16 秘密基地のティータイム
「たーだいまーっすよー!」
灰色の髪に所々赤色のメッシュが入った、メイド姿の少女。
メイド少女は元気よく部屋の中に入っていく。
その部屋は、なんとも異様であった。
まず、天井がない、壁がない、床があるだけの暗い空間。
照明には宙に浮いた複数のシャンデリアを使っているが、どうにもその材料には触れてはいけない何かが使われているような雰囲気がある。
そして壁はないが、扉は複数ある。
それぞれにネームプレートで「誰々の部屋」と、それぞれ個性的なフォントで名前が書かれている。
リビングほどの広さのある、モノクロの床には、ティーテーブルと椅子、ソファー、端の方にキッチンが設置されていた。
一見、普通に人が生活出来る空間である。
まあ、そこにいる者達は、誰一人として人ではないのだが。
その部屋には二人の男がいた。
一人はティーテーブルについた、紺髪長髪に燕尾服のどこか胡散臭い男。
彼は雑誌のようなものを片手に、紅茶を飲んでいた。
その雑誌は、まるでありがちな写真集、かと思いきや、どうやら手作りらしい。
妙に作りが細かいが、気にしてはいけないだろう。
その写真も、撮影場とかではなく、通りすがりのところを撮ったような写真だ。
つまり盗撮な訳だが、妙にカメラ目線だったり、気が付かれそうなほどの至近距離だったりするのも、気にしてはいけないだろう。
もう一人の男は、一言で主夫であった。
シンプルな服装にエプロン姿は、しっくりきすぎて主夫としか呼べない。
その主夫は、ただ黙々と、クッキーを作っている。
一言も喋らず、帰宅してきたメイド少女は一瞥だけして、黙々と淡々と作っている。
普通に、料理姿の似合う男だ。
「おかえり、エグデル」
メイド服の少女が近付くと、燕尾服の男は雑誌から顔を上げて微笑んだ。
「まーたそのきっしょい雑誌見てるんすか?キモいっすね」
「それ全部ドストレートに言ってるね?」
「キモい奴にキモいと言って何が悪いんすか気持ち悪い」
「それはガチのやつじゃなかろうか。そして一つ訂正を入れると、また、では無い。これは新しく作ったやつだ」
「素直に死ねっす」
「私を殺せるものならどうぞ」
笑顔で挑発され、エグデルは素直にそれに乗った。
常人にも超人にも認識出来るか怪しい、尋常ではない速度で間合いを詰めたエグデルは、その手を燕尾服の男の首元に伸ばす。
が、それは届いていなかった。
いや、実際には届いていたはずであった。
だが、当たらない。
彼には当たらないのだ。
まるで、目の前にいるのに、違う場所にいるかのように。
「ちえっ、また当たらなかったっす」
当たらないことに慣れているかのように、エグデルは大人しく手を引っ込めた。
「ははは、何人たりとも私に届くわけないだろう。ほんの少しでもズレてしまえば、そこはもう同じ場所ではないのだから」
「ドヤ顔で言わないで欲しいっす。その力を基本的に誘拐とか盗撮にしか使ってないくせに」
「女性と親しくなろうとしているだけだよ。それに、悲しい顔をさせたことはないさ」
「刺されて死ねっす。ディムさんは沢山の女に順番に一回ずつと言わず十回ずつ刺されるのがお似合いっす」
「なーに、女性からの暴力なら大人しく受けるさ」
「じゃあわちきの攻撃も受けてくれないっすか?」
「色恋関係じゃない上に君は身も心も獣じゃないか。ちょっとフェミニスト的には対象外かな」
「ぶっ殺していいっすか」
「やれるものならどうぞ」
二人が刹那の攻防二回戦目に突入しようとした時、可愛らしいネームプレートの部屋から一人の少女、いや、幼女が出てきた。
その幼女はピンク髪を団子に纏めていて、愛らしい容姿をしており、とても守ってやりたくなるような雰囲気がある。
ただし、白衣に赤黒いシミが見えなかったらだが。
「くぁぁ。おはよーなのー」
「おや、ピィリィおはよう」
「くんくん、くんくん。めっちゃ血の匂いするっすよヒャッハー!」
エグデルはピィリィと呼ばれた、白衣の幼女に抱きついた。
そして、よくよく見ると血肉やらなんやらが付着しているその白衣を舐め始めた。
「エグちゃんありがとなのー。よしよしー」
ピィリィは一切嫌がらず、舐めとって綺麗にするエグデルの頭を撫でた。
「今回は結構長く篭っていたね。何をしていたんだい?」
「んーとねー。あのSちゃんから、新しい魔物作成の要請が来たから、アイデアねるねるちゅうだったのー。でー、その時になんかインスピレーション湧くかなーと思って、色々解体作業しながらやってたら、結構時間経ってたの」
「ああ、あれのことか。どうやら氷の城をご所望のようだがね」
「氷ってことはもしかしてアイちゃんのためだったりするのかなぁ?」
「さてね、彼女は自分の欲のおまけで他人のためになることをやっていることが多いだけで、そうとも限らないんじゃないかい?」
「まあピィちゃんは作れれば満足なのー。あれ、でもなんでディム知ってるのー? 教えた覚えないよー?」
「最近レイは面白いことをしているみたいでね、ちょっと覗いていたのさ」
「ほほーう、面白いことってなんなのー? 気ーになーるのー!」
ピィリィが駄々をこねるように腕をブンブンと振るのと、エグデルが血を舐め終わるのは同時だった。
「それはわちきも気になるっす。一人だけ見てないでわちき達にも見せるっす」
「じゃあみんなにも見やすくするから、ピィリィ、目玉型の小型の魔物と、何かモニターあるかい?」
「ちょーっと待っててなのー」
ディムに言われてトテテと自室に戻り、手に色々抱えて戻ってきた。
それは一つ目の小さな蝙蝠が複数と、魔力水晶で作られた小型テレビであった。
「どうぞなのー」
「ありがとう。じゃあこれを転移させて、と」
「それを貸す代わりに、後で氷を沢山取ってきて欲しいのー」
「おやすい御用さ。こちらのモニターはどう使うんだい?」
「ここをー、ポチッとな」
ピィリィが小型テレビの裏についたボタンを押して、ソファーの前に投げると、一人でに台座が伸びて画面が拡大し、程よい画面サイズになった。
「これは面白いや」
「特に何もすることがなかった時に作った適当なものなの!」
「にしては、随分こってるっすねー」
「それじゃあ、あの目玉達と連動しようかな。あの目玉達はちゃんとバレないように細工してっと」
エグデルとピィリィはソファーに仲良く座り、ディムはソファーの後ろにテーブルを動かし、手元で何かを操っている。
恐らく魔術の類いだろう。
といっても、それとも少し違うのだが。
画面を付けると、丁度キッチンから主夫の男がクッキーを小皿に分けて持ってくる。
「わあー、カルちゃんありがとなのー。ピィのは蜂蜜入りだあ」
「くんくん、はっ! 美味しい骨粉と血肉の入った匂いっす!」
「お茶請けに丁度いい紅茶クッキーだね。カルランは相変わらずいいものを作る」
主夫カルランは、無言でそれぞれの好みのクッキーを渡すと、またキッチンへ戻っていく。
ディムが画面に映す場所を調節している間に、ピィリィとエグデルはポリポリと美味しそうな音を立てながら食べる。
「頭を使った後にはおいちーのー」
「うまぁぁ。流石カルランさんっすわー。でもクッキーって食べてると段々……」
コトリ。
いつの間にかカルランがピィリィとエグデルに牛乳を置いていた。
ディムにはミルクティを用意していた。
「お母さんなの!」
「おかーさーん!」
一気に食べて喉が乾き始めていた二人は大絶賛である。
いつでも継ぎ足せるように、ディムのいるティーテーブルの方に牛乳ポットを置いて、自らも休憩に入るのか席について、紅茶味のクッキーを食べる。
それと同時に、バンっとまた扉が開く。
今度出てきたのは、一言で天使であった。
ただし、片翼の黒く、その上パンダパーカーを着た堕天使であるが。
整った顔立ちにはくまが浮かび、髪はボサボサで、磨けばすぐ光りそうなのに、なんとも残念美人であった。
しかも、パンダパーカーに白黒ズボンとツッコミどころも多い。
その上、性別は男が女か区別がつかない。
まあ、天使に性別などないが。
「お……はよぉ……」
「おお、キトちゃんいい所に」
「今からレイレイ鑑賞会っすよー。キトリスさんもどうっすか?」
「え……あれ、の……? ……まあ、見る、かぁ……」
とても眠そうな顔で、キトリスと呼ばれた堕天使はディムとカルランの隣に座る。
そして顔をテレビに向けたまま、顎を机の上に乗せて、またうつらうつらする。
すかさずカルランが立ち上がり、すぐに疲労に良い自家製の飲み物と普通のバタークッキーを持ってくる。
キトリスはカルランに礼を言うように、机の上でこくんと頭を下げると、だらしなく食べ始めた。
本当に眠そうで、口の端からポロポロ零れており、無言でカルランに拭き取られる。
「やっぱおかーちゃんっすね」
「キトちゃんまた拷問してたのー?」
ピィリィが後ろを向いてソファーから乗り出し手足をブラブラさせながら聞いてくる。
「ん……。力を……使いながら……だから、かなり……疲れた」
拷問したと認めるが、そのパンダパーカーには血の一つも着いていなかった。
恐らく自分で綺麗にしているのだろう。
「堕天使でも苦労が多いねぇ。はい、レイが映り始めたよ」
ディムの作業が終わり、そう言うと、全員テレビに注目する。
そこには、レイの姿が監視カメラの映像のように映し出される。
「それでは、レイの冒険物語の、始まり始まりーっと」
彼らの一時は、とりあえずたのしそうである。
それぞれを簡単にまとめると、
ディム→フェミニスト(変態紳士)
エグデル→脳筋メイド(血肉大好き)
ピィリィ→マッドロリ(怖い可愛い)
カルラン→主夫(お母さん)
キトラス→パンダ天使(拷問?)
マトモなのがカルラン母さんしかいない……(でもこいつらと一緒にいる時点でちょっと)




