37 神の刃をくらいなさーい
その場に、鮮血が舞った。
グレッドの腹部を深々と割いた、魔力水晶剣を伝って。
「……んな?」
勿論、グレッドの剣は、私の体に触れていない。
触れる寸前に、見えない糸に絡め取られている。
不可視の魔力糸。
私の本気の魔力で練ったそれを、例え細かろうが、ちぎれる奴はそう居ないだろう。
私は間抜けズラ晒してるグレッド、いや、態々グレッドのフリをしている奴を、心の底から嘲笑ってやる。
「いやはや、私相手に随分と安っぽい茶番をやるねえ、クソ悪魔?」
私は先輩冒険者相手への薄っぺらい敬意を完全に無くし、悪魔への侮りを見せるように笑ってやる。
その言葉にグレッドは、いや、グラドが答えた。
瞬間、雰囲気も、その声も変わった。
それはまるで、グレッドの声に、不気味なノイズが重なったみたいな、不気味な声だった。
「『なんだヨー、気が付いてたのかィ、つまんねーノ』」
「いや、こんだけ悪魔臭いのに分からないわけ無いでしょ。馬鹿なの? アホなの? 死ねば?」
「『黙レチビ神』」
「これは仮の姿だから実際はチビじゃないですー。ばーかばーか」
ムカついたのでもっかい腹部に刺してやった。
至近距離でドスっと刺さる。
ぐじゅり、ギチギチと、不快な音が響く。
「『ハッ、神ノクセに人間のフリして楽シンでるトカ、ガキかよ』」
「いやいやー、魂いっぱい食べないと生きていけない寄生虫にいわれたくないよーだ」
「『クソチビ』」
「ゴミ悪魔」
私達は軽口を叩きながら互いに武器を握り、私は傷口をさらに抉ってやり、グラドは糸を千切り、どうにかして剣を当ててこようとする。
『この状況下で互いに不気味な笑みを浮かべながら会話とか、中々シュールですね』
雰囲気作りに一切乗らず、黙って成り行き見てたやつに言われたかないよ。
精々焦ったような声で叫んで欲しかったね。
『マスターがそんなありがちな展開になるとは思えなかったので』
絶対的な信頼をありがとよ。
折角密着してるんだ。
警戒心上げることになるがやっておくか。
私は傷口にくい込んでる剣の魔術をオンする。
「『グっ!?』」
即座にグラドは私から剣を離し、距離を取る。
そして腹を抑えながら私の持つ剣を見た。
顔には今の攻撃の不快さを浮かべ、剣への警戒心を剥き出しにしている。
「『おいおィ、なんだそのぶっそーな剣ハヨ』」
「細かいことは教えないけど、見ての通り、お前の為に私が設計して部下が造ってくれた素敵な剣だよ? 光栄でしょ?」
「『ハハっ、態々用意するトはな。それダケ警戒しテくれてるってコトには、確かニ光栄だネ』」
「人間状態でお前みたいな面倒なやつが来るなんて思ってなかったからさー。急遽造らせたんだよ。だから態々ボーナスを支払ってやらなきゃならなかったんだよ? どうしてくれんのさ」
「『全然困ってルようには見えネーけド』」
「神としての財布にはなんの心配はないからね。困ると言うよりかは普通に苛立っているよ。よくも私の人間生活に水を指してくれたな?」
私は殺意を込めて剣を向ける。
ほんっとに、私の楽しい時間に水を指しやがって、タダでは済ません。
私はため息を吐いた。
「お前と出会った時に気がつけば良かったよ。あの時既に、お前はグレッドに、自分の残滓を埋め込んでいたってわけだ」
あの時の違和感にようやく納得がいく。
あれは、既に漏れ始めていた、微かな悪魔の気配だったのだ。
グレッドは、あの時既に食われ始めていた。
それに、気付くことが出来なかった。
全く、人間状態だと色々と衰える。
「『なンだ、気がついてナかったノカ? てっきり見逃さレたもんかと思ったゼ』」
「あの時はまだ小さすぎてグレッドの意識が強かったのと、私が人間になってて感覚がかなり訛っていたせいで見逃す羽目になったの。あーあ、今思うとあの時後ろから切ればよかったなー」
「『オイオイ、そしタら目立つだロ? だいたい、この世界の神ガ、この世界ノ人間ニ手を出してイいのかイ?』」
「変に目立ちそうになったら記憶でも弄るからノー問題。だいたい私が管理してやってる人間をどう扱おうが勝手でしょ? むしろ、お前こそよくも私のものに手を出したなって感じなんですけど」
「『勝手なヤツだナ。所有物扱いサれる人間達が可哀想ダ』」
「へえ! まさか人間の魂を食らって生き延びる寄生虫如きから、可哀想なんて言葉が聞こえてくるとは思わなかったよ! そんな偽善はとっととゴミ箱に捨ててきたら?」
「『力あルものに、振り回されル弱者が哀れなノは、どの世界モ同じだロ』」
私はその言葉に、妙に人間味を感じた。
流暢に話す意識といい、考え方といい、ホントに知能があるみたいだ。
ホントにイレギュラーなんだなー。
ちっ、面倒臭い。
愚鈍でいてくれるのが一番なのにさ。
グレッドは話しながら、手をポケットに突っ込む。
「『全く、コッチとしても、突然来るとハ思はなかったヨ。セッカク本体と合流シようとしてタのにヨ』」
「それは奇遇だね! 私も丁度お前の本体を消しに行くところだったんだよ! 運命の神が笑ってることだろうね!」
「『まったくダナ!』」
あはははは、と揃って中身のない笑いをあげた。
冗談で言ったけど、もしかしたら運命ではなく幸運の女神の方が私に有利なようにしてくれたのかもね。
どこまで分かっているかは知らないけど、ルーリアの目を通して、私が何かしてるのを察したのかもしれない。
普通、こんな都合よくタイミング合わないだろうからね。
もし事実ならあいつにもなんかボーナスあげるか。
「『ま、会っちまったモンは仕方ねェな。本体を諦めテ、ここは逃げるとするヨ』」
グラドはそう言ってポケットから手を出し、何時でも起動可能なテレポストーンをかかげる。
グレッドを飲み込んだことにより、そこら辺の知識も共有したのか。
さらにめっどっちい。
だが、そんなことさせはしない。
「へえ、逃げられると思ってるの?」
「『ナニ?』」
「私が態々お前を追いつめに来るのに、下準備をしてないわけないでしょ?」
「『……ナニを仕込ンだ?』」
私はドヤ顔でネタばらしをすることにした。
これで相手に選択肢を与えてやれるでしょ。
「勿論、お前の逃走防止の結界に決まってんじゃん」
「『……いつノ間ニ』」
「気づかないように超工夫したからね。お前専用、入場可能退場不可のスペシャルな結界さ。特別待遇だよやったね!」
私が親指を立ててグッジョブすると、グラドは初めて嫌そうな顔を見せた。
逃げればどうにかなるって思ってたのかね?
笑わせるわー。
ていうか、テレポストーンなら私も持ってるし。
逃げた先で丈夫な肉体に乗り換えようとしてるんだろうけど、そんなことさせるわけないやん。
どうせ外にはあの馬鹿悪魔もいるから、それも含めてこいつは詰み。
知能があってもやはり馬鹿か。
「『逃がすキはないっテわけカ』」
「当たり前。これだけ消すのを遅らせて、きっちり準備をしたんだ。お前が今日消えるのは確定事項だよ」
私は言いながら髪留めをとって封印を解除し、即座にグラドを上へと戻らせない結界を展開する。
「お前の選択は三つ。そのままテレポストーンを使って、袋のネズミになって為す術もなく消えるか、この先に進んで本体と合流して、勝機をほんの少しだけ上げた上で消えるか、このままなにも選択せずにここで消えるか」
「『……選ばセる意味はアルのカ?』」
「そうだねぇ、面倒なイベントに遭遇したんだし、折角ならお互いやる気を持って楽しんだ方がいいよねえ、と」
うん、自分で言ってその通りだと思った。
どんな状況だろうと楽しんだもん勝ちがモットーの私は、こんなイベントだって楽しむべきだ。
私は楽しもうと思えば楽しめるけど、こいつにはそうだな、焚き付けるために餌をあげたほうがいいよね。
たとえ嘘でも。
「いいことを教えてあげるよ。この外にある結界ね、人間状態でも私が死んだら解除されるようになっているんだ」
勿論、嘘。
んなわけないやん。
だいたい、逃げたとしても結局馬鹿悪魔かいずれ本体の私に捕まって詰むのが目に見えている。
知能があるだけの馬鹿は、果たしてどうするやら。
『鬼ですね』
いやん、親切って言ってちょ。
『おーっと、当機には今の一連の流れのどこに親切があったのかさっぱり分かりませんでしたねえ』
目に見えない優しさなのよ、きっと。
「馬鹿にはこの意味が分かるかなー? それもと、やっぱり馬鹿だから分かんないかな?」
「『……オレが逃げるニは、お前を殺セばいいト?』」
「そういうこと。そして、それは、お前がこのゲームを楽しむ材料にはならない?」
うんうん、こういうのだ。
相手を翻弄して、嘲笑って、転がして、程よい難易度で自分が楽しめる状況に持っていく。
これでこそ私のやり方だ。
やっぱりヌルゲーはつまらないからね。
ハンデがあれば丁度いい。
勿論、結果も私の望むものを手に入れることを前提でね。
そして、期待通り、グラドは乗ってくれた。
「『ジャあ、選んでやルよ』」
「ほうほう、どうするつもり?」
「『四つ目、本体と合流しテ、テメーをぶっ殺して逃げテやルヨ!』」
そう言った瞬間、グラドは下の層へと、ボロボロになったグレッドの肉体で逃げていく。
私はニッコリ笑いながら追いかけてやる。
「そう来なくっちゃねえ!」
さあ、鬼ごっこの本当の決着を、ここでつけてやろうじゃんか!
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『今回は休憩』
(そのころのセルト)
セルト(どーしよどーしよどう言おう何言おうというのは考えてはいるというかずっと考えてはいたけれどいざ本番となると本当に何を言おうかどうしようどうしようううう)
ガッタガタセルト。




