10 神とババアと秘密の共有
さて、さてさて、さーてさて。
どうしたものか。
うん、どうしたものか。
「それじゃあ、レイチェルちゃんのこと、教えてくれないかな?」
怖いくらいのニッコリ顔で、私と並んでベッドに腰掛けるルーリア。
その顔は知りたい知りたいと、好奇心で満ち溢れていた。
こいつ、一応マナーとか弁える奴ではあるけど、それでも時折、好奇心というか探究心が勝ってしまって、自重を捨てて知りたいオーラ出すような奴だからなぁ。
そのキラキラした目で見ないでくれ。
というか本当にキラキラしてない?
まさかずっとスキル発動して見てるの?
見んな見んな!
ちなみにここは宿屋『木漏れ日亭』。
朝食と夕食がついて六千リルという、この世界ではほどほどの値段がする宿屋だ。
冒険者には結構人気らしいが、稼ぎの少ない冒険者はあまり来ないらしい。
そりゃあ大抵は他の人もいる場所で雑魚寝する安宿か、部屋があるだけの部屋だろうからね。
で、ルーリアがそこに泊まっており、自分がとっている部屋で話がしたいと言ってきた。
ので、その部屋のベッドで話をすることになったのだが、逃げ場を無くされてる感じで怖い。
素直に怖い。
「うん、とりあえず、その目のスキルをオフしてくれますか? すごく落ち着かないんですけど」
「えっ、なんで分かったの?」
「いや分かりますよ」
やっぱりか。
というか私の目を誤魔化せるわけがないんですが。
誰がそのスキル作ったと思ってん。
「まあずっと見ちゃうのも失礼だもんね。ごめんね、今抑えるよ」
そして目を閉じ、再び開けると、ルーリアの目はいつも通りのエメラルドグリーンになっていた。
うむ、よろしい。
……改めて見ると美少女だな。
金髪ウェーブロングに碧眼の、どこか気品を感じる愛らしい顔。
そして出るところはローブごしでも出てると分かるわがままボディ。
可愛いと言わない男はいないだろうと言わんばかりに、正真正銘の美少女だった。
いつも遠目の視点からしか見てなかったけど、改めて見てみると本当にお嬢様らしい美少女だと思った。
「それで、君は一体何者なのかな? 異常な魔力保有量に、奇抜な魔法の使い方。君ぐらいの歳じゃ、やっぱり詰め込める知識とか技術に限界があると思うんだよね。まあ、これは私が好奇心で聞いているだけだから、勿論誰かにバラしたりもしないよ。本当に答えたくないなら答えなくてもいいけど」
答えなくてもいいとは言っているが、答えなったら思いっきりしょんぼりして、その後諦めきれずに遠目からずっと観察するタイプな気がしてしょうがない。
普段だったらそこまでいかないかもしれないけど、今回のこいつの食いつきようは、私が過去観察していた時のなかでも一番である。
見られるんじゃなかった。
もう少し人目に気をつければ良かった。
あんな手抜き戦闘せずに、とっとと魔法でぶっ飛ばしておけば、こいつの興味をこんなに引くこともなかったのに。
弱いフリするのも大変なもんだ。
はあ、もう現実逃避はやめて、覚悟を決めるか。
こいつはそういう奴じゃないと分かっていても、下手に嗅ぎ回ったりされる危険がある。
まあそういう面倒臭そうなものは全部組織側に任せてるけど。
でもまあ、ある程度そういう存在を知っているから、いっそ白状してしまった方がいいかもしれない。
だからこそ、話をちゃんとするために、ルーリアの泊まっている宿の一室で二人きりになったのだから。
そしてすぐ近くで待機してるだろうあいつらにも、すでに念の為の防音の結界を張ってもらってるので、外に漏れる心配もない。
……じゃあ、うん、話すかー。
「じゃあ分かった。正体を明かしてあげるよ」
私は髪飾りを外して、猫被りもやめて、堰き止められていた魔力を解放する。
勿論、魔力も結界で外にもれ出ないようにはなっている。
こちらを凝視するルーリアは、スキルを使ってなかったとしても、長年魔力を扱ってきた身として私の持つ魔力は分かるだろう。
果たして予想通り、ルーリアの目は大きく見開かれていた。
「私の本当の名はレイ。そして、人族じゃない。真の正体は、この世界の神が一人、最高位神のレイだよ」
ハッキリと、そう明かした。
神オーラを出しながら、正体を表した私に対して、ルーリアがとった表情は、
「……」
無、だった。
完全に無表情、というか、真顔だった。
「おいこらなんかいいなよ」
思わずつついてしまった。
この私が正体明かしてやったってのに、無ってどうよ。
せめて喜ぶか恐怖しなさいよ。
無反応って逆に傷つくんですけど。
「あー……、いや、その、流石に信じらんないな〜、と」
「わざわざ封印解いてあげたのに!? そっちがダメージ受けないように丁寧に抑えながら私の力の片鱗見せてあげたのに!? なにそれ意味無いじゃん! 私の親切心を返せ!」
ムスッとなって髪飾りを髪に戻した。
途端、周囲に漂っていた魔力も全て抑えられた。
するとルーリアは慌てた様子を見せる。
「ああ待って! お願い今のもう一度見せて! 信じられないっていうのも多少あるけど、突然の大量の魔力に気圧されちゃっただけなの! もう一度、もう一度お願いします!」
「なにさ信じてないくせに図々しい! 私の魔力保有量を、たとえ片鱗だけでもそう何度も見せてたまるか!」
「信じるのでお願いしますもう一度! 今のとっても綺麗な魔力制御と魔力の流動を見せて下さい! お願い見せて!」
「だー分かった分かった! 分かったから掴みかからないで!」
怖い怖い!
目が怖い!
あんれー、こいつこんなキャラだったっけ。
あれか、感動したものとか興味深いものの前では自重しなくなるタイプか。
め、めんどくせー。
私は渋々、もう一度封印を解いてやった。
「わぁ……」
ルーリアがスキルを発動してキラキラした目で、陶酔するように見てくる。
その頬は興奮で僅かに色付き、その目は私の魔力の流れを芸術作品でも見るように熱を帯びていた。
いやあの、そんな風にマジマジと見られると本当に恥ずかしい。
そんな感無量に見つめないでほしい。
「はい終わり! 観察タイム終了!」
私は耐えきれなくなって封印を着ける。
「ああ、そんなぁ〜」
「こっちにも身体の負担ってのがあるんだから、しょうがないでしょ」
「そっか〜。ならしょうがないですね〜」
そう、魔力を封じているのはチートレベルの魔力封じとシステム的にバグらないようにというのともう一つ、身体への負担を無くすためというのがある。
神の肉体であれば、この位の魔力、どうってことない。
むしろ魔力を多く保有するため、多大な魔力に耐えられるように元々頑丈に出来ている。
だが人間の体はそうもいかない。
魔力を多く保持し、そして頻繁に行使することを想定した作りにはなっていない。
そりゃ多少はこの肉体も、私の魂を受け止められるように頑丈にはなってるが、それでも全部は受け止めきれない。
私の本来の魔力の一割も受けきれないと思う。
だから魔力のほとんど封印している。
「そんなわけで、神だからあんな魔法の扱いも出来るし、こんな魔力保有量だし、そしてお前の持つ〈精霊の目〉にも不思議なのものに見えた。これで納得した?」
「え、どうして私のユニークスキルを知ってるんですか?」
「だってあれ私があげたやつだもん」
「ええ? これはフォルトゥーネ様が、私に生まれた時に授けてくれたものでは?」
「『はいはーい、呼ばれて飛び出さないけどぽぽぽぽーん。フォルトゥーネことフォルでございまーすのー』」
突然、私と恐らくルーリアの脳内に声が響いた。
なんというタイミング。
「この声は、フォ、フォル様!?」
「うわ出やがったなババア」
「『こらこらー、女の子がババアとか言っちゃいけませんのよー』」
「私を未だに子供扱いするやつはババアで十分」
「『相変わらず反抗期な対応も可愛いですのー』」
「そういう風に言うから腹立つんだよ!」
「え? え? なんで聞こえてるの?というかお知り合いなんですか?」
ルーリアが混乱してる。
うんまあ、お知り合いだよなあ。
お知り合いどころか、上司と部下?
頭に響くおっとりした感じの女性の声。
その念話主の正体は、女神フォルトゥーネ。
こいつもまた神である。
私よりも少し古めの、この世界にいる神の一人で、中位の神だ。
恐らく、宇宙のどこかから干渉してるのだろう。
もしかしたら今星にいるのかもしれないけど、今の私には相手の現在地の特定も出来ない。
まあ、うむ、覗き見盗聴してたなら丁度いいや。
「よしババア、説明を任せた。まだあんまり信じられてないみたいだからね」
「『ええー、ワタクシがするですのー? そもそも、この子にバラしてもいいんですのー?』」
「変に嗅ぎ回られたりするよりかは、ハッキリ正体明かして、きちんと口封じしてやった方がいいと思って」
適材適所。
決して他力本願とか面倒だからとかではありません。
この二人の方が昔からの仲でお互いの言葉を信用出来るような関係だと知ってるから投げるのです。
フォルは仕方ないと言うようにため息をつく。
「『まあ貴女がいいならいいですのー。それじゃあ、ルーリア?』」
「は、はいっ」
フォルが声をかけると、ルーリアは一気に緊張する。
仲がいいと言っても人間と神だ。
神の改まった話に緊張するのは当たり前だろう。
フォルはゆっくりと説明をした。
「『よーく聞いてくださいですのー。今貴女の目の前にいる、幼い人間の姿をとっているそのお方。その方がこの世界にいる神達の総まとめ役にして、最高位神の一人として名を連ねる者。私のご主人様でもある、レイという神様なんですのー』」
「いえーい、ぱちぱちー」
「『……貴女様がそんな感じだから、信じてもらえないんじゃないですのー?』」
「乗ってあげたのに酷いなー。というか、いつご主人になってあげたっけ? 上司の間違いじゃない?」
「『ええー? ワタクシのご主人様みたいなものじゃないんですのー? それとも、可愛い愛娘のようなものと言えば良かったですのー?』」
「いや、やっぱご主人様でいいわ」
なった覚えがないが、本人がなってくれというのなら仕方ない。
こんなへろへろーっとした奴だが、結構優秀だし。
ルーリアがフォルという、信頼出来る相手から事実を言われ、ようやく事実だと飲み込んだのかオロオロと困惑した表情を見せる。
「じゃ、じゃあ、レイチェルちゃん、いや、レイ様は本当に神様なんですか?」
「『それもトップクラスの神ですのー』」
「そ、そんな神様がどうして人間の姿になって、しかも冒険者になってるんですか? まさか、近々この辺りで何かが起きるとか?」
ルーリアが不安そうな顔でそう聞いてくる。
私は首を傾げて事実を伝えた。
「いや、暇つぶしだよ?」
「……え?」
「いやだから、私の趣味という名の暇つぶしだよ? 深い意味とかないから、悩むだけ無駄だけど?」
「…………え?」
ルーリアがコテン、と首を傾けた。
そんな動作も無駄に愛らしいなと思っていると、フォルがため息つきつつ追い打ちをかけだ。
「『ルーリア、この方本気ですのー。本気でアホなこと言ってるですのー』」
「アホって言わないでよ、失礼な。私は至って真面目だもん」
人が大真面目に答えてやったというのに、失礼な奴らだ。
「『でも、本当に暇潰しだけなんですの? ワタクシ、それだけじゃないと思っているんですの。……あ、今は貴女にだけ話しかけてますのー。だから、この質問には脳内で返答してもらえれば大丈夫ですのー』」
ちっ、意外と鋭いやつめ。
「『……まあ、ちょっとはかっこよくなるため、って言うのもあるかな。いつもの目線とは変わった目線で、強さってもんを身につけていと思ってさ』」
「『あら、あらあらあらー。それはもしかして、あのお方のためですの? それはそれは、青春ですのー』」
るっさいわい。
若者の青春を横目で楽しむおばちゃんめ。
「『というか私って青春って年齢なのかな?いやババアではないけども』」
「『ワタクシから見れば、貴女なんて可愛い子供ですのー。実力ではなく、精神的に、ね』」
「『めっちゃ上からで腹立つわー。これだからお前とは仲良くなれる気が未だにしない』」
「『ええー、ショックですのー』」
「『そんなことより、ルーリアが混乱して固まってるんだけど。オトモダチでしょ?どうにかしてよ』」
ルーリアは未だに頭にハテナを大量に浮かべながら放心していた。
「『ほーら、ルーリア、いつまでも暇つぶしって言葉を脳内でリフレインさせてるんじゃないですのー。もうそのままの言葉として受け入れるですのー』」
「……っは。えっと、いや、だって、普通神様が人間の近くにいるって、何か大事かと思っちゃうじゃありませんか。それが、暇潰しなんて……」
「ルーリア、知らないかもしれないけど、結構この世界の神達は意味もなく人間世界に入り浸ってるよ?」
「……天界で神の暮らしを送ってるとかでは?」
「『一度もそんなこと言った覚えないですのー。特別な空間で暮らしてると言っただけですのー』」
「天界なんてないね。みんなそれぞれの神殿で暮らしてるよ。まあ私やフォルとかの一部の神には神殿ないけど」
「『私達はこちらでは知られてないから、仕方ないですのー。でも山小屋は持ってますのー』」
「神様なのに山小屋住居!?」
「『昔から山小屋に住むのが好きなんですのー』」
「そんなんだから昔に魔女とか言われるんでしょ」
「『でも間違ってはないですのー。ワタクシは媒介品を用いた魔術も得意ですのでー』」
「そういやそうだったね」
「あれ、目の前で私の神様達へのイメージが崩れてく音が……」
「知識の広がる音だよ。勉強になったね」
「夢の崩れる音まで聞きたくなかったなぁ……」
乾いた笑いを上げるルーリア。
なに、神なんてそんなもんさ。
というか、人間って何かと神って存在に夢を抱きすぎだよねー。
魔力と魔術を抜いてしまえば、ほとんどただの人間と変わらないのに。
噂や伝説は誇張されるってね。
「さて、と。そんなわけで私の正体を明かしたわけだが」
「……ま、まさか口封じに神隠しにあうとか?」
「神だけに神隠しってのはナンセンス。私は誘拐なんてしま……せんよ、うん」
「え、なんですか今の間」
「気のせい。言い淀んだなんて気のせい気のせい」
うん、転生させたり頼まれたり頼まれなかったりでこっちの世界に呼び込むってのは多分誘拐じゃない。
向こうの神の許可ももらってるから問題なし。
私、誘拐犯ちゃうねん。
『誘拐まがいのことはしてますよね』
神に人間の法が通じると思うなよ!
『言い切った!』
私は悪くねぇ。
で、ルーリアだな、うん。
「で、ルーリアに関してだけど」
「う、うん……」
「まあ、特に何も無いね」
「へっ……?」
またも間抜け顔を晒すルーリア。
そんなに変なことを言ったかね?
それとも聞こえなかったかな?
「だから、特にないって」
「えっと、口封じに恐ろしいことするとか、契約魔法で縛るとかは?」
「ああ、勿論契約はさせてもらうよ?でも私が神だってことを誰にもバラしたりしなければ、他は特に言うことないね。バレるような素振りもダメね」
バラされなければどうでもいい。
どんな妄想膨らまそうが無関係でいようがどうでもいい。
予想よりアッサリした答えだったのか、ルーリアは訝しげな目で見る。
「……トップレベルの神様なんですよね?それだけでいいんですか?」
「気にしないで。どうせこっちじゃ名前すら伏せてる存在だもん。もしバレても誰も信じないだろうし。まあ口封じの術はかけるから、フォルと同じで、気軽に考えていいよ。なんならタメでもおーけー。特別に許してしんぜよう」
私ってば超優しいね!
しかし甘々対応してあげたら、何故かルーリアが完全にポカーンとしてしまった。
というか、何されると思ったんだろう。
別に口封じの術かければどうでも良くないか?
「『ルーリアー、本当に何かしたりなんてしないですのー。ワタクシと同じ対応で良いと思いますのー。むしろ、タメでもいいと言ってるのですから、仲良しになった方がお得かもですのー』」
「んな打算的な。煽てても仲良くなっても何も出ないよ?」
「そんな、神様と友達だなんて、なんだか恐れ多いですよ」
「いやいや、友達だなんて、ねえ? 精々子分で十分じゃない?」
「こ、子分……」
「もし希望するなら、弟子にしてあげてもいいよ?」
「それって魔法を教えてくれるってこと!?」
おう近い近い。
顔が近いぞ美少女。
食いつきいいなー。
ビビるやん。
私は牽制するようにピッと指を立てる。
「ただし授業料を払ってもらおう。神の魔法講座は安くないぞー」
「払う払う! だから教えてくださいお願いします!」
「じゃあ一講座四千リルで」
「えっ安い!? すごく安いよ!? ここの宿代六千リルより安いよ!」
安いのかな?
いやまあ、神が教える一番いい方法なら、安いもんか。
これ教わるだけで人間なら確実に強くなれるんだし。
「神としての金儲けはあんまりしたくないからねー。どちらかというとちゃんとコツコツと人間としてお金を稼ぎたい。そして冒険者として稼いだお金で人間生活していきたい」
「真面目だ!? この神様凄く真面目だ!?」
ルーリアってば、おっとりキャラだったはずなのに、すっかりツッコミ役に嵌っておる。
やはりツッコミ役がいるのは何か安心するな。
『当機というツッコミ役もお忘れなく』
いや、お前はたまにボケるじゃん。
結構頻繁にボケになるじゃん。
こいつみたいに真面目なツッコミじゃないじゃん。
『当機、大ショック』
ほらそういうところだ。
『これさえもボケに入ってしまう悲しみ……。オヨヨのよー』
お前しょげ方が分かりにくすぎるんだよ……。
『濃い感情がありませんからね。ネタに走るしかないんです』
まあ、それもそうか。
人口精霊だし。
「よし、じゃあこれからよろしく、ルーリア」
私はルーリアの肩をポンポンと叩く。
ルーリアは頭を下げた。
「じゃあ、よろしくお願いします、お師匠様」
「それはやめようか。色々よろしくない」
「じゃあ、なんて呼べばいいですか?」
「……普通にレイチェルかレイでいいよ」
「じゃあ、よろしくね、レイちゃん!」
「『青春万歳ですのー』」
そんなわけで、冒険者一日目、人間の弟子が一人出来ました、まる。
********
『今回は休憩』
レイ「弟子かぁ。いいねぇ、どうやっていじめよっか?」
ルーリア(ゾワッ!)
S『死なない程度にしてあげてくださいね?』
レイ「手加減出来たら、ね(ニッコリ)」
手加減してあげてください。




