波乱のハロウィン 4
4話目。
犯人を追い詰めろ!
悪魔の呪いとも言える契約が初代の死と救いを許さなかった。これは魔界や天界においても問題であった。死者は生前の罪を煉獄の炎で燃やし清める。浄罪。天国へ至るための儀式だ。ただし、その儀式は天国へ行ける資格を持った魂だけのもの。生前の悪事によって清められる罪の量が違う。多ければ多いほど、魂は罪にまみれ、清められないほど罪で汚れている魂は地獄へ堕ちる。
初代ジャック・オ・ランタンは地獄へ堕ちる魂だった。しかし、地獄へ堕ちたくなかった彼は悪魔と契約した。
悪魔との契約には規則がある。その規則に従い契約は成され、悪魔は契約者から魂を貰うことができる。契約した悪魔だけのものになる魂。それは天国へも地獄へも、また煉獄にも行くことはない。行き先はたった一つ。悪魔の腹の中だ。悪魔と契約した魂は悪魔のものになり、それを悪魔が食べる。魂一つで数年から数百年、悪魔は空腹を凌ぐことができる。魂は悪魔にとっての生きる糧なのだ。
その最期の行き先を知ってか知らずか、彼は悪魔を欺き、窮地に陥るようにした。そして、“自分の魂を取らない代わりに悪魔を助けてやる”、と取引をした。それにより、全ての悪魔から魂を取ることのできない魂となってしまった。そして、同時に、彼の死後の行き場もなくなった。どこへも行けない愚かな魂に成り下がった。地獄へ堕ちないからといって天国へ行けるとは限らないのに。
二回目の契約で行き場を失った、どこにも居場所のない哀れな魂。それが、ウィリアム・ジャック・オニールという男の魂だった。
どこにも行けなくなった男は死んだ。天国へ行ける、と思っていた男に告げられたのは、自分がどこにも行けないこと、安息のない絶望と永遠の孤独の始まりだった。先に逝ったり、これから逝く自分の家族とも、知人とも一緒にいられないのだ。仲間のいない永遠など、彼はいらなかった。仲間がいなければ彼の好きな“遊び”ができないのだ。仲間がいてこその“遊び”だった。永遠の孤独など、ほしくなかった。
悪魔は知っていた。彼がずる賢い遊び人で、怠け者で、傲慢で、そして寂しがり屋で、泣き虫で、放っておけばいいのにそうできない魂だと。この男に二度も自分は欺かれ、その度に助けられるために不当とも言える契約を結んでしまった。そして、自分が彼の魂を取ることはできなくなった。それでも、この男を憐れんで、一つの贈り物をした。煉獄の炎を。少しでもその先を見られるように。
それが煉獄の炎。与えられたそれを入れたのはその辺に転がっていた萎びたカブ。中身をくりぬいてランタンにした。それがジャック・オ・ランタンの始まりで誕生だ。
それから彼は迷った魂を煉獄に導いた。いつか仲間が来るかもしれない。そうなれば一人で寂しい思いはしない。彼は死後になって、ようやく真面目に働いた。しかし、彼の仲間は現れず孤独のままだった。
煉獄の炎の光にも微かな浄化の作用がある。その微かな光を何年も浴び続けた彼は改心し始めていた。そして、終わらない毎日に絶望し、二度目の死を願うようになっていた。死ねないのに自殺を繰り返した。悪魔はその姿を見て、死者に残されたただ一つの死ぬ方法を彼に教えた。
天使とも、悪魔とも呼ばれるサリエル。彼の持つ鎌で斬られればその魂は解放されるだろう、と。サリエルは悪魔とジャックの話を聞き、ジャックを浄化することに決めた。天使が魔界の頼みを受けることで天界側で揉めたが、サリエルは一人の魂を救うため、その仕事を行った。
こうして彼は本当に死んだ。ランタン以外何も残さず、完全に消滅した。遺品となったランタンは心の迷えるものを救うために人間界の教会に置かれることになった。これは天使達の希望だったという。
以上がこの本に書かれていたジャック・オ・ランタンの始まりと終わりだ。新しい怪異の一番最初の個体はこうして短い怪異としての生涯を閉じた。
「成る程ねぇ」
ジュードが言葉を漏らす。
「心の迷えるものを救うために? 笑えますね。今、ここを訪れる人なんてあまりいないというのに。周りに人がいないのに、迷えるものが訪れるでしょうかねぇ」
「お兄様」
嘲笑混じりにジュードは言った。神が見ているのだから、と妹がその先をやんわりと止めようとするが兄は止まらなかった。
「だって、そうじゃありませんか。カメリアだって、ここがなくなれば夢を諦めなくて済みます。貴女は世界を飛び回り、修行して服飾デザイナーの勉強ができるんですよ! 貴女の夢を潰したのはあの毒親達だ! いや、あの毒親だけじゃない。司教様も、村人も、天も! 何がしきたりだ、家業だ。どこにも救いなどなく、それどころか誰も救ってなどくれなかった!!」
「やめて!!」
兄の叫びを妹が止める。兄を正気に戻すような鋭い声は、ようやく兄を正気に戻した。彼ははっとして、妹に顔を向け、やってしまったことを後悔した。
今の会話から、この兄妹の一族は教会を引き継いでいるらしいことがわかった。しかもそれはこの兄妹が望まぬことだったらしい。
膝から崩れ落ちたカメリアの嗚咽が教会の中に響いた。村外れの教会にしてはこの教会は大きい。寂しさが余計に大きく感じられる。ルカはそっとカメリアに寄り添い抱き締めてやる。彼女らにこそ、本当に救いが与えられるべきなのに、と思う。この二人を救うことができるだろうか。少しでも力になりたい。
「うっわー! 何これー!?」
その場に場違いな明るい声がして、重かった空気を吹き飛ばした。人間ではあり得ないほど高い位置から降ってくる声の方へ皆が目を向けた。
割れたステンドグラスの周りを記者風の女悪魔が飛び回っていた。それを見てジュードが舌打ちをする。またか、と忌々しげに呟いて悪魔を睨んでいる。その微かな声に気づいた悪魔は振り返り、ルカ達の元へ降りてくる。
「ども! また勉強に来た悪魔です」
「悪魔が来ていい場所ではありません。お前に構う暇はないので立ち去りなさい」
「牧師お兄様そりゃないぜ。……って死神ぃぃ!? アイエエエ、ナンデ死神ぃ!?」
「なんだこのうるさい悪魔。怒らないから静かにしてくれ」
サリエルが静かに言うと悪魔もスッと静かになった。一気に緊張感が消えたことで、息苦しさが拭えたのは良しとしよう。しかし、教会に悪魔が来るのはあまりよろしくないだろう。そして、この悪魔は一体何なのだろう。
「アタシはエイミー。サブカル大好きな下級悪魔です。ちょっと前からこの教会に取材と勉強に来てまして。てか、何ですかアレ!? 昨日はまだきれいでしたよね!? どーしちゃったんですか、牧師!?」
「……ご覧の通りエイミーは変な悪魔ですが、悪いものではないので」
カメリアが言う。確かに悪い悪魔という感じはない。セーレのように友好的な悪魔だ。
彼女にも深夜に起こった出来事を話す。彼女はこの教会を(特にステンドグラスを)破壊したその犯人を絶対許さないと言い、協力してくれることになった。
「慰謝料、ふんだくってやりましょうね!!」
「悪魔の口から慰謝料とか聞きたくなかったですねぇ……」
なかなか面白い悪魔だ。ムードメーカーが欠けていたからちょうどいいかもしれない。
魔界では今もジャックが拘束されている。トムだって悲しんでいる。どちらも不安でいっぱいの筈だ。一刻も早く犯人を見つけたい。一人でも協力してくれるならそれだけ早く情報が集まり、犯人に迫ることができる。
「アタシだったら、どうして盗んだかっていう目的が気になりますね。煉獄ランタン盗んでどうするつもりなのか、って感じです。あれって浄化と明かりぐらいしか使い道ないだろうし……」
「いや、勝手に魂の浄化をされると我々死神が困る。正しく魂を審査して管理しなければならない。地獄行きを勝手に天国行きに変えられかねない」
死神として大ダメージだ。となると犯人は死神を恨んでいるのだろうか。
「犯人は笑っていたんですよね。何か言っていませんでしたか?」
「ただ笑っているだけでした。言葉らしい言葉は何も」
ルカも魔法で当時の教会の記憶を読み取っている。犯人の姿が詳しく分かって、事件の前に何か言っていれば、それを手がかりに何か掴めるかもしれない。
カメリアは服飾デザイナーを目指していたので絵姿を描いて貰った。一同はそれを見て正体を考える。萎びたカブ頭に黒い服。某海賊映画に出てくるような海賊の服。17~18世紀頃だろう。大きく沿った片刃の剣。腰に丸いランタンを下げている。今回盗まれた物だ。そして、一番目が行くのはその体の細さだ。教会を破壊するほどの力があるようには見えない。ジャックと同じくらい細い。
ルカがうーんと伸びをする。当時の情景を見終わったようだ。
「見たけどランタンを見つけるまでは静かに探してたよ。どうしても、ランタンがほしかったみたい。すごい執念が伝わってくる。それを得てようやく完成する、みたいな。そんな執念。見つけたら嬉しかったのか、魔力で周りを吹き飛ばしてこうなって……。ランタンが本当に必要だったんだね。なんだか、まるで……」
ランタンを必要とするなんて、ある魔界の民しか思い浮かばない。この数日間ずっと、話題にし続けた彼と同じあの種族しか。
「これ、どうみてもジャック・オ・ランタンですよね? しかも昔のタイプの。服装から見ても原初のと同じ、或いは原初の少し後の時代に再誕したやつですよ。ランタン欲しかったってことは、元々のやつはどこかに無くしたか捨てちゃったんですかね?」
エイミーが言った。服装だけで時代を特定できるのは彼女がサブカルチャーについて詳しいからだろうか。ただ、彼女の言うように自分のランタンを持っていれば、この煉獄の炎のランタンを狙う必要はない。
「もしかして、真のジャック・オ・ランタンになりたかった?」
「どういうことだヴァン。詳しく話してくれ」
サリエルがヴァンに促す。頷いて彼は続けた。
「格好が海賊みたいってところに注目したんだ。海賊は欲しいものを奪うでしょ? きっとこいつは初代のように何らかの地位が欲しかったんだ。初代のようになれなくても二代目とか、ジャック・オ・ランタンの中のジャック・オ・ランタンとかそういう何か特別な地位が欲しいんじゃないかな? それには力、それと他とは違うんだって示す宝が必要になる」
「まさか」
「うん。多分そうだと思うよ。彼は煉獄の炎のランタンを奪うことで最高の真のジャック・オ・ランタンになろうとしたんだ」
サリエルが頭を抱える。個人の欲のために盗まれるなんて、と思っているのだ。
「煉獄ランタンを手に入れたとしても、どうやって力を示すつもりなんでしょう? それに、ジャック・オ・ランタンの中のジャック・オ・ランタンとは?」
「海賊ならやることは一つですよ。仲間を集い、宝を奪うだけです。きっと、この世と彼らの世界の宝を奪うつもりじゃないですか? 海賊とは略奪者ですからね。奪ってこそ、が生き甲斐なんですよ」
カメリアの問いにジュードが推論を並べて答える。もしそうなら早く魔界警察に知らせるべきだ。先にサリエルには魔界警察へ向かってもらい、情報を提供させる。犯人の姿と目的がわかったのだ。ジャックの無実を証明するために早く犯人を見つけてほしい。
次にどこが略奪されるか、を考える。宝がある場所なんてたくさんある。人間界だけでもたくさんの美術館や博物館があるのだ。全てを監視するなんて不可能だ。魔界にだってそれらはあるし、個人が持っている宝だってある。魔界は個人が宝を所有しているという家が沢山だ。手が回らない。
「ルカ!」
ポンっと現れたのはセーレだ。焦っているから何かあったらしい。
「魔界警察が襲撃されてる手を貸してくれ!」
「なんで!?」
「話は後だ! とにかく、行く奴は掴まれ! すぐに飛ぶぞ!」
すぐにルカはセーレの手を掴む。ヴァンはルカの手を掴む。エイミーはヴァンの手を掴んだ。ジュードとカメリアは残るようだ。それを見てセーレはすぐに魔界へ飛んだ。
またも事件が。さて、次回は大団円となるのか!?
注目の決戦へ。
それでは、また明日。