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愛している人に殴られたい。

ミハエルが殴られる前に、別な方が殴られました。


メルディ、叩かれた事を忘れてますけど、オニイサマに知られたら、ルシフェン倍返しぐらいされそうですよね。



第一王子からは、副団長と同じ、苦労人な匂いがします。

 さすがに疑わしいだけでは、貴族の屋敷を潰していく訳にはいかず、俺の調べ上げた怪しい貴族を、オーガスト様が騎士団の力でさらに調べあげてくれた。

 結果、残ったのは郊外の屋敷だ。

 持ち主は、ろくでなし大臣で、ろくでなし大臣のバカ息子が、別宅として使っているらしい。

 このバカ息子が、仲間に話していたそうだ。

『僕は他国の王族と仲が良く、将来を約束されてる』と。

 いくら友好国とはいえ、他国の臣下になる事を吹聴するとは、馬鹿なんだろうか。

 しかし、これでハッキリした。

 ルシフェンに手を貸しているのは、このバカ息子だ。

「さて、準備は良いか?」

「はい。大丈夫です」

 俺とオーガスト様が馬車の前での確認を終え、出掛けようとした時、屋敷の中からフラフラと出てくる人影が一つ。

「……私も参ります」

 死にかけていた筈のサヤは、それを感じさせない決意を秘めた声音で宣言する。

 頭には包帯が巻かれているが、退く気配はなさそうだ。

「足手まといにはなるな」

 オーガスト様は予想していたらしく、それだけ言うと、さっさと馬車へ乗り込んでしまう。

「サヤに何かあっても、メルディは悲しむからね?」

「はい。承知してます。ですが、私がいないと色々と悪化する予感がするので……」

 サヤはそんな謎の台詞を吐き、俺と一緒に、オーガスト様の待つ馬車へと乗り込む。

 馬車の中には、オーガスト様の他に、胃を押さえた細身の騎士が控えている。

 俺とサヤが座ると、すぐに馬車が動き出す。

「それでは、作戦を説明させていただきます。ルシフェン様が潜伏されていると思われるのは、大臣のバカ息子の別宅です。このバカ息子は、色々な犯罪を犯してますので、その件で踏み込む手筈です」

 胃を押さえたまま、細身の騎士が滔々と喋り出す。 この気苦労が絶えなさそうな騎士は、確か副団長だったはず。

「私は?」

「オーガストは、まずは立って睨んでいてください。抵抗するようなら、その辺を殴りつけて、また睨んでください」

 オーガスト様の扱いに慣れてるし。

 まぁ、確かにバカ息子ぐらいなら、オーガスト様の一睨みでどうにか出来るだろう。

「ミハエル様は、ルシフェン様が出てきたら、対応お願いいたします。一応、他国の王族なので。本来なら、第一王子に来ていただきたかったのですが、第二王子とリンカとか言う少女の尻拭いで手が離せないそうなので」

「え、あ、はい」

 有無を言わせぬ副団長の言葉に、俺は思わず素直に頷いていた。

「……あの差し出がましいですが、お聞きしても?」

 俺達のやり取りを聞いていたサヤが、無表情でおずおずという器用な割り込み方をしてくる。

「はい。何か作戦に疑問でもありましたか?」

 副団長は気分を害した様子もなく、サヤに視線を向けている。

「いえ、そちらではなく、第一王子が第二王子の尻拭い、という点なんですが……」

「そっか。メルディも知らないって事は、サヤも知らなかったんだね。もう今さらだから教えるけど、第二王子なアイツに差し向けられてる暗殺者は、アイツ側の人間からだから。ついでに、嫌がらせもね」

 俺の説明に、サヤは無表情だが、明らかに不思議そうだ。

「ミハエル様のおっしゃる通りです。第一王子は、ロディアス様に暗殺者を差し向けてはいません。あなたも、ロディアス様に差し向けられた暗殺者と戦った事がありますよね? どう思いました?」

「どうと言われたら、弱すぎて、二流だな、と。……あぁ、そういう事ですか。つまりは、第一王子を失脚させるため、あのような杜撰な暗殺や嫌がらせを自作自演してるのですね。捕まえた内通者も、第一王子ではなく、その杜撰な暗殺の首謀者と繋がってたんですね」

 頭の回転が早いサヤは、俺と副団長の説明から、すぐに正解を導きだしたようで、一人頷いている。

 ほぼ正解だったせいか、副団長は微笑んで頷くのみだ。

「アイツは気付いてないけどね。アイツの目は、節穴な上、周りを見ようとはしないから」

 おかげで、俺はメルディを手に入れられたけど。

 そう思った瞬間、無理矢理考えないようにしていた不安が、再び押し寄せてくる。

 胸の痛みに呼吸すら出来なくなっていると、サヤの足が、俺の足を然り気無く小突く。

「メルディ様を、そこら辺のご令嬢と同じだとは思わないでください。5年もの間、二流とはいえ、暗殺者の相手をしていましたから」

 一対一ならそうそう負けません、と無表情でドヤ顔するサヤを見て、少しだけ呼吸が楽に……。

「それに、メルディ様には、対男性の必殺技を教えてあります。襲われたら、遠慮なく、ナニを打撃しろ、と」

 今度は、別の意味で呼吸が止まりそうになった。

 副団長も目を泳がせている。

 通常運行なのは、今にも世界を滅ぼしそうな顔で押し黙っているオーガスト様だけだろう。

「オーガスト様で練習しましたから、大概の男なら沈められる筈です」

 そこで、うむ、とオーガスト様が重々しく頷いたし、本当らしい。

 食らったら動けなくなる自信はあるな、それは。

「ミハエル様には不要な心配です」

 俺の心を読み取ったようにサヤが呟く。

 だが、残念ながら、俺には同意出来なかった。

 愛を囁いただけで、逃げ出したメルディだから、押し倒したりしたら……。

 想像したら、ちょっと股の間がヒュンとしたので、ブンと頭を振って追い払う。

 まずは、メルディを無事に助け出す事が先決だ。




 辿り着いたバカ息子がいる屋敷は、周囲に他の建物はなく、誰かを監禁するにはもってこいな立地だ。

 屋敷の堅牢な門の前には、すでに数人の騎士が控えていて、中にいる二人の門番と睨み合っている。

 馬車から俺達が降りて近寄ると、騎士の間には安堵が、門番の二人には明らかな動揺が見える。

「ま、魔王だ!」

「おい、聞いてないぞ!?」

 オーガスト様効果は抜群だ。本人は、ただ立っているだけだが。

「フール様に用があって参りました。ご在宅でしょうか?」

 フールと言うのは、バカ息子の名前だったはず。

 調べはついてるはずだが、微笑んで白々しく尋ねる副団長は、かなりの腹黒だ。

 逸る気持ちを抑えながら、俺はサヤと並んで、オーガスト様の後ろで控えている。

 エンジュの王族とはいえ、俺は今、何の権力も持たない。

 まさか、それをこんなに歯痒く思う日が来るとは……。

 俺が自分の無力さを呪っていると、ガシャンと鈍い音がし、そちらを見た時には、オーガスト様によって鉄柵の門が破壊されたところだった。

 門番達は怯えながらも、フールを呼ぶのを渋ったのだろう。

「な、なん、何なんだ!?」

 残念ながら、残念な本人が、自ら飛び出してきたようだが。

 転がりながら飛び出してきたのは、白豚に似た青年だ。

 ルシフェンではないし、明らかにこれがフールだろう。

 何かバカ息子って感じがするし。

 そこまで大きな音ではなかったから、誰かが知らせたんだろう。



 『魔王』が来た、と。



 ルシフェンは、まだ出てこない。

 まだメルディの側にいるんだろうか?

 まさか、手を出されてはいないだろうな?

 最後までいかなくても、キスとか、触るぐらい……。

 逆らって殴られたり、っていう可能性もあるか。

 俺が内心ヤキモキしている内に、フールの無駄な抵抗は終わったらしく、気付いた時には真っ青になってガタガタ震えている。

「彼を捕縛し、屋敷の中を……」

 副団長の命令が途切れ、ため息を吐いた気配がし、俺は副団長の視線を辿る。

 そこには、余裕の表情で屋敷から歩み出てくる、見覚えのある青年の姿がある。

 俺は父と妾妃、二人に似ているが、向こうは王妃である、あちらの母親に瓜二つだ。

 つまりは……。

「あまり似てませんね」

「まぁ、幸いにもね」

 サヤの呟きに、俺は肩を竦めて頷くが、たぶん瞳には憎悪が溢れているだろう。

 向こうも俺に気付いたらしく、一瞬だけ動揺を見せ、すぐに底意地の悪い表情になる。

「おや、ずいぶんお早いお迎えだな」

「……そりゃ、大切な人だから、当然でしょ? いい加減、嫌がらせは止めてくれない?」

「お前が、僕の目の前から、完全に消えたら考えるさ。まぁ、今回は、僕とした事が、お前の本命ではない方を、間違えてご招待してしまったようだがな……」

 ルシフェンは嫌みな口振りでそう言うと、屋敷の二階へチラリと視線を投げる。

「……俺の身の振り方はどうでも良いけど、俺の本命じゃない相手を招待って、人違いしたって事?」

 どういう事だ? 今さら、嘘や誤魔化しを口にしても、意味がないと思うが……。

 ルシフェンの性格的に、これで終わるとは思えないし、俺はルシフェンの次の言葉を待つ。

 オーガスト様は、視界の端で副団長に押さえられている。

「そうそう。お前が骨抜きだって、噂が流れていたから、連れてきたのに、全然違う女だったんだよ」

 ニコリと笑うルシフェンの顔に浮かぶのは、小動物をいたぶるような残酷な笑顔だ。

 俺と噂になり、しかも全然違うって事はリンカだな、とか、じゃあ、メルディは別口のルシフェン関係の貴族にでもさらわれたのか? とか、俺はルシフェンを睨みながら、目まぐるしく思考を巡らす。

 オーガスト様が唸り始め、副団長の顔色が悪くなってきたから、早くメルディの居場所を探らないと。

 どうせ、ここにいなくても、ルシフェンの息がかかった貴族の屋敷に監禁されているんだろうから。

「そう。なら、俺には関係ないよね」

 その子は解放して、そう続けようとした俺の言葉を、ルシフェンは相変わらずの笑顔で遮る。

「関係ないなら、どうなっても構わないな。……僕とした事が、タバコを消し忘れた気がするな」

 わざとらしい一言に、は? と俺が問い返そうとした瞬間、屋敷の二階辺りから、爆音が響く。

 この野郎、と思うと同時に、一瞬、ほんの少しだが、リンカがこれで消えるなら良いな、とか思ってしまった俺を、ルシフェンが笑顔で見ている。

「おや、邪魔な愛してもいない婚約者が始末出来て、嬉しくないのか?」

「――今、何て言った?」

 からかうようなルシフェンの言葉を、理解出来なくて……いや、したくなくて、思わず聞き返していた。

 その間にも、二度、三度と爆音が響き、オーガスト様が副団長を振り切って駆け出す。

「だから、お前の、愛してもいない婚約者は、あの中だ。今頃……っ!?」

 俺はルシフェンを衝動のまま殴り飛ばし、オーガスト様を追って駆け出す。

 ルシフェンがどうなろうが、もうどうでも良かった。

 メルディなら、きっと上手く脱出したはずだと、言い聞かせながら、階段を駆け上がろうとするが、そこではオーガスト様が副団長に羽交い締めにされていた。

 階段の先の二階は火の海で、人影は、何処にも見当たらない……。

 呆けた俺を騎士が連れて行こうとする。

「メルディ、さま……」

 サヤがポツリと洩らした呟きが、俺に現実を突きつける。



「メルディーーーッ!!」



 俺とオーガスト様の慟哭を飲み込み、バカ息子の屋敷を包み込んだ炎は、夜空を赤く染め、全てを焼き尽くしていった。


ミハエル、次回は殴られると良いな。



メルディの安否は……。

って、あそこにいます。

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