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神は好きに生きるそうです。  作者: 空の宙
1章 神の大冒険の始まりだそうです。
16/115

15 神の影に潜む者達



「やっほー、君を嫌な顔にさせに来たよ」


『……自らそれを言う阿呆がいるか』


「残念、ここにいましたー」


『……ふんっ』


 真夜中のアステ山の山頂。

 そこにいる木龍の下に一人の客人が来ていた。


 中性的な、でもどこか少女らしい顔に、黒いワンピース。

 首に結んだ黒リボンのチョーカーも、ちょうちょ結びで愛らしく揺れている。

 背中に生やしたそれは、燃える黒炎のような羽で、魔術の塊で出来た特別な羽である。

 頭上には黒い天輪が浮かび、そこから漏れでている魔力もまた異様なものだ。


 彼に性別はないが、仮に彼としておこう。

 彼は、この宇宙で悪魔と呼ばれるもの。

 宇宙の核の管理を外れ、なんの役割も持たない、別名宇宙の不良と言っても過言ではない存在である。

 それだけ周囲から厄介視されるような悪行をなしているということだ。


 といっても、別に全ての悪魔が悪行を成す訳でもない。

 好意的で協力的な悪魔もいるし、自由気ままに生きるがために多方面に厄災をもたらす悪魔もいると言うだけの話である。

 そもそもこの種族だからこうであるという決まりはない。

 その種が大抵そんな者ばかりであるというだけである。

 一を見て十を決めつけるのは愚かなものだろう。


 閑話休題。


 彼は木龍をからかうように目の前を飛んでいた。

 いや、不快にさせるように、と言った方が正しいかもしれない。

 現に木龍は、関わりたくないというように目すら合わせようとしないし、全身から立ち去れと言わんばかりの気迫を出していた。

 それら、そこらの獣が失禁しそうなほどの威圧。

 勿論、その気迫で動じる悪魔でもなかったが。


「相も変わらず、何もせずに惰眠を貪ってるんだね、君は」


『特に殲滅すべきものが無いために、こうしていられるのだ。人間を眺めているのは面白いものだし、ここにいるだけでも我の魔力はこの山の近辺の自然を潤していき人間の役に立つ。大体、活動的ではすぐ人間に討伐対象にされるではないか』


「うーわ、それサボりの言い訳って言わない?」


『なんとでもいえばよい』


「つまり断固寝るわけだ。やれやれ、ボクの方がよっぽど働き者じゃないか」


 悪魔は馬鹿にするように肩をすくめる。

 木龍は気を害した訳でもなく、重たい頭を地面に伏せ続けた。


『働き者と言う割には、あの方に余計なちょっかいを出していただろうに』


「ええー、あれはたまたまだよー。飛んでいたら偶然(・・)レイを見かけて、それで驚いて偶然(・・)持っていたものを落としちゃって、それが背中に直撃したあのブサイク猫が、偶然(・・)レイの方に走っていっちゃっただけだもーん」


 ケラケラ笑いながら、全くもって偶然だとは微塵も思っていないような確信犯の笑みを悪魔は浮かべた。

 木龍はそんな悪魔にため息をついた。


『全く、あの方々は何故貴様のような奴を使っているのやら』


「そんなの、ボクが彼女達の忠実な犬だからに決まってるじゃないか。わんわんっ」


『……首輪がついていたとしても、いつでも喉元を狙っている狂犬のように見えるがな』


「やだなあ。ボクが彼女達を殺す?そんなことするわけないじゃないか。そうしたら誰がボクを管理して、()を与えてくれるんだい? 誰がボクに死を与えてくれるんだい?自分で言うのもあれだけど、伊達に昔、悪行を重ねちゃいないよ」


 悪魔は軽く、世間話をするように、なんてことない話をするように、笑いながら欲望を言う。

 そんな戯言に木龍は警戒度を上げる。


『だからこそ信用ならないのだがな。あまり認めたくはないが、お前の牙であれば、あの方々に届く可能性があるかもしれんから警戒しているのだ』


「ふはっ」


 悪魔は吹き出した。

 馬鹿なことを言うと思って。


「君、彼女達に敬意を払うくせに、何も知らないんだねえ。いや、わざと知らされてないのかな? 彼女達は策士だからね。ボクの力が彼女達に届きうる? まさか! 昔弱っていたとはいえ、ボクを圧倒する魔力と魔術で痛めつけて、ボクの力を封印し、ボクの魂ごと首輪を付けた彼女達に、敵うわけがないじゃないか!」


 明白な敗北を語っているのに、むしろその悪魔は楽しそうで、嬉しそうであった。

 それは、自分の存在を簡単に手玉に取れてしまう彼女達に、心からの賞賛を送っているためだろう。


『万全の状態であったとしてもか?』


「ああ、勿論。無理無理、あんなの、勝てっこない。力の片鱗を見ただけでも、ボクよりも彼女達の方が、ある意味化け物じみていると確信できるよ」


『ふん、そうか。まあ、そうであろうな。ほんの小さな可能性の話をしただけだ。結局なんであれ、貴様を警戒するに代わりない』


「だろーね。知ってた。まあ君には勝てると思ってるから、どうでもいいけどねー。ただ堅いだけの老害蜥蜴に遅れをとるわけがない」


『傲慢だな』


「お互い様だよ」


 互いに鼻で笑う。

 嫌な火花がそこに散った。


「それじゃ、ボクは行くとするよ。ちょっと落し物もしたわけだし」


『今日落としたものか?』


「あの肉片は別にいらない。ゴミみたいなものだし。魔力は豊富だから、精霊や妖精達が食べればいいさ。ていうか、気がついてないの?」


『……ふむ、言われてみれば、嫌なものが近くにいるな。貴様が連れ込んだのか?』


「不本意ながらその通り。まさか持って帰ってきた肉片に、体をバラバラにして小さく潜んでいたなんて思いもよらなかったよ。これは本当」


『間抜けなものだな』


「近くに逃げたのに気づかなかった、君も同じじゃないか」


『あの方の作ったダンジョンとやらに逃げたのではないか? あそこは特別な魔術空間だ。我の気配察知も通りにくい故、致し方なしと言えよう』


「ま、君でもそうなるよね。この世界は一つ一つが恐ろしい芸術だよ。初めて見た時は意味が分からなかったね」


『では、まだしばらくの間我の近くをウロウロするわけか』


「ああいうやつの対処法って、知ってはいてもボクの分野じゃないからねー。どうするかはこれから決めるつもりさ。なんなら、毎日君に嫌がらせをしに来てあげようか?」


『我に構わずとっとと済ませろ。あの方にとっても邪魔なものになる前に』


「ああそっか、レイはしばらくここら辺にいるだろうから……」


 木龍にそう言われ、ふと悪魔は、何かを思いついたような目をして、不気味に笑った。


「……いや、いいねそれ。逆にそれを利用しよっか」


『おい、貴様何を企んでいる』


「ええー? 何って、簡単だよー」


 悪魔は夜の闇に翼を広げ、笑ってみせた。

 月の光に照らされたその表情は、いかにも悪魔らしい、悪巧みの顔をしていた。



「彼女にために、面白おかしい暇潰しのネタを、彼女への純粋な好意と純然な悪意を持ってして提供しようしてるだーけさっ」








 *****



「ふ~ん、ふんふふ~ん」


「なんだか、とっても楽しそうですのー」


「あら、そう見える?」


「ええ、とっても」


 暗い暗い空間の中の、異様な人形箱の中で、一人の白い少女と、その隣で紅茶を入れる丈の長いローブを羽織った、魔女とでも形容すべき女性。

 異様な空間の中でも、そんな二人はさらに異様であった。

 少女は鼻歌を歌いながら、何か白いものをコネコネとこねくりまわす。


「ところで、それはなんなのですのー?」


「これ? これは人形の体を作るための最初の段階よ」


「木製でも布製でもないのですのー。粘土ですの?」


「ふふ、私の作った魔法の粘土に、特別なものを混ぜたオリジナルよ」


「特別なもの?」


「それよ」


 白い少女が指差した先を見ると、大きく白い、まるでサンタクロースなどが持っていそうなプレゼント袋のようなものが部屋の隅にあった。

 よく見ると所々から赤いシミが浮かんでおり、中のものは袋の外からでも形が見えた。


「あれは確か……」


「ええ、前にアヴィーに取ってきて(・・・・・)もらったもの。何か実験に使えるかと思ってとっておいたら、いい案が思いついてね」


「なるほど、きっと素晴らしいお人形さんが出来ることなのです。いいリサイクルなのです」


「そうでしょう? 邪魔な者をただ殺すだけ(・・・・)じゃなくて、それ以降にも有効活用して、私達の役に立てられる。素晴らしい案だと思わない?」


「相変わらず容赦のない。しかし、そんな所にとても惹かれるですのー」


「ふふ、ありがとう」


 少女が指を鳴らすと、袋のなかから白い塊が飛び出す。

 どこかツンとした腐敗臭が一瞬漂うが、誰も気にしない。

 少女がそれを手に取ると、パリンと一瞬、それは白い粉になった。

 そしてそれをまた、手元の粘土に混ぜ込む。


「塵みたいな人達でも、一応力は強かったからね。魔力も沢山染み込んでいて、色んなことに活用出来るわ。絶対強くてかっこいい人形になるわね」


「ワタクシが観察していた時点では、その方々も、まさか自分達が可愛らしいお人形さんになるとは思わなかったでしょうですのー。むしろ、ずっといい姿になると思いますのー」


「ふふ、いい気味よ。それに当たり前の罰だと思わない?」


 少女の手元で粘土がぐにゃりと歪み、それとは対照的に少女はとても見とれるような優しい笑顔を浮かべた。



「レイを殺そうとする計画を立てて実行しようとしていた人達なんて、私からしたら存在価値が一切無いどころか、不快でさえあるもの。それを殺すだけでなく、ちゃんと役に立ててあげようとしているのだから、むしろ感謝して欲しいくらいだわ」



 そう、どこまでもどこまでも、眩しい笑顔で、純粋な殺意と愛を謳った。

 そんな少女を、ローブの女性は尊敬するような顔をする。

 勿論、内心の畏怖は隠して。


「慈悲深いお方ですのー」


「レイ限定でね。レイ以外に優しくしてあげる価値なんて無いもの」


 力を込めて粘土を練る。

 混ぜて、混ぜて、混ぜて。

 殺意も怒りも慈愛も混ぜ込んで、人形兵の形を作り上げる。

 自分達に危害を加えようとした敵を、今度は他の敵を殺させるための兵器にするために。


「貴女も、そう思うでしょう?」


 少女は顔を上げて、入口に向かって微笑む。

 いつの間にかやって来ていた人物、いや、()に。


『貴女様がそう言うのならば、そうなのでしょう』


「ふふ、つまらない回答ね」


 入口には誰もいなかった。

 いや、いた。

 光の球体、人口魔術精霊のSが。


「またここに来ちゃって、寂しくなったの?」


『いえ、当機にそんな感情は存在しないでしょう。昔、何度か似たものを感じたことがありますが、あえていうなら、何となく、でしょうか』


「あら、そう。貴女も最近、意味の無い行動が好きになってきたのかしら?」


『マスターのノリがうつったのかも知れませんね』


 淡々と感情の伺えない、起伏のない声でSはそう口にする。

 しかし、ほんの少しだけ、呆れと嬉しさがあるようにも見えた。

 勿論それは、目の前の少女にしか読み取れなかっただろうが。


『ところで、その人形はなんですか? 随分と強力な魔力が込められているようですが』


「これ? これは器のない貴女のために作っている、貴女専用の人形よ」


『そうですか。ありがとうございます』


「この人形は貴女のために作っているのよ?もっと喜んだらどう?」


『これでも喜んでいるつもりなのですが。まあ、これでもっとマスターの役に立てると思うと、とても嬉しいですね』


「固い感情ねえ。それとも感情表現が苦手なだけかしら」


 少女は頬に手を添えて首を傾げた。

 少女にとっても、Sはよく知る存在なのだが、レイ程理解は出来ない。

 あまりにレイの影響を受けたために、色々と混ざってしまったからだ。


『マスター曰く、当機は結構感情豊かだそうですけどね』


「なるほど、レイには貴女の顔が見えているのね」


「精霊に感情なんてあったですのー?」


「いいえ、大抵は極わずかな意思だけよ。でもこの子は特別性だからね。ちゃんと人並みの意思がある、特別な子」


『固いのはキャラ設定でもありますけどね』


「ああ、そうだったかしらね。でも、それもレイのためなんでしょう?」


『……ええ、マスターが、これが面白いと笑ってくれたので』


 ほんの少しの間に、昔を慈しむ感情が伺えた。

 機械と言うには、あまりにも人らしかった。

 そんなSを祝福するように、少女は微笑んだ。


「ふふ、貴女も単純ね」


『そう作られてますから』


「そうね、そうよね。貴女は私がちゃんと信用出来る、数少ないいい子だわ」


「ワタクシはー? ワタクシはどうなんですのー?」


「フォルを信用するわけないじゃない。でも貴女程度どうとでも出来るから、適当に扱っているだけよ」


「がーん! ワタクシ大ショック!」


 ローブの女性、フォルトゥーネは項垂れた。

 全身で悲しみを表しているのはノリなのか本心なのか、イマイチよく分からない。

 そんなフォルトゥーネを一瞥もせず、白い少女は一度手を止めて、ほどよい温度になった紅茶に口をつけた。


「ああ、でも紅茶はそこそこ美味しいと思ってるわ。情報収集と紅茶を入れる腕だけは使えるわよね」


「ふうっ、相変わらず尊大過ぎる発言に、最早慣れたどころか、少しでも評価された事を喜ぶワタクシは変態ですのー」


「自覚出来てよかったじゃない」


『その通りですよ』


「誰も否定してくれないのは悲しいですのっ!」


 ぷりぷりと子供みたいに拗ねるフォルトゥーネ。

 少女はからかうようにくすくすと笑い、Sは、そもそも笑う顔すらないが、無心なのだろう。


「ねえS、分かってるとは思うけど、もう一度確認していいかしら?」


『なんでしょうか?』


「貴女の持つ役割の優先順位は?」


 少女は紅茶に目を向けながら、ほんの少しだけ冷たい空気を放つ。

 Sは一瞬間を置いたあと答えた。


『一番にマスターを守り、二番に本来の役割であるシステム内世界の維持。それ以降は、貴女様(・・・)であろうと、マスターの邪魔になるようであれば、排除するか、遠ざけること』


「うんうん、その通り。それじゃ、いざと言う時の命令受諾の優先度は?」


『……一番に貴女様、二番にマスター。以降は聞く価値もありません』


「その通りよ。もしもの時、私の命令とレイの命令が相反した時、迷わず私の言うことを聞きなさい。あの子は強いけど、甘いところがあるから」


 ハッキリと切り捨てるよう、少女は残酷な命令をする。

 Sはレイを一番に思うその小さな心で、是を示す。


『分かってますよ、ルルディー様』


 白い少女は、ルルディーは、満足そうに笑った。

 その顔は、Sの二人の主は、似た顔で、しかし全く違う雰囲気で笑う。

 それはレイと違い、明るく朗らかな笑みなどではなく、相手に恐怖心を植え付ける、冷ややかな笑みだった。


「ちゃんと、いい子でいてね? 私のレイ(・・・・)を守るための、人形(ドール)騎士(ナイト)さんとして、ね」


『はい、了解です』


 Sは、いつものように、あまり抑揚のない声で答える。

 いつも通り、いつも通りに……。



 そんな彼女こそ、この世界の中心で眠り、滅びかけた世界を支える中心軸。

 そして彼女は、レイの────。

 レイにとっての、唯一無二である。



 これは、一人の神が好きに生きる物語。

 そして初めから、終わりの決められた、必然の物語。

 きっと誰かに仕組まれた、滑稽なお伽噺……。



 それをまだ、主人公は知らずに、歩いていく。

 自分が歩く道が光になると、信じたまま……。

 この先に|ハッピー(救)エンド()があるのかどうかなんて、まだ誰も、知らないまま────。






 ********



『今回は休憩』



そんなわけで1章のメインサイドは終わりです。

残りはサブサイドですな(作者的にはこっちも結構好きだったり)

変な奴らがめっちゃ出たり(でもメインではまだ出ない)、Sさんに視点を当てて見たり(ツンデレツンツンデレツンは正義)、ルーリアという名の幼女と割と普通なババアの話があったり(ここはざっくり)。

つまりそんなあーだこーだです、か?(知らんがな)

では一章の残りもお楽しみにー…………してくれる人増えるといいなぁ。

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