愛している人と結ばれる。
やっとここまで来ました。
直接的な表現はありませんが、性描写注意で。
前半メルディ、後半ミハエル視点です。
「『あの人を愛してる』って。――それは誰の事?」
ミハエルからの唐突な問いに、私の頭の中は真っ白になった。
●
お兄様に頭を殴られたミハエルを、馬車の固い座席に寝かせるのは可哀想なので、残りの三人の中で一番肉付きの良い私の太ももを枕にした。
べ、別に私が太ってるとかじゃなくて、消去法だから。
お兄様は肉付きが良いかもしれないけど、ガチガチの筋肉だし、サヤはかなりのスマート。
残ったのは私だ。ということを、私の太ももにミハエルを乗せてから、サヤが無表情で説明してくれた。
お兄様は、床に転がしとけ、って言ってたけど。
目が覚めたミハエルは、すぐに私の膝から起き上がろうとして、また沈み込む。
そのあと色々あって、私はサヤの暴露で、本当は言いたくなかった本心を、ミハエルへ吐露してしまう。
私はこれ以上、ミハエルに嫌われたくなかったのに。
せめて、綺麗にお別れして、友人ぐらいではいたかった。
ミハエルは、リンカさんに興味がないような事、言ってくれたけど……。
私の心の叫びが聞こえたように、ミハエルは容赦なく止めを刺しにくる。
まさか、あの独り言、聞かれてたなんて。
どうしよう、そのせいで、素っ気なくなったんじゃ?
お、お兄様、喚んじゃ駄目かな?
たぶん、叫んだら来てくれると思うんだけど。
私があわあわしていると、抱きついたままのミハエルから、ジッと見つめられる。
あぁ、久しぶりに、きちんとミハエルと目があった気がする。
それだけで、心があたたかくなる。
ミハエルを想うようになって、ロディアス様への愛しさは、いわゆる二次元へ向けたものだったんだな、と実感する。
ロディアス様をリンカさんに盗られても、寂しいと思うだけだった。
でも、ミハエルとリンカさんが歩いているのを見た時、胸の痛みで死ぬかと思った。
前世でも、こんなに誰かを想った事はなかったと思う。
出来れば、ただ愛していることだけは、許して欲しい。
私はそんな想いを胸に秘め、終わらせるための言葉を紡ぐ。
「ごめんなさい。――私が愛しているのは、ミハエルだよ」
時間が止まればいい。
目を見張って固まったミハエルを前に、私は誤魔化すように微笑んで見せ――。
大きく深呼吸し、ミハエルをゆっくりと押し返そうとした私は、逆にさらにぎゅうぎゅうと抱きつかれて息を呑む。
「ミ、ミハエル? あの、どうしたの?」
期待させるような事は、止めて欲しいんだけど。
あと、物理的に苦しい。
「だって、メルディが、俺を愛してるって! アイツじゃなかった!」
顔を上げたミハエルは、何だかとても喜んでくれてる。
「アイツ?」
「メルディ様、これです」
誰だろうとサヤを振り返ると、前髪をちょこんと摘んで触覚みたいに立たせている。
「あー、ロディアス様……」
固有名詞を出したら、ミハエルが大嫌いなものを食べたみたいな顔をする。ロディアス様と喧嘩でもしてるんだろうか。
思わずそんな現実逃避をしたくなるぐらい、ミハエルからの眼差しが熱い。
「メルディは、俺だけを見て?」
「えと、でも、婚約は……」
「解消する必要あるの? メルディは、俺を愛してるんだよね? それとも、嘘だった?」
甘えるような声音で囁くミハエルは、私の胸にしがみつくような体勢のまま、ジッと見上げてくる。
「嘘なんか吐く訳ないでしょ?」
「なら、解消する必要なんて、何処にもない。俺が愛しているのは、ずっとメルディだけだから」
どうしよう。
都合の良い幻聴が聞こえた。それとも、このミハエルは偽者?
「幻聴じゃないし、俺は本物だから」
「じゃあ、双子の弟とか!?」
「兄弟はさっきのルシフェンしかいないから」
「と言うか、何で……」
「さっきから口に出てるよ、メルディ」
クスクス笑われ、私はハッとして口を覆い、サヤを振り返る。
サヤと目が合うと、幼い子を見るようなあたたかい眼差しで微笑まれる。
「愛している、メルディ。お願いだから、婚約解消なんて、言わないで?」
「でも、ミハエル、私に色々と隠し事してたよね」
「それは、メルディを俺の事情に、巻き込みたくなかったから……」
「私は巻き込んで欲しかった。そうしたら、ミハエルとずっと一緒に……」
不満だった事を口にしたら、思わず違う本音が出てしまいそうになり、私は慌てて口をつぐむ。
「ずっと一緒にいたいって、思ってくれたんだ?」
「駄目、だった?」
「嬉しいに決まってる。俺の全部、メルディに伝えるから、メルディも全部、見せて……」
言葉通り嬉しそうに笑ったミハエルは、熱っぽい瞳で私を見つめ……そのまま、私の胸へ顔を埋める体勢で崩れ落ちる。
気のせいじゃなければ、またゴツンッていう鈍い音がした気がする。
顔を上げると、お兄様がそこに立っていた。
犯人はお兄様だったらしい。
「メルディに呼ばれた気がして、な」
「……ありがとう、ございます」
ミハエル、大丈夫かな?
お兄様、手加減してくれてるけど、二回目だし。
あ、コブになってる。
私は気絶したミハエルの後頭部を撫でながら、また自らの膝の上に乗せる。
「さすが、オーガスト様。全くの無傷ですね」
「当然だ」
サヤの言葉に、お兄様は重々しく答え、私の頭を撫でてくれる。その手は、どこまでも優しい。
「メルディが望むように生きればいい。邪魔をする者があれば、私が抹殺してやる」
「ふふ、頼もしいです、お兄様」
優しいお兄様の心遣いに、私は自分の心と向き合う。
私が望むのは……。
「――――」
私の言葉に、お兄様は少しだけ苦笑して、私を柔らかく抱き締めてくれた。
もちろん、力加減はバッチリで。
●
[視点変更]
「あ、いたた……っ」
後頭部の痛みで目覚めた俺は、辺りを見回して、すぐ飛び起きる。
馬車の中ではなく、いつの間にか自分の部屋にいたからだ。
どれだけ寝ていたのか、窓からは朝の光が差し込んできている。
目眩がしたけれど、そんなことは気にならない。
すぐにでも、メルディに会いたかった。
あの会話が、夢じゃなくて現実だと、確認したかった。
何より、メルディが無事だったという喜びを、もう一度抱き締めたかった。
走り回って、メルディを探していると、洗面器を抱えたメルディと鉢合わせする。
「ミハエル!? 起きて大丈夫?」
氷水の張られた洗面器をしっかりと抱え、メルディは驚いた様子で俺を見ている。
「え、うん。それは?」
「ミハエルのコブを冷やそうと思って」
「コブ?」
メルディの言葉に、後頭部を恐る恐る触ると、確かに不自然な膨らみがある。
「触らない方が良いよ」
ほら、と促すメルディに連れられて、俺は自分の部屋へと逆戻りする。
元々、メルディを探すために出て来た訳だから、異存はない。
「うつ伏せになって」
メルディの優しい声に促され、俺はベッドへうつ伏せになる。
「少し、冷たいよ?」
心配そうな声の後、ひんやりとした感触が後頭部を覆う。
メルディは氷水の張られた洗面器を持っていたから、濡らしたタオルだろう。
「大丈夫? 痛くない?」
「あぁ、大丈夫。……その、メルディ。馬車で話したことなんだけど」
体勢的にはかなり情けないけど、俺は堪えきれず、首を捻ってメルディを仰ぎ見る。
これで、実は夢でした、とかだったら、死ねる自信がある。
「私が、ここにいる事が、答え――のつもり、なんだけど」
少し拗ねた表情で、唇を突き出すメルディは、惚れた弱味関係無く可愛らしい。
見た目は弱々しく儚い美少女なのに、メルディは中身も肉体もとんでもなく強い。そんなところもたまらなく愛おしい。
まぁ、オニイサマを見れば、強さに関しては、色々と納得できるけど。
「ミハの側にいたいの。迷惑、だった?」
おずおずと俺の服を掴んで小首を傾げるメルディに、俺は勢い良く起き上がり、驚いているメルディを抱き締める。
「……俺の方こそ、もう離してあげられない。ごめんね」
すがりつくように抱き締めた俺を、メルディはくすくすと笑って受け入れてくれる。
「もう隠し事しないなら、許してあげる」
そんなからかうような台詞で。
でも、俺のこの執着は隠しておこう。
早速、隠し事になってしまうけど。
あと、メルディが消えたと知った時に用意した、首輪とか檻とかも。
捨てるのはもったいないし、念のため、とっておくつもりだ。
使う事もあるかもしれないし。
俺は抱き締めたメルディを少し離すと、間近から真っ直ぐ瞳を覗き込む。
「改めてしっかりと言っておくけど、俺がメルディと婚約したのは、同情とかじゃないから。本当に、メルディを愛しているからだから。隣国の元王族だったり、色々ゴタゴタしてるけど、俺と結婚してくれますか?」
「はい! あ、ミハのゴタゴタは、お兄様にお願いしたから、少しは静かになると思うよ?」
俺のプロポーズに、メルディは幸せそうに笑って頷いてくれ、サラリと何だかとんでもない事を言ったが、メルディなので気にしないでおく。
あの空気の読めないリンカとかいう女とは違い、メルディは読み過ぎるぐらい、空気を読むから大丈夫だろう。
オニイサマが関わってるのが、少し怖いけど。
エンジュが滅んだ、とか聞いても、たぶん驚かない。
少しは静かに、なので滅びはしない……よな?
メルディが離れていかないなら、どうでも良いか。
「メルディ、愛している」
「私も、愛している、ミハ」
囁いた愛に、照れながらも返してくれるメルディが、健気で愛おしい。
今さらだけど、時々感じていた違和感は、呼ばれる時、メルディだけ呼ぶ愛称じゃなかったから。
無意識にメルディは、俺と距離をとろうとしていたのかもしれない。
完全に逃げられる前に、捕まえられて良かった。
その点では、ルシフェンに感謝している。礼は死んでも言わないが。
「ミハ?」
「何でもないよ」
不思議そうに見つめてくるメルディを、優しくベッドへ押し倒した俺は、既成事実を作るべく、ゆっくりと唇を重ねていった。
無事に……と言うのも、おかしい表現だけど、俺は隣で眠るメルディを見つめていた。
触れ合った素肌が心地よくて、何より落ち着く。
少し泣かせてしまい、眠るメルディの頬には涙の跡がある。
一定のリズムで上下する胸を見ていたら、色々とキたので、視線をメルディの寝顔へ移す。
涙の跡を唇で辿ってから、俺はメルディを抱き締めて目を閉じる。
紆余曲折はあったが、俺は本当の意味で、メルディを手に入れられた気がする。
ま、結婚式までは、気が抜けないけど。
一応、名前だけの親友なアイツも呼ぶ予定だからね。
一つだけ言いたいのは――うん。オニイサマで特訓したという蹴りは、とても痛かった。
つい、足が出たようです。
あと、ミハエルは胸派みたいです。(笑)
一ヶ所、呼んだではなく、喚んだになってるのは、わざとです。
次回はお姉様を絡めたお話にしたいです。