24 神もあいつも一匹狼
「あっ、レイさん、おかえりなさい。これから食事ですか?」
「え、ええ、はい。先に取るつもりです」
「分かりました! ではすぐに準備しますね!」
いつも通りの看板娘としての仕事をこなすシリカ。
いやあの、その足元でまな板という名の鈍器で殴られたセルトがぷるぷるしてるんですけども。
通常営業スマイルがむしろ怖いんですけど。
「えっとー、セルトの方は……」
「ああ、すいません、お見苦しいところをお見せして。いつもの事ですし冒険者やってて丈夫なので大丈夫ですよ」
お見苦しいも何も問答無用で殴りかかってましたがそれは。
てかまな板ホントにどっから出てきた。
あれか、ツッコミキャラの持つハリセンと同じ感じですか。
気にしたら負け案件だな。
「お、おいこら姉ちゃん、いきなり殴るのは反則だろ」
「うるさいわね。皿洗いサボって自分の冒険に行った奴に言い訳する権利なんてあると思った?」
「……あ」
「やっぱり忘れてたわね! ほらあんたの夕食は皿洗いのあと! さっさと手伝いなさい!」
「わかった! 悪かった! 悪かったから首根っこ引っ張るなうぐぐ……」
「レイさんはいつもの定食でいいですか?」
「あ、それでお願いします」
「おいこら! 目の前で通常営業しながら首を絞めるな! いだだだだ」
「お客様じゃない人にサービスなんてありませーん。はいこっちよこっち」
「よ、容赦ねぇー……」
そのままセルトは宿の厨房裏へと拉致られた。
周りの宿泊客はいつもの光景だと言うように笑っている。
うん、よし。
部屋に荷物置いて来るかー。
部屋に荷物を置いてきてから手を洗い、一階の食堂へと戻った。
端っこの空いてる席に着くと、シリカがタイミングよくコップに水を注いでくれた。
相変わらずお早いことで。
「ありがとうございます」
「いえいえー」
私は水を飲み、さっきのことを聞いてみる。
「セルトって、ここの息子だったんですね」
「そうですよ。私の弟です。むしろ、レイさんはいつから弟と知り合いだったんですか?」
「今日ですよ。偶然ダンジョンで出会って、助けてもらいました」
癪だが事実報告はしておく。
もうちょい強くなればクソガキの手助けなんていらなくなるもん!
私の言葉にシリカは目を見開いた。
「嘘、セルトが? レイさんに助けられたの間違いでは?」
「いえ、私と、とあるパーティーがゴブリンの群れに追いかけられていて、そのパーティーの一人が絶体絶命のピンチになった時に、タイミングよく助けに入ってくれたんですよ」
「え、ええー? レイさん、弟のために変に話を盛ってませんよね?」
「盛りませんよ。仲良くないですし、事実ですから」
「そうなんですか。なんだ、結構上手くやってるんだ」
シリカは安心したような表情でそう小さく呟いた。
姉として弟の身を案じているようだ。
まあ、家族としては冒険者なんていつ危険な目に遭うか分からない、収入も不安定な職をやっている子供なんて、一番の心配のタネだろう。
毎日ヒヤヒヤすることだろうな。
「あんまり本人から話は聞かないんですか?」
「うーん、まあ聞いたりもするんですけど、でも基本的に一匹狼でやってるのか、大して話そうとしないんですよねー。やっぱりまだ周りの冒険者とは馴染めてないのかなーって」
「あー、それはありそうですね。セルトって多分、人見知りでしょう?」
「恥ずかしながらそうなんですよ。宿屋の息子なのに。おじいちゃんに懐き過ぎちゃったからかなーって、軽くおじいちゃんを恨みますね。自分の冒険譚を語ってばかりじゃなくて、もっと近所の子との触れ合いを持たせて欲しかったですよ」
「あはは、それは確かに、ああもなりますね」
お祖父さんが冒険者自慢してばっかだったのか。
そりゃ人見知りになるし、冒険者に憧れもするわ。
「ほんとですよ。昔っからじーちゃんじーちゃんって、同じ話ばっかりしてきて、こっちは耳にタコが出来ますよ」
「楽しそうでいいじゃないですか。シリカさんは今でも反対してるんですか?」
私がそう聞くと、シリカは頬をかきながら苦笑いした。
「出来れば危険だから止めたい気持ちもありますけど、あの目ですから。あんな本気の気持ちを宿したキラキラした目を、無理して止める気にはなれないんですよね。心配しながらも、応援もしたい、そんな矛盾の気持ちを抱えながらいつも見送ってますよ。この宿にも沢山冒険者の人達は来ますから、その人達にも同じことを思いますけど、家族だと尚更心配しちゃいます」
「まあ、そうですよね」
宿屋を利用する冒険者も沢山いるだろう。
看板娘として、何度もやってく来る冒険者、挑みに行く冒険者、そして帰って来なかった冒険者を見送ってきたことだろう。
そして、そういう者達を見てきたからこそ、家族に対してより一層不安になる。
当たり前のことだ。
在り来りな、幸せな家族だと思う。
「だから、家族として出来ることをしてあげあげたいんです。無茶した時は怒りますし、出かける時には美味しい弁当を持たせる。まあ、やれることがそれくらいしか分からないってだけなんですけどね」
「十分だと思いますよ。心配してくれてる人が家にいるっていうのは、それだけで支えになるものだと思います。根性見せて、絶対帰ってやるって思えるじゃないですか。冒険者にとって一番大事なのは、生きて帰れることでしょうから」
私がそう言って水を飲むとシリカが目を丸くして見つめていた。
「……なんか、レイさんって、たまにうちの弟より歳下っぽくないですよね。妙に大人びてるというか、達観してるというか」
んぐっ、ゲホッ、ゴホッ。
水が変なとこ入ってむせた。
「あっ、ごめんなさい、変なこと言いましたね。単純に大人っぽいところがあるなーってだけですから」
「あ、ええ、はい。ありがとうございます」
あんぶねぇ。
ついいつもの調子で答えてしまった。
思いっきり怪しく思われることは無いだろうけど、気を付けるようにしなくっちゃ。
「あっ、そろそろ私戻りますね。話に付き合ってくれてありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」
シリカはててっと他の客の対応に戻って行った。
今頃厨房では、セルトが必死に皿洗いをしてるのだろう。
自業自得である。
「相席いいかな〜?」
シリカの背を見ていると、後ろから声をかけられた。
そして視界にもう見慣れたたわわな実が。
「ルーリア、今帰ってきたんだ」
「うん。今日はね〜、貯金したお金で杖を新調して来たんだよ〜。ほら、どう?」
ルーリアが自分の杖を見せてくる。
丁寧に磨かれた木の杖で、てっぺんに付けられた大きめの魔石は、安定した程よく強い魔力を放っていた。
私は杖なんて魔術媒介なくても、脳内に知識があるから簡単に発動出来るからなー、へーとしか思わない。
まあ、人間にとってはそっちの方がやりやすくしたのは私なんだが。
「魔法の発動を早める効果つきなんだ〜。いいでしょ〜」
「確かにいい杖だね。まあ私は杖も詠唱もいらないから、羨ましくは無いけど」
「もうっ、そういうのは言っちゃいけないお約束だよっ」
「ごめんごめん。あ、そうだ、ルーリアちょい正面に立って?」
「ん?なに?」
言われるままに横向きに座った私の正面に立って首を傾げるルーリア。
そして私は無防備なルーリアの胸をぺしんっと叩いた。
「ひゃんっ!? な、なに、どうしたの!?」
揺れるたわわな胸。
何となくもう一回叩いておいた。
「ひゃうっ! だからなんでっ!?」
「うん、満足した。座っていいよ」
「え、ええ〜」
ルーリアは全くもって訳が分からないと言う顔で私の正面の席に着いた。
周りの男冒険者はさりげなく、グッジョブみたいな顔をしてた。
わかりやすいなー、おめーら。
「そ、それで、一体何がどうしたの?」
えー、分かんないのー?
ダメだなこいつー。
もっかい叩いとこうかな。
でもまあ、親切に説明してあげるか。
私はあんまり周りの冒険者に聞こえないくらいの声で話し始めた。
まあ、いつも私の周りでは会話がその通りに聞こえなくなる結界をメルウィー達がかけてくれてるから、問題ないんだけどね。
いつ変なボロ出すか分からないし。
「ルーリアさ、受付嬢に私が山猫を倒したって思いっきり言ってるんだって?」
「え? うん、そうだよ? ダメだったかな?」
「ダメに決まってるでしょ! 目立ちたくないからルーリアがやったことにしておいてって言ったじゃん!」
「え、ええ〜。でも実際はレイちゃんがやったんだし、あんまり嘘つきたくないよ〜」
「え〜、じゃないですー。こんな駆け出しが山猫倒すとかおかしいでしょ! 周りの冒険者に目をつけられたらどうすんの! イベントフラグ立つじゃん! 面倒ごとはごめんなんだよ」
「そんな大袈裟な〜」
「防犯にし過ぎはないって言う言葉を知ってるかね。つまりそんな感じなのである」
「う、うん、まあ、そうかもしれないけど。でもさレイちゃん」
ルーリアは突然怖い笑顔になり、
「絶対レイちゃんはいつか、っていうか、いつも目立つことするんだろうし、そもそも、その歳、しかも短期間でDランクも目前って時点で、もう大分目立ってるから、遅かれ早かれどころか、もう手遅れだと思うよ?」
ごもっともなことを言われた。
「い、いやー、その、なんというか、色んな冒険者を見てきた上に効率良い方法知ってる身としては、チュートリアルで手を抜くなんてことが出来なかったわけでして」
「まあ、私もそりゃあレイちゃんが目立つようなこと言っちゃって悪いな〜とは思ったけど、私以外にも目撃者はいたみたいで、既にバレてるからね? あと小型の魔物をどんどん狩ってるってことも、結構噂になってるよ?」
「バレテーラ」
おいなんでだ。
どうしてそうなった。
気をつけてたはずなのに、なんでやねーん。
あれか、長いこと外で、というかこういう集団空間で過ごしたことがほとんどなかったから、そういうのの警戒心が甘かったのか。
殺意とか敵意とかは昔っから気にしてたけど、特に悪意のない噂は気にしたことなかったからなー。
好奇心の類の目線とか、基本的にウザくて無視してたし。
「えー、えー、じゃあ何、そろそろパーティー勧誘来ちゃってもおかしくない?」
「まあ、既に手を伸ばそうとしてる人達はいるみたいだよ。たまに小声で聞こえるし。でも基本的に、私やリグアルド、ノクトさんとかと一緒にいるから、ここでパーティー組んでると思ってるのか、まだハッキリと来ないだけで、既に狙われてると思うよ〜」
なるほど、上手いこと防波堤になってるわけか。
リグアルドとルーリアとノクトに囲まれて……。
「……あれ、私が目立つのって、天才美少女魔法士のルーリアとか、顔は一応イケメンなリグアルドなんかと一緒にいるのも原因なのでは」
「え〜、天才で美少女だなんて大袈裟だよ〜」
「いや、褒めてるけど褒めてない。そこじゃない」
なんというか、私は気がつけばそこそこ三人と一緒にいることが多い。
というのも、ルーリアと一緒にいると、おまけでリグアルドとノクトも着いてきてしまうからだ。
リグアルドにはルーリアから近づいていって、ノクトは世話焼きな保護者みたいな感じで程よく二人の近くにいて、といった感じで、すでに程よい仲にはなっている。
だからもうパーティーを組んでいると思っている者達もいるだろう。
だがしかーし!
私は一匹狼を望む!
いや既に手遅れかもしれないけど。
足でまといになりそうなヤツらを引き連れて、子供らしからぬ戦闘をして余計に目立つのは嫌だ!
大体からして、昔からソロプレイだった私にパーティープレイとか無理でしょ。
ゲームの知識?
そんなの現実ではちょっとしか通用しないわ。
まあルーリア達ならちょっとは期待出来るけど。
「はあー、じゃあこれからもパーティー勧誘避けに、ルーリア達と一緒にいた方がいいのかなぁー」
「一回くらい他の人達と組んでみないの?」
「目立ちたくないのに更に悪目立ちしろと?」
「手を抜けばいいんじゃないの?」
「こういうことに慣れてないんだから、絶対ボロ出すに決まってるよ。それに、鋭い奴は手抜きしてることに気がつくよ。そしたら余計に目をつけられる。てなわけで却下。まあ既にルーリアで慣れているリグアルド達だったら、許容範囲内だけど」
「なんだか上から目線に見えるけど、レイちゃんだから仕方ないか〜。ていうか、私で慣れてるってどういうこと?」
「ルーリアの常識外れの魔法に既に慣れてるから、私の歳に合わない戦い方も多少は黙認してくれるってことだよ」
「も、も〜、だからそんなんじゃないって〜」
「だから褒めてないっつの。いやもういいや……」
「お水お持ちしましたー。どうかしました?」
話の途中でシリカがルーリア用の水を持ってくる。
ルーリアはお礼をいいながら水を口にした。
「いえ、ルーリアの美少女っぷりと魔法の腕による、人目の引きようにうんざりしてただけです」
「え、そんな話だったっけ!?」
「あながち間違ってはない」
「あー、なるほど。それは確かに共感出来ますね」
「あれ、シリカさんまで!?」
結局その後、夕定食を食べながら、ルーリアを褒め貶しでいじり倒し、明日暇なのを確認して、じゃあ訓練するよと伝えたら、笑いながらちょっぴり引きつった顔をされた。
そうかそうか、そんなに嬉しいか。
楽しみだなぁ!
『違うそうじゃない』
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『今回は休憩』
レイ「まな板って鈍器だっけ」
S『ドンキ◯ーテ?』
レイ「おかしなボケはやめなさい」
初期の設定では、まな板は飛んで来ていたのはここだけの話(物理的アウトな気がして修正した)




