23 今日神と知り合ったあいつは
「はい、それではお疲れ様でした。ステータスカードをお返ししますね」
「ありがとうございます」
アンジェリカからカードを受け取る。
着々と冒険者ランク昇格に必要な冒険者ポイントが溜まっているのだろう。
いやー、馬鹿みたいに上がっていく。
そろそろDランク寸前なのでは……。
なんだこの新入りは。
自分で笑っちまうべ。
私がそう自嘲気味に笑うと、アンジェリカが微笑んだ。
「ふふ、レイさんは本当に凄いですね」
「そうですか?」
「そうですよー。その年齢で初日にもうEランクになる人なんて、滅多にいませんよ?」
「あっ、あれは、ルーリアさんのおかげとまぐれだって何度も」
「えー、でもルーリアさんは『自分は何もしてない』って言い張ってますよ?」
あんのおっぱい!
上手いこと話し合わせてくれるんじゃなかったないのかい!
帰ったら顔合わせたらあの胸叩いておこうかな。
うん、叩いておこう、そうしよう。
ちなみに、冒険者には冒険者ランクというものがある。
上から順にS、A、B、C、D、E、Fの七段階だ。
Fランクは成り立てで、薬草採集なんかを主とする、子供や闘う力のない母親なんかがいるランクだ。
Eランクは一度小型の魔物を討伐すれば上がるランクだ。
Dランクが一番多く、成り立てや目前と呼ばれる者がいる。
Cランクで三流冒険者。
Bランクで二つ名付き。
Aランクで一流冒険者。
Sランクは最早人の域を超越していると言われる。
で、私の歳で本格的な冒険者なんてのは珍しいし、初日からしばらくは薬草採集などで土地に慣れたりするものなのだが。
まあ、初日から色々ぶっ飛ばしまくってた上に山猫退治までして、そりゃもうアンジェリカからはキラキラした目で見られて恥ずかしいったら。
この人ハーフエルフだから見た目よりも歳とってるだろうけど、そんな歳下に向かってキラキラした目を向けんでほしい。
あーあ、やっぱり初日から急ぐべきじゃ無かったかなぁ。
どうせ幼女なんだし、もう少しのんびりやっても良かった気がするけど。
でもなー、必要なチュートリアルを知ってる身としては済ませておかないと気がすまなかったというか。
まあやっちまったもんはしゃーなしってことで。
「ルーリアが過大評価してるだけですから、真に受けないでください。私はちょっと冒険者に憧れてる程度の、まだまだ大したことない駆け出しですから」
「ふふ、じゃあそういうことにしておきますね」
可愛らしく、分かってますよーと言いたげな笑顔を向けるアンジェリカ。
ほんと、こんな受付嬢にはみんなどっきゅんだろうねえ。
私としてはあまり口外しないでくれることを望むだけだ。
「あっ、そうだ、うっかり忘れるところでした。レイさんにお届けものがあるんですよ」
「私に?」
「ちょっと待っててくださいねー」
アンジェリカが立ち上がって、後ろの棚をガサゴソする。
そして一通の手紙を持ってきて私に差し出す。
「はい、お手紙です。どうぞ」
「ああ、ありがとうございます」
私は手紙を受け取る。
この通り、冒険者ギルドは冒険者の支援以外にも、郵便局代わりのこともやっている。
届けものは大抵鳥人族が飛んで届けてくれるが、日本と違って宅配ボックスなんてないので、留守だった時には困る。
そんなわけで、厳重な警備もあるギルドの倉庫で保管して、その届け先には、お届け物がありますよー、みたいなお知らせと受け取りのためのコインを家に置いといて、取りに行かせる。
コンビニのサービスと同じだね、うん。
そんなわけで、手紙などはこうして届く。
本人確認はステータスカードの住所や名前で確認出来るので、そこら辺も安心安全だ。
にしても手紙か。
誰からだ?
そして差出人の名前をみた瞬間、固まった。
「? どうかしましたか?」
「あ、いえ、大丈夫です」
いや大丈夫じゃないんだけど、大丈夫だ、問題ない。
思わずその場で蝋の封を開けて手紙を取り出した。
そして、異様に最後の差出人のところが謎に長い文章を、書類に目を通す分量で速読した。
『どうもどうも!
きっとこの手紙が届いた時、レイレイは地味に嫌な顔しながら固まってるだろうと予想してるっす!
そして今そんな予想を当てられてさらに変な顔になってると思うっす!
多分図星っすねー?
でもきっとそんなレイレイも可愛いんだろうなぁ。
超拝みたいけど手紙越しじゃ見れない、残念!
てなわけで、レイレイが人間のフリして冒険者になったと、組織の子をたぶらかゲフンゲフン、上手いこと交渉して聞いたので、いてもたっても居られないのですぐに向かうっす!
でもすぐには行けないし、サプライズしたいけど、流石に完全に連絡なしは困るかと思うので、こうして手紙を書いたっす!
ちっちゃな親切心っす!
というわけで、レイレイの元にこの下僕たるあーしが向かうので、楽しみに待ってて欲しいっす!
by可愛いくてかっこよくあーしの中の太陽みたいなレイレイのことが大好きな下僕のユ──』
ビリッ!
「えちょっ、レイさん!?」
そこそこよさげな紙で書かれた手紙を、躊躇せず破いた私にアンジェリカが驚く。
私はそんなことなどなかったかのように、ニッコリと笑う。
「ああ、すいません。つい反射的に。気にしないでください」
「い、一体何が……」
「なに、ただの変態からの手紙です。届けてくれてありがとうございます」
「い、いえ」
「では、これで」
「あ、はい。ご利用ありがとうございました」
アンジェリカに背を向けて扉に向かう。
私は破いた手紙を雑にバッグに入れようとして、端に小さく何かが書いてあったのを目にした。
『ps.そっちにあの変態ストーカーいないっすよね? 先回りされてたら死ぬしかないんすけど』
よし、呼ぼうかな。
変態避けに変態を。
……うん、面倒だし馬鹿らしいからやめておこう。
今度こそバックの底にしまって、蓋をした。
今は無視だ無視。
てか弱体化した状態じゃどうしようもないし。
いやでも、逆に遠慮なく殴り蹴り出来るな。
うん、サンドバッグ決定。
『ちゃんと対応するあたり、マスターって律儀ですよね』
殴り蹴りは律儀なのか?
『変態にはご褒美なのでは?』
……もうやだ。
私って昔から変なのに好かれてる気がするんだけど。
『つまり、マスター自体が変t』
やめろぉ!
違うからね!?
あいつらが変態なだけだから!
決して類友じゃないから!
私は純粋だから!
あんなのと一緒にしないでくれ!
『でもあっちの人間、じゃないですけど、あれはマスターが育てたのにあんな風になったじゃないですか。子は親の背中を見て育つと人間の中では言いますよね?』
あれは元から変だったの。
私は何も悪くない。
ないったらない。
精神的にどっと疲れて冒険者ギルドの扉を開けて外に出ると、もう空を茜色を過ぎて群青に染まっていた。
今日も程よく稼げたなぁ。
明日はルーリアと森で特訓だっけか。
憂さ晴らしのメニューでも組み込もうかな。
八つ当たりとペラペラ喋ったお仕置きに。
そうだ、ちょっとステータスに目を通して起こっかな。
ステータス閲覧っと。
********
『名前』レイチェル・フェルリィ
『種族』 人族
『ジョブ』シーフ
『Lv』10
『HP』142/142(↑40)
『MP』134/200(↑30)
『SP』43/95(↑25)
『攻撃』85(↑25)
『防御』44(↑15)
『魔力』139(↑18)
『抵抗』139(↑18)
『敏捷』80(↑25)
『運気』10
『スキルポイント』40(↑25)
『アクティブスキル』
「罠解除 Lv1」
「火炎魔法 Lv1」
「水流魔法 Lv2(1up)」
「暴風魔法 Lv2」
「地動魔法 Lv2(1up)」
「光魔法 Lv1」
「闇魔法 Lv1」
『バフスキル』
「集中 Lv1」
「演算処理 Lv1」
「並列思考 Lv1」
「気配感知 Lv1」
「魔力感知 Lv3(1up)」
「魔力操作 Lv3(1up)」
「罠感知 Lv1」
「短剣技 Lv1(new)」
「強力 Lv1」
「俊足 Lv1」
「神層領域拡張 Lv10」
『ユニークスキル』
「観察眼」
『称号』
なし
********
わっほい。
駆け出し美幼女のステータスとは思えないね、びっくり!
どうしてこうなった、どうしてこうなった。
魔法関連も、ルーリアの特訓手伝っているうちにこんなことになってるし。
もぉー!
誰かに見られたら超悪目立ちするよ!
さっさと〈解析〉妨害のアイテム購入しておかないとなー。
でもまだそんな余裕ないし。
そもそもお金の扱い上手くないし。
まともに金を持ったことないからしょうがないんです。
世間知らずとか言われても文句言えないくらいにしょうがないんです。
はあ、やってられん。
楽しいからやめないけど。
扉前の階段の一番下の段でそんなことを考えていると、後ろで扉が開いた。
誰かが降りてくると思って道を開けるため避けると、見覚えのあるフードが降りてきた。
「「……あ」」
深くフードを被った少年。
リグアルドよりかは歳下っぽい、人見知りオーラ出してるやつ。
「さっきのクソガキ」
「……さっきのチビ女」
互いに扉の前でしばらく沈黙すると、互いにため息をついた。
「セルトも今帰りなの?」
「……ああ。レイもか?」
「そうだよ。そんなわけで、じゃあね」
「……おう」
私は宿に向かって歩いていく。
ルーリアに押し切られて、お財布に痛いながら泊まっている、風呂と食事はいい感じの宿に。
私が歩くとセルトも歩き始めたようで足音が聞こえる。
しかし、不思議とその音はずっと聞こえる。
振り返るとセルトがいた。
「セルトも宿こっちなの?」
「……いや、俺は家だ。大体、子供で村とかから出て宿泊まりの冒険者なんて、難しすぎて無理だろ」
「それもそっか」
しばらく歩いても、まだ離れないので、セルトは面倒になったのか隣に来た。
ていうか、もう私に慣れたのか、口調が結構砕けてスラスラ喋ってくんな。
まだ半日すらたってない出会いだよ?
子供だったら平気なんだろうか。
「……お前は宿か?」
「そうだよ」
「……親とかに反対されなかったのか?」
「反対する親なんて、もういないよ」
「それって……。悪い」
「別に、気にすることないよ。よくある話だもの。私も気にしてない」
孤児と言っておけば、あとは何も聞いてくるまい。
孤児院育ちで一人で生きていくために冒険者を目指す子供というのも、割とある。
だからこそ設定には困らないけどね。
あとはご想像に、で終わらせられる。
まだ道が一緒みたいだから、今度は私から聞くことにした。
「セルトは親に反対されなかったの?」
「……そりゃ猛反対さ。普通は親のあとを継ぐのが当たり前だからな。でも、俺にはじーちゃんがいた。だから憧れて、本気で説得した」
「そのお祖父さんが味方になってくれたの?」
「……いや、じーちゃんも最初は微妙な顔をしてたさ。でも妥協してくれて、課題をクリアしたら、一緒に父ちゃん達を説得してるって言ってくれた」
「課題?」
「この短弓を使って、自分の力だけで一日にピグを三匹狩って来いって言われた」
「それ、普通冒険者なる前の奴にやらせる?」
ピグとは小型の豚系魔物だ。
基本的に体当たりしかしてないけど、逃げ足が凄く早い。
だがその肉は美味しいため、みな逃げられる前に仕留めようとする。
それを、まだ冒険者にすらなってない子供に狩らせるとか、普通に考えたら無理難題だ。
セルトはフードの隙間から苦笑いを覗かせながら続けた。
「……それだけ冒険者ってもんを甘く見て欲しくなかったってことだろ。勿論受けたさ」
「じゃあ今こうしてやれてるってことは、出来たの?」
「……ああ、一週間と三日かかったけどな。いやほんと、流石に逃げ足早すぎて挑戦して三日はしんどかった」
そりゃそうだ。
子供の動体視力と運動能力であれを追えってのは辛いわ。
「でも一週間でやり遂げたなら、上出来じゃない?」
「……まあ、な。じーちゃんにも笑って褒められた。二週間はかかると思ったが、よくやった、ってな。あの時はすっげー嬉しかったなあ」
「……いいお祖父さんだね」
「……そりゃ俺のじーちゃんだからな」
「いや、セルトが諦めるだなんて思ってなかったってとこだよ。セルトの本気に、本気で返したんだ。いいお祖父さんだよ」
「……そうだな。じーちゃんは一言も、諦めろとか、そんなこと言わなかった。俺が一週間頑張ってる間も、何も言わなかった。アドバイスも応援も、ましてややめておけなんて、一度も言わず、黙って待ってくれた。優しくてかっこいいじーちゃんだよ、ほんと」
フードの隙間から僅かに見えた瞳は、とても嬉しそうに、誇らしそうに輝いていた。
この世界じゃ、大抵子供の夢なんて愚かな夢だと相手にされないことが多い。
いつ魔物の襲撃とかで死ぬか分からないからだ。
だったら、安全な親元で育って、跡を継いで欲しいと思うのが当たり前だ。
そんな世界で、真正面から本気を受け止めて、誠意を示して返し、黙って待ってくれる。
いい家族に恵まれたんだな、こいつは。
「……その後、じーちゃんも一緒になって家族を説得してくれて、家の仕事もちゃんと手伝うっていう条件で認めてもらえた。そん時は勝ったと思って、本気でガッツポーズしたよ。で、今でも程程にやってる」
「いい話だねえ。真っ直ぐで立派な奴なんだね、セルトは」
「……なんか、ババ臭いなお前」
「おいババア言うな。まだか弱い幼女であるぞ」
「自分で幼女って言うなよ……」
そんな雑談を交えながら歩いていると、私は宿についたので足を止めた。
そして、セルトも足を止めた。
目の前の宿屋木漏れ日亭の前で、私達二人、立ち止まった。
「「……」」
微妙な沈黙が流れる。
「……おいまさかお前」
「まさかとは思うけど……」
互いに宿屋を指さす。
「……宿って、俺んち?」
「ここ、セルトんち?」
また沈黙が流れる。
その沈黙は、宿屋の扉の開く音で破られた。
「あーもー、あんのバカセル、遅いったらありゃしな……」
宿から出てきたのは、看板娘のシリカだった。
シリカは頭をかき、ぼやきながら出てくると、セルトと私と目が合う。
しばしの沈黙。
瞬間、シリカの額に青筋が浮かび、こちらに向かうと、
「おっそいわバカセルゥ!」
「いだっ!?」
バンッ!
容赦なく、どこからか取り出したまな板でセルトを殴った。
お、おーぅ。
まさかのご姉弟っすか、そっすか。
てかまな板どっからでた。
はい、まさかの今日出会ってたクソガキは、宿屋の息子だったそうな、まる。
『世界は狭いですねえ』
狭すぎるわっ!?
********
『以下の用語とその解説が追加されました』
「単語:冒険者制度:冒険者ランク」
冒険者のギルド貢献度や活動度によるランク。
詳細:ランクはS、A、B、C、D、E、Fと七段階。
貢献度や活動度のポイントは、クエスト達成や素材換金毎にステータスカードを提出し、その時に記録されている。
上のランクになると特典もあるが、それはまた後ほど。
補足:人間達が楽しく冒険者活動に勤しめるようにと作ったシステムですね。昇格制だとやっぱり誰でも愉悦感が得られますから。
「人物:人族:セルト・クリム」
宿屋木漏れ日亭の長男。
詳細:宿か木工職人を継げと言われていたが、祖父に憧れ反対を押し切り納得させて冒険者に。
得意武器は自分が作り、祖父が仕上げてくれた短弓。
弓の腕はそこそこ達つ。
人見知りで、祖父のお下がりであるマントのフードがかかせない。
シリカの弟。
補足:まあ当機はシステム内検索で最初から知ってましたけど、世界は狭いですねえ。
S『世界は狭いですねー(初めから知ってた)』
レイ「こいつ……知ってたらなら言えや……」
S『言ったら面白くないでしょう』
レイ「そーかもしんないけどさー……」
世界は狭いあるある。




