愛している人を囲いこむ。
続編をと、ご感想いただきましたが、とりあえずミハエル側を突っ込み、長編に合体させました。
私の萌えを詰めたので、突っ込み処は満載です!
愛していると気付いた相手に、別の想い人がいるのを知っていた時、どうするのが正解なのか。
とりあえず、俺はさりげなく奪い取る事にした。
俺はミハエル。
ちょっとした理由から、家名は秘密だ。
名ばかりの親友のロディアスは、良いトモダチだ。
ロディアス目当ての令嬢を慰めて、適当に遊んでいたりもしていた。
五年前のあの日までは。
「ミハエル。俺の婚約者だ」
仏頂面のロディアスがそう紹介してきたのは、俺達より五歳は下に見える小柄な少女だ。
ロディアスが仏頂面なのは、照れているとか可愛い理由ではなく、この婚約者が嫌いなんだろう。
「初めまして、ミハエル様。メルディと申します」
そんなロディアスの態度を全く気にせず、メルディと名乗る少女は幸せそうに笑っている。
あぁ、と妙に納得出来た。
ロディアス狙いに見せかけて、俺に近づくのが目的なのか、と。
自分で言うのもなんだが、俺はロディアスに負けない美形だから。
ロディアスとは違い、俺はこの顔を武器に生き延びてきたから、結構自信が……。
そこまで考えて、俺はメルディが全く俺を見ていない事に、やっと気づく。
ニコニコと幸せそうに笑うメルディが見ているのは、自分へ一瞥もくれない婚約者だった。
メルディの気持ちが何処にあるかなんて、火を見るより明らかだった。
●
初対面以来、俺はメルディと頻繁に会う事になる。
別に甘酸っぱい何かがあった訳ではなく、メルディがロディアスの屋敷の離れに住み始めたからだ。
遊びに行くと、もれなくメルディを見かけた。
メルディはいつもロディアスを見つめ、幸せそうに笑っていた。
その顔は大人びていて、まるで叶わない恋をしている。そんな顔にも見えた。
でも、特に会話はなく、目が合うと会釈するぐらいだ。
ロディアスは、いつもメルディを疎んじていた。
俺のメルディへの気持ちが動き出したのは、ある日の早朝だ。
たまたまロディアスの屋敷に泊まった俺は、朝早く目が覚めてしまい、庭を散策していた。
すると、妙な音が聞こえてくる。
ザクザクと。
地面を掘るような、そんな音が裏庭から。
好奇心から、俺は足音を殺して、音の発信源へ向かう。
「ごめんね。ごめんね」
微かな謝罪の声と共に、血の匂いがして来る。
声には聞き覚えがあった。
「メルディ?」
そこにいたのは、血塗れになりながら、見覚えのある白い犬を抱き締めたメルディだ。
足元には、犬が入りそうな穴が掘られている。
あの音は、メルディが穴を掘っていた音だったようだ。
メルディが抱き締めていたのは、ロディアスの愛犬だ。
白い毛皮は血に染まり、どう見ても死んでいる。体には致命傷らしい、大きな傷が見えた。
そんな犬を、メルディは抱き締めていた。血塗れになるのも厭わずに。
しばらくしてから、メルディは掘った穴に、犬の死体を優しく横たえる。
メルディは、俺には気付いていないらしい。
そこに、ロディアスが駆け込んで来て、メルディを一方的に責めたが、メルディは何の反論もせず、犬の死を静かに悼んでいるようだった。
ロディアスが乳母に連れていかれた後、犬の墓の前にはメルディだけが残された。
声をかけようか悩んでいると、パタパタと水音がし、気付くと大粒の涙を溢し、メルディが泣いていた。
「たすけ、られなくて、ごめんね」
何度も何度も謝罪しながら、メルディは犬の埋葬を終える。
土で汚れるのも気にせず、グイッと頬を拭って立ち上がったメルディの瞳は、もう濡れていない。
その強く、真っ直ぐな瞳に、思わずゾクリとした。
「ロディアス様は、私が守る」
呟かれた言葉は、何故だかとても気にくわなかった。
その時、理由はわからなかったが……。
●
その日から、俺は適当な理由で、ロディアスの屋敷に入り浸るようになった。
メルディは、見た目に反し、なかなか戦闘的だった。
真夜中、暗殺者を返り討ちにしてるのを見たのは、一度や二度ではない。
しかも働き者で、朝も早く起きて、ロディアスへの嫌がらせを、なかった事にしてしまう。
――そして、それをロディアスに語る事は、一度もなかった。
●
「何でロディアスに言わないの? 伝えれば、ロディアスの態度だって、少しぐらいメルディに……」
いつまでもメルディに冷たいロディアスの態度が気に食わず、俺はメルディを呼び止めて、そう話しかける。
「いえ。これは、私が自己満足でやってる事ですから。ロディアス様が笑っていてくだされば、私は十分幸せです」
そう言って笑うメルディは、何処か遠くを見つめているようで。
「気に食わないな」
「え?」
ボソリと呟くと、聞き取れなかったメルディが首を傾げている。
「いや、俺にも手伝わせてって言ったんだ」
「それは、構いませんけど……。ロディアス様には言わないでくださいね?」
「あぁ。二人だけの秘密だ」
『二人だけの秘密』
不思議と甘く感じる言葉を口内で転がしながら、俺は微笑み、メルディが引きずっていた暗殺者を受け取り、開いていた窓から中庭へと放り出す。
途端に、見回りの、うわ! という悲鳴が聞こえ、メルディからジトッとした目で睨まれる。
「あー、ごめん」
「見回りの方が怪我したらどうするんですか?」
もう! と年相応な表情で怒るメルディの姿は、ロディアスは見た事がないだろう。
込み上げる優越感に浸りながら、俺は蕩けきった顔でメルディの説教を聞き逃す事のないよう見つめ続ける。
メルディの言葉ではないけど、それで満足出来た。しばらくは。
●
メルディと『二人だけの秘密』が出来てから、俺はロディアス狙いの令嬢と遊ぶのを止めた。
メルディと過ごす方が楽しいから。
暗殺者を始末した帰りのメルディを捕まえたり、たまにはメルディより先に暗殺者を始末したりして、メルディとの接点を作っていた。
色々とチョロいメルディは、偶然だと言ったら、信じていたけど。
いつか人さらいに、お菓子で連れていかれるんじゃないか、少し心配したのは秘密だ。
年齢より大人びていて、他人を気遣うメルディは、自分の事となると、無頓着だから。
婚約者のロディアスのせいで、自分も令嬢達からの嫌がらせを受けているのに、気にしていない。
相変わらず、ロディアスには何も言わない。
「ロディアス様が笑っていれば、私は幸せだから」
徐々に徐々に。
幸せそうに笑うメルディを見る俺の中には、ドロドロした何かが溜まっていく。
砕けた口調で話してくれるようになった、メルディの可愛らしい口を、塞いでしまいたくなる。
そう言えば、メルディが我が儘で追い出した事になっているロディアスの乳母から、俺に手紙が届いた。
『坊っちゃまが、あまりにもメルディ様に辛く当たるようなら、メルディ様をお願いいたします。
ミハエル様なら――』
「バレていたのか」
隠していた本心を見抜くような内容に、俺は苦笑して、乳母からの手紙を大切にしまい込んだ。
危ういバランスだが、それでも俺とメルディの関係は、秘密を共有した友人だった。
友人でいられた。
あのウザい女が現れるまでは。
●
「あたし、リンカっていいます! 初めまして、ミハエル様!」
気になる相手が出来た。
ロディアスがそう紹介して来たのが、今現在目の前にいる馬鹿っぽい少女だ。
見た目はふわふわで華奢だが、元気溌剌といった雰囲気で、顔全体で笑う――リンカだったか。
ウザいな。
メルディもある意味馬鹿だが、種類が違う。
チャラチャラした軽い男の仮面が剥がれないよう気をつけて、俺はリンカをあしらう。
リンカ本人より、ロディアスから向けられる嫉妬混じりの視線が、たまらなくウザい。
俺だって、本当なら、お前を視線で殺せるぐらいに睨みたいのを我慢してるんだが?
俺はリンカをうるさい子犬と思い込み、持ち前のチャラさで流していたが、ロディアスは本気らしい。
リンカを入り浸らせ、メルディをさらに遠ざけた。
リンカと笑い合うロディアスの姿に、俺の中のドロドロした何かは、濃度を増していく。
メルディは、そんなロディアスの姿を、遠くから見つめて、静かに微笑んでいた。
まるでそれが正しいのだと、諦めているような顔をして。
●
「メルディ、ロディアスは君の婚約者だよね?」
「え、うん。そうだね、それが?」
王位継承権第一位であるロディアスの異母兄と内通していた使用人を騎士へ引き渡し、俺は隣にいたメルディへ問いかける。
きょとんとしたメルディは、小首を傾げて俺を見上げてくる。
ロディアスの前では大人ぶった仕草ばかりしているメルディは、俺の前では幼く見える無邪気な仕草をする。
信頼されているんだろうが、正直生殺しだ。
名ばかりの親友とはいえ、メルディはその親友の婚約者で、少々複雑な立場上、俺は触れる事さえ叶わない。
「どうして、あのリンカとかいう少女を、放置してるの?」
「……いつか、こうなるとは思ってたから、かな。最初から、ロディアス様が私を愛してくれる事はないって」
「それでも、ロディアスを愛しているの? 嫌われているのに?」
「……もう、わからないよ。何が正解だったんだろう。それに――」
また遠くを見つめて笑ったメルディは、緩く首を振りながら、軽い口調で呟きを洩らす。
それに、の後に続いた言葉は、俺にはその時、理解出来なかったが……。
●
メルディが何も言わないのを良い事に、ロディアスの行為は増長していった。
リンカを恋人のように扱い、言い寄ってきていた他の令嬢達を、無神経に煽る。
それでもメルディは頑張っていた。
暗殺者を始末し、ロディアスの分だけでなく、リンカへの嫌がらせまでも、本人達に気付かれないよう、使用人と共に片付けていた。
この五年で、ロディアスの屋敷の使用人は、皆メルディの味方と化している。
恋に浮かれた坊っちゃまを諌めようとした者もいたが、クビにされそうになり、メルディが逆に庇っていた。
自分が言わせたの、と罪を被り……。
自分達が下手に動くとメルディの立場が悪くなると悟り、使用人達はロディアスを諌めるのを諦めた。
ロディアスは興味がないから気付かないんだろう。
使用人達が自分を見つめる視線へ込められた感情に。
本人達だけは、この世の春とばかりに、楽しんでいる。
それが砂上の楼閣だと、気づきもせず。
この先に待つ未来を思い、俺はニヤリと笑う。
それとなく奪い取る準備は、すでに一分の隙もなく、完了していた。
●
『もうすぐ終わるから』
それに、に続いたメルディの言葉を理解しながら、俺は拳を握って、ロディアスの言葉を聞き流していた。
勘違いと思い込みにまみれた、一方的な断罪を。
たまたま、メルディの片付けが間に合わず、リンカが嫌がらせの被害に遭ったのだ。
たった一回の嫌がらせ、しかもメルディは濡れ衣だが、ロディアスは勝ち誇った表情だ。
俺はさらに拳をキツく握る。血が出てるかもしれないが、メルディの苦しみに比べれば、何て事はない。
そして、俺は、待ちわびた一言を、ロディアスが口するのを待つ。
今にも、ロディアスと、その背中に抱きつくようにしているリンカという名だったような少女を、くびり殺したくなる自分を必死に抑えて。
ついに、ついに、長く感じた断罪の時間が終わり、ロディアスが笑顔で告げる。
「メルディ、お前との婚約は破棄させてもらう」
メルディは、動じる事もなく微笑み、婚約破棄を受け入れ、その日の内にロディアスの屋敷を出て行った。
ついでだが、リンカに嫌がらせをしていた真犯人も、悪行がバレて、ロディアスの側から姿を消した。
最後まで、メルディはロディアスを想っていたらしい。
嫉妬で、抱き潰したくなる。
●
念のため、俺はしばらく時間を置いてから動こうと、まだロディアスの屋敷に入り浸っていた。
何より、ロディアスが真実を知って、苦しむ姿を見たかった。
早速と言うか、異変は起きた。
俺はわざわざ暗殺者を始末したりしないし、してくれていたメルディはいない。
ロディアスは毎晩やって来るようになった暗殺者に首を捻り、あちこちで襲われる嫌がらせに苛立つ。
俺はそんなロディアスを、チャラチャラした仮面を着けて、傍観していたのだが……。
内心は今にも爆発しそうだった。
ロディアスへの想いが綴られたメルディのノートを、見つけてしまったからだ。
文面からは、メルディのロディアスへの愛しさが滲む。
だが、最後の一冊だけは、少し違った。
ロディアスへの愛しさは消えた訳では無さそうだが、何処か他人事のような文が混じる。
何より、俺の名前が出てくるようになった。
ノートを見る限り、好感触のようだ。
最後のノートのおかげで、俺はロディアス殺害計画を練るのを止める。
表面上だけだが、今まで通り付き合えると思っていた。
あの何もわかってない、わかろうとしなかった発言を聞くまでは!
殴った拳が痛むが、気にならない。
あろう事か、ロディアスは、嫌がらせと暗殺の犯人を、メルディだと言いやがった。
どれだけ、どれだけメルディが自分に尽くしていたか、守ってくれていたか、知ろうともしないで。
確かに、話さなかったメルディも悪いが、五年も側にいて、どうして何も気付かない?
俺は激情のまま、数冊あったノートを、倒れたままのロディアスに投げつける。
最後の、俺の事が書かれた一冊だけは、隠し金庫に仕舞ってある。
宝物として。
別にメルディのノートを見せるのは、ロディアスのためじゃない。
さらに苦しめて、どれだけメルディに助けられていたかを、教えてやるためだ。
ロディアスが、メルディを実は愛していたと気付いたとしても、知った事じゃない。
●
ロディアスにはまだ話していないが、俺は先日、さるご令嬢と婚約した。
身の回りがゴタゴタしていて、片付けるのに時間は少しかかった。
万が一、婚約した後にゴタゴタがあっても、さるご令嬢となら、問題なく乗り越えられると思う。
とある人物から婚約破棄された直後のため、さるご令嬢の親は、一も二もなく頷いてくれた。
さるご令嬢本人にはこれから話すが、受け入れてくれると思いたい。
「俺と結婚してください――メルディ」
さるご令嬢は、遠くを見るような笑顔ではなく、俺を真っ直ぐ見て笑うと、俺の差し出した手を握り返してくれ……。
「お友達からお願いします」
大いに笑わせてくれた。
釣られてころころと笑うメルディを見ながら、俺はひっそりと思うのだ。
――これが正解なんだと。
もう一話、一応後日談の予定があります。
第一話として、短編だったものを合体させておきます。
ご感想、ありがとうございます。
リクエストまでいただいてしまい、内心バクバクでした。
実は、私もミハエル推しです!(笑)