40 神と悪人と痛い治療
「〜〜♪ ~~~♪」
彼は歩く。
楽しそうに楽しそうに。
「ら~~、らんらら~~」
彼は歩を進める。
嬉しそうに嬉しそうに。
「らんらら、ら~ん」
彼は近付く。
幸せそうに幸せそうに。
「とーちゃく」
彼は辿り着く。
目的地への入口へ。
そしてさも当然のように話しかける。
「ねえねえ、中に入ーれて?」
『お断りします』
そこは、デールのダンジョン、第二十層ボス部屋、ゲートストーン前。
悪魔はそこに辿り着くと、誰もいないのに、返事が返ってくることを前提で入場を要望する。
予想通り、返事は返ってくる。
勿論、拒否する。
だが、悪魔は余裕の笑顔でゲートストーンを睨む。
「ボクは今、そっちでどんなことが起こったのか、本当に見ていないから分からないけど、予想はしてるよ。そして、ボクの予想を聞いた君が、ボクをレイのいる部屋に入れてくれるところまで予想済み」
『……聞きましょうか』
Sは警戒心を隠しもせず、一応と言う風に話を聞く。
ちなみに、この声はゲートストーンを通してSが〈念話〉を送っている。
本来は話したくもないだろうが、機械のような抑揚のないSの声から、そんな感情を読み取れるのはレイとルルディーくらいだろう。
「まず、レイはグラドに逃げられないようにそこの空間に追い込んで閉じ込めたんじゃない? 本体はそちらにいるよ、回収しなくていいのかい? みたいな安い挑発をしてさ。本当だったら顔合わせた瞬間に消し飛ばせるんだろうけど、今のレイはビックリするほど弱いからね。あ、ちなみにどうやって弱体化をやったか教えて貰っても?」
『教えませんよ絶対に』
「そっか、残念」
大して残念そうに思っていないのは、さして興味もないのか、それとも全てを解っているのか、イマイチ分からない。
「で、レイは人間の肉体を全力で魔術を使って扱い、グラドを倒そうとするだろう? でも、相手が雑魚で調子に乗っているだろうレイは、多分相手への警戒心を払ってばかりで、自身への注意を疎かにする。結果、魔術の多大な併用により、ある封印を解く」
『……』
Sは、正直心底苛立ち始めていた。
この悪魔の発言一つ一つが、自分のマスターのことを自分よりも理解しており、その上で、手のひらで転がしているかのように聞こえたから。
そんなSの心中を察しているのかいないのか、悪魔は続ける。
「その封印は、グラドの前では決して解いてはいけないもの。その力が解放された瞬間、きっとレイは大きなスキを見せる。それぐらい、レイにとって重要なものだ。そしてスキを見せるとどうなるか? 簡単だ、やられるにきまってる」
『貴様、本当にどこから……』
怒りを隠そうともせず、Sは二人称を変える。
一体どこから仕組んでいたのか。
その疑問に対して悪魔は、悪意を持った笑みを浮かべる。
「うーん、グラドを連れて来ちゃったことは、確実にボクの落ち度で、確かな偶然だけど、それ以外はどうだろね?」
悪魔がそう言った瞬間、悪魔の周囲に魔力の刃が具現化され、少しでも動けば切られる状態となった。
「おおっと」
『貴方は、マスターの敵ですか』
その機械みたいな声は、心底の怒気を含んでおり、聞いた者は少なからず恐怖を覚えるだろう。
それでも、悪魔は余裕の笑みを崩さない。
「敵じゃないよ、この首輪に誓って」
『なら、何故』
「簡単だよ。ボクは彼女達のための悪人でいたいんだ」
一瞬、Sの同様が伝わるように、魔力の刃がブレる。
それに構いもせず、悪魔は興奮を表すように饒舌になっていく。
「ボクは罪人で、本当だったら死んでなきゃいけなかった。なのに彼女達に無理矢理生かされて、生きなきゃいけない呪いに縛られて、ボクは今こうしてここにいる。そして、咎人は正義にはなれない。正しさを振りかざしちゃいけない。そんなのに説得力も重みも力も何も無いから。だからボクは、救われることがないのなら、救いようのない悪人になりたい。彼女達の悪人として、彼女達のために、間違った方法で幸せにしてやりたい! ……そう、ただ幸せになって欲しいだけなんだ。例えその彼女達が傷付いてでも、ね」
Sには、機械のような意思には、理解出来なかった。
ただの想い一つで、その首輪一つで、そこまでの覚悟を持てる悪魔が理解出来なかった。
もしかすると、理解したくないだけなのかもしれない。
自分には、そこまでの|想い(覚悟)が無いという、虚無感を隠すために。
だからSは、何も言えなかった、出来なかった。
否定することも、憤慨することも。
そして悪魔は一瞬で切り替わるように、いつも通りの嘘っぽい笑みを浮かべる。
「おっと、話がそれた。時間はあんまりないだろうし、ボクの予想を語って、ボクが入場することの必要性を君に示さなきゃいけないね」
魔力の刃に構うことなく、悪魔は肩を竦める。
まるで一切気にしていない様子だ。
『時間……?』
「そこを今から簡潔に説明するよ。とにかく、レイはグラドにやられちゃったんだろうなあとボクは思ってるわけだ。が、勿論、それを、ルルディーが黙認するわけが無い。ただの仮の肉体が死ぬだけならいいんだろうけど、グラドは魂を傷付け喰らうもの。だから、ルルディーは咄嗟にレイの魂を避難させる。レイの魂をレイの中の魔力の底に一時的に閉じ込め、自分が表に出てグラドを消すために、ね」
そこまで、何もかもが合っていた。
本当にそう仕組んでいたように。
それか、そうなってくれないと困ると言うように。
「で、グラドはルルディーの怒りを買い、無事消滅。中の魂も、ルルディーはレイの意思を尊重するだろうから、救えるものはきっちり救ってるだろう。勿論、やられそうになったレイもルルディーのおかげで無事だ……なーんて、そう単純なことを思っちゃいないよね?」
『……どういうことですか』
「なーんだ、こんな簡単なことにすら気が付いていないなんて、君への期待値が下がったよ」
心底失望したと言うように、悪魔は溜息を吐く。
対するSは、悪魔に言われて、必死に思考を加速させる。
腹が立ったというのもあるが、もしも自らのマスターに関することで自分が把握しきれてないことがあってはいけないという、対抗心でムキになったというのもある。
そんなSが答えを出す前に、悪魔はヒントを出す。
「そもそも、人間の肉体に、最高位の神の魂が入るわけないじゃないか。しかも、一瞬だろうと、一度に二つなんて」
『……まさか』
「分かったかい? 今レイは、肉体に対してかなり膨大で、限界を超えた魔力を保有している。そうなると、許容範囲を超えた魔力は、体内で暴走する。それによって、高熱と苦痛に晒されてる。そのはずだけど?」
『……!』
慌ててSは、ボス部屋に寝かせているレイの肉体を調べる。
一見無傷に見えるが、その体内の血液は、過大な魔力によりとてつもない熱を帯びているだろうことが分かった。
悪魔はその理由を説明する。
「ルルディーは勿論、ちゃんと力を抑えて入れ替わっただろう。でもさ、いくら二人の魂の親和性が高かったとしても、本来魂の入れ替えも、一つの肉体に二つの魂が入ることも不可能に近いんだ。成功したとしても、かなり危険は高い。まあ、グラドを見れば分かると思うけどね」
グラドは魂が融合して出来上がった存在。
中身が飛んでいかないように、膜代わりの薄く魔力で覆われているが、中では常に魂同士が主導権を争って、魂の悲鳴が上がっている。
例え魂が二つだけだとしても同じこと。
一つの肉体という器に、二つの魂が入れるわけは無い。
と言っても、レイ達のようにいくつか例外はある。
面白いことに、レイとルルディーの場合は魂同士の親和性が高く、互いに互いを受け入れていることから、魂の一時的な入れ替わりや乗っ取りは比較的安全である。
また、ルルディーがそれを上手く行う知識があるというのも理由の一つ、というより、成功の大半を占めている。
……本来であれば、かなり禁忌に近い術であるが、そこは敢えて触れないでおこう。
「で、ルルディーがレイの肉体からさっさと出ていったとしても、グラドを消すために、一度だけでも人間のレイの肉体を使って、魔術を行使した。この時点で、レイの肉体にはルルディーの魔力が入り込んでいる。それに魔術の痕跡も。これがかなり危険なわけだ」
『……元々肉体には無かった魔力、その上、本来のマスターの肉体ではない、脆弱な人間の肉体に強大な魔力が混じった場合、その魔力の力に呑まれて死ぬ可能性がある、ということですか』
「あ、わかった? ていうかもう少し早くわかって欲しかったかなー。レイ自身が想定していた想定内の範囲で傷付くのは黙認出来るかもしれないけど、君だって、レイの予定外想定外の戦闘と出来事で死んで欲しくはないでしょ?」
『仕組んでおいて何を……。いや、まさか……まさか貴方は、そんな強大な魔力に苦しむマスターを助けるという名目で、血を吸うためだけにこんなことを?』
魔力が多いならば、余分な魔力を吸い取ってしまえばいい。
この悪魔なら、それが可能だ。
悪魔は、他者の血肉の中に含まれている魔力を喰らって生きる。
そして、それはより濃厚で、強力な魔力である方が好ましい。
だからこそ、レイやルルディーのような高位の魂の持つ魔力は、何よりものご馳走なのだ。
だからこそSは、この悪魔はそのためだけに、ご馳走にありつくためだけに、こんな回りくどいことをしたのかと……そう思ったのだが。
「……はぁ。……君ってば、どれだけボクのこと嫌いなの? どれだけボクのこと悪役にしたいの? いや、どれだけボクに嫉妬しているのかな?」
それは明らかに、軽蔑と憐憫の目を、ゲートストーン越しにSに向けていた。
悪魔は腕を組んで、呆れたような溜息を吐く。
よく見ると、悪魔の周りについていた魔力の刃は、悪魔が触れる度、腐食していくように分解されていた。
「ボクは彼女達にとっての悪役になりたいとは思えど、君にとっての悪人になる気はこれっぽっちもないんだよね。むしろ、レイに忠実な君だからこそ、ボクは君と共犯者になりたいと思ってるんだけど」
『……何が言いたいんですか?』
「ボクがそボクのため、なんて、そんなつまらない理由のために、こんなことをするわけが無いってこと。大体からして、そんなことしなくたって、彼女達はちゃんといつも正当な報酬としてくれているよ。それを知らないわけないよね?」
確かにSは、レイがいつもこの悪魔に血を上げていることは分かっている。
だから、こんなことをする必要が無いことも、理解している。
しかし、それ以外に理由が思いつけなかった。
Sの思考の限界を悟ったのか、悪魔は口を開く。
「……臆病者な二人を、嫌でも会わざるを得ない状況を作りたかった。これじゃあ、納得してもらえないかい?」
彼の今回の出来事に求めたことはただ一つ。
たった一瞬でもいいから、どんな方法でもいいから二人を会わせる。
ただそれだけでよく、それだけのために、ここまでのことをした。
それを理解したSは、この悪魔を、どういう意味でか、恐ろしいと思えた。
『……納得出来ませんし、理解出来てもしたくないです』
「君だって本当は思ってるんじゃないのかい? このままでいいのかって」
Sは黙り込む。
それは事実で、誰にも悟られることの無かった、Sにとっての今の本心。
「ボクは思っちゃいない。彼女達が互いに頑固になって、互いに向き合おうとしないのを、良しとは出来ない。このままで、いいわけがない。だから、どうにかするつもりだ。必ず、このまま訪れるだろう結末を、ルルディーが望む、悲しい独りよがりな結末を、迎えさせなんてしない。ルルディー自身のために、ルルディーの願いを阻止する」
そう言った悪魔の目には、確かな強い覚悟があった。
そこには自ら自身も、利用しきる覚悟が。
「だからボクは、彼女達にとっての悪人になる。彼女達のために、彼女達を傷つけることをするから。……そして何より、彼女達のためといいつつ、多分本当は、自己満足なだけの身勝手なボクは、どうしようもない悪人でいなきゃいけないから」
そこには悲しみも、孤独も、身勝手さも、全てを引っ括めた、どうしようもない咎人がいた。
咎人は、自虐的な笑みを浮かべる。
「それで、今回もボクの勝手な行動で起きた出来事だから、ボク自身がちゃんとこの出来事にケリを付ける。こんな勝手な理由じゃ、そこな入れてもらえないかい?」
彼は酷く、勝手な悪魔なのだろう。
自身が今ここにいる意味を満たすために、罪滅ぼしをするために、自分の願いを押し付けるためだけに、生きている。
きっと、そうしてがむしゃらに、何かをしていないと、赦されていないのに、死にたくなってしまうから。
それでもやはり、その誰かへの想いも嘘ではない。
むしろ、その想いがあるからこそ、今のような生き方が出来ている。
だから悪魔は、自身がどうしようもない奴だという自覚を持って、それでも前を向いて生きている。
Sは、悪魔に全てを吐露された途端、どうでもよくなってしまった。
一周まわって冷めてしまったというように。
八つ当たりをするのも、馬鹿らしくなってしまったというように。
こんなことをしているくらいなら、さっさとマスターを助けてもらおうと、投げやりになるように。
だから、先程とは打って変わって、いつも通りの声を出した。
いつも通り、いつも通り、自身のマスター以外はどうでもいいという無関心の声を。
『そうですか。では入ってとっととマスターを救って、ダンジョンから出てください』
「それはレイを抱えて出ろってことでいいのこな?」
『心身共に誰かのせいで疲弊しきったマスターを、今日これ以上動かさせる気ですか?』
「あっはは、謝罪はレイにしておくよ」
『意外と律儀ですね。半分勝手、半分律儀とは、微妙なもので』
「ちゃんと全部説明して、十回は殺される覚悟でやったからね」
『その律儀さだけは、認めてやらなくもないですよ』
「おっと、もしかして今のが巷で噂のデレってやつかい?」
『気持ち悪いです。転送するのでさっさとしてください』
「デレじゃなかったかー」
Sは悪魔を転移させる。
悪魔は視界が変わった瞬間、レイの元へ駆け寄った。
普通は転移をしている時は、安全のため、自身が完全に転移仕切ってから動くのだが、その悪魔は自分で転移位置を調節出来る力が多少あるので、構わず駆け寄ったのである。
そしてそこには、見た目は完全に、恐らくルルディーによって、回復されているが、魔力の熱に魘され、顔を苦痛に歪めているレイがいた。
そんなレイを抱きかかえ、悪魔は迷わずその首のやわ肌に、普段は隠している鋭い犬歯を突き立てた。
「っ……」
眠った状態で、突然の感覚に驚いたのか、ピクリと反応するレイの体。
本来であれば、体に牙が突き刺されば痛いはずだが、不思議とレイの表情からは、苦痛の様子が抜けていく。
吸血行為や吸血鬼の伝承には、時折、吸血行為をされると一種の洗脳や麻酔のようなものの効果で官能的な感覚を得る、といったものがあるが、この悪魔がやっていることはそれに近い。
別に特に気を使う必要性の無い、ただの食料扱いのものだったり、痛みを与えるためであれば、悪魔は貪るように苦痛を与えるように吸血する。
しかし、レイは自分にとって大切なものであり、吸血時に痛みを与えたいとは思わない。
なので、吸血する際に、苦痛を和らげる魔術を同時に発動し、レイが痛みを感じないようにしている。
そうして悪魔は血を、血を通して体内に含まれる魔力を吸い取っていく。
体に対して過分すぎる魔力を取り、熱を取ってやるために。
「ア……ヴィ……?」
不意に、レイが目を覚まし、悪魔の、アヴィーラウラの名前を掠れた声で呼ぶ。
それに気付いたアヴィーラウラは、口を離し口元を拭ってレイの顔を覗き込んだ。
「……ごめん」
そう言うつもりでは無かったのに、レイの涙で腫れた顔を見た途端、そんな言葉が口をついた。
レイはそんなアヴィーラウラを、ただ真っ直ぐに見返す。
「……何が?」
「その、今回のこと。グラドについては、完全にボクのミスだったんだけど、それを利用して、君とルルディーを無理矢理会わせようとして、こんなことをした。だから……」
「……なら、謝る必要ないじゃん。お前自身が良かれと思ってやったんでしょ? 会わせるべきだと思って、やったんでしょ? 態々こんなことしてでも、そうするべきだと思ったんでしょ? それともなに、こんなことしたことを、後悔してんの? 反省してんの? 懺悔したいの?」
レイはアヴィーラウラが白状したにも関わらず、確信犯であったことを非難するのではなく、謝罪してきたことを睨んだ。
アヴィーラウラはその言葉に目を丸くし、首を振った。
「……いいや、してないよ。そんなふうに思うくらいなら、最初からやってないよ。ただ、分かってはいたけど、泣かせちゃったな、と思って」
「なら、尚更謝らないでくれる? こっちが惨めな気持ちになる」
弱気なレイは、そう言って遠くを見つめるような目をする。
アヴィーラウラはまた謝ってしまう代わりに、レイを強く抱き締めた。
レイの小さな肩は、弱々しく震えている。
「……謝る必要はないと言ったけど、怒ってはいるからね」
「うん、知ってる。それを覚悟でやったから。いくらでも怒ってくれていいよ。サンドバッグにしてくれたっていい」
「あ、そ」
レイは、涙で腫れた目で、アヴィーラウラと目を合わせた。
「……でも、ほんの少しだけ、感謝してる。久々に、ルルの顔、ちゃんと見れたから。……笑った顔じゃ、なかったけど」
アヴィーラウラの胸に、レイの熱い想いの雫が滲む。
それはずっと、にじみを広げていく。
熱く熱く、どこまでも熱く。
「何もかもが、足りないんだ。強さも勇気も、覚悟も何もかも」
「……そうかも、しれないね」
アヴィーラウラは、レイよりも二人の事情を理解しているため、その言葉に曖昧な言葉しか返せない。
こんなことしか出来ない自分には、きっとハッキリと言う権利はないし、それを奪われているから。
遠回しな方法しか、自分には出来ないから。
そして何より、これは当人達である二人がきちんと向き合ってどうにかするべきと思っているから。
だから彼は、曖昧な立場の上に、確かな覚悟を持って立っている。
その上で、踏み込んでいいギリギリのラインまで踏み込む。
でないと、この小さな体をきちんと抱き締めてやることが出来ないから。
「だからさ、ちゃんと自分のものにしたい。それで、ルルの前に、胸張って立てるように、笑顔で引っ張ってあげられるようにしたい」
この弱々しくも、強い意思をもった少女のことを、支えてやりたいと思うから。
「……だってこのままじゃ私達は、ずっと互いに寂しいままだから」
だから彼は、一時的にでも、その寂しさを埋めてやるために、彼女に温もりを与える。
それが彼女にとって一番欲しい温もりと比べて、ずっとずっと意味もなく価値もないものだったとしても、彼女の心が乾ききってしまうより、ずっとずっとマシだろうから。
「ボクは、手伝うよ。なんだってしてあげるよ。この首輪のために、君達のために、ボク自身のために」
彼は初めて出会った時と変わらない思いを告げる。
昔から何も変わらない。
彼女達のために生きることは、これからも変わらない。
いつか自分の命の灯火が消えるまで。
いつかその火を消して貰えるまで。
「……じゃあとりあえず、しばらく看護して。全力で養って」
「当たり前。ボクが仕組んだことだしね」
「そりゃ、そうだね……。じゃ、まずは、出口で待ってる奴らがいるから、そいつらの所まで、おんぶ」
「腕もまだあんまり力入んないでしょ? 横抱きにするよ」
「じゃあそれで、よろしく……」
レイは一先ず自分の身が安全になったことで安心したのか、目を閉じる。
閉じた瞬間、一粒の涙が零れ、レイのほほを濡らす。
その涙を見て、悪魔はレイを抱きかかえて立ち上がり、その頬にそっと口付けする。
「なんだってしてあげるよ。だってボクは、君達が大好きだから。殺してほしいと心から思えるくらい、大好きだから」
悪魔は退場するために、ゲートストーンの所へ近付く。
Sがすぐさま、ダンジョンの出口に向かって転移させる。
────だから何時か、ボクが約立たずの用無しになったら、ちゃんと殺してね?
そんな自分勝手な願いは、転移の魔力の流れに呑まれて、誰にも届かなかった。
********
『今回は休憩』
S『クワッ』
顔の無いSさんに顔がついたように見えなくもない嫉妬の裏ワンシーン。
芸が細かい。




