20 とある機械意思の小さな妬心
これはまだ、その主が、冒険者になると言い出す前のころ。
「組織の方に行ってくるー」
「世界樹で遊んでくるー」
「隠れ家の奴らとティータイムしてくるー」
いつも自由奔放な主の言葉に、返事をするのはただ一人。
いや、ただ一機。
『いってらっしゃいませ』
ただ淡々と、そう答える。
そして転移で主がその空間からいなくなると、そこにはただ一機だけになる。
それはシステムの核にして意思、S。
レイというこの世界で最高位の神の座に君臨するものが作った人口魔術精霊。
といっても、人口魔術精霊などという種類はレイが何となくでそう言っているだけで、実際のところはよく分かっていない。
何せ前例を聞いたことがないからだ。
そもそも、魔術でなにかに成長していく意思を持たせたり、意思を与えたりということは不可能だと考えられている。
厳密には完全に不可能という訳でもないのだが、そこは省いておこう。
とにかく、Sはこの宇宙で初めての存在であるということだ。
閑話休題。
Sはレイがいなくなるのを見届けると、何時のものように一人でシステムの管理を行う。
また、このシステムの核が存在する空間で、レイが好き放題散らかしているものを、魔術を上手いこと操って丁寧に片付けていく。
レイの異空間ボックスに干渉することは出来ないので、その場で整頓するだけだが、それでもそのままにしておくよりかはマシだろう。
初めはそんなことを気にする心すら無かったSだが、レイと共に過ごし、そして様々な知識を吸収してあらぬ方向へ成長を遂げた。
しかし、Sの全てはただの知識。
何かを経験をしたことなどないのだ。
だから、自分の感情がどういうものなのかは分かっていない。
レイが自分の目の前からいなくなる度に覚える感情のような自分の中の蠢きも、何か知らない。
自分から整理整頓をするようになったのは、レイが不意に「自分で掃除するとなると、絶対異空間に放り込んで終わりにするからさー。整理整頓をしないで終わるんだよねー。誰かに雇わせたくても、ここに誰かを呼び込むとしたら毎度私が許可だの付き添ってだのしなきゃだから面倒だし」と愚痴った、意味の無い言葉に反応して記憶しまったからだ。
もしかしたら、自分がやれば喜ばれるかもしれない。
そんな思いがあったのかもしれないし、特にないのかもしれないと思いながらも、いつも片付けをしてしまうのだ。
片付けが終わると、核が暇になることは無いのだが、意思としては暇になる。
レイがいなければ、誰かと話すことも出来ないのだから。
『暇ですね……』
こういう独り言という不要な行動も、気が付けば身につけていた。
そもそも、Sが目覚め、初めに与えられた命令が「無駄なことや不要なことも覚えながら成長してよね」であった。
初めは訳が分からなかった。
ただシステムを管理し動かすだけの機械に、無駄なこと不要なことを身につけて、何の役に立つのかと。
だが、Sが必要なことだけをこなすと、その度にレイは少し不満そうな顔をする。
主の役に立つために存在しているのに、役に立てても不満な顔をさせるのは如何なものかと思い、少しづつレイに言われるまま無駄なことを覚えていった。
そうして、レイと共にくだらないことを繰り返して、その時の笑顔を見ている内に、Sは気が付いた。
きっとこの主は、楽しい話し相手が欲しいのではないか、と。
そして、自分にそうなって欲しいのかもしれない。
ほんの少し身につけた人間性でそう思ったのである。
それからは、ただ必死になって成長していった。
機械に必死という言葉が合うのかは分からないが、とにかく、自分の主のために、主の望む自分となるために急速に知識を吸収していった。
ただ、主たるレイに笑ってもらうために。
そうして今では、レイでも呆れるほどに、妙に人間じみた人口魔術精霊と成り果てた。
S自身も、いつから自分がこうなってしまったのかは覚えていないが、ただ主のためというのが思考を占めていた気がする。
今では互いに軽口を言い合えるくらいにはなっていた。
Sは暇という感情を弄びながら、やがて暇を噛み締めていることにも飽き、一人でゲームをすることにした。
システムの核から、魔力の触手のようなものを伸ばして、レイの所有するノートパソコンを開く。
こうしたことも、色々と人間味のあることを考えているうちに出来ていた。
本当に、着実にシステムの管理に全く必要ないものが身についていた。
ノートパソコンを立ち上げて、自分用のユーザーを開く。
これはレイが「Sもやりたくなったらやっていいよー」と用意してくれたものだ。
初めは、自分が使うことは無いだろうなと思っていたSだが、気が付けばレイの予想通り、普通に使い、その上ゲームにどっぷりとハマっていた。
主従は似るとはよく言ったものだ。
Sはパソコンに魔術ハッキングして、マウスカーソルを動かす。
この特殊ハッキングはSのオリジナルである。
システム管理内にいる人間の魂に干渉する術の延長線上で作り上げたもので、初めてレイに見せた時は「お前何やってんねん」と称賛を通り越して呆れ果てていた。
Sにだけ需要のある、お遊び魔術だ。
しかしレイとしても利点があった。
これのおかげでSがコントローラーを、握ってはいないが、ゲームを対戦出来るようになった。
そして、今までは二人対戦物や協力プレイものはゲームに興味のある者の所に態々行っていたのを、Sともやるようになった。
Sはその度に満足感と幸福感を得て、そして同時に自らの感情に気が付いた。
自分のうちの、寂しさや独占欲のようなものを。
ようは、レイが外へ遊びに行く度、外の世界に嫉妬していたのだ。
自分と主が一緒にいられる時間を奪う、沢山の魅力的なものや楽しさに溢れた、外の世界を。
レイが離れる度に、寂しさを覚えて、外に嫉妬を覚え、一緒にいる時は満足感や幸福感を覚えた。
それに気が付いた時、自分で自分を笑った。
機械のくせに、主を縛りたいなど、馬鹿みたいな感情だ、と。
自分がどう思っていようと、あの自由な主は自らの望むままに生きる。
縛ることも、止めることも出来るわけがない。
それに、そんなことは主の望まないこと。
主の望まないことを、自分も望んではいけない。
だから、Sは一機でいつも帰りを待つ。
帰ってきたら、離れていた分、沢山相手をしてもらえるのを。
そんなことを思いながら、Sはパソコンゲームをする。
プレイしているのは、レイも好きなブロッククラフトゲームのアレ。
そのゲームの要素である、オリジナルの建築物。
レイとSはよく、建築のセンスを競い合って楽しんでいる。
レイは遊び心満載なものを。
Sは機能性を。
協力して一つの建築物を作ることもある。
その時の楽しそうな主の横顔が、Sはとても好きであった。
スクショするなら、ゲーム画面ではなく、この主の横顔がいいですね、と冗談を考えるくらいには楽しんでいた。
「たーっだいまー!」
そうしてゲームをして過ごして日が変わった頃、レイが帰ってきた。
『おかえりなさいませ』
「いやー、今回はあの引きこもりとゲーム勝負してきたけど、相変わらずわけわかんないよ。手元マジ見えないの。最早乾いた笑いしか零せないよ」
『それで、勝てたんですか?』
「勿論勝てなかった! この世界最強のゲーマー称号をあげてもいいくらいだよまったく」
はぁやれやれと言いながら、レイはだらける用のゆったりしたワンピースに一瞬で着替えて、Sに寄りかかる。
『なんで乗るんですか』
「なんとなくー」
Sはやれやれと思いながらも、内心喜んでいた。
レイはしばらく、天井のない空間の上の方を眺めていると、小さく零した。
「……ただいまって、自然に言うってことは、やっぱりここを自分の家だって、無意識のうちに認めてるってことかな」
『え?』
「ほら、いつもさ、帰ってくる時はただいまって言うじゃん? それって、そういうことなのかなーって」
レイがコロンと転がって、Sの横で横たわる。
そしてSのことを小さく微笑みながら見つめた。
「ここの外じゃさ、やっぱり何かと内心考えちゃうんだよ。組織の奴らだったら、程よく忠誠心抱かせ続けようとか。神だったら、裏切られた時の対処方法はーとか。孤児院だったら、そこそこに遊んでやろうーとか。何かと面倒なことを考えちゃうんだ。それは多分、誰一人として信用してないから、さ」
レイは自嘲気味に笑う。
Sはなんて言えばいいか分からず、黙ってレイの言葉を噛み締めていた。
「それで、疑いに満ちた世界で安心できる場所なんて全然なくって。ルルだって、今は……。だから、今の私にとっての帰りたい場所、私の家は、お前のいる、お前しかいない、ここなんだなって」
Sは、一瞬その言葉と笑顔に、自分が破裂してしまうかと思った。
それは、一番欲しかった言葉。
ずっと、疑問に思っていた答え。
自分が言ってはいけない、我儘。
自分は、主にとっての、唯一の場所でありたかったという、願い。
「お前は私の作ったモノ。だから、バグが起こらない限り信用出来るし。最近はお前との会話も楽しいし。それに、おかえりって言ってくれる。何も考えなくてもいい、楽な関係で、ほんの少しだけ温かくて、唯一の場所。私は、案外お前のことが好きらしいや」
Sが、自らの中に、とてつもない魔力の渦巻きを覚えた。
機械にとっては、不要で、バグな感情。
しかし、主が望むままに、そのバグを広げていった。
そうして、Sは、ようやく主の望む、何かになれた。
「だから、当たり前かもしれないけど、いつも待ってて、おかえりって言ってくれて、ありがとね、相棒」
相棒。
そのシンプルな言葉が、Sの心のようなものを満たした。
それだけで、もう十分であった。
『……なら当機は、何十年、何百年、何千年経っても、永遠にここで、マスターに「おかえり」と言うために、待ち続けますよ』
「えー? 数ヶ月帰ってこなかったり、私がこの星から出てって、遠い旅に出たとしても?」
『ええ、幾らでも、待ち続けます。永遠に、マスターにとっての、帰りたい場所、頼りになる相棒であり続けますよ』
「そっか、じゃあ約束」
レイが小指を出す。
Sは、魔力の触手を伸ばして、その指に絡める。
『ええ、約束です』
Sはそう、満たされた心で返した。
そうして、一人の神と、一機の機械は、温かな関係を永遠に誓う。
その二人は、その関係に、ただシンプルに、「相棒」という名前をつけた。
ずっとそうあれるように、そう小さく願って……。
レイ「お前って私の事大好きよね」
S『天誅』
レイ「きゃあああい!? ちょっと何!? 照れ隠しなの!?」
S『煩いです、ふいっ』
レイ「顔無いのにふいって……」
本編終了。
次はキャラ紹介です。




