……」


「いいから早くベッドに運んでよ。使ってない寝室はどれ?」


「一番右の扉は使われてません」


「んじゃそっちよろしく」


 アヴィーラウラは言われるままに部屋の左側の壁に、三つある扉の内の一番右端の扉を開けて、レイと共に入る。

 暗い部屋にリビングの部屋が差し込み、狭い部屋の右側にあったシンプルなグリーンの二段ベットを照らす。

 レイは下の段に手をかざし、洗浄の魔術をかける。

 ついでに自分自身も綺麗にする。

 アヴィーラウラはレイをベッドに横たえると、顎に手を当てた。


「そのままじゃ寝にくいよね? 寝巻、作ってあげるよ。てなわけで、一回脱がすねー」


「ちょっ、マスターに何する気ですかっ!?」


 慌ててメルウィーが割り込んでくる。

 アヴィーラウラはキョトンと首を傾げる。


「いや、丁度いい寝巻きを作ってあげたいけど、幼女のレイの体型は知らないから、一度脱がそうかなあと」


「メルウィー、別に私は気にしないから大丈夫だよ」


「いや気にしましょうよ!?」


「だってこいつ実際は男じゃないし、前にも一度見られたことあるし、特に気にしないもん」


「今更だよねー。てなわけで、ちょっと集中するのに邪魔だから一度出てって」


「……はぁ、マスターが許可するならいいですけど、変なことしたらその目ん玉にスタンガンぶち当てますからね」


「ねえちょっとレイ、この子怖いんだけど」


「私への忠誠心が高すぎるんだよしょうがない」


「直させる気はないのかー……」


「では電気、つけておきますね。では、扉の外で待機してます」


 メルウィーがボタンを押して照明を付けてから部屋から出ていく。

 アヴィーラウラは早速レイの体を診察しつつ見ようとして、扉から部屋に目を戻す。

 その瞬間、とあるものを見つけてしまった。

 見てしまった、それを。


 自分が最も目にしたくないそれを、目にしてしまった。


「────っあ」


 パリンっ!


「アヴィー!」


「なんですか!?」


 咄嗟にメルウィーが再び部屋に入ってくる。

 そして目にしたのは、部屋の壁に設置されていた、割れた鏡(・・・・)の前で蹲るアヴィーラウラと、それを後ろから優しく抱き締めるレイの姿だった。


「えっと、マスター? どうかなされましたか?」


「……大丈夫。こいつが鏡割っただけ。いや、大丈夫じゃないか。悪いね、部屋の鏡無くしちゃって」


「いえ、別に今は使ってなかったので問題ないですが……どうしてそれが?」


 そう聞かれて振り返ったレイは、実に困った顔で、察してくれというように笑った。


「まあ、何も聞かずに、出ていてくれるかな。こいつは私がなんとかする。鏡の破片も、私が回収しておくから、後で紙袋か布袋をくれる?」


「……かしこまりました」


「あとさ、こんな状態だけど、後でまた都市に行きたいんだよね。影の五刻になったら呼んでくれる?」


「大丈夫ですか? その、顔色があまり良くないのですが……」


「こいつを支えにしていくよ。それに、そのための護衛であるお前達もいるんだし」


「かしこまりました。では後ほどお呼びします」


「あいよ。四人はリビングで適当に待機してて」


 メルウィーが扉を閉めると、未だ蹲って小さく震えているアヴィーラウラを、レイは後ろから抱きつく。


「……一応、私はお前の苦しみを、なんとなく知ってるからさ、知った上で、何も言わないでおくよ」


「……ありがとう、レイ」


「まあ私の方もお前に何度か甘えたりしてるから、これでウィンウィンってことで」


「血だけじゃなくて温もりもくれるなんて、やっぱりレイは優しすぎると思うな」


「同情のようなもんだよ。優しさじゃないね」


「……そう」


 アヴィーラウラは顔を上げて、割れて映らなくなった鏡を見た。

 映らないその顔は、どこまでもどこまでも、悲痛と後悔と憤怒で満ちていた。


「……ああ、本当に、この顔は嫌いだ」


 そして、心底憎しみに満ちた声を出す。

 自分自身を燃やすように、自らに罪の記憶を刻み付けるように。


「ボク自身の罪を忘れることなんてないけど、これだけは特別性だよ。この顔を見るだけで、心底死にたくなり、そして()()()()()()。これがボクの中で一番の呪いだよ」


 思わず震えるその手に黒い魔力の刃を握り、自分の顔を傷付けようとする。

 でも、出来ない。

 出来るわけはない。

 さらに重い罪を重ねるなんて、出来なかったから。


「ああ、本当に、なんでボクはこの顔を持っているんだ……」


ただその顔から、涙が零れた。


「……悪魔自身は、顔を変えたければ変えられるのに、お前だけはどうやっても変えられないのは、きっとその顔という呪いに縛られてるからなんでしょ? だから、きっとこれからもお前はそのままなんだよ。良くも悪くも、変われない。変わろうとしないんだよ」


「分かってる。分かってるんだよ……」


 悪魔は涙を流す。

 痛くてたまらないその傷を、塞げるわけじゃないのに、涙を流す。

 その傷を、治すでも広げるでもなく、優しく撫でてやるように、レイは強く抱き締めてやった。


「今日は、涙ばっかりだなぁ……」


 レイは、誰に言うでもなく、そう呟いた。

 そうして二人は、ほんの少しの間、隣で眠った。

 互いの温もりを、大切なものの代わりの温もりを感じていられるように、すやすや、すやすやと、涙のあとを残しながら眠る。


 そうして都市に、夜がくる……。



S『…………。』

アヴィ(ゾッ!?)

レイ「ん? どうかした?」

アヴィ「いや、今殺意混じりの悪寒が……」

レイ「?」


殺意と嫉妬が強すぎて空間を超えて相手に届く。

どういうことだ。

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