2 神が下界に降り立った
光という光を全て呑み込んでしまいそうな、無限に続く闇の空間。
その空間に、吊るされたものが一つ。
外観は何かを守るため、閉じ込めるための鳥籠のようで。
しかし中を覗いてみれば、壁の棚には大量の人形がお行儀よくならんでいる。
まるで人形箱のような、異様な箱。
その箱の中で、この空間の主がカウチで眠りについていた。
その人形箱に相応しい、人形のような少女が。
別に少女は眠い訳では無い。
そもそも睡眠など必要ない。
といっても、睡眠を取らないことによるデメリットがないというだけで、眠ることは普通に出来る。
結論だけ言えば、少女は寝たいから寝ている、それだけである。
だが、その意識は沈むどころかハッキリしている。
不気味なことに、目は閉じているのに、その手は人形をゆっくりと正確に縫い上げているのだ。
では閉じた瞼の裏から、目の前を透視しているのかと言われればそうでもない。
むしろ、瞼によって隠されたその目は、全く別の場所を見ているからだ。
つまり、無意識下で、正確に、人形を作り上げている、というだけの話である。
器用と言うべきか、手元が危ないと言うべきかはこの際置いておこう。
どうせ彼女にとってはいつものことだ。
そんな彼女の特徴を一言で述べたなら、白、と言えるだろう。
穢れを知らなそうな純白の肌に、色を抜いたような白い髪。
そしてその白さに便乗し、強調するかのような白きワンピース。
統一された白さに、人形めいたその美貌も加わり、まさに美少女と言うにふさわしい姿であった。
だが時折うっすらと覗かれる瞳は、血のごとき赤である。
よく言うアルビノかと思うかもしれないが、それとは全くの別物である。
ただただ、赤と白以外を抜いてしまったような容姿というだけだ。
その目も一見、血のような赤だが、綺麗な赤い宝石や花のようにも見える。
そんな少し神秘的な少女が、不意にうつらうつらとしていた瞼をハッキリ持ち上げる。
そして、箱部屋の入口を見つめ、微かに微笑む。
「来ると思った」
まるで来ることを知っていたかのように、彼女がそう声をかけた後、その箱部屋に一人の訪問者がやって来る。
その訪問者に向けて、白き少女はその身体を起こす。
「少しだけ、久しぶりかしら?」
その顔に浮かぶ笑みは、その赤き瞳は、ある者には安心感を与え、ある者には恐怖を与えるような、歪な光を宿していた。
不思議なことに、そんな少女の笑みに同調するように、周りの人形達も不気味に微笑んでいるように見えた。
その空間の前で、訪問者の、映らない影が揺れる。
用を伝えるために、口を開く。
そうして、今日もその箱部屋は、静かに存在する。
誰も入ってこれない、暗い暗い闇の空間で。
少女は寂しがることもなく、ただ一人、たった一人で、時折やって来る客人を出迎える。
*****
《──個体のシステム管理領域内への入場を確認しました》
《──最上位管理者の許可を確認。許可します》
《──既存データを確認。インストールします》
《ステータスの構築完了》
《ではどうぞ、システムに管理された世界を、お楽しみ下さい──》
ここは都市ビギネル。
この都市には沢山のものが集まる。
人、物、技術と、なんでもだ。
そんな街中は、そこらの街とは造りが違う。
石畳の地面に、石造りの街並み。
沢山の人が行き交い、露天も並ぶ大通り。
夜に灯りが灯るのを待つ、魔導街灯。
そんなこの世界の都市らしい都市に、私は路地裏から足を踏み入れた。
そんなわけでー。
やっほい自世界!
よろしく自世界!
私が久々に外に出てやったぞー!
そしてこれから、そこまで目立つことなく、だが今まで以上に弾けた大冒険をするんだぞー!
世界よ、その目ん玉飛び出るくらいに私の勇姿を眺めておけよ!
あーはっはっはー!
『ただの脱引きこもり発言じゃないですか。プラマイでマイナス傾いてかっこ悪さがあるのですが』
気にすんな!
気にしたら禿げます!
お前の場合は爆発します。
『なんでやねん』
はてさて、いつも通りのコントをやったので、今の私の格好を確認しよう。
魔術が使えないので、持ってきた小さな手鏡に自分を映す。
魔術が自由に使えないって不便だねー。
『使えないようにすると言ったのはマスターでしょう』
そりゃまあ、使えたらチートってレベルじゃないからね。
流石に封印するよ。
まあ知識が残ってる時点で裏チートだけども。
正直低級のものとか慣れたものなら、知識と経験だけで、封印状態でも使えるだろうし。
鏡に映った私の赤い髪に赤い目は、本体そっくりでいつも通り。
まあ外見は、自分の体の一部をもいで自分の分身体の如き皮を作っただけだから、完全にいつも通りってわけでもないけど。
皮の中身が色々と違うから、どちらかと言うと劣化コピーだね。
前髪には、魔力水晶で造られた花飾りがキラリと輝いている。
しかし、特筆すべき最大の点は、いつもより顔が幼いということ。
童顔ではなく、単純に年齢的に幼いのだ。
それもそのはず。
今の私は、大体十二歳くらいの人間なのだから、幼いのは当たり前。
なんで子供なのかって?
別に、ノリです。
『え、まさか本当にノリだったのですか?』
七割はノリです。
『残りの三割は?』
二割が実験、一割が初心に帰る。
『肉体を初心というか幼女にする必要はあったのですか……』
地球だったら公共機関やらでお得。
『この世界にそんなサービスはほぼないです』
ちくせうちくせう。
え?
外なのになんでSの声がするのかって?
答えは簡単。
首にかけたこちらのペンダントに、Sの欠片が埋め込まれてるからです。
常時〈念話〉を発動するのも面倒だったから分身体を連れていくことにしたのだ。
いや、別に私としては常時〈念話〉をとる必要もこんなペンダントを持ってく必要もそんなに感じてなかったのだけれど。
報告することがある時にだけすればいいんだし。
そしたらこいつが、『それだとツッコミ役というか、歯止め役がいないじゃないですか。マスターが何かをやらかさないわけないでしょう』と、全くもって心外な理由でゴリ押ししてきたのだ。
『いや、事実でしょう』
失敬な!
流石に人間の姿の時は自重するし!
『マスターが何かをやらかさなかったとしても、なにかに巻き込まれる可能性なんて大いにあるでしょう。その時に、うっかりマスターの正体がバレたりだとか、逆に力を使わざるを得ない事態になったらどうするのですか。私の力も多少は必要でしょう』
ぐぬぬ、そう言われると何も言えない。
まあ、冒険のお供がいるくらい別にいいんだけどね。
『……それに、常時繋げてないと常に会話することが出来なくなるじゃないですか』
ん? なんか言った?
『いえ、何も』
そーかい。
それじゃまあ、寄り道せずに、まずはステータス確認して、そして冒険者登録しに行きましょうかね!
「クレープ、クレープはどうだーい!」
そう、寄り道とかは、せず、に。
「甘くて美味しい、旬のチーゴのクレープもあるよー! どうだいどうだーい!」
…………ふらーり。
「おっ、嬢ちゃん買うかい?」
「チーゴのクレープ、一つください」
「あいよ、毎度あり!」
……もぐもぐもぐもぐ。
うむ、旬のチーゴの実は美味しいな。
地球で言う苺みたいなやつだから、女性には大人気なのも分かる。
『チョロっ』
言うな。
引きこもり気味でまともな食事とるのは久しぶりだから致し方なし。
はてさて、とりあえずステータスカードを取り出して、と。
近くを見渡すと、丁度ベンチを見つけたので、腰を下ろす。
この世界の魔導具が一つ、ステータスカード。
これはこの大陸内にのみ存在する、ステータスというものの強さをわかりやすく数値化し、スキルなどで名称を付けたものを見ることが出来るものだ。
そしてこのカードは、どこの街の冒険者ギルドでもお金を払えば作成出来るのだ。
しかも、契約更新などはいりません!
本人の血を垂らし、その時に染み込んだ魔力と本人の魂を通じて、いつでもステータスを更新してくれるのです!
なんて便利!
『何故途中から宣伝者みたいなノリに……』
ノリと気分です。
そんなわけで、魔力を流して起動っと。
…………へぶっ。
『何してるんですか。顔をクレープにぶつけたりして』
いや、いやいやいや。
思わず顔をクレープにぶつけたりもしますよ。
どういうことだ、これ。
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『名前』レイチェル・フェルリィ
『種族』 人族
『ジョブ』なし
『Lv』1
『HP』20/20
『MP』120/120
『SP』20/20
『攻撃』10
『防御』7
『魔力』100
『抵抗』100
『敏捷』5
『運気』10
『スキルポイント』0
『アクティブスキル』
「火炎魔法 Lv1」
「水流魔法 Lv1」
「暴風魔法 Lv1」
「地動魔法 Lv1」
「光魔法 Lv1」
「闇魔法 Lv1」
『バフスキル』
「魔力感知 Lv1」
「魔力操作 Lv1」
「神層領域拡張 Lv10」
『ユニークスキル』
「観察眼」
『称号』
なし
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おいこらー!
魔法関連ステータス値だけなんでこんなに突出してるんだお馬鹿!
『説明しよう』
うわ、Sではない感じの声が聞こえた。
そしてなんか始まった。
『原因は一から百まで全てマスターです』
え、私ちゃんとステータス設定したよ?
『あれが普通に通るわけないでしょうに。大体、元の設定はその肉体を手に入れる前に設定を行ったものでしょう。自動的に変更され、多少の誤差があっても不思議ではないと思いますが』
いや、多少の誤差ってレベルなの?
他も多少は変動してるけどさあ、魔法関連だけ100も上がってるって、アホだと思うんだけど。
『これでも相当抑えた方ですよ? むしろこの程度にまで抑えた事に関しては褒めて欲しいくらいです。もしなにも手を加えていなかったらどうなってたことか』
……なにもしてなかった場合どうなってたの?
『魔法関連だけ、封印した状態でも余裕で5000とかいっていたのでは?』
なにそれこわい。
駆け出し冒険者なのに歩く魔法砲台じゃん。
『そもそもマスター自体が、人間からすれば歩く天災ですよ』
それほどでもー、ないさー。
はあ、どうやら弱体化プレイというのは、簡単には上手くいかないらしい。
初っ端から無駄なところで挫いた。
先が思いやられるわー。
『まあマスターですし、こんなもんですよ』
********
『以下の用語とその解説が追加されました』
「人物:人口魔術精霊:S」
レイによって作られた、システム補助のための人口魔術精霊。
特徴:主人がアレだからか、何かとツッコミ基質。
しかしボケることも多々ある。
今やシステムの運営は殆どS一機で成り立っている。
レイがする作業は、基本的に追加要素の作成やメンテナンスや最終確認くらいである。
時折気分転換にネットサーフィンしてるらしい。
補足:スーパーAIなんて言いませんよ。まあ似たようなものですが。
「物品:魔導具:ステータスカード」
閲覧系のスキルを所持していなくても自らのステータスを見れるようにする大変便利な魔導具。
特徴:作成時に本人の血を垂らして作るため、自動的に更新されるようになっている。
相手に見せる時には、伏せる項目を選ぶことが出来る。
全国の各冒険者ギルドで作成可能。
補足:ちなみに発案者はマスターです。
レイ「もう始まって早々気が付き始めてるけど、多分今後色々と平穏に行かない気がする」
S『当たり前じゃないですか』
レイ「ねえ私イコール問題児だから問題が起こらないのは仕方ないみたいな言い方しないで私ご主人様よ」
S『別にそこまで言ってないです。ええ、言ってはないです』
レイ「あ、こいつ遠回しに肯定しおった。ちくしょー!」
神の平穏、なんてものの定義は無いから仕方ない。