愛している人を守りたい。
サブタイトルがなかなか思い付かなかったです。
少し暴力注意。
やっぱり、考えているようで考えてないメルディです。
愛している人を守るため、逃げるのが正解だと思ったけれど……。
私は選ぶ道を間違えたのかもしれない。
思い立ったが吉日と言うし、私は浮気現場を見てしまった次の日、ミハエルの屋敷を出る事を決めた。
しかし、リンカさんはさすが乙女ゲームのヒロインだよね。
攻略対象じゃなかったミハエルまで、惚れさせてしまうんだから。
せっかくだから、ミハエルから貰ったドレスは持って行く事にした。
未練がましいけど、捨てられちゃったり、リンカさんにあげられちゃったら、立ち直れそうもない。
準備のためにサヤに相談すると、珍しく反対された。
でも、最後には折れてくれ、しっかりと準備をしましょうと、かなりの時間をかけた。
ミハエルは、あまり会いに来てくれなくなったので、十分に時間が取れた。
決行の日、ほんの僅かな期待をし、ミハエルを呼び止めたが、時間がないと言われ、掴んだ手は振り払われた。
前みたいな、甘やかすような優しい眼差しは、もう私に向けられる事はない。
リンカさんと違い、上手く愛し返せない私は、愛想を尽かされたんだ。
リンカさんへの嫉妬が、ジリと胸を焼く気がするが、私はそれを押し込め、そっと何気無くお別れを告げる。
そして、仲良くなった使用人達にも気付かれないように、ミハエルの屋敷を後にした。
第二王子にも愛想を尽かされた女が、次の相手を捨てて逃げたという話が広まっても、ミハエルのダメージはほぼないと思いたい。
逆に、慰めたいっていうご令嬢が、たくさん出てくるだろう。
そんな事を考えていると、サヤにギュッと抱き締められる。
気付いたら、私は泣いていた。
サヤの胸を借り、思う存分泣いた私は、すっきりした気分で歩き出す。
向かうのは、お兄様の婚約者――私の未来のお姉様の屋敷だ。
私の背後では、サヤがミハエルの屋敷を振り返っていた。
「メルディ様を悲しませた罰です。しばらく苦しみなさい」
何かを言ったようだが、私には聞こえず、無表情なサヤの顔からは、内容を読み取る事は出来なかった。
乗り合い馬車に乗り、お尻の痛みと格闘する事数時間、私はお姉様の屋敷をある町へと辿り着いた。
本当は義姉だけど、本当の姉だと思って欲しい、と言われてるので、脳内に浮かぶ漢字は『姉』。誰にも説明出来ない、懐かしい文字だ。
それはさておき、特に来訪する事は伝えていなかったので、迎えがいる訳はなく、私とサヤは路地裏を徒歩でお姉様の屋敷へ向かう。
あまり金持ちっぽく見えないよう、地味なドレスにしたが、ドレスはドレスだ。
路地裏では悪目立ちしているのか、先ほどからやたらと粘っこい視線を感じる。
サヤも何かを感じているらしく、辺りを警戒している。
「……何か、いるよね」
「えぇ。あのゴミ野郎へ差し向けられた暗殺者より、腕の立ちそうな気配がします」
気付いた事に気付かれたようです、と無表情で告げ、サヤは人混みへと私を誘導しようと路地裏を抜けようとする。
私優先なサヤは、他人を巻き込もうが気にしないところがある。
私が止めようか悩んでいると、行動を読まれたのか、行く手を遮られた。
「……早いですね」
無表情で舌打ちするサヤ。
目の前には二人の男。明らかに堅気ではなさそうな二人だ。
目付きが違う。人殺しの目だ。
二人だけではなく、まとわりつくような視線も消えていない。
「メルディだな」
強盗なら素直にお金を渡そうと思っていた私は、唐突に名前を呼ばれて、思わず目を見張る。
「っ!」
息を呑んだサヤが、私を守ろうと一歩前に出るが、それより相手が速かった。
一瞬で、私の首に背後から腕が回され、拘束される。
油断なんてしていない。ただ、格が違いすぎたみたいで、気配がわからなかった。
サヤがハッとしたように振り返り、そこを背後から迫った男達に殴り飛ばされる。
「サヤ!」
見ていられず、私が思わず声を上げると、首を締め付ける力が強まる。
「……侍女を殺されたくなければ、おとなしくしろ」
囁くような脅迫に、私は唇を噛んで、いくつか上げていた魔法の候補を脳裏から消す。
私の魔法が発動するより、彼らがサヤを殺す方が早い。
脅しじゃないのは、サヤを見下ろしている男達の目でわかる。
「わかりました。だから、サヤには手を出さないで……」
別に自己犠牲な精神じゃない。
私の名前を確認するぐらいだ。狙いは私。
だったら、素直に従った方が、まだ二人共生存率は上がる筈。そう考えただけだ。
逆らっても結果は目に見えてる。
ロディアス様へ差し向けられていたのは、所詮二流の暗殺者だった。
だから、私でも余裕で勝てていたけれど、明らかに彼らは違う。
サヤへ目配せをして、私は拘束している男に従い、歩き出す。
「いい子だ」
私の連行される先には、窓がカーテンで目隠しされた豪華な馬車がある。
絶対、計画的な犯行だ。
私を拘束した男は貴族の子弟っぽいし、お兄様関係? と、自分が狙われる理由を考えていると、背後が騒がしくなる。
私が思わず振り返ると、男達へ襲いかかったサヤが、殴り飛ばされたところだった。
「サヤ! 逆らっちゃ駄目よ! お願いだから……っ」
頭を打ち付けたのか、サヤの額からは血が流れ出している。
「おい、あまり音を立てるな。人が来るだろ」
私を捕らえている男が一番偉いらしく、二人の男は従順で逆らう気配はない。
「メルディさまを、はなせ……っ」
私の止める声を聞かず、サヤはふらふらと立ち上がり、私の方へ駆け寄って来ようとする。
もちろん、手下な二人が見逃してくれるはずもなく、サヤは地面に引き倒される。
それでも、サヤは私が連れ去られるのを止めようと、手下な二人のうちの一人服の袖辺りを掴む。
そのまま地面をズルズルと引き摺られるが、サヤは手を離さず、最終的にはもう一人に蹴り飛ばされ、壁際まで転がって動かなくなった。
「サヤ!」
「……騒ぐな。こっちへ来い」
思わず駆け寄ろうとしたが、首を締め上げられ、私は倒れて動かないサヤを見つめながら、馬車へと押し込まれる。
せめてもの幸いなのは、ここが比較的人通りがありそうな道である事。
サヤにとどめを刺すことなく、手下な二人が馬車に乗って来た事だ。
片方の男は、サヤに引き千切られたのか、シャツの片方の袖口がない。
拘束から解放され、咳き込みながらも、窓からサヤを確認しようとしたが、無理矢理座らされる。
乗り合い馬車より座り心地はいいが、気分は最悪だ。
何より、目の前の相手の粘っこい視線が生理的に嫌だ。
でも、私より強いのは、さっき背後をとられて理解してるから、下手に暴れるのは無謀だ。
サヤがきっとお兄様を呼んで来てくれる。
一瞬浮かんだ、婚約者の幻は頭を振って追い払う。
「おい。ヤツの弱点はなんだ?」
私が頭を振っていると、誘拐犯が話しかけてくる。
手下な二人は、彫像のように誘拐犯の両脇に控えている。
「……弱点、ですか?」
お兄様の弱みを握るつもりなんだろうか?
別に『鮮血の魔王』とか呼ばれていても、お兄様は普通の人間なのに。
「さっさと答えろ!」
「……食べ物とかでも?」
「ふざけてるのか!」
はぐらかそうとしたら、逆鱗に触れてしまったらしい。
頬を叩かれ、ジンジンとした痛みが走り、口の中に、血の味が広がる。
仕方がない。と言うか、わかってて、私をさらったんじゃないのか。
「……強いて言うなら、私です」
父母なら、場合によって、お兄様は切り捨てる。
けれど、私なら、そんな事はあり得ない。お姉様もそうだけど、誘拐犯に素直に教える義理はない。
私がお兄様の弱点なのは、別に自意識過剰じゃない。
経験に基づいた、まごう事なき事実だ。
ここまで乱暴な扱いは初めてだけど、私は小さい頃、何度か誘拐されてる。
全部、お兄様への逆恨みで、お兄様の弱点として。
ロディアス様と婚約したら無くなったけど、破棄されたから、復活したのかもしれない。
過去を思い出していた私は、目の前に座る誘拐犯の何とも言えない顔に気付き、小首を傾げる。
半分以上、置いてきたサヤの心配で頭を占められながら答えたせいか、嘘っぽく聞こえたんだろうか。
でも、事実は事実だ。
「ずいぶん愛されている自信があるようだな」
「えぇ」
「あんな軽い男の、何処にそんな信じられる要素がある」
「……何処にって、誠実そのものだと思いますが、お兄様は」
もう一回殴られるのは覚悟で言い返す。お兄様を馬鹿にされて、黙ってなんかいられない。
「は?」
返ってきたのは拳ではなく、とんでもない間抜けな顔だ。
このタイミングじゃなかったら、大笑いしそうな。
どうやら、私と誘拐犯の間には、重大な齟齬があるらしい。
――人違い、なんだろうか?
サヤもメルディも、一般人よりは強いですが、本職にはかなわなかったようです。
最初に距離があれば、勝機はありましたけど。
メルディが魔法をぶっ放すとか。
メルディとミハエルは、見事に勘違いとすれ違いを続けてます。