11 神と宿屋と夕飯
その後フォルは「ではワタクシはこれで失礼するですのー」と言って、念話をぷっつりと切った。
本当に必要な瞬間だけ、顔、は出てなかったけど声だけだして帰ってったな。
え?
ババアの説明?
ババアはババアです。
私を子供扱いするからババアでいいのです。
あんなんでも諜報とかには色々向いてて、他のところの神々の情報などを集めてくれる優秀な奴ってこと以外はどうでもいい。
あ、いや、『幸運の女神』っていうのはどうでも良くないね。
奴は『運調節』の能力者だ。
その能力は中々に高性能で、自分や他人、また状況や世界の運を操作するという、トンデモ能力。
だから諜報活動時には欲しい情報を手に入れることが出来て、結構有能なのだ。
これこれこういう状況に遭遇して覗きたいって時に、バッチリ覗けるという感じだ。
え?
幸運の使い方間違ってる?
いやいや、自分の望む状況に運良く遭遇出来る確率を上げるって、地味でも結構便利よ?
さっきのも、面白そうな展開にバッチリ出会いたいと望んで自らの遭遇運を操作したから、あんなにタイミングが良かったのだろう。
運を好きに操作出来るっていうのは、ある意味最強だ。
といっても、幸運であって確実ではないから、外れる時は外れる。
だが、百パーセントにならずとも、ほぼそれに近い幸運になれるので、とても強い。
ガチャの時とかほぼ確実に欲しいものが引けるからね。
ゲーマーが大金叩いて血涙流して呼びたがるだろなあ。
え?
だから幸運の使い方が違うって?
いや、こんなもんじゃないかなあ。
『いや、生存確率を上げるっていうのが、一番重要なのでは』
ま、それはあるね。
どんな状況下でも、運良く怪我をしない、運良く死なないってのは、相手からすれば相当厄介だろうからね。
だからこそ、私としても危険な存在だ。
いつ私の運を操作されるか分かったもんじゃないし、こっちが処分したい時に出来ない可能性が高い。
なので、なるべく諜報活動をさせて、私の側に置かないようにしている。
でもあんまり働かせすぎなのも可哀想だから、程よい娯楽兼この世界の観察が出来るようにもしている。
それが、ルーリアの持つ〈精霊の目〉。
このユニークスキルを通じて、人間との交流と世界の観察が出来るようにするというもの。
神が世界を覗き見するためだけに作られた、まあなんとも言えないユニークスキルだ。
スキルの力だって大したことないし。
《精霊の目:本来は視覚することの出来ない魔素や魔法式などを視覚化出来る。またそれらを操作する力を上昇させる》
要は〈魔力感知〉と〈術式感知〉をほぼレベル10の状態で発動出来て、〈魔力操作〉や魔法構築能力を強化するという、魔法使い達からすればそこそこに重宝されるスキルだ。
でも、結局基礎の強化だ。
それも普通に重要なことだが、魔法の発動自体を大きく強化するわけではない。
「だから、ルーリアの実力は、間違いなくルーリアのものだよ」
私はルーリアに、あのババアについて話せる事と、ルーリアの持つユニークスキルについて説明してやった。
私達がいるのは宿屋『木漏れ日亭』。
ルーリアの取っていた部屋から出て、今は一階の食堂で夕食にしている。
む、メインのパイも美味しい。
クレープに続いて久々の外のご飯だわー。
組織のも普通に美味しいけど、あそこは何かと栄養バランス重視の食事で、質素な感じあるしねー。
勿論子供たちに満足してもらえるように、子供に媚びた料理もいっぱいあるけど、こういうこっちの大陸の普通の宿屋の食事ってのもいい。
あと、私が食事するっていうと、何かとシェフ達が張り切るし。
もうちょいみんなと同じのでいいっすわー。
食感覚については庶民と同じなんだからさぁ。
神って魔力を生命エネルギーに変換しちゃえば、食事の必要が無いから、ついつい取るのを忘れるんだよね。
そして取った栄養やエネルギーは余すことなく自分のモノに出来る。
ようはトイレがいらない理想アイドル。
素晴らしき肉体構造。
ルーリアはフォークで上品にパイを口に含みながら、ふーんと言った。
「そっか〜。でもまあ、基礎力を上昇させられてるっていうのは便利だよね〜。このスキルがあったから今の実力があることも、やっぱり否定出来ないよ〜」
「でも、そのユニークスキルはとうにルーリアのもの。だったら、それらも全部ひっくるめて自分の実力って思えばいいじゃん。面倒なことは考えずにさ」
この世界じゃスキルも含めて実力なんだから、変に切り離して考える方が不自然っしょ。
「まあ、それもそうだね〜。どうせこれからもずっとこのスキルはあるんだから、上手く扱ったほうがお得だね〜」
「そーそー、使えるものはとことん使わなきゃ損だよ損」
「なんか、神様にそう言われちゃうと、不思議と納得出来ちゃうね〜」
「まあ神ですから。でも、一応軽く口封じの術はかけたけど、あんまり神とかそういうことは言わないでよね」
「分かってるよ〜。あ、この果物ヨーグル美味しいね〜」
ヨーグルとは、まんまヨーグルトのことだ。
元のタネさえあれば、じゃんじゃん作れるし、色んなジャムとかシロップに合うので、デザートとかには丁度いい。
うむ、確かにこれも美味。
ここの宿屋は結構料理に力を入れてると見た。
「にしても、神様と通信が出来るスキルだから、実は何か凄い役割が隠されてるものだと思ってたけど、まさか暇つぶしのためのものとはね〜」
「んなただのお嬢様如きにデカい役割なんて与えるわけないでしょ。というか、もしそういう役割を与えていたら、フォルじゃなくて私が直接交流持ってるし」
「お嬢様如き……。一応そこそこの侯爵家なんだけどなぁ〜。いやでも、神様には貴族とか関係ないか〜」
そう、ルーリアはお嬢様だ。
アンタリル侯爵家の長女。
そしてとても有名な魔法士の母を持つ、そこそこ力のある家である。
見た目もどこかお嬢様オーラあるしね。
「神にとっちゃ貴族も王族もちゃっちいもの。意味も価値もありゃしないわ。最強の権力と暴力を持ってるからね。この世界のほとんどの奴らは総合的に潰せるよ。まあ面倒だからしないけど」
「ち、ちっちゃいのに恐ろしい……」
「おいこら。一応言っとくけど、これは仮の肉体で、本体じゃないからね。ちっちゃくないからね」
「でもなんだか、小さいと可愛く見えちゃうよね〜」
「むぅぅ」
でもまあ、身体は今更どうしようもないなと思って、水をぐいっと飲み干す。
爽やかな香りの美味しい水だ。
そう思ってコップを置くと、自分の顔に影が落ちた。
「モーレの水、継ぎ足しますねー」
「ありがとうございます」
亜麻色の髪にヘーゼルの瞳の愛らしい看板娘が、木のコップに水を継ぎ足してくれる。
モーレの実は、レモンのような酸味がある果実で、私がそこそこ好きな果物だ。
看板娘にルーリアが話しかける。
「シリカさん、今日もお食事美味しいですね〜」
「ありがとうございます、ルーリアさん。喜んでもらえると母も喜びますよー。……そういえば、こちらの方は?」
シリカと言われた少女が、私に目を向ける。
ルーリアの周囲で見たことない人物だからだろう。
会話の感じからしてそこそこ仲良さそうだし。
ルーリアが「紹介していい?」という感じに首を傾げるので頷いて返す。
別に、今の私はただの子供の駆け出し冒険者なのだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
「こちらはレイチェルちゃん。今日知り合った、駆け出し冒険者なんですよ〜。まだ今日なったばっかりなんだよね〜」
「初めまして、レイチェルと言います」
「ご丁寧にどうも。私はシリカ。この宿屋の看板娘です」
自己紹介をして愛嬌ある笑顔を浮かべる。
うむ、接客業向けのべっぴんさんやね。
「シリカさん接客も料理も上手くて、男性からも女性からも人気なんだよ〜」
「もうルーリアさんってば。そこまでのものじゃないですよー。大体、ルーリアさんの方が人気じゃないですか」
「ええー、そうですかね〜」
「そうだよ。ルーリアは普通に人気者だよ。……まあ割とほとんどの奴は、ある一部分を見てそうだけど」
私はルーリアの豊かな実を見る。
シリカも釣られて視線を移し、納得の声を上げた。
ルーリアがバッと胸を隠す。
「も〜! からかわないでよ!」
「いや、確かにそこに目がいってる人は多いですよね。勿論、ルーリアさんは他にもいい所沢山あると思ってますけど、やっぱり、ねえ……」
そう言ってシリカが自分の胸を暗い目で触った。
いや、ルーリアと比べちゃいかんだろ。
ちょっとルーリアよりかは慎ましい感じかもしれないが、それでも程よいと思うぞ、うん。
ルーリアがいけないのです。
そのたわわな実がいけないのです。
「……だらしなおっぱい」
「今物凄く不穏なあだ名が聞こえたんだけど!?」
「……ほ、豊満な果実」
「シ、シリカさん便乗しちゃダメですから! レイちゃん変なこと言わないでよ〜!」
ルーリアがぷりぷりと愛らしく怒る。
その胸を揺らしながら。
……うむ、流石に可哀想になってきたから、胸についていじるのはここまでにしてやろう。
でもさー、やっぱり天才魔法士で巨乳美少女お嬢様とか、なにそれキャラ詰めすぎじゃない?
……もぐ機会があったらちょっぴりもいどこう。
「でもまあ、若いのに冒険者だなんて凄いですね。うちの弟みたい」
「セルト君は今十四でしたっけ? あれ、そういえば、レイちゃんはいくつ?」
「十二歳だよ」
「おお、うちの弟と冒険者になった年齢が一緒だ」
「セルト君も中々頑張ってますよね〜。あの子を見てると、私ももっと頑張らなきゃな〜って思いますよ〜」
「どちらかというと、冒険者よりも、ちゃんと家の仕事を優先して欲しいんですけどねー。やっぱ男の子は冒険に憧れちゃう生き物なんですかね」
「ふふ、そう言いつつシリカさん、結局冒険者としてやってくの許してますし、ただセルト君が心配なだけなんですよね〜」
「べっ、べつにあんな冒険馬鹿知りませんよ! 冒険者許してるのも、おじいちゃんが許可出したからですし。ま、まあ、家族として心配はしますけどね」
「いいお姉さんなんですね」
「レイチェルさんまでなんですかー、もぅ」
「セルト君はいいお姉さんを持ったねぇ〜」
「もう、ごゆっくりどうぞー」
そのままむくれてシリカは他の客のところへ水を継ぎ足しに行ってしまった。
いい看板娘だ。
この宿に客が多いのもわかる気がする。
「この宿に泊まってもいいかもねー。食事も美味しいし」
「え、泊まるつもりじゃなかったの?」
「だってここそこそこ値段するじゃん。ルーリアと違って私は今日冒険者始めたばっかりなんだよ?」
「でも山猫倒したから、そこそこ余裕あるんじゃないの〜?」
「ずっとここに泊まるのはねぇ……」
今日の儲けはゴブリンとウルフと山猫で、計三万千リル。
山猫を倒したおかげで、そこそこに稼げた。
が、ここの宿屋は六千リル。
毎日山猫を倒すのはまだ辛い、無理、嫌のアンハッピーセットなので、明日からは安く不安定な収入になる。
薬草採集クエストをこなしながら魔物を倒せばそこそこに稼げるとは思うけど、それでも毎日六千リル払うのは辛くない?
「私が授業料の四千リル早速払うから〜。なんなら毎日の宿代の全額払ってあげてもいいから〜」
「わーわーわー、肩を揺らすな肩を。いくらなんでも全額負担はやだよ。何が悲しくてお前のヒモにならにゃいかんのだ。私は脱ヒキニートをするんだ!」
『マスターから真っ当な発言が!』
お前は黙っとれ!
「私の隣の部屋まだ空いてるらしいから取ろうよ〜。一緒に過ごそうよ〜」
「わかったお前寂しいのか。寂しいんだろ。分かったよ、分かりましたよ。優しい私が一緒にいてあげようじゃないかぁ! ここの料理も美味しいし。だから揺らすのをやめんちゃーい!」
「本当に? やった〜! ありがとう〜」
ああ、地味に出費がかさんでしまった。
でもまあ、いい宿屋っぽいし、別にいいか。
ちょっと本気出して狩りすれば余裕で行けるっしょ。
「「ごちそうさま」」
その後二人共料理を食べ終わる。
うむ、中々に美味しかった。
チップを払ってやりたいくらいだ。
「それじゃあ、これから一緒にお風呂に入ろっか!」
おおっとぉ、さっそくもいでやる時間ですね分かりますん。
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『以下の用語とその解説が追加されました』
「人物:人族:シリカ・クリム」
宿屋木漏れ日亭の長女で看板娘。
特徴:亜麻色の髪にヘーゼル色の目の少女。
愛嬌があり、いつも笑顔で客を迎えている。
人気者の娘だが、友人のように思ってる常連のルーリアを見る度、少しだけ胸に悩む。
補足:何故人間というものは何かと胸を気にするのか、肉体すら持たぬ当機にはよく分かりませんね。
「場所:宿屋:木漏れ日亭」
一泊六千リルの、食事が美味しい、看板娘が美人、風呂がいいと三点揃った人気の宿屋。
特徴:看板娘はシリカで、調理はその母が担当し、受付担当は祖母である。
男組は木製の食器を作ったり、また食材にする獣を狩ってきたりする。
補足:家族全員一致団結して経営する宿屋、温かく雰囲気がいいですよね。
フォル「なにか色々とディスられた気がするですのー」
S『気の所為ですよ、気の所為』
別にレイはフォルが嫌いではないのだが、基本的に反抗期の子供みたいな対応をしている。




