お題「感動する話(泣ける系)」
喪服に身を包んだ大人たちが数珠を手に列に並び、にっこりと笑う拡大された私の写真に手を合わせ涙を流している。
坊主のお経を背景に、すすり泣く声は途切れることの無い旋律となっていた。
私は滞りなく進む私の葬儀の様子を眺めていた。
家族や親戚、会社の上司、それから昔の懐かしい友人たちが集まっている。
最後に覚えているのは、不快な急ブレーキの音と、眼を焼かんばかりの閃光。
私の体はスーパーボールのように勢い良く跳ね、時速八十キロ超で衝突した車体から獲得した運動エネルギーの赴くがまま、血と皮膚と少し古くなってきていたスーツをひび割れたコンクリートにすりこんでいった。
全身を火で覆われるような感覚があったが、それが痛みだと理解する前に、私は意識を失った。
目が覚めると私は幽霊になっていた。
当初考えていたのは皆に迷惑をかけてしまったということと、生命保険に入っていて良かったということくらいだった。
だが年老いた母の泣き崩れる姿と、妻の憔悴しきった表情を見て、私はついに死を実感することとなった。
幼い娘はきょろきょろと式場を見渡し「パパはどこなの?」と言った。
「遠いところへ行ってしまったのよ」と妻は答えた。
葬式が終わり、皆が解散していく。
私は眠りに落ちるように意識が遠のいていくのを感じた。
これで本当の終わりが来たのだと覚悟したが、私はすぐに目を覚ました。
それは葬式場の喫煙所での様子だった。
友人たちが昔の話を涙目で話し合っていた。
どこそこへ旅行に行ったとか、今思えば馬鹿なことをやったとか、泣き笑いながら話している。
「そうしたら、あいつはこう言うんだよ。『難しく考えているだけだ。実は大したことじゃない』」
「あいつの口癖だ。悩んだときはいつも言ってた」
それは亡き父の言葉だった。
私が悩んだとき、人生に立ち止まってしまったとき、父は私に、難しく考えているだけなのだと優しく教えてくれた。
他人にとってはただの言葉だが、私にとっては闇の中の光明そのものだった。
口癖となっていた自覚は無かったが、いつの間にか言葉にしていたようだ。
再び意識が遠のいていき、次に目が覚めると私は家にいた。
母は台所でがっくりと肩を落とし、目を赤く腫らして泣いていた。
またしても意識が遠のき、そして目を覚ました。
電車の中で、会社の上司たちが話し合っている。
まだ早すぎるとか、将来有望だったと話しているのが聞こえた。
次の場面は家の居間だった。
妻が私の着古したパジャマを抱きしめ、寝室で眠っている娘を起こさないようにと声を殺して涙を流していた。
たくましく気丈で、私よりもよほど男らしかった彼女の涙を、私は初めて見ることとなった。
どうして、と妻は虚空に問うた。
どうして。
どうして。
どうして。
私の涙は誰にも見られることは無く、私の嗚咽を聞く者はただ一人として存在しなかった。
私は意識の消失と覚醒を繰り返した。
電車の窓から景色を見るように、様々な場面が選択の余地無く次々と流れていった。
会社の面々、昔の友人知人、久しく顔を見ていなかった親戚などが、私の訃報を聞く場面を次々に見た。
彼らの驚く顔、悲しむ顔、それら一つ一つを丁寧に追った。
私の遺影の飾られた仏壇を拝み手を合わせる人を見て、私の墓を訪れる人を見た。
私は私の居ない世界を見続けた。
私は、両親や家族、親しくしていた友人の居る場面を良く見た。
それは私のことを話している場面だったり、逆に何もせず遠くを眺めている場面だったりした。
母は私の死からめっきりと弱り、些細な天候の変化で体調を崩しては寝込むようになっていた。
近隣の住人や知り合いが尋ねてきても、一向に良くなる様子は無かった。
妻は私の亡き後もしっかりと家を支えてくれていた。
人前ではまるで何事もなかったかのように振る舞い、「もうあのうるさいいびきを聞かずに済むわ」などととびきりブラックな冗談を笑いながら言い、そして娘に隠れて一人きりでひっそりと泣いていた。
その度に私は身を裂かれる思いを味わった。
娘は何時まで経っても私の死が分からないようで、しきりに妻に「パパはいつ帰ってくるの」と尋ねていた。
娘の中では、私は少し遠くへ出かけているだけなのだ。
だがクリスマスになっても私が帰って来ないことで娘はようやく理解し、喉が枯れるまで泣き続け最後には高熱を出して病院へ運ばれた。
友人たちは大学時代に足しげく通った居酒屋に集まり、私の死を悼んで酒を呑んだ。
最後に私の好きだった歌を全員で大合唱して、店員に注意を受けていた。
そうして長い時間が経っていった。
妻は健やかに顔のしわを増やしていき、娘はすくすくと成長していった。
寝込んでばかりだった母は孫娘の成長に合わせて徐々に体調を取り戻していった。
死んでも娘の成長を見られることは望外の喜びだった。
母に似て気が強い子に育ち、私は安心していた。
やがて私は、見えてくる場面に一定の法則があることに気付いた。
見ることが出来るのは、知人がいる場面や、私のことを話しているところだけで、それ以外の場面が現れることはなかった。
つまり誰かが私のことを思い出している間だけ、私は世界を見ることができるのではないかと考えた。
同時刻の全く離れた複数の場所であろうと関係なく、私を想う人が存在すれば、私もまたそこに存在するのだった。
その証拠に、家族以外の場面が見えることはほとんどなくなっていた。
見えたとしても数秒のことで、すぐに次の場面へ移っていた。
友人たちも、親友と呼べるようなごく限られた一部の人の場面だけを見ることが出来た。
そのうち私は、この奇妙な旅行を誰もが経験するのではないかと推測した。
なにも私が特別なのでは無く、全ての人間は死後私と同じように自己の残滓を辿ったのでは――あるいは辿っている最中なのでは――ないだろうか。
私を知る全ての人が死に絶え、私が生きてきた痕跡がさっぱりと地上から消え去ったとき、私はおそらく本当の死を迎えるのだ。
とすると、例えば教科書に載るような世界に名を轟かせるような有名人は、どれほど未来まで世界を見ることができるのだろう。
人類が絶滅するか、あるいは独裁者に歴史を改竄されて忘れ去られるかしなければ難しいはずだ。
もっとも、ただの一般人である私は、すぐに記憶の彼方に忘却されることだろう。
願わくば、娘の結婚式には立ち会いたいものだ。
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その老婆はベッドに横たわり、窓から外の景色を眺めていた。
火星の空は今日も赤い。
そびえる強化プラスチックのビル群の隙間を、卵型の磁気浮上車両が音も無く飛んでいく。
網膜に直接投影された広告によると今年の新型のようだったが、老婆は思考伝達デバイスを操作して情報を遮断した。
今年で百六十歳。
世間の流行を追うのはさすがに骨だった。
ひ孫がベッドの横の椅子に腰掛けている。
友人と喧嘩をしたらしく、どうやって仲直りしたものかと相談に来ていた。
老婆は、「大丈夫。難しく考えてるだけ。実は大したことじゃないのよ」と言った。
「あなたがどうしたいかを、相手に伝えればいいの」
「大おばあちゃんてさ」
ひ孫は笑いながら言った。
「『難しく考えてるだけ』っていうそれ、いっつも言ってるよね」
老婆はそれを聞いて、優しく笑った。
<了>
友人から感想をもらえました。読んで下さり、ありがとうございました。
PN:屑頭杏心(友人)
・人物を書けていない。主人公がどんな人間か分からず感情移入できない。そのために登場人物が泣いていても共感できない。
・やりたことは伝わってきた。
・他のエピソードをざっくりカットして、妻と娘にスポットを当てて書いても良かった。そのほうが共感もしやすくなるだろう。例えば、主人公の口癖の入ったエピソードを入れたりとか。思い出をかみ締めれるようなシーンを入れるとか。
・ラストの唐突感は別に気にならなかった。
・主人公がどう思ったか、が全然書けていない。
・情景描写が良かった。
友人H
・作者の意欲は感じ取れた。
・表現がくどい。エピソード自体は分かりやすいから、あえてくどくする必要は無かった。
・ラスト唐突過ぎて駄目。繋ぎ方失敗してる。唐突感消したかった。
・個々のエピソードがありがち。どこかで見たことあるものしかない。薄っぺらい。とりあえずいろんな場面入れてみました感。
・葬式のシーンをねっとりやれば、泣かせる話はそれで済んだだろう。主人公という人間の描写が少ないせいで、泣くポイントで泣けない。
・「思い出したときだけ現れる」ということだが、で? としか思えない。ただの設定だけで、生かせていない。もし上手く生かすとしたら、それぞれのエピソードを濃くして、読者にうっすら想像させる方にすればよかったのではないか。
・「難しくしている」というキーワードに力が無い。フレーズに力を入れるならもっとしっかり使うべきだった。例えば、友人たちとの会話でもっと入れるとか。
・三千字でこのテーマをやるのは無理があったか。