35 神は戦闘準備を進めます
「マスター、こちら依頼されていたものになります」
「おっ、完成したんだ。早急に仕上げるように頼んだけど、無事出来たようで重畳重畳」
期限の二日目、私は朝起きるとメルウィーから一つの細長い箱を差し出される。
取り出すように指示し、メルウィーが中から布に包まれたものを取り出す。
それは魔力水晶の剣。
機械的な芯と柄で、刃には魔術が組み込まれた水晶を加工して出来ている。
その柄の部分に、金属のプレートが付いていた。
メルウィーから魔力で書けるペンを受け取り、プレートに名前を書く。
すると、金属板に書かれた名前が、文字通り剣の柄に染み込み、名前が刻まれる。
これで私専用になり、私以外が触れると自動的に破壊される魔術が組み込まれた。
こんなん他の奴らに触らせるわけにはいかないからね。
色々とやばい兵器だもん。
「あいつにお礼として、研究費用を私のお金から出してやるって伝えといて」
「かしこまりました。リーダーも喜ぶでしょうね」
「あいつ研究にのめり込み過ぎて、すぐカツカツになるからなー。いい加減自重して欲しいもんだよ」
「でも、費用は渡すんですね」
「優秀であることに変わらないからね。正当な報酬を支払うのは当たり前だよ」
私は魔力水晶の剣を振る。
うむ、いい感じ。
あとは、テストされてるだろうけど、魔術の発動具合ね。
スイッチオン。
「っ!」
途端、周囲の魔力が吸われ始め、刀身が光り始める。
だが、メルウィーが自分の身を守るように抱きしめた。
人体の魔力まで吸い上げたか、中々強力だな。
「おっと、ごめんごめん。今調節するよ」
「いえ、お気になさらず。突然魔力が吸われて驚いただけなので」
「でも人間から魔力を急に奪うと体調悪くするからね。人前で発動しちゃいかんね」
私は剣の中の魔術に干渉し、上手い具合に操れるようにする。
やっぱり他人が構築した複雑な術式に干渉するのはちょっと難しい。
システム内の魔法なら、元々私が構築したものだし、簡単なものだからやりやすいけど、システム外で私が組み立てたわけでは無い術式への干渉は難しい。
人体からは吸わない、そして私が吸収力を変えられるように変更っと。
ふぅ〜、術式組み換えは人間の体だとやりにくいなあ。
「書き換え出来たよ。これで大丈夫なはず」
「……相変わらずお早いですね。どうやって術式干渉をしていたのか、全く分かりませんでした」
「これでも遅い方だよ。本体で本調子だったら触れた瞬間に終わるね」
「……言葉に出来ませんね」
「天才と称してくれていいんだよ?」
「最早そんな言葉で軽く表せないレベルだと思いますよ」
まあ、実際神という言葉に比べたら天才なんて軽く聞こえるよな。
天才だの奇才だの、人知を超えた奇跡の存在からすれば見劣りしてしまう。
でも私は、そんな奇跡の存在などではない。
神族は神族という魔力保有種であり、正しく神である訳では無いのだから。
だから私は、ただの天才だ。
本物の奇跡を知ってる私は、奇跡なんて言葉で自分を飾りたくはない。
本物の奇跡は、本当に全てを越えてしまっているのだから。
「さて、朝食食べたら本格的に活動開始しますか!」
朝食を取り終えた私は、デールのダンジョン近くで作業をしていた。
今日の訓練はお休みである。
セルトは「……連日でやらなくていいだろ。てか昨日は頭の方が大分疲れたから無しで」と断り、ルーリアは「今日は週一でエリーに会いに行く日なの〜。ごめんね〜」と二人とも無理になったからだ。
私としては丁度いい。
ちなみに、セルトは昨日帰る間際に、ちゃんとルーリアを誘っていた。
「……あの、ルーリアさん。二日後の影の六の刻の時、時計塔の下で、少しだけお時間いいですか? 話したいことがあります」
「二日後? 特に予定もないし、いいよ〜」
二つ返事でオーケー。
ルーリアがセルトに背を向けて帰り道を行き、セルトは誘い終えて、私の方に振り返った時、マナーモードみたいに震えてた。
「……こっ、これでもう後戻り出来なくなっちまった。うあああ、やべえどうしよう、マジでどうしよう」
「ヤバいのはお前の方だ。もう決意したんだなら腹くくってそのままハラキリするレベルに玉砕してこい」
「お前応援する気あるのか……?」
「最初から笑いものにする気しかありませんけどなにかぁ?」
「……っああなんとなく知ってたよ畜生! もうやってやんよ! 玉砕するところ見せつけてやらあ!」
「お前色々と悲しくないのか……」
そのままヤケになって吠えていた。
あいつ、本番になる前に燃え尽きないだろうか。
まあこれで、セルトに告白されて、ルーリアも少しは色々の勇気を見習って欲しいものだ。
『もしかして、それを狙って?』
いやいや、決断したのはセルトだよ。
私は後ろからちょっと背中を蹴飛ばすだけ。
ルーリアについては、まあそうなればおもしろいなー、程度だよ。
『でも、結構気にかけてますよね』
見てて面白いからね。
面白いものに手を貸してさらに面白くするところは当たり前じゃん?
『そういう真っ直ぐなところ、当機は好きですよ』
それはどーも。
さてさて、結界はりはりしていきますか。
今私がやっているのは、万が一にもグラドが逃げ出した時、遠くまで逃げられないようするもの。
ここまで念入りにやる必要があるのかと思われるかもしれないが、逃げられて、その間にどんどん他の魂を喰らって強化し、魂同士の融合も悪化したら、手がつけられなくなる、なんてこともある。
だから、これ以上魂を喰わせるわけにはいかないのだ。
ついでに、というかぶっちゃけこっちがメインだけど、残滓も確認する。
魔力波動発動!
……いない、か。
よし、設置設置。
まず、剣と同じく組織に受注しておいた手のひらサイズの簡易結界装置を置きマース。
設置しマース。
起動させマース。
起動確認したら不可視の結界を装置を覆うように張りマース。
完全に見えなくなったことを確認したら完了デース。
超簡単ね!
『普通は簡単なことじゃないんですけどね……』
ふっ、私の組織の最新のテクノロジーを舐めるな!
何気優秀すぎて怖いわー。
たまに禁忌に触れそうなものにまで手を出そうとするレベルに。
これの何が簡単って、手のひらサイズだから木上に固定すればいいところだ。
木の上ならきっちり固定して不可視にすれば落とされることもないし。
今はスーレアが私の護衛についてるから、他の三人が残り三つを取り付けに行っている。
私が封印を解除して、事前に作っておいた魔術の組み込まれた水晶に、魔力を流して起動させていくだけだから、私以外にも出来てとっても簡単なのだ。
しばらく待っていると、不可視の結界の中から僅かに揺らぎが見え、一瞬だけ結界が起動されるのが見えた。
全部が起動されて連動した証拠だ。
うむ、これで見えない檻の完成。
まあ、ダンジョンの外に出す気はさらさら無いけど。
ちなみに、まだ外に残滓がいた場合はどうなるかって?
入場は自動許可なのよ。
退場不可なだけでね。
なので後は、残りのいるかもしれない奴らを探すだけ。
そう思って一歩踏み出した途端、小さなカードが遠くから飛んできたので、指で挟んで受け止める。
危ないなぁ。
黒いカードには、魔力で文字が書かれていた。
──残滓は全部処理したよ。本体はよろしくねー。
ビリッと破った瞬間、魔力糸で編まれたやつだったらしく、魔力になって霧散していく。
あー、ムカつく。
まだ仮定だけど、ほぼほぼあいつが悪いくせに、本体の処理は私とかマジふざけるな。
腹が立って木の幹をゲシゲシと蹴る。
全部終わったら覚えてろ!
とりあえず、逃亡防止結界はした。
魔術吸収対策の武器も手に入れた。
残滓もあいつの言葉を信じればもう本体だけ。
ふむ、あとは消すだけか。
……勝てるかなー、負けるかなー。
いやはや、人間の姿だとどっちに転がることやら。
『珍しく後ろ向きですね』
後ろ向きというより、現状難しいかもっていう自覚だよ。
ま、失敗する気なんてないけどね。
『マスターなら問題無いでしょう』
疑いなき信頼をありがとよ。
とりあえず、帰り際に魔物でも狩りながら、今日は帰ろうかねー。
今日は早めに寝るぞーい!
冒険者ギルドで換金を終えて帰路についていると、同じく丁度帰るところのセルトと出くわした。
「やっほー」
「……お前、毎日やってて疲れないのか?」
「数十日ダンジョンに籠る馬鹿だっているじゃん」
「……ああいうのは次元が違うって言うんだよ。だいたい、そういう人達と比べたら、お前はまだまだ幼いじゃないか。大丈夫なのか?」
「楽しいから問題無いね。それに、〈ヒール〉で大抵どうにかなるし」
「……戦闘狂かよ」
「失礼な。あんな頭の中から化け物みたいな奴らと一緒にするんじゃありません」
二人で宿へと足を進めていく。
なんてことない会話をしている途中、不意にセルトが口を開く。
「……想いの告白って怖いよな」
「なんで?」
「……だってさ、その人への見方が変わったり、関係が変わったりして、今までそこにあった平穏が壊れることもあるだろ? それも含めて覚悟してても、怖いもんだよなって、今更思ってさ」
「あんまりそういうことにならないように、あのアドバイスをあげたんだけど? 私の周りでそういう空気になって欲しくないし」
「……お前、ほんとに、癪だけど意外と面倒見いいよな」
私はそんなセルトの言葉に鼻で笑った。
「面倒見がいい? そういうのはノクトにでも言ってやってよ。私は自分が楽しくあるためにやってるだけなんだからさ。これは謙遜でもないし他意もない。あくまで私のためだもん」
「……それでも、結果的には優しい奴であることを否定する理由にはならねえと思うけど?」
「お前から見た私という存在の評価を否定をするつもりは無いよ。どうせ人間は、勝手にその人ってもんを見るんだもん。私は齟齬が大きくなるのが嫌だから、本心を言ってるだけ」
「……お前、結構面倒臭い性格してるな」
「失礼な。自分自身に正直な性格をしてると言いたまえ」
ようやく宿が見えてくる。
私は地味にうじうじオーラを出しているセルトの背中を思いっきりバシッと叩いてやる。
「いてっ!」
「とりあえず、明日は頑張りなよ。お前自身のためにも、ルーリアのためにもさ」
「……なんで俺の告白がルーリアさんのためになるんだ?」
「あいつがヘタレだから、以上」
「……あの頑張り屋のルーリアさんをそう言うのはお前くらいだろうよ」
「魔法の訓練でとことん面倒見てあげて、その上恋愛相談にも乗ってあげてるんだから、これくらい言ってやってもいいと思うね」
ルーリアは普段は驚く程に積極的なのに、恋愛方面では極端にヘタレ。
昔っから見てる身としては、いい加減煩わしくなってくる。
セルトは苦笑いしながら叩かれ背中を擦る。
「……ま、エールまでもらったんだ。精一杯を伝えて来るよ」
「おうっ、玉砕してくるんだねー」
「……自分でも分かってはいるけど、確定事項みたく言うなよ」
「あと、ちゃんと私のアドバイス通り言うんだよー。その方が面白いからね!」
「……お前、そればっかだな。分かってる、全部言い切ってやるよ」
うんうん、決意が固まったようで何よりじゃい。
さてさて、明日はセルトも私も決戦の時。
双方どうなることやらねー。
ま、勿論結果は確定してるけどね!
やってやんよー!
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『今回は休憩』
レイ「粉砕、玉砕、大喝采!」
S『やめてあげなさい』
レイ「哀れな片恋野郎に慰めあれ!」
S『ボロくそ過ぎますね……』
頑張れセルト、負けるなセルト。




