波乱のハロウィン 2
ハロウィン企画2話目。
ハロウィン前日の主人公・ルカとハロウィンの準備。イベントの準備も楽しいですよね。
ハロウィン前日、魔界の民達は明日のために準備を整えていた。ルカも最後の仕上げに取りかかっているところだった。カブもカボチャも加工したら傷みやすいので毎年ハロウィン前日に加工するのがルカの家の決まりだ。
「なんだかカブって、やりづらい、のね」
「カボチャと違うからね。いつもと同じようにはいかないよ。水分が多めだから柔らかいし、やりすぎちゃうと修正が効かないから。……ジャック、大丈夫かな?」
驚くほど彼の腕は細い。いつもはそれでカブよりも硬いカボチャを加工しているのだから恐れ入る。いつもの調子でカブと格闘していてはやりすぎてしまうだろう。そういった意味では難しいかもしれない。
高い身長に細腕で苦戦しながら加工をする姿が目に浮かんだ。
「心配ないわよっ。それに、ジャックだって柔じゃないんだから」
一生懸命カブをくり抜きつつバランスや状態を入念に確認するノアールの言葉にそうだね、と返してルカも作業に戻る。
くり抜いた中身は料理に活用だ。マミがくりぬいたカブの欠片を少しずつ集めている。カボチャは飾りカボチャなので種はよける。カブは今晩のスープ用に。カブの大半は、この前のアンデッド集会の時にリャンが教えてくれた東洋魔界のピクルスにアレンジ。アサヅケ、という短時間でできる料理にする。調味液に野菜をつけたもので、野菜がパリッとみずみずしく新鮮な食感で、優しく酸味のきいた味がするので美味しいと言う。発酵食品は体にいい働きを持つ菌が摂れるので魔界でも人間界でも大人気だ。今は発酵食品ブームが来ている。日持ちも少しするので毎日食べれば健康にもいいだろう。
「こんなもんかしらね」
「おおー、きれーい」
綺麗に中身をくりぬかれたカブの前で得意気な顔をするノアール。額には汗が滲んでいる。
「疲れた?」
「ええ、気疲れってやつね。ちょっと休むわ」
「お疲れ様。しばらく休んで。さぁマミ、カボチャの顔は描けてるね? 見せて」
リビングのソファに体を預けるノアール。そっと毛布をかけてやったマミはカブの欠片を集める前まで描いていた顔の図案をさっと掲げた。マミの描く顔はルカやノアールが描くより可愛い。というよりもルカの場合は伝統を重んじすぎて恐ろしくなるし、ノアールの場合はそもそも絵心がないらしく、顔と呼べる代物ではない。彼女いわく、目、口、鼻さえあれば顔、ということらしい。確かにそれで顔は構成されているが、だからといって位置や大きさを考えて配置しないなら、それは顔ではないとルカは思う。前衛アートか何かのようだ。
図案を確認したルカはマミに清書のゴーサインを出す。今年もマミの描いた顔はかわいい。
「なーにがいけないのかしらねー」
マミの描く顔を見ながらノアールが誰にというわけでもなく問う。認識の問題ではないだろうか。
今は人の姿をしているが、彼女は基本的には猫なのだ。そもそも絵を描く、という考えや行動をする必要のなかった生活をしていたのだから、馴染みないのだ。生きざま、文化、思想、そういうものがきっと彼女の画力を大きく下げているのだろう。
一つ一つカボチャとカブの顔を彫り込んでいくルカはマミの描いた顔を忠実に再現しようと真剣になっている。無言の作業なので、静かな時間が流れた。
やがて顔が出来上がり、カブやカボチャに劣化抑制の魔法をかけて中に蝋燭を入れる。それらを玄関の前に設置した。今年は白とオレンジで飾り付けられているため他の家との区別がつきやすい。通りかかった子供は珍しそうに見ているし、近所の老人は懐かしいと言って眺めていく。
「おや、カブとは今時珍しいですねぇ。今でこそ、カボチャばかりで、とんと見かけなくなりましたから」
隣に住む老婦人がゆっくりとした口調でルカ達に話しかけてきた。
「ブリジットさん、こんにちは。今年は仲間がカブを使うということなので私もやってみたくなりました。ブリジットさんの子供の頃はもうカボチャでしたか?」
「そうねぇ。あの頃はカボチャもカブも半々ぐらいでしたね。きっとカボチャの方が多かったかもしれません。だんだんカボチャに押されてきましたからねぇ」
昔を懐かしむその声から当時の状況を想像する。当時は魔界もイギリス系とアメリカ系の魔女・魔法使いがいたが、アメリカ系が増えてきた時だった。魔界もグローバル化が進んできたが、まだ西洋魔界や東洋魔界など、細かく言えばもっと細分化されていて人間界のように地方がある。いつか、この辺の歴史もノアールとマミに教えなくてはならないだろう。
彼女達にはまだ教えていないことがたくさんある。もっと家族の時間をとってそういう話をしてもいいのかもしれない。そして、自分の将来を考え直す時かもしれない。
「そう言えばルカ、ハロウィンにどうしてカボチャを使うのか聞いたけど、ジャック・オ・ランタンって象徴、とか言ってたわね。ジャック=ハロウィンなの? そもそも、ジャック・オ・ランタンって何なの?」
ノアールが訊いてきた。マミに話したときはハロウィンについてを話した。ジャック・オ・ランタンとはどういうものか、ノアールにはよくわかっていないのだろう。彼女が初めて会ったジャック・オ・ランタンは例外の存在だ。本物の話をするとしよう。
「ジャック・オ・ランタンは知ってるよね。私達のジャックじゃなくて本家大元、元祖、原初の方。……一説によると、怠け者でずる賢い男が死んでも地獄に落ちないように悪魔と契約したの。生前の行いが悪くて天国には行けなかったけど、悪魔との契約で地獄にも行けない。地獄の門の前には、自分と契約した悪魔が居てね。彼から元いた場所に帰れと言われたの。もう死んでるから帰る場所なんてないし、戻ろうにも道は真っ暗。憐れんだ悪魔から炎をもらって、それを転がっていたカブをくりぬいた中に入れたの。それからはあの世とこの世の境目をさ迷いながら、死んだ魂をあの世に導く役目も担っている。これがジャック・オ・ランタン」
話を聞き終わって、天国に行けないのなんて自業自得だ、とかどうして天国に行けると思ったのか、とかノアールは言った。彼女は初代ジャック・オ・ランタンのことがすっかり嫌いになってしまったみたいだ。
しかしマミは、憤るノアールに優しく自分の意見を言う。結果、魂は地獄には落ちなかったけど、天国にも行けなくて、安住の地を求めてさ迷う悲しい存在になったのだから、しっかり罰は下っているわけだし、と。話の中に出てきた悪魔がセーレのように優しい悪魔だと思ったのだ。そんな優しい悪魔が他にもいることを知って嬉しいらしい。
「……それで? その自業自得勘違い野郎は今どうしてるの?」
不機嫌な様子でノアールが問う。マミも興味があるようでルカの顔をキラキラした瞳で見る。
「初代ジャック・オ・ランタンはもういないの」
「どうして? オリジナルが死んじゃったってこと? どーやって死んだってのよ。ってか、死ぬことさえ私だったら許したくないわね」
「契約で、地獄にも、行けないのに……」
ノアールが騒ぐ。マミは反対に静かに考え込む。
「とある天使様が浄化して、それで死んだと聞いていますよ」
ブリジットさんが言う。ルカ達は彼女の方を見て話を聞く。ルカでさえその事を知らない。ただ浄化されて死んだと聞かされていた。それは誰が言っていたものだったかは、何故か思い出せず忘れてしまったが。
「大天使であり悪魔でもある大きな鎌を持った者が、初代の頼みで彼を斬り、浄化したそうですよ。それが誰なのかは賢者様達もご存じの筈です」
にこにこと彼女は言う。
それはよく知った友人のことだろう、とルカは思う。大天使であり悪魔でもある大きな鎌を持つ者なんて彼女、いや彼女ら以外考えられない。
サリエル。
でも多分、死神の方の彼女ではなく、恐らく先代の彼の方だろう。月の彼の方はまだ存在を知られたばかりだから彼でもない。
「彼の遺品はただ一つ。煉獄の炎が灯るランタンのみ。それは彼の死後どこかへ行ってしまったの。天界にあるとも、地獄にあるとも、また炎のあった場所である、あの世とこの世の狭間の煉獄とも、或いは人間界とも。誰もその行方を知らないの。その時に関わった天使や悪魔、死神以外は、ね」
ブリジットさんはゆっくりとした口調で、最後はちょっといたずらっぽく言った。どうして彼女はそのことを知っているのか。賢者であるルカでさえ知らなかったことなのに。そして、彼の遺品はどこに消えたのだろう。
ある意味、ちょっとホラーな短編物語を聞かされた。マミは怯えてしまい、ルカが気づいたときには彼女にしがみついていた。ノアールはつまらなそうに話を聞いていた。嫌いなやつの話を聞かされるのが苦手な彼女のことだ。大部分は聞いていないかもしれない。
「まぁ、年寄りになるとはっきりと詳しいことが思い出せんくなるのは辛いものねぇ。私もほとんど忘れてしまいましたから」
「いえ、とても貴重なお話でしたよ。ありがとうございました」
とても気になる話だった。
ここまでが平和。明日は事件。
急転直下、ってやつですね。
ところで、皆さん今日は楽しめました?
私は午前半日仕事でした。仮想や飾り付けができる職場だったら良かったんですけどね。午後は特に何をするでもなく、コンビニスイーツでゆっくりお茶をしたり、絵を描いたりしました。
ドがつくほどの田舎なので、こういうハイカラなイベント、うちの地域ではあまり見ないのでハロウィンだというのに普通に過ごしてしまいました。
さて、また明日も投稿します。明日は私が長期、月1で投稿しているIMATEも投稿しますので、そちらもよろしくお願いします。
それでは、また明日。