28 神の招集
「てなわけで、ちょっとしたお話があるために、全員呼び出しました」
私は精霊と話した夜、宿で組織からの護衛兼監視役兼体調管理役の四人、全員を宿の部屋に呼び出していた。
ぶっちゃけ人間の状態では威厳とかそういうのはどうでも良くなるので、私はベッドに腰掛け、三人は何故か自然と正座、そして一人は無理やり私の膝枕の上に乗せている。
シュールだなぁ。
「あ、ああああのマスター、先に一つよろしいでしょうか」
「ん? 何?」
「何故私だけ、その、マスターの、ひ、ひ、膝枕の上で寝かされているのですか?」
私の膝枕で無理矢理寝かされた、右目眼帯、左目は金髪に似合う青目をした、実際の年齢より少し幼く見える少女、スーレアが顔を真っ赤にしながら聞いてきた。
「なんでって、たまにはスーレアの体内の魔力の調節をしてあげなきゃでしょ。でもいつもみたいに膝上に乗っけらんないし、しょうがないから膝枕にしてんの。文句ある?」
「文句なんて何も! むしろこんな私に膝枕してもらえるなんて恐悦至極です!」
「んな大げさな」
「……マスターはもっと自分の価値を理解した方がいいと思います」
はて、一応理解してるつもりなんだが。
この子がチョロすぎるんじゃないのと思うんだが。
と思ったら、他三名も同様にその通りと頷いている。
ぬぁぜだ。
「まあほら、どちらにしろ魔力放出はちゃんも触れてた方がやりやすいんだからさ。スーレアの魔力調節と話し合いを同時出来るならその方がいいじゃん。時間効率いいし。ほら、眼帯外して」
眼帯に触れると、スーレアはビクッと怯えたように震える。
だが構うことなく眼帯を外させ、眼帯に付けられた効果を外す。
その眼帯の下には、この世の全てを飲み込んでしまいそうなほどの、赤黒く渦を巻いた、禍々しい目があった。
これはスーレアの、いや、『破滅の子』が持つ共通の目。
『セカイのイシ』に生み出されたと言われる、歪んだ魂を持つ子供達。
子供達なのは、大抵幼少期に死んでしまい、スーレアみたいに二十歳を過ぎても生きてるなんてことはほぼ不可能だからだ。
死亡の原因は、魔力許容量オーバーによる、魔力の暴走。
更に厄介なことに、この魔力は暴発するだけならマシだが、破壊の魔術を組んで爆発する。
つまり、ただでさえ強力な魔力爆発が、より強力且つ広範囲に巻き起こるという、下手な爆弾より怖いという特徴がある。
『破滅の子』は、普通の人間の体で産まれるのだが、その魂はどちらかというと神に近い。
しかし、神に近い魂で魔力を豊富に持つくせに、それを制御する方法も、そこから魔術や魔法を編む方法も知らない。
その上、魂の魔力許容量を超えて、魔力が無限に湧き出る。
それは恐らく、『セカイの核』と繋がっているからだと考えられている。
魔力が世界に無尽蔵に無限に存在するなんてことはないのだから。
あったら今頃、天使の仕事は大分減って、大人しくなってるはずだ。
そして、そんなことになれば、魔力の濁流に飲み込まれ、魂は死ぬ。
同時に、肉体も死ぬ。
子供の頃はまだ発熱で済むが、段々と熱を出す頻度が増え、やがてコップから水が滝のように溢れ出るように、魂から魔力が溢れ出る。
その魔力の濁流は、周りにも甚大な被害を及ぼす。
それが、『破滅の子』と言われる理由。
自らも滅び、同時に周囲も滅ぼす子供。
だから、彼らは忌み嫌われ、捨てられ、殺される。
生き延びたとしても、魔力放出の首輪をつけられ、兵器として、観賞用として、碌でもない人生を歩まされる。
私はそんな理不尽がちょっとだけ見逃せず、この世界で生まれたそういう子供は皆回収するようにしている。
といっても、確実に回収出来たら苦労しない。
いくら神でも、何億といる人間の中から、突然生まれたたった一人を見つけるなんて難しすぎる。
システムを使って魔力を通常より多く持つ子供で検索したとしても、そもそもこの世界の住民も魔力はそこそこ多めに持っているから、上手いこと探せない。
殆どシステムの機能で世界を映す画面や魔術を使って、地道に探している。
でも、そんな苦労の末、探して魔力を調節するようにしたおかげで、『破滅の子』は結構救えてきた。
救うと言っても、拾って、魔力を度々調節出来るようにして、一人で生きていく力を付けさせて、その上で私に従順な犬になるようにしてるだけだけど。
そもそも私に善意なんてないし。
うん、ないね。
大抵は自分に利があるからやってるだけだね。
『破滅の子』の破滅原因は、魔力の許容量オーバーによる暴走。
ならば、定期的に魂という魔力のコップから、無限に湧き出る魔力という水を抜いてあげればいい。
そうすれば、ただの人間と変わらないのだ。
そしてスーレアは、今までて育ち、ここまで生きて、今では組織の優秀な戦闘員として活躍している。
手には私が開発した、魔力放出の腕輪を付けている。
眼帯はほんの少しの魔力放出と、そとに漏れたり、暴走しないようにするための封印。
この道具のおかげで生きている。
でもそれだけだと不安だから、こうして私が時々、直接触れて、程よく魔力を調節してあげる。
魂には魔力がありすぎても無さすぎても死ぬからね。
閑話休題。
そんなわけで、スーレアに膝枕をしつつ、四人を集めた。
話は勿論、精霊にされた、あの話だ。
「長い前置きも面倒だし、手短に言うとしよう。この世界に厄介な悪魔が現れた」
「厄介な悪魔、ですか」
スーレアの恋人であり、ウレクの兄であるアレンが顔を強ばらせる。
私が厄介と言うのだから、相当厄介なのだと想像したのだろう。
「でもって、面倒な事に、それに対抗出来るのが私だけらしい。精霊達にそう言われた」
「他の神族達の中でも、ということですか?」
「そ。めんどくさいよねー」
メルウィーに肯定で返す。
いやはや実にめんどい。
なんで適任者が私しかいないのか。
もうちょい魂とか、そういうのの魔術を他の神族に教えてやってもいいかなぁ。
でもあれ、変に広まると超絶危険な魔術なんですけど。
……腕が信頼出来る奴にだけ指導するか。
「で、その悪魔と近いうちに戦うことになるんだけど、その時には、お前達は護衛もせず、私の近くにいないでね」
「「「「なっ!?」」」」
四人同時にありえないという顔をする。
まあ、予想はしてた。
最初に声を上げたのはメルウィーだった。
「何考えてるんですかマスター! マスター自身が厄介と言われる悪魔と闘う際に護衛をするなとは、なんのために私たちがいるんですか!」
「そりゃ人間の私を面倒な手から守ったり、人間の体を観察するためでしょ? 私の本体を守るためじゃない。人間である私のための、ちょっとした影の護衛と監視だけ。神として戦う時には必要ない」
「だとしても、私達はマスターを守るためにいます! 傍にいさせてください」
「無理」
「マスター!」
声を荒らげちゃって。
理解力のあるやつらだと思ってたのになー。
それとも自分を過信してんのかね。
「じゃあ聞くけど、無意味に死にたい?」
「無意味……?」
私はため息をつく。
私が近くにいるなって言ってるのか、なんで分かんないのかなー。
「お前達が近くにいてもなんの意味もないどころか、邪魔って意味」
「っ……、そりゃあ、私達は、マスターみたいに強くないですけど」
「戦闘の意味での強さじゃない。魂の耐性と、相手の存在の問題だよ」
私は膝上でまだ納得出来ていないスーレアを優しく撫でながら説明した。
「その悪魔はね、魂を喰らうんだよ。魂が大好物なんだ。でもって、精神攻撃も満載。神にはある程度の耐性が元々備わってるけど、お前達は多少強くても人間だ。で、そんな魂大好き食いしん坊の近くに、この世界の美味しい魂を持つお前らが、大した攻撃耐性ないのに近くにいたら、絶対喰われるって」
「私達の、魂を……」
メルウィーは胸を抑え、ウレクは飲み込もうと思案顔で顎に触れ、アレンはようやく邪魔の意味を理解したのか項垂れた。
「魂自体に攻撃してきて、んでもって魂を喰らいにくる。さらに、まともな肉体を持ってないから、お前らのチンケな魔法や戦闘が効くわけがない。よってただのおじゃま虫どころか、敵に餌を与えに行くようなもん。お前達の魂喰ったら、敵は余計に強くなるし。だから邪魔しないで」
「っ……」
そう強く拒絶すると、メルウィーは言い返せなくなった。
いくら強いと言っても、そんなの人間レベルでの話、システム内での話だ。
システム外の存在で、魂を直接狙いに来る悪魔なんて、手も足も出るわけがない。
ほんとなー、私が神としてちゃっちゃと済ませられればいいけど、魂の移動は疲れるし私じゃ危ないし、組織の方とかいって安全に移動してても、その間の日数でそいつはもっと魂を喰らうし。
人間のままで、必要最低限の装備を最短で揃えて立ち向かった方がいい。
脳内での日数計算的にはそっちが早い。
で、そのためにはこいつらを説得しなきゃいけないんだが。
うん、もう、面倒だし命令でいいよね。
「そんなわけで、命令。魂喰らいの悪魔と戦ってる時、お前達は絶対私の近くにいないこと。具体的には、ダンジョンで戦う予定だから、ダンジョンの外にいて」
「「「……分かりました」」」
嫌だけれど、理解はしたという顔で、三人は頷く。
スーレアは、膝枕されたまま、私の服をぎゅっと掴んだ。
その顔は、悔しさと怖さで泣き出しそうに見えた。
「……マスターのことで、万が一なんて想像出来ないし、思いたくもないですけど。絶対、いなくなったら駄目ですから」
……こいつらは、どれだけ私に洗脳されてんのやら。
それとも、分かっていて従っているのか。
ああ、うん、そんなことはどうでもいい。
他人なんて、私にとって何かしらで有能でさえあれば、どうでもいいのだから。
「……はいはい。怪我しないとは言えないけど、死ぬことはないから安心してよ。過保護で甘えんぼさんだなあ」
私は呆れた笑顔を浮かべながら、優しく撫でてやった。
ほんと、こいつらはなんでここまで私に懐くんだか。
ま、そう仕向けたのは私なんだけどね。
昔からずっと、同じ方法で手なずけているのだから。
とりあえず、こいつらを近づけないことには完了した。
人間状態だと不安もあるけど、多分、あの何してるかわからんけど向こうが保険になってくれる、はず。
てかなってくれないと困るわ。
なんのためにいるんだか。
私は窓の外に見える三日月を眺めた。
それはまるで、今好き放題してるらしい獰猛な悪魔の口のようで、私に苛立ちを覚えさせる。
……さて、久々に神様らしいことをしますかね。
私が神様らしくないことを続けるために、そして自分のものに手を出させないために、ね。
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『今回は休憩』
S『犬にしてますよね』
レイ「いや犬と言うより部下だと思うけど……ってなんでなんか拗ねてんの?」
S『拗ねてないです』
レイ「ほーれよしよしよし」
S『いつもそれで誤魔化されると思ったら間違いですよ…………ふふ』
チョロ精霊。




