18 女神と少女の交友小話②
『ういーっ、すぅー。繋がったのでこれどーぞ。はい。以上』
「あたっ」
突然、脳内に巫山戯た声が響いたかと思うと、研究結果を紙にまとめていたフォルの頭上に、台座付きの小さな水晶が落ちてきた。
声は以降、全く聞こえなかった。
「もー、いきなり落とさないで欲しいですのー。壊れたらどうするですのー」
フォルは届かないと分かっていても、頭をさすりながらそう文句を呟く。
そして床に落ちた小さな水晶を拾い上げた。
これで魔力を込めて相手の脳内に話しかければ、いつでも会話が出来るのだろう。
早速魔力を込めていく。
一瞬で満ち足りて、発動出来る状態になる。
それを見て微笑み、書き途中の研究結果を書き終えて、寝室へ行く。
ベッドにポフッとダイブし、水晶を見つめた。
窓の外はもう煌々と星が煌めいており、丁度いい時間であった。
「さてさて、可愛い人間ちゃんの、夢の中にお邪魔するのでーす」
そう呟き、フォルは水晶を握りしめたまま、瞳を閉じた。
ふわりふわりとした、揺らめく空間の中、フォルは意識の中で歩いていた。
別に〈念話〉の機能がついたユニークスキルなのだから、日中でも話せるのだが、幼い子供に日中話しかけるのは面倒見てる人間達も近くに居て時間が無いし、混乱したら可哀想だと思い、フォルはいつも夢の中で初対面の挨拶を交わすことにしている。
しかし、夜寝付く時に話しかけるとなると、それも幼い子供には不健康でよろしくない。
なので、子供の沈んだ意識の中にお邪魔するのだ。
つまり、夢を繋げるといった感じだ。
この世界の人間には、システム内で管理されてるため、魂にシステム以外の干渉をあまり受けないようにシステムにより保護されている。
このスキルは、そんな魂に他の神などが干渉することを許可するための許可証でもあるのだ。
といっても、システムの保護も、より強い力には勝てないが。
フォルがしばらく歩いていると、突然の夢の世界で、自分の周囲に何も無くて混乱している、金髪にエメラルドグリーンの瞳の少女がいた。
フォルはニッコリと、笑いながら近づいていった。
第一声はにこやかに、警戒心をあまり持たれないように、といつものように気をつけながら。
「初めましてですのー。ワタクシは女神、幸運の女神フォルトゥーネっていいますのー」
「……え?」
「ああ、貴女の名前は知ってるので、名乗る必要はないですのー。ワタクシのことは、気軽にフォル、とでも呼んでほしいですのー、エルリア」
ニコッと好感度に訴えかける。
しかし、やはり混乱しているのか一歩引かれてしまう。
「やっぱり、そうなりますよね。知ってたですのー」
ふぅっと、夢の中なのにフォルがため息をつく。
少女、エルリアは恐る恐る声をかけた。
「あの、貴方は、女神様、なんですか?」
「はーい。女神なーのでーすのー」
「えっと、女神様が一体わたくしに一体なんの……」
「フォル、ですの」
「ふぇ?」
フォルがエルリアにずいっと近づく。
その顔は不満を表している。
「フォルって呼んで欲しいですの」
「で、でも、女神様、ですし」
勿論少女は恐れ多いと身をわきまえる。
フォルとしては、まあ慣れた反応なので、いつもと同じ強引な言葉を返す。
「女神とか、そういうくだらない役割はあんまり好きじゃないですの。エルリアとは普通の人間同士のように仲良くなりたいですの。まあ、エルリア次第ですので、決定ってわけじゃないですけど。でも、だから女神様呼びは禁止。フォルって呼ぶですの」
「え、えと、では、フォル、様」
「よろしい」
エルリアはパチンと指を鳴らすと、辺り一面青空の下に花畑が広がり、目の前にティーテーブルと二人分の椅子があった。
夢の中なので、あくまで幻覚である。
別に指を鳴らす必要は無いのだが、ちょっとしたノリと演出だ。
「えっ、えっ?」
「まあ突然のことに色々とよく分からないでしょうし、夢の中なのでお茶は出せませんが、とりあえず席にどうぞ」
エルリアは言われるがままに席に着いた。
そして突然花畑に変わった景色をきょろきょろと落ち着きなく首を動かす。
そんな姿が可愛らしいと言うように、フォルがくすりと微笑んだ。
「これは幻覚ですの。風景があった方がいいでしょう?」
「ここって、本当に夢の中だったのですね。どうりで現実味がないわけです。この花畑も、とっても綺麗」
ふふっとエルリアは品のある笑みを浮かべた。
流石はお嬢様。
そういう環境で育っているだけのことはある。
おっとりとした雰囲気は、親に似たのだろうか。
「まあそんなわけで、あらためて自己紹介を。ワタクシはフォルトゥーネ。この世界に存在する、神の一人ですの。一応、幸運の女神ですの」
「幸運の女神様、ですか。すみません。まだ神様の名前は全て覚えてないもので」
「いえいえお気になさらず。先程も言った通り、ワタクシは貴女と友達のようなものになりたいと思ってますの。だから、神とかそういうのを気にする必要はないですの。まあ、簡単に神とは信じられないでしょうけど」
「えっ? 信じますよ?」
エルリアはキョトンとした顔でそう答える。
「だって、神族は本当に存在する種族なのですから、神の名を語る愚か者などいないでしょう?」
「……神の名を、ねえ」
フォルは花畑の遠くを見つめた。
自分の知る他の世界では、人間は好き勝手神を利用していた。
会ったことも無いくせに。
やれ神の祝福だ、やれ神の采配だ、やれ神の鉄槌だ。
なんでもかんでも神のせいにする人間の姿は知っている。
都合のいい時は神をたたえ、都合が悪くなると神を貶す。
自分勝手で愚鈍な種族であることを知っている。
(ま、この世界じゃ、神がそこそこ表立っているので、信じられるのは当然かもしれませんね)
神が息苦しくならない程度になっている世界だと、フォルは改めて思った。
あの方は人間にも龍にも神にも、箱庭のような生きやすい世界を作ってくれたものだ、と。
まあ、龍には若干扱いが雑だが、誤差の範囲だろう。
「まあ信じてくれようと信じてくれまいと、どうでもいいことなので、一応信じてくれてありがとうですの」
「ど、どうでもいいことではないと思いますけど……」
「気にしない気にしない。そんなわけで」
パンっと、フォルは両手を打ち鳴らした。
「何故ワタクシが貴女の夢の中にこうして姿を表したのかを説明しましょう」
「夢なのに、ですか? これって私の夢じゃなかったのですか?」
キョトンと呆けた顔をするエルリア。
どうやらただの自分の夢か妄想だと思ってたらしい。
フォルは頭に手を当てながら説明する。
「あー、夢といっても、貴女の妄想じゃないですの。意識の奥底に幻覚を見せて語りかけてるので、ワタクシはちゃんと本物ですの」
「え? え? 夢なのに本物なんですか?」
「うーん、そこはもう頑張って納得してほしいとしか言えないですのー」
「え、ええー?」
フォルは微妙に納得行かないエルリアの反応を微笑ましく思いながら、前の念話契約の相手を思い出して、目を細めた。
「では、まあ、説明をするですの」
「は、はい」
「まず目的としては、エルリアと談話するためですの。特になんの意味もない、日常会話を楽しむためですの」
「え?」
「そして、ワタクシがそれにエルリアを選んだ理由は、何となくですの」
「……え?」
お嬢様だというのに、素直にポカンとした顔をする。
そんな顔も可愛らしくて、フォルはふふっと笑ってしまう。
「だから、何となく、ですの。他意もなにもないですの。エルリアの個人情報を見て、なんかいいなーと思っただけなのです」
「……こ、個人情報って、その、私の事一体どこまで知られているんですか?」
「さあ? どこまででしょうねえーですのー」
実際に情報を集めたのはレイとレイの保有する組織だろうから、フォルはこの前見た紙に書いてあったこと以外はあまり知らないのだ。
「でも、ワタクシはエルリア自身のこと、内面などはあまり知らないので、互いのことを話すところから始めたいですの。……と、ここまでワタクシが思っていることとお願いなのですが、どうしますですの?」
「どうする、とは?」
「いえ、貴女が突然のワタクシを拒むならそれでもよし、受け入れるならほんの少しずつ仲良くなるでよし、選択は貴女に委ねますよ」
フォルはいつも相手に判断を委ねている。
といっても、自分でも意地悪な選択だなとは思ってはいるが。
たかが五歳児に、そこまでハッキリとした答えが出るわけがない。
つまり、ほぼ強制の契約だ。
レイからも「ユニークスキルを後で削除する? んな面倒なことするわけないでしょ。ただでさえ脆弱な人間の魂に傷がつくっての。だから慎重に選んでよね」と言われている。
まあ、フォルとしては、子供でも怖がったり怪しがったりするのは当然なのだから、強制でもいいから少しずつ楽しく話が出来るようになればいいのだ。
むしろ、無理矢理そうなることを望んでいる。
ただ自分が話をしたいからという趣味でそんなことをやっている。
それでも、仲良くなりたいのも嘘ではない。
「……でも、神様からの折角の申し出を断るのも失礼ですし、その、夢の中のお話し相手っていうのも、楽しそうですし」
「ふふ、夢の中のお話し相手と聞くと、とってもファンタジーでいいですのー」
自分自身を棚に上げて、フォルが楽しそうに笑う。
エルリアはしばらくモジモジした後、顔を上げた。
「えっと、じゃあ、ほんの少しずつで、よろしくお願いします」
そして案の定、エルリアはそう答えた。
フォルは予想通りという内心を悟られないように、優しく微笑んだ。
今は流れに流されただけでも、後から気にしない関係になれることを目指せばいいのだから。
「はーい、よろしくですのー。エルリア……、いや、ルーリアとかどうですの?」
「ルーリア?」
「あだ名、エルリアを崩してルーリアですの。エルリアでも可愛らしいですけど、ルーリアだともっといい感じがするですのー。ワタクシもフォルトゥーネを縮めてフォルと呼ばせてるんですし。お互いにあだ名で呼び合うから始めても面白いと思うんですの」
「ルーリア、ルーリア……」
エルリアは、そのあだ名を小さく連呼した。
そして嬉しそうな笑みを浮かべる。。
幼いながら、なんだか友人が出来たような感覚になったからだろう。
「はい、それでいいです。ルーリアがいいです、フォル様」
「ふふっ、じゃあよろしくですのー、ルーリア」
そしてその日、小さな友情が芽生えた二人であった。
二人は、ほんの少しずつ、少しずつ、誰も知らない交友を深めて、それから幾つかの月日が過ぎた。
レイ「この頃のルーリアはまだ普通だった。アイツに出会うまでは……無垢な幼女だった……」
S『まるで今が変人みたいな遠回しなディスりですね』
レイ「いやだって恋に一点集中過ぎてぶっちゃけ怖い時あるし……」
S『まあ相手にぶちんですし、いいんじゃないんですか、バランス取れて』
レイ「何か違う気がする……」
純粋無垢なあの子はもういない……。




