愛していた人がそうでもなかった。
一気に温度差があると思います。
前作のシリアスな雰囲気が好きな方は、読まない方が良いと思います。
あくまでも蛇足なので。
たくさんの感想、ありがとうございます。
PV?がとんでもない増え方で、少々ビクビクしてます。
愛していたと思っていた相手が、そうでもないと気付いた時、どう思うのが正解なんだろう。
一応、私はまだピチピチです。
誰に向けてでもなく、宣言しておく。
まぁ、婚約破棄とかされて、世間的には傷物扱いですが?
実際は、肉体的接触も、精神的接触すらなかった『清いお付き合い』なんだけど。
知ってるのは、ロディアス様本人と、使用人の皆さん。それと……。
「何考えてるの?」
目の前にいる、チャラチャラだった筈のミハエルだ。
嘘吐くとバレるのは、経験則でわかってるので、素直に口を開く。
「ん? 傷物扱いな私と婚約なんて、ミハは変わってるなぁって」
「ふふ、だって、俺はメルディが傷物じゃないのを知ってるし、例えそうだとしても、気にしないから」
歌うように言葉を紡ぎ、ミハエルは私の指先に口付けている。楽しそうだ。
最初は驚いたけど、ミハエルは触れ合うのが好きらしい。嫌悪もないので、放置してる。
「万が一、傷物にされてたなら、した相手を殺しちゃうかもしれないけど」
あと、こういう冗談が好きらしい。
チャラ男系な見た目には似合わないけど、美形だから様になるよね。
「ミハって、冗談好きだよね。……あ、今更だけど、ミハエル様って、呼ぶべき?」
敬称もつけてない上、愛称で呼んでるんだよね、私。
「二人きりの時は、今のままで。公式の場では、ミハエル、と呼べば良い」
「ん、わかった。気を付ける」
「旦那様、とか、あなた、でも構わないよ?」
「ふふ。ミハは本当に冗談好きだね」
私が声を上げて笑うと、ミハエルは幸せそうに見つめてくる。
初恋にがんじがらめだった私には、真っ直ぐなミハエルの好意は正直照れ臭い。
ロディアス様の事を愛していたのは嘘ではないけど、意外と何でもない私は、薄情なんだろうか。
「……メルディ、ちゃんと俺を見て」
ミハエルの言葉に、私はボーッとしていた事に気付く。
パチリと瞬きしたのは、ミハエルとの距離が、ほぼゼロだったから。
思わず目を閉じたら、カプリと鼻を甘噛みされた。
「ミハ!?」
私が驚愕の声を上げると、ミハエルは悪戯っぽくニコニコと笑う。
「キスすると思った?」
思いましたけど?
こっちは初恋一筋で、経験値が低いのだから、止めて欲しい。
もう、と私がそっぽを向いて怒っていると、肩をトントンと叩かれる。
犯人は当然ながら、ミハエルだ。
しばらく無視をしていると……。
「ごめん、メルディ」
シュンとした声が聞こえてきて、私の怒りは持続しない。
「……からかわない、で」
ね、と言いながら、ミハエルの方を向くと、柔らかな感触が唇に。
「ごちそうさま」
呆然としていると、完全なゼロ距離で、ミハエルがニコリと笑う。
真っ昼間から色気を垂れ流すミハエルに、遠くから見守っていた使用人達が、やりましたね、とかはしゃいでいるのを見ながら、私はテーブルへ崩れ落ちた。
だから、手加減してって。
あと、ここ、外だから。
言いたい事は色々あったけど、ミハエルが艶々して幸せそうで、私はとりあえず。
「初めて、だったんだけど」
正直な感想を告げておく。
私の言葉で、ミハエルが真っ赤になったのは予想外で、私はさらに真っ赤になる羽目になった。
●
私は今、ミハエルの屋敷に住んでいる。
好奇の視線がウザかったから、ミハエルの提案は渡りに船だ。
ミハエルの屋敷の使用人の皆さんは、私を同情の眼差しで見たりしないが、何か微笑ましいものを見るように見られてて、ちょっと落ち着かない。
なので、今は自室で寛いでいる。
私の趣味を調べ上げたような部屋は、さすがミハエルとしか言い様がない。やたらと、新しいノートが置いてあるのは何でなんだろう。
あと、ミハエルからの指示なのか、ロディアス様達の噂話は、全く聞こえて来ない。
未練はないけど、リンカさんと上手くやれてるか、気にはなるんだよね。
何だかんだで、愛していた人だから。
一度、ミハエルに尋ねようとした事があるけど、ロディ、ぐらいでとんでもない顔をされたから、止めておいた。
うん、勝てそうもなかったんだよね。
私も普通のご令嬢に比べれば強いんだけどなぁ。
ミハエルは、何か、底がしれない。
ゲームの中では、ロディアス様の親友だという情報しかなかったし。
あまりにもイケメンだから、隠しキャラじゃないかって噂まであったよね。
ソファで寛ぎながら今は霞んできた前世を思い出していると、いつの間にかやって来ていたミハエルに抱き締められた。
視覚で確認した訳じゃないけど、私もそれなりに強いからね。
敵だと認識すれば、ぶちかますよ?
でも、敵意も殺気もないから、気付かなかった。かなり、ボーッとしていたようだ。
嗅ぎ慣れてきた匂いに包まれながら、私はミハエルの腕に触れる。
「ごめん、気付かなかった」
「うん、ノックしなかったから」
「一応してね?」
脱力感に襲われながら、私は触れていた腕をペシペシ叩く。
「ミハ、急に触るようになったね。前は全然触って来なかったよね?」
「だって、メルディは、俺のメルディじゃなかったから」
拗ねた幼子みたいなミハエルの物言いに、私は抱き締められたまま、口の端を上げて笑う。
こうなるとミハエルが離してくれないのは、もう学習したから、抵抗は諦めて、抱き締められたままだ。
「そうだね。私はロディ……」
思わず言いかけた名前は、ミハエルの唇に吸い込まれる。
「その名前呼ぶ度に、キスするから」
固まった私を前に、ミハエルはいい笑顔で宣言してくれた。
友達からって、お願いしませんでしたか?
ミハエルの距離の詰め方が尋常じゃないせいもあるけど、私はロディアス様を愛していたつもりになっていたのかもしれない。
私の中では、ロディアス様は、乙女ゲームの登場人物で、初恋の人だった。
絶対に触れられない相手だと、思っていたから。
しかも、リンカさんに奪われる未来まで知っちゃってたし……。
これって、私、自分の立場に陶酔してたってやつですか?
だとしたら、恥ずかしすぎるんですけど。
ロディアス様を愛していて、幸せになって欲しいと思った私の気持ちは嘘じゃない。
じゃなきゃ、あんなに頑張れない。
けど、私はロディアス様とリンカさんに、嫉妬しただろうか?
寂しいとは感じていた。
でも、取られたとは思わなかった。
ロディアス様が私の物だった事は、一度もなかったから。
つまりは――。
愛していたと思っていた相手が、そうでもないと思い始めてしまったんだが、美しい思い出にしとくのが、正解なんだろうか。
ミハエルに訊くのは――。
止めておく事にした。
[視点変更]
さるご令嬢こと、メルディとの婚約は無事に進み、俺とメルディは、俺が新しく用意した屋敷に二人で暮らし始めていた。
世間は、メルディを傷物扱いをしているので、保護するためにもちょうど良かった。
もちろん、二人きりではなく、最低限の使用人はいる。
ロディアスの所とは違い、しっかりと吟味した、メルディのための、最高の使用人だ。情報漏らすような馬鹿はいない。
もう少ししたら、メルディの事が大好きで、メルディのためなら何でも出来る、そんな侍女もやって来る事になってる。
サプライズにする予定なので、まだ秘密だ。
俺の元の屋敷の周りを、嗅ぎ回っている人間がいるようだが、今さら遅い。
メルディの実家にも、メルディの居場所は教えていない。
シスコンなオニイサマには教えたが、そこから漏れる心配はないだろう。
何せシスコンだ。
ロディアスの所業を教えたら、見事にこちらへ引き込めた。
俺の事は、一応信用してくれているようだ。
結婚するまでは、清く正しいお付き合いを、と念を押されたが。
今は、メルディ好みに整えた庭で、お茶の時間だ。
視界のあちこちに使用人が見えるのは、全員メルディが好きだからだ。
普通のご令嬢らしからぬメルディは、一週間で使用人を全員骨抜きにしてしまった。
お堅い執事ですら、メルディを見ると微笑み、キリッとした侍女頭も、妹のようにメルディを慈しんでる。
俺ですら怒鳴られる初老の無愛想な庭師は、メルディのために、いそいそとメルディ好みの花や木を植えている。
他の使用人も同様だ。
それだけ、メルディが魅力的だという事だが、正直なところ、妬ける。
俺のメルディなのに。
そんな事を思い出しながら、目の前のメルディを見ると、何処か遠くを見つめている。
メルディはロディアスの所にいた頃から、良くこんな顔をしていた。
まるで、ここではない何処かを見ているように。
その度に不安になる。
メルディはまだロディアスを愛しているんじゃないかと。
その度に、俺は――。
「何考えてるの?」
チャラチャラしたフリをして、メルディを引き留める。
自分を傷物扱いするメルディには、少し腹の底がジリジリするが、無視をする。
メルディが純潔なのは、俺は良く知っている。
万が一、軽い気持ちで傷物になんてされていたら、メルディに言った通り、ロディアスを計画的に始末していたかもしれない。
幸いにも、ロディアスはメルディに一欠片も興味がなかったようで、二人だけでいるのも見た事がない。
メルディの指先に口付けて戯れていると、呼び方について確認された。
そう言えば、最初は赤くなって悶えていたメルディも、すっかり俺に触れられる事に慣れたようだ。
このまま徐々に慣らしていくつもりなんだけど。
呼び方を変えられたら困るので、きちんと話しておく。
可愛らしく「ミハエル様」って呼ばれるのも捨てがたいけど、やっぱりメルディだけが呼ぶ「ミハ」の方が好きだから。
冗談めかせて、呼んでみてもらいたい呼び方を提案てみた。
冗談だと思われたが、楽しそうに笑うメルディを見るのは、何よりも幸せだ。
視界のあちこちで、使用人達も笑っているが、邪魔をするような出来の悪い使用人はいない。
それより、またメルディは考え込んでいるようだから、俺の方へ呼び戻す。
ぐい、と体を寄せて、囁いた言葉は、思いの外甘く俺の耳に聞こえる。
あまりにも無防備に目を閉じるメルディが愛らしくて、思わず小さな鼻へ噛みついてしまった。
拗ねて、プイッとそっぽを向くメルディは、無邪気で可愛い。
ロディアスの……もう名前も思い出したくないから、止めておこう。
そうだ。俺もメルディを真似て、日記的なものを書き始めた。
一冊にはメルディの愛らしさを書き連ね、もう一冊には、とある人物への罵詈雑言と殺害計画が練ってある。
いい加減、メルディの顔が見たくて、ちょっとあざとくシュンとした声を出してみる。まぁ、実は勝手に出たんだけど。
今まで口説いてきたご令嬢と、メルディは全然違うし、何より大事にしたいと思っている。
けど、からかわないでね、と言うメルディが、可愛すぎて我慢出来なかった。
ちゅ、とキスと呼ぶには拙い触れ合いをし、ニコリと笑っておく。
「ごちそうさま」
これ以上は、メルディの気持ちが追いつくのを待つつもりだから、自分へ言い聞かせるように悪戯っぽく告げた。
まさか、メルディから、爆弾が飛んでくるとは思わず。
「初めて、だったんだけど」
頬を染めたメルディの愛らしさと、紡がれた言葉の破壊力に、俺は顔を真っ赤にして手で覆い隠す事になった。
●
初めて。
キス、初めてだったのか。
なら、もちろん、その先も初めて……。
妖しくなりかけた思考を振り払うように頭を振り、俺が目指しているのはメルディの部屋だ。
メルディの好みを調べ上げた部屋は、気に入ってもらえたようだ。
『ありがとう、ミハ!』
キラキラと目を輝かせてお礼を言うメルディの顔は、脳裏にしっかりと刻み込んだ。
名前を呼びたくもないアイツの噂は、欠片も耳に入れるなと使用人達には伝えてある
出来た使用人達は、しっかりと実行してくれているらしい。
一度、メルディからその名前が出そうになったが、俺の嫉妬が滲んだのか、途中で口をつぐんでいた。
そう言えば、屋敷の敷地内に侵入してきたモンスターを、メルディが倒したらしい。
接近戦ならともかく、距離があった場合、俺はメルディに勝てないような気がする。
もう少し鍛えるため、この国の騎士団長なオニイサマに師事をと考え……止めておく。
シスコンなオニイサマの事だから、ボロ雑巾にされそうだ。と言うか、される。
考え事をしている内に着いたメルディの部屋。
驚かせようと、あえてノックはしない。
足音を殺して近寄ると、ソファで寛いでるメルディは、また遠くを見るような、あの眼差しをしている。
俺には気付かない。
俺は、たまらず、メルディの体を掻き抱く。消えてしまわないように。
ようやく俺に気付いてくれたメルディは、最初は申し訳なさそうに謝ってくれたが、ノックをしてない事を告げたら、腕をペシペシ叩かれた。
子猫のパンチみたいで可愛いって言ったら、つねられるかな?
そんな事を考えていたら、メルディから、最近よく触るという指摘を受けた。
性急過ぎたかとメルディの顔を窺うが、そこに嫌悪はなく、本当に素朴な疑問だったらしい。
思わず本音を洩らしたら、仕方無い子とばかりに微笑まれる。
時々、年下のはずのメルディが、大人びて見える事がある。
きっと、名前を呼びたくもないアイツのせいで、達観してしまったのだろう。
5年だ、5年。
5年間も、メルディの献身的な愛に気付かず、頭も尻も軽そうな女に、簡単に心移りされたんだ、当然かもしれない。
その後、メルディが名前を呼びたくもないアイツの名前を呼ぼうとしたので、物理的に塞いでしまう。
「その名前を呼ぶ度に、キスするから」
俺としては、何回もキス出来るから、呼んでくれても……。
いや、やっぱり、メルディの口から、アイツの名前が出てくるのは、耐えられそうもない。
固まってしまったメルディは、また何かを思い悩んでいるようだが、遠くを見る事はなく、俺をチラチラと見つめてくる。
こうやって、少しずつ、少しずつ。
俺に慣らしていき、俺に染めていこう。
名前を呼びたくもないアイツは、取り戻そうと画策しているようだが、俺に油断はない。
名前を呼びたくもないアイツと違って。
まぁ、感謝だな。鈍感なアイツに。
腕の中に閉じ込めたままのメルディは、俺に何かを訊こうとして、止めたようだ。
後で、ゆっくり聞き出そう。
愛している人は、俺の腕の中にいるのだから。
終わる終わる詐欺でした。
一話で終わる訳なかったです。
妄想したら、書きたい事が増えまして。
しれっとロディアスと話すミハエルとか。
ミハエルにロックオンしたリンカとか。
シスコンなオニイサマとか。
基本的に、主人公は考えているように見えて、特に考えていないチョロい生き物で。
ミハエルは、考えていないようで、色々考えている気配りなチャラチャラです。
まぁ、正反対ですが、二人とも相手へ一途なんで、主人公が完全にミハエルに落ちたら、甘々溺愛生活ですね。