愛している人を泣き止ませる。
サブタイトルはシリアスですね。
中身は、仲良し兄妹。
あくまでも、オーガストとメルディは、兄妹愛です。
やっぱり、オニイサマは、昭和のテレビ方式です。
「誰? お兄様かな?」
誰かに呼ばれた気がした私は、パンパンと埃を払いながら立ち上がり、辺りを窺う。
炎が明るく照らし出した裏庭には、私以外の姿はない。
首を傾げた私は、まぁいいか、と小さな爆発を続ける二階を見上げる。
自分が脱出した窓を見上げた私は、かなりの危機一髪だった事を改めて自覚し、胸を撫で下ろす。
私がいた二階は、他の部屋も、完全に火の海になってしまっているようだ。もしかしたら、油も撒いてあったのかもしれない。
「……えー、ミハエル、どれだけルシフェン様に嫌われてるの?」
炎の勢いに、私がちょっと呆れていると、今度は獣の吠えるような声が聞こえてくる。
「あれ、やっぱりお兄様だ」
聞き覚えのある吠え声に、私はペタペタと裸足で歩き出す。
歩きやすい靴を履いていたけど、脱出する時に脱いだら、部屋に忘れてきてしまった。
動揺してないつもりだったけど、やっぱりミハエルの話はショックだったみたいだ。
好きな相手に隠し事されてるのって、かなり堪える。
ま、不幸中の幸いにも、裏庭は手入れされてるので、大きな怪我はしないで済みそうだ。
私は身を屈めながら、気配を殺して、お兄様の声が聞こえた方向を目指す。
たぶん、私を迎えに来てくれたのだろうから。
綺麗に整えられた植え込みの間へ身を隠し、私は無駄に広い前庭を覗き見る。
あ、魔王が降臨してる。
そこに広がっていた光景に、他人事のような感想を抱く。
騎士様達が、止めようとしてくれてるけど……って、他人事じゃなくて、私が原因だよね、絶対。
「お兄様!」
深く考えるより先に、私は隠れていた植え込みを飛び出し、今にも屋敷を破壊してしまいそうなお兄様へ駆け寄る。
視界の端、副団長さんが安堵の表情でため息を吐いてる。
いつも、兄がお世話になってます。
なんて、内心思いながら、騎士様ではない、強面な方々が上げた、ヒイッという悲鳴を気にせず、私は遠慮なく逞しいお兄様の体へ飛びつく。
「お兄様っ」
一瞬ピクッと眉を動かしたお兄様は、無表情のまま、動じる事なく私を受け止めてから、優しく抱き締めてくれる。
また、強面な方々からは、ヒイッという悲鳴が上がったのは何でだろう?
挽き肉になるとか、真っ二つだとか、やけに血生臭い単語が聞こえるけど。
「メルディ、無事だったか」
「はい!」
お兄様が壊れ物を扱うように、私の頬を両手で包んで、無表情で見下ろしてくるけど、気分はちょっと草食動物だよね。。
食べないで……的な。
実際、お兄様が私を傷つける訳なんてないんだけど。
あ、強面な方々が気を失って、騎士様達に回収されていく。
「心配したぞ?」
「ごめんなさい、お兄様」
ギュッと抱きついて甘えていると、お兄様がおずおずと抱き締める力を強くしてくる。
「いや、無事で良かった」
すり、とお兄様は、私の髪に頬を寄せ、甘さのある柔らかい声で囁いてくれる。
お兄様のこの声を聞けるのは、お姉様と私だけの特権だ。
うふふ、と笑いながら、お兄様の愛情を再確認していると、急にお兄様から顎を掴まれる。
もちろん、物凄く手加減されて、だ。
「頬はどうした? 腫れているようだが……」
「ちょっと失敗して、殴られました」
途端にお兄様の目がカッと見開かれ、気絶している強面な方々を睨みつける。
「お兄様、かすり傷です」
「しかし、結婚前の淑女の顔に傷など……」
「大丈夫です!」
このままだと、お兄様によって血の雨が降りそうなので、私は力一杯宣言しておく。と、不意に体が浮く。
慌てて、犯人であるお兄様の首に腕を回し、ギュッとしがみつく。
乙女の憧れ、お姫様抱っこだ。
「靴はどうした?」
「爆発した部屋から逃げる時に、忘れてしまいました」
「足の裏は平気か? ガラスを踏んだりは?」
お兄様が呆れたように見つめてくる。これは、お説教モードになりそうだ、と私は慌てて話を逸らすため、口を開く。
「大丈夫です。……そう言えば、お兄様に抱っこしていただくの、久しぶりです」
「そうだな。相変わらず、軽いな、メルディは」
昔を懐かしむような顔をしたお兄様は、私をしっかりと抱え直してくれ、そのまま馬車が停めてある方へと歩き始める。
言葉通り、私一人の重さなど、関係無いようだ。
無事にお説教も回避成功し、安堵の息を吐いた私は、安定感抜群のお兄様の腕に抱かれて、まったりモードだ。
ミハエルを殴りに行くのは、また今度にすればいいか。
もしかしたら、リンカさんとの結婚とか、リンカさんを賭けてロディアス様と決闘とか、そんな事もあるかもしれない。
どっちにしろ、その時に一発ぐらい殴らせてもらおう。お兄様と一緒に。
「……メルディ様」
そんな事を考えて、お兄様の首にぶら下がっていたら、一番心配だった相手に行く手を遮られる。
「サヤ! 良かった……。怪我は平気?」
お兄様がしっかり支えてくれてるので、遠慮なくサヤへと手を伸ばすと、少しだけ微笑んで握り返してくれる。
「はい。私がついていながら……」
「私は無事だったんだし、サヤのせいじゃないから。もともと、私がふらふらと出歩いたのが悪いんだし」
謝ろうとするサヤを遮り、私はお兄様に抱かれたまま、ぶんぶんと首を横に振る。
実際、ミハエルの屋敷で大人しくしていたなら、さらわれる事もなかったんだから。
今さらになって思うのは、ミハエルが私を外出させなかったのは、婚約者の私が、実は本命じゃないとバレないようにしたかったからなんだろうな、って事かな。
あとミハエルなりに、私がこんな事態に巻き込まれないよう、考えてはいてくれたんだろう。
「メルディ様?」
「ん、サヤが無事で良かったなぁ、って」
「私も、メルディ様が無事で良かったです」
ボーッとしていたら、サヤに心配そうな表情で見つめられ、誤魔化しではなく、素直な気持ちを口にしたら、珍しくサヤが微笑んでくれた。
「オーガスト、メルディは君の屋敷で預かってもらうので構いませんか?」
「いや、ちょうど今、別宅の方に……」
「なら、ちょうどいいですね」
私とサヤがイチャイチャしてる間に、お兄様と副団長が私の行き場を決めてくれたようだ。
当初の予定通り、お姉様がいる別宅へ行く事になるのかな。
そう思っていたら、サヤが何ともいえない表情で、クイクイと私の手を引く。
「あの、皆様、お一方、お忘れでは?」
「あ、もしかして、ルシフェン様? 今回の首謀者の」
「いえ、あの方はしかるべき所へお送りしましたが……?」
「他にいたか?」
顔を見合わせる私とお兄様と副団長に、サヤは額を押さえてため息を吐く。
大丈夫かな? 傷開いた?
「あちらをご覧ください」
バスガイドのように手のひらを上に向け、サヤが示したのは、燃え落ちそうな屋敷の前。
そこには、虚ろな表情で燃え盛る屋敷を見上げ、壊れたように涙を流す人物の姿が……。
て言うか、ミハエルだ。
「あぁ、そう言えば一緒に来ていたな」
「オーガストを抑えるので精一杯で忘れていました」
ミハエルが、助けに来てくれていた。しかも、心配して泣いてくれている。
それだけでミハエルを許したくなった私は、かなり単純だ。けど、浮上した気分は、一気に下降する。
「ルシフェン様と、本命の方がどうとか、話していたようですが、泣いているという事は、あの火の海の中に、ミハエル様の大切な方が?」
副団長の呟きで理解してしまう。
ミハエルは、さらわれたのはリンカさんも一緒だと思っているんじゃ?
あの虚ろな表情も、涙も、私へのものじゃないんだろう。
そう考えると、ズキッと胸が痛むけど、あんなミハエルを見ている方が辛い。
「メルディ様、これを」
「ありがと、サヤ」
私のしたい事に気付いたサヤが、裸足だった私の足に靴を履かせてくれる。
「お兄様、降ろしてください」
「大丈夫か?」
「はい」
少しだけ渋ったお兄様は、ゆっくりと私を降ろして、しっかり立つまで支えてくれる。
「あそこにいると消火の邪魔ですから、まずはこちらへ連れてきてください」
苦笑混じりの副団長の言葉に、私はコクリと頷いて、ゆっくりとミハエルへ近寄る。
ミハエルは、まだ私に気付く気配もない。
声も上げずに泣く姿は痛々しいが、不謹慎にも絵画みたいだと思ってしまう。
美形ってズルい。
負けた気分になりながら、私は泣いているミハエルへ話しかける。
「あの、ミハエル? そこにいると危ないから、こっちへ。リンカさんなら、大丈夫だよ」
いなかったから、と続けるつもりだった私は、言葉を途切れさせる。
原因はミハエルだ。
私の声に反応して勢い良く振り返ったミハエルに、突然抱き締められ、思わず固まってしまったから。
そんなに、リンカさんが無事で嬉しかったんだ、と複雑な気分の私を抱き締め、ミハエルは泣き続けている。
「よかった。――メルディ」
泣いているミハエルが呼んだのは、リンカさんの名前ではなく、私の名前。
きょとんとしていると、いつの間にか、涙に濡れたミハエルの顔が間近にあり、呼吸を奪われる。
簡単に言うと、キスされていた。
何度も、何度も、何かを確かめるような、軽いキスの雨が降ってくる。
私が内心パニックになっていると、魔王を降臨させたお兄様がミハエルの背後に立ち、ゴツンと鈍い音が辺りへ響く。その後には、ドサリと何かが倒れるような音が。
「……さて、危ないので、移動しましょうか」
何事もなかったような副団長の一声で、私達は燃え盛る屋敷を後にした。
――気絶したミハエルは副団長が背負い、腰が抜けた私は、またお兄様にお姫様抱っこをされて。
どうしても、メルディ側はシリアスになりきりません。
次は、ミハエル側です。
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