表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神は好きに生きるそうです。  作者: 空の宙
3章 雪と氷のお城で遊ぶそうです。
107/115

95 箱庭のお医者さん

 


「はーい。これで大丈夫なの! しばらくはあんまり触ったり、動かしたりしないでねなの! ピィちゃんは天才でも、お薬は万能じゃないから、過信は禁物なの!」


「凄いわ、痛みがあっという間に……。ありがとうございます、ピィさん」


「む! ピィ先生なの!」


「ふふ、そうね。ありがとうございます、ピィ先生」


「うむ! 満足なの!」


 診察室のような、というか、文字通りそこは診察室なのだが、その部屋にピィリィと、腕を折ってしまい包帯を巻いた女性、そして壁際にはディムが佇んでいた。

 女性は診察が終わると立ち上がり、二人にお辞儀をする。


「本当に、ありがとうございます。ピィ先生、ディムさん」


「気にする必要はないのー!」


「そうさ。私達は好きでやっているだけなのだから」


「ええ、ええ、ありがとうございます、本当に」


 女性は少しだけ瞳を潤ませそうになりながら、そんな顔を見せないために部屋から出ていった。

 残されたピィリィはひと仕事終えて一息つき、ディムはピィリィの頭を撫でてやった。


「ありがとう、ピィリィ。彼女が腕を折ってしまったと聞いた時、直ぐに治してあげたかったが、未だに治癒魔術はてんでダメでね」


「別にいいのー。適材適所なのー。そんなことより、あの女の人、()()()()治ってきたみたいで良かったのー」


 ピィリィがそう言うと、ディムも安心したように僅かに微笑みながら頷いた。


「ああ。始めは荒んだ目をしていたが、この調子なら元の世界にもそろそろ帰してやれそうだ」


「そのためにも、ディムは優しくしすぎちゃダメなのー。居心地良くし過ぎると、昔みたいに帰るのを嫌がる人も出るかもなのー」


「分かっているさ。あくまで与えるのはほんの少しの優しさ。それ以上はあの女性同士の交流で回復してもらう。昔から気を付けているさ」


「うんうん。ディム自身も無理しちゃいけないのー」


「無理はしていないさ。私がやりたくてやっているだけなのだから」


 どこか寂しげな表情で笑うディムに、ピィリィもつられて顔を少しだけ暗くする。


「……ごめんね」


「……よしてくれ。君に謝られたら、私は、君は悪くないとしか言えなくなる」


「でも……」


 ピィリィはディムの目をじっと覗き込む。

 ディムは少しだけ、顔を逸らしてしまう。


「でも、ディムは、自分を未だに許そうとしてないの。それに対して、ピィリィがしてあげられること、お礼として返してあげられることが、ほんの少ししかないの。ディムを許してあげることしか、出来ないの。……それがたまに、申し訳なく、て……」


「よしてくれ」


 ディムは、ピィリィのその言葉を聞きたくないと、その悲哀の顔を見たくないと言うように、その小さな体躯を抱きしめた。


「今ここで君が生きてくれている。まだ、私にとっての温もりは残っている。それだけでいい、それだけでいいんだ。……君までその鼓動を止めないでくれ。それだけが、私のお願いだ」


 自分を抱きしめる、大きなその腕が震えるのを見て、ピィリィは抱きしめ返すことしか出来なかった。

 それしか出来ないから、力一杯抱き締めた。

 甘えるように、慰めるように、ここに居ると伝えるように。

 今目の前にいる相手が涙を堪えているのに、自分だけ泣けるわけもなかった。


 しばらくそうした後、ディムはピィリィを離し、いつものように、エセ紳士のような笑みを浮かべた。


「そろそろ、戻ろうか。お客さんも来るみたいだしね」


「うん。……って、お客さん? だあれ?」


 ピィリィが疑問を浮かべるのに対して、ディムはその答えに苦笑いした。


「ほら、君が専属医を務めてる、あの彼だよ」





 凄まじい轟音が、閉ざされた空間に鳴り響く。

 しかし閉ざされてはいれど、永遠に反響することなく、むしろ程よく空間の壁に音が吸収されるため、そこまで鼓膜を破るような音は響いていない。

 それでもその轟音に相応しい衝撃までは完全に緩和しきれず、離れた位置にあるティーテーブルがカタカタと揺れていた。


「ひゃあっっはああーい!」


「うる……さい……」


「まだまだいけるぜえぇい!」


「しずめ……駄犬……」


 その轟音を出していたのは、エグデルとキトリス。

 キトリスは自らの様々な拷問具で、そのクマの濃い眠たそうな顔に似合わない凄まじい連続攻撃を放ち、対するエグデルは、全て素手で応戦していた。

 二人が戦っているのは、五人が共用で使っているリビングのような場所にある、カーペットの外側。

 天井も床も壁も真っ黒な、無限空間でお互いの力を発散させていた。


 リビングのような場所は、明かりがあり、巨大なカーペットがあり、机やらレイを覗き見するテレビもどきやら各個人の部屋の扉などがある。

 だが、カーペットを一歩出れば、そこは最早無限空間。

 結論だけ言ってしまえば、どれだけ殺り合っても被害の出ない空間だ。


 だが被害は出なくても、衝撃やら轟音やらは多少届く。

 そんな中、リビングの端にあるキッチンで何を気にするでもなく、リンゴの皮を一度も途切らせることなく、黙々と蛇状に剥いているカルランは、最早賞賛に値するだろう。

 いくらここの専属シェフとはいえ、慣れが凄すぎやしないだろうか。


「らあいっ!」


「てい……」


 そうしてカルランが無関心でいる間にも、二人の戦いは激化していき、そろそろ決着へと近づいて行く。

 その時、コンコンと扉のノック音が響いた。

 各個人の部屋からではない。

 外界への出入口用の、どこでもドアもどきの扉からだ。

 そのノック音を誰もが気にすることなく無視している間に、扉はガチャりと開く。


「こんにちはー」


「ひゃいっはー!」


「ええっ?」


 普通に挨拶して入ってきたのに、突然キトリスを通り抜けてこちらへ口内の牙を見せながら向かってくる、獣同然に獰猛なエグデルに僅かに驚く来客者。


 が、驚いたのはほんの一瞬。

 目前に来たエグデルの腕を片手で掴み、もう片手をその腹に添え、跳んできた勢いを利用して投げ飛ばす。

 そのまま地面に叩きつけ、腕から手を離した後、腰のポケットから取り出したナイフを投擲した。

 それはエグデルの腹に垂直に投擲し、トドメにそのナイフを踏みつけた。


「ケハッ」


 エグデルは血を吐き、白いメイド服を赤に染め始める。


「ふうっ、いきなり襲いかかって来ないでくれる? ビックリしちゃった」


 その来客者、エシムは、グリグリとナイフを踏みつけながら、やれやれと肩を竦めた。


「クハッ。別に、エシムさんなら、こうやって、避けられる、じゃないっすか」


「エグデルの速さだと避けられるのも低確率だよ。僕無駄に怪我とかしたくないんだけど。ていうか、なんでキトリスと遊んでたのに僕に襲いかかってくるのかな?」


「だって、エシムさんはクズだから、クズはいくら殴ってもいいっ、しょっ」


「おおっと」


 エグデルが殴りかかろうと飛び起き、エシムはたまったものじゃないと跳んで距離を取った。

 血の混じった唾を吐いたエグデルは自身に深く刺さっていたナイフを抜き、エシムに向けて投げ返す。

 エシムは飛んできたナイフの腹を器用に掴んで受け止め、どこからか取り出した布で付着した血を拭き取った。


「あーあ、折角エシムさんのその気味悪い顔を殴れると思ったっすのにー」


「痛いのは嫌だから御免こうむるよー」


「じゃあまた今度やるっす」


「僕、そんなに丈夫じゃないから勘弁して欲しいなあ」


 エグデルが残虐な笑みを浮かべ、エシムが呆れた顔をする中、置いてきぼりにされたキトリスがこちらへ戻ってきた。


「気色悪い……人間……もどき……来た……」


「ああ、キトリスやっほー」


「やっ……ほー…………」


 エシムへと挨拶を返した瞬間、キトリスは真っ直ぐに地面へと倒れた。

 危ない倒れ方だ。


「すぴぃ……」


「久々にまともに運動したから眠くなっちゃったんすねー」


「運動というか、最早殺し合いみたいなものでしょ?」


「殺してないからセーフっす!」


「何がセーフなのやら」


 エシムがやれやれと肩をすくめる中、ずっとキッチンから一部始終を見ていたカルランが黙って現れる。

 そして、手に少し大きめの布を持った状態で、痩せ気味のキトリスを横抱きで抱えあげ、テレビもどきの傍に邪魔にならないように寝かせてやり、その布をかけてやった。


「堕天使に体冷やすって概念あるんすかね?」


「まあ、見た目的にいいんじゃない?」


 後ろの二人の意見は無視して、カルランはまたキッチンに戻る。

 カルランが戻ったと同時に、どこからともなくピィリィを肩車したディムが現れた。


「ああー、やっぱりエシムちゃんかー。やっほーなのー」


「やあ、久しぶり。また薬を処方してもらいに来たのかい?」


「こんにちは。うん、丁度そうなんだ」


 エシムは二人に挨拶をする。

 しかし、薬を出してる側らしいお医者さんことピィリィは首を傾げた。


「んー? でもまだ予定では十日は持つはずじゃなかったのー?」


「ああ、それがねぇ……」


 エシムは言い辛そうにしながら、ポケットから袋を取り出す。

 ピィリィがそれを受け取ったあたり、それが薬袋なのだろう。

 そしてピィリィは、その袋の中身を見た瞬間、目を見開いて声を上げた。


「あー! もう二日分しかないのー! 何回連続して使ったのー!? 絶対短期間で使っちゃダメってピィちゃん口を酸っぱくして何度も言ったのー!」


「いやあ、死にそうだったからさ。良くないって分かってはいるんだよ?」


「分かってるならやっちゃダメなのー! お薬は毒と同じなのー! 特にエシムちゃん専用のお薬は一つでも多く使うだけでもダメなのー! 沢山飲んだらもっと体を悪くするのー!」


「痛い痛い。ごめんってば、悪かったよ」


「怒ってるピィリィさん、かわいいっすね」


「全体的に小さいからね。そう見えても仕方ないさ」


 身長の低いピィリィにポカポカ叩かれ、エシムは困ったように笑いながら大人しくお叱りを受けた。

 そんなピィリィを、エグデルとディムは後ろから和やかに見ていた。

 ふと、ピィリィはエシムの首にあるものに気が付いた。


「ん? エシムちゃん、その傷どうしたのー? ナイフか何かで切った?」


「ああ、この傷?」


 エシムは、先日ユウキに脅しで付けられた傷に触れて、微笑をうかべる。

 少しだけ、楽しそうにも、嬉しそうにも見える。


「いいよ、これは。いいんだ。しばらく残しておくから」


「エシムちゃん、ちょっと怖い笑い方してるのー……」


「いやあ、エシムさんはいつも不気味というか、気色悪い詐欺師の笑みっすよね?」


「それとはまた違うものではないかな。恍惚というか、興奮というか。気色悪いというより気持ち悪いの類いだろうさ」


「ねえちょっと、僕に聞こえてるんだけど。わざと?」


「当たり前じゃないすか」


「この距離で無自覚という方がおかしいだろう?」


「みんな僕へのあたりが酷いなあ」


「お薬沢山飲んだ罰だと思うの!」


 その後も一通り説教垂れたピィリィは頬を大きく膨らませながら、まだ終わらないとエシムの腕を掴んで、自らの部屋に向かう。


「もうっ! お薬出すだけじゃなくて健康診断もするの! 絶対体良くないの!」


「わぁわぁ、分かった分かった。ちゃんと受けていくよ」


 自動的にエシムも部屋に入ることになる直前、カルランがトレーをもってやってきた。

 トレーには、二人分のコーヒーとコーヒーポット、また小さなりんごケーキが置かれており、そのケーキには「ごゆっくり、お大事に」とチョコで書かれていた。

 どうやらカルランなりのもてなしと気遣いらしい。


「ああ、どうもありがとね」


「カルちゃんありがと! さあエシムちゃん行きますなの!」


「はいはい」


 カルランからトレーを受け取り、エシムとピィリィはお礼を言って、そのままバタンと扉の向こうへ消えていった。

 部屋に残ったのは、眠るキトリスと、ディムとエグデルとカルラン。


「やれやれ、騒がしかったねえ」


「そっすね」


「ああ、カルラン、私にもお茶を一杯くれるかい?」


「わちきにも! ジュースと生肉!」


 二人にお茶を頼まれたカルランは、黙ってコクリと頷き、キッチンへとまた戻る。

 そして二人は、席についてお茶を待つ。

 どうやら、闇の扉の向こうではお茶時らしい。

 騒がしいような、彼らにとっては平穏のような、いつも通りの時間が流れる。







 *****



 窓もない、街の音も聞こえない、明かりは天井から吊るされた、小さな魔石の入った魔工電球が一つだけ。

 部屋にはベッドとチェストがそれぞれ三つ、横に並んで設置されているだけで、他には何も無い。

 扉は出入口用に一つだけ。

 ただ寝る以外に利用価値のなさそうな、暗い部屋。


 その部屋の三つのベッドの内、扉から一番離れたベッドは、ポッコリと掛け布団が膨れている。

 誰かが布にくるまって寝ているのだろう。


 その二つ隣、扉に一番近いベッドの上には、怒り顔の仮面を着けた少年と、無情顔の仮面の表面の上で、僅かに発光して見える変わった種をポリポリと食べ続けるハムスターがいた。


「おいムー、あんまり食うと太るんじゃないか?」


 ベッドに腰掛けた少年にそう指摘されるも、ムーと呼ばれたハムスターはポリポリと食べ続ける。

 全くもって耳に入れる気はないらしい。


 大人しく諦めた少年は、そこそこ良質なベッドに、ばふんと身を預ける。

 その衝撃で、無情仮面の上に乗ったムーとタネが軽く跳ねるが、それでもムーは食べ続ける。


「んでティア、お前はいつまでむくれてんだ」


 ムーから目を逸らした怒り仮面の少年は、布団にくるまったままの存在に目を向けた。

 すると、僅かにモゾモゾと、そのティアと呼ばれたポッコリが動き、中からモゴモゴと返事が返ってきた。


「しばらくむくれてるんだもん」


「肯定すんのかよ」


「むくむくのぷくぷくなんだもん」


「いやわからんわ。理由は分かるけどよ、少しくらい留守番にも慣れろよ」


「……イラには、チーの寂しさなんて、きっと分かんないもん」


 イラと呼ばれた憤怒仮面の少年は、真っ暗な暗い天井を少し眺めた後、口を開く。


「別に、俺だって多少は分かるけどよ。分かんねえのは、何であいつに対してそこまで執着出来んのかってことだな」


「……優しいから、好きなの」


「んじゃあ分かんねえや。俺にはあいつがただのクズにしか見えねえからな」


「確かに、クズで、意地悪で、鬼畜で、人を嘲笑うような性格してるけど、それでも優しいもん」


「いや俺そこまで言ってねぇよ。やっぱあいつ散々じゃねえか」


 仮面の中で少年はため息をついて、二人が会話する中でもポリポリと変わらず種を食べ続けるムーの頭をつついた。

 それでもムーは気にせず種を頬張る。

 こちらはムクムクのブクブクにでもなってしまいそうだ。


 しかしふと、種を持ったその手をピタリと止めた。

 それと同時に、くるまっていたティアも、顔を布の中に隠したまま起き上がる。

 その二人の注目が部屋の扉に向いていることから、イラはその正体を察して、反抗するように扉と反対方向を向いた。

 各々が反応した後、その扉は開かれた。


「戻ったよー」


「エシムおかえりー!」


「ムー!」


 そして真っ先に、泣き顔の仮面を着けた姿を顕にしたティアと、食べるのを止めたムーが、笑顔の仮面を着けて入ってきたエシムに跳び付いた。


「ああ、はいはい。ムー、いい子にしていたかい?」


「あだっ」


 そして対するエシムは、ムーは優しく両手でキャッチしてあげたが、ティアのことは避けて扉にぶつけさせた。

 酷い扱いの差である。

 それに呆れてイラは肩を竦めた。


「ほんっとこいつら、いない時の反応も極端なら、その当の本人の返しも極端だな」


「あーもー、ムーってば、頬がぶくぶくだよ。ちゃんと飲み込まないと」


「ムー」


「そして相変わらずムーの鳴き声が俺には訳分からん」


「ううぅ、痛たぁ」


 ムーがエシムに優しく撫でられる一方、ティアは起き上がって仮面越しにおでこを擦る。

 そして起き上がると、後ろからエシムに抱きつこうとする。


「エシムー! おかえっ、あっ」


 だが、近寄った瞬間、その首をエシムの片手で絞められた。

 その目は、仮面越しでも酷く黒く濁った目だと分かってしまうような殺意が漏れていた。


「ねえティア、そうやって僕がここをまるで帰ってくる場所みたいに思っているかのような挨拶はやめてくれる? いつも言ってるよね。ここは君達のために用意した隠れ家なだけで、僕から見たら犬小屋みたいなものなんだから」


「あ……ぅ……ごめ、なさ……」


 仮面の内から、ティアの掠れた声が響く。

 イラは平然と背を向けていながらも、その殺意の余波に少しだけ手を震わせていた。

 そしてムーは、気にせずエシムの片手に頬擦りをしていた。


「うん、いいよ。でも次は無いからね?」


「あうっ」


 エシムは絞めていた手を緩め、ティアを突き放した。

 ティアは尻もちをついて、仮面のうちでしょぼんとする。

 その一連の流れが終わったあと、イラ上半身だけエシムの方に向けた。


「んで、お医者様にはちゃんと見てもらえたのかよ?」


「うん、薬も追加して貰った。こってり怒られちゃった」


「薬、って確か沢山飲んで良いものじゃないんだろ? そりゃ出したお医者様には怒られるだろ」


「まあでも僕の場合、多少でも多く使わないと死にかけるし。向こうもそれを分かってか、お説教だけで済んだしね。とりあえず、薬を貰えて助かったよ」


 エシムは三つのうち真ん中のベッド、一応ムー用のベッドに腰掛け、仮面を外した。

 そして、ムーを膝の上に置いてやり、仮面を持った手とは逆の手で撫でてやる。

 ティアはエシムの隣に座ってハートマークでも飛び散りそうなくらいにすり寄るが、エシムはいつも通りの笑顔のまま、仮面の先で小突いて嫌がる様子を見せる。

 勿論ティアは、その程度の抵抗では妥協せず、むしろエシムの腰に抱きつく。

 その悲哀の仮面の内側では幸せいっぱいの表情なのだう。

 エシムは最早諦めて、仮面を指で器用に回し始める。


「レイは出てきたけれど、別に世界が突然大きく変わる訳でもないし、大きなイベントが起こる訳でもない。シナリオは既に見えているし、計画は実行に移すだけ。……ま、ようやく僕が本格的に動かなきゃ行けない時が来たってだけだね」


「エシムバリバリ働くの?」


「そういうこと。ま、そうなると自動的に君達に活躍してもらうことも増えるけどね」


「チー頑張るよ!」


「ムー!」


「あーはいはい。俺は盛り上がったりしないからな。適当にやるよ」


 ティアとムーが張り切って手を上げる中、イラは一人冷めたように手を振っていた。

 するとエシムは、可愛らしいと笑うように、イラに向かって口元の歪みをより胡散臭くした。


「やだなあ、君も真面目に働いてくれないと、お願い、叶えてあげないよ?」


「……ちっ。この悪魔がっ」


「なんとでも。僕の指示通りに動いてくれさえすれば、それでいいからさ、ね?」


 喜楽仮面を自らの顔の横に添えて、二つの笑顔で見つめてくるエシム。

 その不気味な顔に負けたイラは、体を起こして、仮面の内で鼻を鳴らした。


「……やるよ。お前こその手を間違って取っちまったのは、俺なんだから」


「嫌嫌だなあ。まあいいけど」


 そう言ってエシムは、ピンッと器用に仮面を空中に弾いた。

 そして仮面が回転したあと、仮面が消え、代わりにうさぎの人形と、銀色のハサミが落ちてきた。

 エシムは左手に人形を持ち、右手にハサミを持つ。


「レイには、綺麗な道を、幸せな道を辿らせてあげるんだ」


 ジョキン。

 うさぎの右腕が落ちる。


「楽しくて、キラキラしてて、満たされたまま、最後の最後まで」


 ジョキン。

 うさぎの左足が落ちる。


「それで、ハッピーエンドを目の前にする」


 ジョキン。

 うさぎの左手が落ちる。


「その瞬間に、そのハッピーエンドを横取りする」


 ジョキン。

 うさぎの右足が落ちる。

 うさぎの四肢が、全部落ちた。


「そしたら、一体どんな顔をするだろうね?」


 エシムはハサミでうさぎの首を切らずに挟んで、宙で踊らせる。

 隣にいたティアは、それを見ても気にすることなく、むしろバラバラに落ちた手足を回収して手に乗せていく。

 すると、片付けていただけのティアに、エシムは人形を挟んだままのハサミの刃先を向けた。


「ちょっと、僕の人形なんだけど」


「分かってるもん。まとめただけだもん。はい、どうぞ」


「触られるのも、出来れば嫌なんだけどね」


 ティアはうさぎの手足をエシムに差し出した。

 エシムはそっぽ向いて受け取り、そのまま宙に投げ、うさぎの胴体も手足もどこかに消えた。



「自分が切り落としたくせに、誰かに捨てられるのも拾われるのも嫌とか、どういう趣味なんだか」


「ムー」


「お前、とりあえず鳴けばいいと思ってないか?」


「ムー?」


「いや、もういいわ……なんも言うな、てか鳴くな……」


「ムー!」


「あー、頭痛え……」


 中々に濃いメンツに囲まれて、唯一常識人らしいイラは頭を抱えた。

 ムーはエシムの膝の上をトテトテと走り回る。


「楽しそうだねえ。うん、そうだね、楽しまなきゃだ」


 エシムはそう言って、どこか壊れた笑みとハサミを持ち上げて、暗い天井に向けた。


「さて、全ての糸を影から操ろうか。つけたり、切ったり、絡めたりして、ね」


 仮面の者達は、ただ笑う。

 世界のどこにも見えない影で、孤独に笑う。


 仮面をつけて、本当の心は隠して、ただ、道化を演じる。

 笑って、狂って、踊り続ける……。



エシム:笑顔仮面の情報屋兼占い屋の道化師

ティア:悲哀仮面のエシム大好き幼女

イラ:憤怒仮面の四人の中で唯一常識人

ムー:無情仮面のもぐもぐハムスター(ちなみに一応オス)


チーム「暗躍組」、とかダサい名前をつけてみる。

微妙の極み。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ