14 神は面倒見がいい
「もう体は大丈夫? まあやらせたのは私だけども」
ルーリアが入ってきたので、ベッドをペシペシと叩き、座りたまえと促す。
ルーリアは素直に、ちょこんと私の隣で腰掛けた。
「ちょっと横になったから平気だよ〜。でも、明日からはもう少し緩めがいいよ〜」
「はっ、修行ってのはちょっとキツいくらいが丁度いいんですー。今回のだってルーリアにも出来るくらいのキツさなんだから、バッチリじゃん」
「せめてやる場所は選んでほしいよ~」
「まあそれはそうだね。明日からはもう少しまともな場所でやろっか」
「ほっ」
とても安堵した顔で胸をなでおろすルーリア。
そこまで不安だったのか。
というかそこまで鬼畜だと思われてたのか。
久々のからかい相手が出来て、いじめすぎたかもしれない。
神や獣神と違って人間は弱いんだし、もう少し手加減してあげるか。
「それで、こんな夜にどうしたのさ」
この世界の住民はみんな早寝だ。
理由は勿論、夜更かししてまでやる娯楽がないから。
せいぜい夜の店に行くか、態々ランプを使ってチェスなどをやる程度。
夜の女子トーク?
いや、ないでしょ。
平民なんかは家族全員同じ部屋で寝るだろうけど、明日の労働のために早く寝るね。
「その、レイちゃんって私のこと知ってる、んだよね?」
「そりゃまあ、五歳児ぐらいからそのユニークスキルはあったでしょう? つまりそういうこった」
「その後のことは?」
「勿論ウマウマとずっと観察してました。それはもうあんなことやこんなこと」
「……一応それを聞いてみても?」
「いーやでーす。まあひとつ言えることは、ルーリアの恥ずかしいことやらなんやらはそこそこ知ってると思いたまえ。多分、そんなことまで知ってるの?って思うようなことまで知ってるよ」
「なにそれ怖い! ……というか、その、私のことそんなに観察してるなんて、もしかしてレイちゃんって……」
「暇人ですが何か?」
「認めちゃった!?」
「暇で退屈だったから、ルーリアとかを利用して楽しんでたんだよ。文句あるか!」
「ここまで清々しく開き直られるとむしろ何も言えない! いやまあ、そんな悪いことされたわけじゃないし、気にしてないからいいんだけど、ね」
うんうん。
悪いことなんて何もしていませんとも。
盗撮盗聴が日常茶飯事だとしても、悪用しなければよし。
『プライバシーの侵害という概念は』
暇な神にそんなこと通用しません!
『これは酷い』
ルーリアは私に対して、呆れ顔でため息をついた。
「なんか、本当に神様のイメージからかけ離れていくなあ」
「はっ、人間が無駄に妄想と願望を膨らませすぎなんだって。私達だって、気ままに生きる権利はあると思うね」
「あはは、それもそうだね」
ルーリアはひとしきりくすくすと笑うと、急にしんみりとした空気になる。
「……ねえ、神様も、恋とかしたりするのかな」
あ、やっぱ夜の女子トークだった。
「まあ神も一応恋愛くらい出来るでしょ。私の周りにもラブラブなやつとかいるし。正直目の前で乳繰りあうような奴もいる。私としては恋愛には全く興味無いから、そいつらが何しようとどうでもいいけど、自重はして欲しいなと思うことはある」
「そうなんだ~」
「なに、リグアルドのこと?」
「あ、やっぱり知ってるんだね~」
「というか、ルーリアの周りにいる奴らはみんな知ってるんじゃないの?」
「えっ、嘘!? どうして!?」
「いや、リグアルドが鈍感すぎるだけで、大体の奴は分かるだろうに……」
そう、ルーリアはことある事に、好き好きアピールをあの仏頂面の鎧冒険者、リグアルドにしているが、今日まで一切なびかれたことがない。
ルーリアの押しが弱いとか、リグアルドの表情筋が死んでるとかではなく、単にリグアルドが鈍感すぎるのだ。
今日初めて顔を合わせたけど、うん、あれはオーラが鈍感オーラだわ。
あいつが恋愛ゲームだったら最高難易度キャラだと思う。
いや、やったことないけど。
「まあ、しょうがないよねえ。リグアルドは重度のブラコンなんだから」
「ま、まああんなに立派なお兄さんがいるんだもん、ブラコンなのも仕方ないよ~」
そう、リグアルドはドがつくほどのブラコンなのだ。
本人にその自覚は無いかもしれないが、ことある事に兄上兄上である。
怖いくらいに。
そうなった理由は、凡人な自分と比べるまでもなく、圧倒的剣の才能を持つ天才の兄がかっこよ過ぎたから。
周りからことある事に賞賛を受ける兄を見て育ったリグアルドは、そんな兄を一切妬みもせず、純粋に憧れて目指して成長した。
おかげで天才の兄ばかり見て、なんでも兄と比較する鈍感凡人のため、今まで泣かされた女は何人もいる。
主に意識されなさすぎて、あまりの鈍感っぷりに折れて泣く子だ。
哀れとしかいいようがない。
「でもルーリアは、そんなブラコンなリグアルドに惚れちゃったんだから、もうどうしようもないよねぇー」
「か、返す言葉もございません……」
その優秀な兄のせいで、ルーリアはリグアルドと友達以上の関係に全くなれないが、惚れた理由も、その天才の兄を目指して一心不乱に努力するリグアルドがかっこよかったから、というのだから、どうしようもない三角形である。
兄がいなければルーリアは振り向いて貰えるかもしれないが、兄がいるからこそルーリアにとってかっこいいリグアルドであり続けてくれる。
「世の中って、どうしようもなく循環してるなぁ」
「何度そう思ったことか……。でも、あの真っ直ぐな目が本当にかっこよくって、やっぱり目が離せないんだよ~」
「ゲロ甘ー。こいつはゲロ甘案件ですわー」
流石、唯一リグアルドを諦めることなく、ずっとそばで振り向かせようと万年片想いしてるだけのことはある。
ゲロ甘いです。
すごく甘いです。
「んでなに、リグアルド自慢をしに来たのかお前は」
「ああ、違うよ~。ていうか、その言い方だとリグアルドは私のものみたいじゃない~。まだそんなんじゃないよ~」
「予定はあるのかよ恐ろしい」
おっとり可愛い系の顔をしてるくせして肉食タイプみたいなことを言いおる。
万年片想いは伊達じゃないね!
「その、レイちゃんは一応神様なんだよね?」
「おいこら一応って言うな。今は仮の肉体だけど、現在進行形だ! 訂正しろ!」
「あうあう~、ごめんなさい~。信じてるから頭グリグリしないで~」
「ふん、当たり前っ」
まったく失礼な。
私だって神なんだから、それを一応とか言われたくないものだよ。
『いや、その割には全然神らしくないことばっかりしてますよね? 現在進行形で』
お黙りなさい。
私が私らしくさえあれば、それこそが私という神のあり方なのです。
『最もな事言ってるようですが、怠惰の神なんですよねえ……』
気にしたら爆発します。
「で、だったらなんなのさ」
「その、神様なら色々知ってそうだから、何か恋愛のアドバイスとか貰えないかなぁ、と」
「出会って半日の相手に、しかも夜にそんなことを聞くかい、普通?」
「うーん、なんていうか、レイちゃんにはずっと見られていたからなのか、何故か一緒にいて安心感あるんだよね~。その、警戒心持ちにくいっていうか、簡単に気を許せちゃうみたいな」
「ルーリアがチョロすぎるだけなんじゃないの?」
「もうっ、リグアルド以外に惚れたことなんてないよっ」
「違うそうじゃない。いや、それはいい。そんなことは分かりきっている」
うーむ、ルーリアがチョロいだけなのか、単に私自身が世間的に見たらそういう性格してんのか、分からないなあ。
でも似たようなことは何度か言われたことがあるから、もしかしたら私はそういう存在なのかもしれない。
まあ、それって私にとっては都合がいいよね。
相手が警戒心を解いても、こっちは警戒し続けて、相手が敵になる場合はボロを出すのを待てばいいだけなんだから。
『なんて打算的な好かれ屋』
何かと警戒心を持っていて損は無いでしょ。
いつだって冷静に対処出来るようにね。
「それで、恋愛のアドバイスを聞きに来たって?」
「う、うん」
「別に明日でも良かったんじゃ?」
「今日何か参考になることを聞けたら、寝る時に考えて、明日から実行しようかな~みたいな?」
「魔法の研鑽をするくらい熱心だなあ。というか、恋愛には無縁な私に聞くかなあ」
「確かにレイちゃんって色恋には無縁な感じするけど、でもだからこそ見えることがあるかなあって。あと、私のことを知ってるなら、ぴったりなアドバイスが貰えるかと思ったから」
「そりゃまあ、ルーリア達のめんどくさい関係もきっちり理解してるけど、ねえ」
だからこそアドバイスとかも面倒くさいんですけど、とは言わない。
万年片思いと超ド級のにぶちんの恋に、一体どんなアドバイスをしろと。
頭痛くなるくらいにめんどいんですけど。
……でもまあ、誰かに見てもらいたい、認めてもらいたい、愛されたいって気持ちは、恋愛とは無縁な私でもほんの少しは理解出来る。
そういう所がいいなと思って、ずっと観察していたってのもあるし。
勿論、一番は見ててゲロ甘でも面白いからだけど。
もう少し進展持たせるために、アドバイスくらいしてやるか。
「そうだな……、まずさ、ルーリアはどんな風に愛されたいのさ」
「ふぇ? え、ええっとー」
「思いっきり甘々ラブラブになりたいの?それとも、お互いにお互いの背中を支え合うような、最高のパートナーになりたいの? それか、自己満足で想いを伝えるだけ伝えて、どっちつかずの関係を楽しみたいの?」
「そう言われると、そうだなあ。理想としては、二番目、かな。リグアルドとラブラブとか想像出来ないし、かと言って今のままっていうの、ちょっと物足りないし。今よりももっと、女性として、そして私自身のことを意識して欲しいって感じ、かな」
「じゃあ告白だな」
私はズバッと答えた。
対するルーリアは狼狽えた。
「ええっ、そんな単純な」
「何言ってんのさ。今のままじゃ絶対何したって友人止まりだよ? リグアルドはあんなんだから、他の誰かに取られるなんて早々ないと思うけど。それでもルーリア以外の誰かを意識し始めたら、ルーリアのことなんて完全に友達以下で終わるよ」
「うぐっ、一つも否定出来ないのが悲しい」
本当、悲しいかな。
あいつの顔やら性格やらを好きになる女子はそこそこにいるが、どんなに攻めようが色仕掛けしようが、あれはなびくことが全くない。
告白しても、ただの好意の表れかお世辞だと思って、恋愛感情から来るものだとは全く気が付かないというあんぽんたんぶり。
物で釣ろうとしても、リグアルドも一応坊ちゃんで、貧乏貴族でもないので、自分でどうにか出来る。
よって、大抵は女性の方が折れる。
え?
男性?
そんな世界は知らん。
ノータッチ。
「なので、告白して、せめてそこから自分を意識させることをスタートさせようそうしよう」
「うう、言ってることは分かるけど、分かるけど~、出来たらとっくにしてるよ~」
ルーリアは顔を両手で覆った。
そう、極めつけはこいつの肝心なところでのヘタレっぷり。
もう少しルーリアに勇気というものがあったなら、まだ進展があっただろうに。
にぶちんとヘタレの恋はどこまで面倒くさいんだ。
うーん、まあ、これも暇潰しのお遊びの一貫として、面倒を見てやってもいいかなあ。
「はあ、よしわかった。これからしばらくは一緒にいるだろうし、面白可笑しく面倒を見てあげるよ」
「へっ? それって……」
「ルーリアの恋の行方を見守ってあげるって言ってんの。この世界最高の神がそばで見守って、助け舟も出してあげるって言ってるんだよ? 大船に乗った気分で……いや、小舟程度に乗った気分で頑張りたまえよ」
「そこは大船って言って欲しかったなあ……」
「いやだって、私は色恋の知識がちょこっとはあっても、経験は一切無いし。第一お前達の恋は何一つ安心出来ない。見守ってるこっちが一番もどかしくなるくらいだもん」
「ごもっともです……」
「よし、じゃあ明日からは魔法と恋愛講座を始めるとしよう。決定ね。そんなわけで、私は寝る」
私はベッドにぽふっとくるまって、ルーリアにしっしっと手を振る。
一応これでも子供肉体なのだ。
今まではデイリーオールナイトだったが、人間の肉体の時は早寝早起きだ。
ルーリアもそれに気がついたようで、ベッドから離れる。
「ああ、ごめんね。寝るの邪魔しちゃったよね。話、聞いてくれてありがとうね」
「いいってことよー。私は気が乗れば面倒見がいい女神様だからね。あと、ルーリア達のためというより、自分の暇潰しのためでもあるし」
「ふふっ、それでもありがとう。それじゃあ、お休み」
「おやすみー」
ルーリアが部屋から出ていく。
私は髪飾りとSのペンダントをベッドの横に置く。
確か、この程度の距離なら効果あるんだよね。
『ええ、でないと寝にくいですし、封印したままにしなければ体に不可がかかりますからね』
うむ、ならばよし。
それじゃ、Sもお休みー。
『ええ、お休みなさい』
私は目を閉じて、眠りにつく。
ああ、なにかした後は、疲れできちんと眠れるものだなあ。
普段眠らなくてもいいといっても、やっぱり気分的に眠りたくなるのもあるし。
それに、意外と不安かと思ったけど、近くでウレク達が待機してるって分かっているからか、安心して眠りにつける。
……それでも、眠りにつきにくかったけど、それでも良かったあの頃の方が楽しかったなんて思うのは、過去を美化しすぎって言うのかな。
あー、もー、こんなセンチメンタルな私は私らしくない。
きっと疲れてるからに違いない。
よし寝よう。
そして、明日も、私にとっては短い期間の日常を楽しもう。
それで、そうだな。
帰った時には、楽しい一時の思い出話として、君に聞かせてあげよう。
私が好きなように生きる予定の冒険譚を。
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『今回は休憩』
レイ←寝る時は即睡眠、起きる時は即起床。しかし疲れやストレスがあると寝起きが悪い。時折夢というか自分の思い出に沈む。
ルーリア←ほんの少し微睡んだ後、ぐっすり眠る。夢の中でフォルと話す。
S←本気で暇な時は意識を閉じる(レイがいない時など)
そんなわけで、早くも1章本編終了。
残りはあと6話ほど小話が(長いけど小話)
ルーリアの夢についてはそちらでどうぞ。




