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神は好きに生きるそうです。  作者: 空の宙
2章 ダンジョンは神にとって波乱万丈の地になりそうです。
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38 神と悪魔と殺し方

 


 さて、ここで神様の悪魔簡単クッキングのコーナーと行きます!


『やばいマスターが壊れた』


 黙らっしゃあ!

 精神的疲労を誤魔化してるんだよ察しろ!


 はい、早速水を差されましたが、とりあえずいきます。


 まず、大きめのたらい的な器を用意しまーす。

 これがグラドの外殻とでも思うといい。

 次に、そこへ水を入れまーす。

 これが悪魔の本体ですねー。

 え? 核はないのって?

 ないです、基本的に。

 あいつらは一が十で、十が一みたいな、モノホンの運命共同体、一心同体なので、全で一個体なのです。

 で、そこにちょっぴり水に溶けにくい角砂糖をドサドサーっと入れまーす。

 するとどうなるか?

 溶けにくくても、角砂糖をはちょっとずつ水に溶け込んでいきまねー。

 さらに、水自体に振動を持たせたり、かき混ぜたりすると、さらに溶けやすくなりますねー。


 はい、この角砂糖が、哀れにもグラドに飲み込まれてしまった人間の魂です!


『ナントイウコトデショウ』


 天才の説明万歳ね!


 彼らはグラドに飲み込まれ、力の渦に揉まれて溶かされていく。

 溶かされ、同化し、原型が一切残らなくなる。

 水を蒸発させれば? と思うかもしれないが、それで残ったとしても、それはもう角砂糖ではなく、既に溶けて傷付いたあとのもの。

 つまり、一度溶けてしまえば二度と戻らないのだ。

 助けられるのは、まだほんの少しくらいしか溶けていない魂だけ。


 グラドという水の部分を簡単に蒸発させる魔術はある。

 しかし、その場合、水の染み込んでしまった魂も、一つの同じものとしてダメージを受けて、崩壊へと至る可能性がある。

 纏めて攻撃してしまうのは駄目だ。

 私の世界の魂が減る。

 それは、色々とムカつく。


 ならばどうするか。

 先に水の部分だけをどうにかする。

 角砂糖に触れないように、あまり影響しないように、確実に水だけを消していく。


 つまり何が言いたいかって?

 すごく面倒くさいってことだよ!


 はい、てなわけで解説終了、現実に戻ろう。


 現在第二十層のボス部屋目指して鬼ごっこ中。

 魔物はSが洗脳したり、魔物の中の逃走本能が働いて、近くに気配すらしない。

 鬼ごっこと言っても、勿論、タダで逃がすつもりは無く、ちまちまと攻撃しながら追い続ける。

 元々がそこそこの冒険者であったグレッドの肉体であるからか、そこからさらに肉体を無理矢理魔力で強化しているのかは知らないけど、逃げる速度はそこそこに早い。


 だが、私がさっき剣で切ったため、走る度に血を流していく。

 憑依してるグラドが痛みを感じることはないが、肉体を維持しながら走ることは難しいだろう。

 しかし、いくら傷付いた肉体であったとしても、グラドは捨てて逃げることは出来ない。

 捨てた瞬間、私に即座に殺られると本能的に理解しているからだ。


 先程の解説でグラドを器に入った水だとしたら、憑依している肉体は、その器を仕舞える箱だ。

 箱の中にいるか、箱の外に器を剥き出しで置いているか、どちらが安全かは一目瞭然である。

 私としてはさっさと肉体を捨てて楽させて欲しいから、肉体にも傷を入れながら攻撃をしているのだが、しぶとい奴だ。


 え? 死体に鞭打つどころか刃物入れるなんて可哀想?

 いや、自分の魂を飲み込んだ化け物にいいように操れるのもどうなの?

 まあ、私の行いを正当化する気は一切ないし、生者だろうと死者だろうと、救いたいなんて気持ちもないけどね。


 私はただ、私が殺すのに面倒だからさっさと肉体を解放してやれと思うだけだ。

 そして、グラドを殺すのは、私の星で好き勝手してるのが腹立つからだ。

 他人のためなんて、私にはなんの意味も価値もない。

 大抵、ただのその場の思いつきか、唐突な感情だけ。

 他人を本気で、心の底から救ってやりたいと思ったことなんて、一度もない。


「そんなわけで、さっさとその肉体捨ててくれない? ていうか、さっさと死んでくれない?」


「『ワガママだねェ。死ぬわけネェだろがバーカ』」


「そっかー、じゃあ私がさっさと引導渡してあげるよ!」


「『やってミやがれクソ女神!』」


 ガキンッ、と刃と刃がぶつかる。

 子供の肉体で剣を振り回すのは難しく見えるかもしれないが、今の私は身体能力をかなり向上させているから問題無い。

 ただ、しばらくこんな風に戦闘をすることなど無かったから、感覚が取り戻せない。


 こんなんじゃない。

 強さとは、こんなものでは無い。

 もっと速く、もっと鋭く、もっと力強く。

 ただ、洗練された動きで、圧倒的暴力で、相手を叩き潰す。

 そこにはただ、見るものに綺麗だと思わせる美しさがあるような、そんな強さが存在する。

 私が目指したのは、こんなちっぽけじゃない。

 私が憧れたのは、こんなんじゃない。


 徐々に疾くなっていく私の剣さばきに、ただグレッドを操って闘っているだけのグラドがついてこれなくなる。

 そして、ほんの一瞬のスキを狙って、剣を突き出す。

 刃先がグラドの肉体に当たり、私は剣を横に払った。

 肉体という箱に、傷が入る。

 その隙間から魔術を発動し、グラドの本体を削り、確実にダメージを与える。


「『グウッ!』」


 自分の一部を消され、グレッドに憑依したグラドの表情が歪む。

 即座にボロボロの肉体で後方へ跳び、距離を取る。

 しかし、そこはもう目的地。


 S、転移発動!


『了解しました』


 グラドが辿り着いた場所。

 そこにはボス部屋へと転移するためのゲートストーン。

 それをSの方で起動し、私とグラドが転移の魔術に指定される。


「『っ!』」


 しかし、そんなグラドの驚愕も、転移の渦に飲み込まれ、次の瞬間にはボス魔物のいないボス部屋空間、グラドのための特別な檻へと移動していた。

 これでもう、私の空間魔術に入り込んだこいつは、袋のネズミ。

 あとは叩き潰すだけだ。


「『──ア、アー。……追いコンだってカ?だガ、こっチも本体と合流出来タぜ?』」


 グラドを見ると、既にこの部屋に閉じ込めていた本体と合流しており、グレッドの体から黒いナニカが漏れ出ていた。

 流石に閉じ込めながら徐々に削っていったけど、人間の肉体から溢れるくらいの力はあったみたいだ。


「それでも、私の空間内に来たんだから、もう逃げることは不可能だよ?」


「『ハッ、お前をコロして、その魂を操れば出れるダロ?』」


「あっはは、万が一にも無い話だね」


 いやはや、本当にありえない。

 こいつは気がついてないみたいだけど、たとえ私が負けた所で、Sもいる。

 Sには既に対クラド用の消滅の魔術を与えているから、この空間から出られるはずもなく、ただ消えていく。

 まあ、それを教えてやるわけないけど。


「『アルことを証明しテやるヨ!』」


 グラドから黒い触手みたいなものが無数に襲いかかってくる。

 もう本体と合流して、多少の傷を負ってでも私を喰うつもりらしい。

 私は一度に二十と数本襲いかかってきたその触手を、全て流れるように切る。

 剣の魔術にも、消滅の魔術を組み込んであり、刀身に触れた瞬間、糸が解けるように触手は消えていく。


「『ナラ、これハどうヨ!』」


 グラドが同じように触手を伸ばしてくる。

 私は多少の警戒をしつつ、剣で防ぐ。


 ガキンッ!


 金属音?

 あいつの剣はちゃんと手元に──

 だが、よく観察して気がついた。

 グラドの持ってる鎧やらの一部が欠けていて、いくつかの装備を外していることに。

 そして今襲ってきている、金属音のなる触手の中に、小さく構築されたある魔術に。

 私は思考を加速させて、答えに辿り着く。


「もしかして、昔喰った奴の中に、金属類を瞬時に錬成出来る魔術を持ってる奴でもいたかな?」


「『……ヤレヤレ、天才サマかよクソッタレ。黙れってリャバレねーと思ったノニよ』」


 グラドはため息を吐きながら、私に剣と金属混じりの触手で襲いかかってくる。

 流石に、敵のくせに自分の手の内晒すような馬鹿では無かったらしい。

 まあ天才の私の前では、隠したって無駄ですけどねぇ?


 金属類を瞬時に錬成する魔術は普通にある。

 だが想像力やら精密な魔術が必要なため、下位の神には使えなかったりする。

 つまり、こいつは中位以上の神を殺したことがあるってわけだ。


 だが、重要なのはそこじゃない。

 こいつの特性は、相手の魔術を分解して無効化し、自分の中に取り込むというもの。

 だから、自らで魔術を使えるわけはないのだ。


 ……もしかして、中でいくつかの魂を溶かさずに残して、自分の特性を発動しない位置で魔術展開用にしてる、とか?


 いや、いやいやいや。

 いーやいやいやいや。

 そんな事例聞いたことない。

 何それ怖い。

 こいつは魔術を使えないが魔術を取り込めるっていう特性しかないと思ってたのに、なに、魔術が使えるって?

 ……こりゃ、想像以上にイレギュラーだ。

 流石にこんな展開予想してなかったぞクソッタレ。


 だが、ありえない、ありえないが、不可能ではない。

 特性というか、特殊能力のようなものなら、きっとオンオフも出来るのだろう。

 神々がそこまで詳しく知らなかっただけで、それくらい出来る知性ある個体も沢山いたのかもしれない。

 こいつはその上で、そのオンオフを使いこなし、自分で魔術を展開するなんて、馬鹿げた芸当をこなしている。


 ただ、それだけの話。


 そう、それだけの話なのだ。


「『ガアッ!』」


 私は無数の触手に構わず踏み込んで、グレッドの肉体を深く切り刻む。

 血が吹き出て、グラドの本体も溢れ出る。

 イレギュラーな存在?

 魔術が使える?

 それがどうした。

 些細な問題だ。

 私の勝利に、なんの影響も無い。


「たかだかちっぽけな魔術如きを使えるだけで、調子に乗らないでよ、クソ触手」


 私は崩れ落ちるグラドを見下して、鼻で笑った。

 ちょっとの魔術を使えるだけで、私に勝とうなんざ烏滸がましい。

 こいつが魔術を使えたり飲み込めたりするように、私だって魔術を使えて、その上魔術の分解方法も知ってるんだから。

 いくら私が弱体化していて、こんなにも準備に時間をかけていたとしても、私が負けるわけないんだから。


『グ……グ……グアアァアア!!』


 ついに使えなくなった肉体から飛び出して、部屋中にグラドの黒いモヤが広がる。

 それはまるで、ドロドロした赤黒いスライムみたいな、ゴミだめの底なし沼みたいな、そんな気持ち悪さだ。

 だが、Sが天井やら空中やらに蜘蛛の巣みたいに消滅の魔術を張っているのか、広がる度にバチバチっ!という魔術の閃光が散る。

 それでも、グラドは構わず広がっていく。


『テメーモクッテヤルヨォォォ! ホカノヤツラトオナジヨウニナアア!』


 もう全身使って喰うつもりらしい。

 私は剣を構え、消滅の魔術の威力と範囲を強化していく。

 身体強化の魔術も、そちらに回して、どんどん魔術を構築していく。

 流石にこの肉体で魔術の複数発動は辛いね。

 頭が爆発しそうだ。



 …………しかし、その瞬間、私は自分の中の、とある封印さえも、解放してしまったことに、気がついていなかった。



 その間にも、グラドは黒いオーラを出しながら巨大化していき、部屋を埋めつくしてしまうくらいに大きくなっていく。

 刹那、グラドが私に襲いかかる。

 大波のように、大きな袋のように。

 対抗して、私も剣を構え、的確にグラドだけを捉えて、その魔術を放つ。


 グラドの黒いモヤみたいな体と、私の魔術がぶつかり合い、存在を呑み込むモノと、存在を消す魔術が、存在を解き、魔力の閃光を、耳を劈くような音を立てながら、周囲に飛び散る。


 その時、聞こえた。

 聞こえてしまった。

 本来なら、もう闇の中に呑まれて、聞こえなくなっているはずの、その声が。

 悲鳴が、願いが、叫びが、慟哭が。

 ……聞こえて、しまったのだ。




 ────痛い痛いいたいイタイ苦しいヤメテ痛い嫌だ助けてタスケテたすけてタスケテ痛い痛い痛い辛い辛いクルシイ怖いヤダヤダクルシイやめてヤメテ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い助けて助けてタスケテたすけてさへタスケテたすけて助けて助けてタスケテ────




 声。

 魂の、悲鳴。

 叫びが作り上げる、ノイズの不協和音。

 それら全てが、私の魂に、直接(・・)響く。

 響く鳴る響く聞こえる響く聴こえる響く響く響く響く響く。


「う、ぁ……」


 一瞬、私は割れそうな、壊れてしまいそうな頭を抑える。

 剣を捨てて、魔術を解除してしまい、完全に無力な人間の子供となる。

 痛みが、まるで自分に移ってしまいそうな、自分も、同じ痛みを与えられているような、そんな錯覚に陥る。


 しかし、錯覚が間違いで終わらない。

 錯覚が現実に、体験となり、自らに襲いかかる。

 嘘になってくれない、苦痛という絶望。


 共感という、哀しみが。


 その本物の痛みは、戦いのさなかでは、致命的な一瞬となる。


『マスターー!!』


「あ────」


 Sの声にハッとして顔を上げた時には、私の意識は、暗闇の中に沈んでいた。


 底なしの、絶望のような、沼の中。

ドロドロの悲鳴を聴いたまま。

 ゆらゆら、ゆらゆらと。

 ()ちて、()ちて、()ちていく────。







 ********



『今回は休憩』



(そのころの組織組)

アレ「……マスター、大丈夫かなあ」

ウレ「兄さん、そういう台詞はダメだよ。そういうのは『ふらぐ』になるってマスター言ってた」

メル「つまり、素直に待てってことかしら?」

スー「う〜。でもやっぱり心配だよ〜」

アレ「だよなぁ……」


こっちも心配でガックブル。

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