天魔争乱編
世界は主に魔界と天界と人間界に分けられる。魔界は魔物、魔法使い、悪魔、堕天使、死神が住む。一部の魔界の民は人間界に住んでいるが。
天界は神と天使が住む光の世界だ。
そして、この話は昔々のずっと昔にまで遡り、始まる。
一人の天使が命を終えようとしていた。否、体の器の命が尽きかけていた。その天使の名はサリエル。大天使サリエル。大天使である彼は他の天使よりも、神より遠い所にいた。神の前に出ることを許されている大天使だが、その彼がなぜ天界の端にいるのか。
それは、彼の目にあった。邪視のサリエルと呼ばれていた。邪視、魔眼と呼ばれたその目は相手の動きを止めてしまうものだった。天使よりも魔物に近い能力を持ち、大鎌を持ち、天使を堕天させる力を持ち、死と月の支配を司る大天使。
その天使は老いていた。かつては月のように金色に輝いていた髪も色褪せて細くなっている。体のあちこちにはしわが刻まれている。節くれだった手は、かさかさのふにゃふにゃした皮膚で覆われている。腰が曲がり弱々しく見える体は、大地の上では枯れ枝のようだ。
「次の体を作らなくては、私が存在できない。私の魂を三つに分け、一つを月に、一つを私に残し、もう一つを次の体に。いずれ、また一つになろう。我が三つの魂よ」
青い魂は月へ、赤い魂は天使の始まりの地へそれぞれ飛んでいった。
いつか自分に終わりが来たとき、すぐに新しい自分と交代できるように。守護する月から見守る魂、新しい体となる魂。それぞれが成長した姿で再び会い、再会を喜びたい。早く会いたいが、その時は自分の終わりでもある。複雑だ。
大天使サリエルは、今日も世界の端から世界を見守る。
さて、天使の始まりの地へ飛んだ魂。赤い色をしたあの魂は、そこで産声を上げた。一人の天使がその子に服を着せようと近づいた。しかし、その天使の動きは止まってしまった。なかなか泣き止まない産声と戻らぬ同僚の様子を見に他の天使がやって来ると、赤い目を開き泣く天使の赤子と、同僚の天使が静止していた。
その後、赤子は泣き疲れたようでそのまま眠ってしまった。急に金縛りがとけたように静止していた天使は動き出した。
動きを止める目を持つ天使が産まれてしまった。この力を恐れた天使たちによりこの赤子は死神に転生させることにした。神もそれを許可し、その子は死神として魔界の死神の国のとある死神の元に産まれた。
それから、その子は死神として育ち、現在、一人前の死神の少女として、死神の職務を全うしている。
その頃、一人の熾天使が大天使サリエルの元を訪れた。
「サリエル、どうしたの?ずっと神様に姿を見せてないけれど」
「……あぁ、ウリエルかぁ。……よく、来た」
そこにはとても辛そうな、変わり果てたサリエルの姿が。体は少し力を入れて引っ張ったら簡単に脱臼してしまいそうだ。腕も細い。片手でその手首が握れてしまうくらいだ。枯れ枝どころか枯れた草、稲藁のようだ。
これに驚かないわけがない。
「サリエル!! どうしたの? 何があったの?」
弱々しく言葉を発するサリエル。だが、彼は一言一句、残さず聞き取る。何を伝えようとしているのか。自分達と同じ天使でありながら、天使を堕天させる代償に寿命を持った、彼の言葉。
「私の体の、終わりが近い……。そろそろ、私の力を持った新たな体が、一人前の天使として育っているはずだ。早く、その子を見つけ、仕事を……引き継がせなければ……」
「サリエル!! しっかりして!」
瀕死とも言える状態のサリエルを優しく天宮へ運び、すぐに神へ報告したウリエル。その後すぐに天使達にサリエルの力を持った天使を探すよう命じた。しかし、いくら探してもその天使は見つからなかった。
「何故見つからない! 草の根を分けてでも探せ!」
「まさか、堕天してしまったのでは」
「この数百年間は堕天した天使はいない。いるはずだ」
幹部である他の四大天使に焦りが見え始めた。
その時、一人の天使が思い出した。動きを止めてしまう赤い目の天使を一人、死神に転生させたことを。
「その子だ! ご苦労。天使達よ、各々の仕事に戻れ!」
「ここからは我々の仕事です」
天使達は仕事に戻り、四代天使達は死神の国に転生されたサリエルを探しに向かった。
―天魔争乱編―
ザッ!
人間の形の魂が鎌に斬られると、魂は人魂のような炎の形をとる。紫の瞳に月の光のような優しい金色の髪を持った死神の少女は、その魂を袋に入れた。
「回収完了。ロキ、終わったか?」
もう一つの魂を回収するはずのロキはその魂と遊んでいた。
「はぁ。……ロキ! 先に帰るぞ!」
「あ、待ってサリエル!! えいっ」
同じように鎌で魂を斬り、魂を回収したロキ。急いでサリエルに駆け寄った。
「全く。回収する魂で遊ぶのもほどほどにしろ」
「はーい。でも、サリエルは言葉遣いをもう少し優しくしたほうがいいと思うよ。男の子に間違われちゃう」
死神サリエルと死神ロキ。サリエルはれっきとした女である。しかし、死神という仕事上、男性的に振る舞うことが多く口調もややきつくなる。最近の悩みである。(見た目的に)同年齢の魔女ルカ・クラウディアに話し方について学ぼうかと考え始める年頃の女の子だ。
同僚であるロキは、いたずら好きではあるが善くも悪くも純粋で憎めない性格だ。とある北欧神の死神としての部分が時折こうして死神の国に死神として誕生する。それが彼である。まぁ、それは別の話で触れることにする。
「私が急に口調を変えたらどうでしょう? 怖くない? ……やっててなんか気持ち悪い」
「そうだね、サリエルじゃないね。やっぱそのままでいいや。そのままでもサリエルは優しい女の子だもんね」
「全く、お前という奴は。まぁ、いい。帰るぞ」
そして、空間を切り裂き死神の国へ帰っていった。
死神の国の中央、協会本部には人だかりができていた。
「なんだ?」
「サリエル、来い」
小声で呼んだのはサリエルの父だった。建物の影に隠れるように父親は二人を呼ぶ。手招きをする姿に焦りを感じたため、急いで父親のところへ向かう。
「父さん、なんでこんな建物の隙間に。それにあの人だかりは?」
「ロキも聞いてくれ。……サリエル、天使がお前を探している。逃げろ。でなければ、お前は天使にされてしまう」
父親が何を言っているのかわからなかった。しかし、ロキは何を指しているのか理解したようだった。顔つきが変わった。いつものぽやぁとした空気が消えた。
「サリエル、ルカっちのところへ行こう。ルカっちなら何とかしてくれる」
「ロキ、お前まで」
「とにかくここは危険だ。魂は俺が届けておく。お前は賢者様のところに逃げろ。早く行け! ロキ、頼んだぞ」
「了解!」
空間を切り裂いてロキはサリエルの手を引いてルカの所へ向かった。
その直後、死神協会本部の庁舎から天使達が出てきた。
「やっと教えてもらえたな」
「全く、緊急事態だというのに」
「仕方ありません、魔界でも個人情報の取り扱いが厳しくなっていますから」
「早くサリエルを見つけないと、サリエルが……」
「ウリエル、ややこしいよ」
「まず、サリエルの家に行きますよ」
三人を取りまとめるのは眼鏡をかけた青い髪の女の天使だ。女の天使が地図と周りの建物とを交互に見比べて歩き出す。
「どうか、お守りください、賢者様」
父親は祈った。
「ルカっち!!」
「ロキとサリエル? どうしたの?」
いきなり部屋に現れたロキとサリエルに驚きながらも二人を迎えるルカ。そして、今日二人が来る予定があっただろうかと思い出すが、そんな予定はやはり聞いていない。急に来たということは、何か緊急事態だろう。扉を使ってない時点で立ち寄ったというわけでもないし。
「本当にどうしたの?」
「天使がサリエルを連れて行っちゃう! 天使にされちゃうんだ!」
「ロキ、お前は何を言っているんだ。とりあえず落ち着け。ルカも訳がわからなくて困るぞ」
「詳しく話してくれる? ロキ、落ち着いて、ゆっくりでいいから」
ただならぬ彼の様子にルカは何かよくないものを感じる。いや、何かではなく、かなり、よくないことが起ころうとしている。落ち着けて全てを聞こうと落ち着くハーブティーを出す。
ハーブティーの香りが効いたのか、深呼吸をし、話し始めるロキ。
「僕、偶然聞いちゃったんだ。サリエルのお父さんと僕のお父さんが話してたのを。僕も、その時知ったんだ。サリエル、落ち着いて聞いてね。……サリエルはね、本当は天使だったんだ。でも、サリエルの眼の力を恐れた天使達が死神として転生させたんだ。それが、今のサリエル」
「私が天使? 何かの間違いじゃ……いやでも、父さんが言ったのなら……父さんは嘘をつくような人じゃないし……」
自分は天使だが死神に転生された?
この眼の力のせいで?
サリエルは驚くが、すぐに少し視点を変えて考えた。
この眼は使い方を誤れば相手をしに至らしめることができる魔眼だ。逃げようとしたり、暴れたりして手こずる魂を回収するためにはこの魔眼で相手の動きを止めてから魂を刈る。その時にとても役に立つ。この眼のお陰で自分は死神協会で、危険な人間の魂専門部隊のエースとまで呼ばれているのだ。
死神にとってはなくてはならない眼でも、天使からしてみれば、その眼は恐ろしい力を持った必要のない眼。天使が恐れて転生させたのなら、天界から説明があってもおかしくはないし、ロキだって、言ってみれば北欧神からの授かり物だから、そういう訳有り同士の父親が話をするのも理解できた。
「天使が来たってことは、天使の方のサリエルの体がもう限界なんだと思う。だから、天使達は死神のサリエルを次の天使のサリエルにしようと連れていく気なんだ」
静かにロキの話を聞くルカ。
「分かった。でもロキ、サリエルをずっとここに隠しておくわけにはいかないよ。その内、ここにも天使が来ると思う。ここも安全じゃないよ」
「じゃあ、どうすれば」
考え込むロキ。
「恐らく、どこにいてもサリエルは見つかってしまう。天使達は目的のために手段を選ばないと思う」
外を見ながらルカは言った。
まだ、天使の姿は見えない。
「振り出しに戻ったな」
「父親も母親も僕らに渡したくないか」
「親だからね」
「しかし、いくら親でも世界の理を守ってもらわなくてはなりません。彼女以外にサリエルはいませんから」
サリエルの家に向かった天使達は遅かったようですでにそこにサリエルは居なかった。逃げた後。
どう説明しても、両親はサリエルを渡したくないと言っていた。説得も面倒だ。神であるならば世界の神の命令に従うのが筋だというのに。ガブリエルはサリエルを天使の方へ説得して、天使になって貰う以外ないと考えて家を後にしたのだ。
「どうするの、ガブリエル?」
さわふわ髪のラファエルがそよ風と戯れながら問う。青い髪の女天使ガブリエルは心配いらないと事前に調べていた情報を元に探すという手段に出る考えを話す。
「あてはいくつかあります。幼馴染みのロキ、魔界の若い賢者の家、そして、その仲間の家、人間界の仲間の家」
「まさか、そんなに行き先が?」
「厄介なのは悪魔と仲の良いことです。しかも君主セーレと」
君主。
それは、悪魔の中でも位の高い地位だ。しかも、セーレは瞬間的に物を盗むことが出来る。サリエルと共に逃げられれば探すのは更に困難になる。
「なんとしても見つけないといけませんね」
四大天使達は次の目的地へと向かう。
ルカは考えていた。そして、名案を思い付いた。
「皆、行くよ。ゲート!」
「どこに行くの?」
「サリエルを隠せそうな場所を知ってそうな人のところへ」
魔法で出したゲートをルカ達はくぐった。
くぐった先にあったのは、悪魔を使役するリナーリアの屋敷の扉の前だった。
「リナーリアをお願い」
「……どうぞ」
出てきた悪魔は死神の姿を見ると少し怯えたが、中に通した。
「リナーリア、お願いがあるの」
「ルカさん。どうしたんですか?」
事情をリナーリアにも話し、考えを説明する。
「成る程、確かに彼なら適任ですね。何より、お友達ですから」
リナーリアは、セーレを召喚した。みんなの友であり、頼れる美少年悪魔。君主セーレ。頭もよく性格も穏やかで優しい。真面目で仕事をやりとげようとする姿勢にも好感が持てる。
「セーレ、サリエルを連れて逃げて。天使達から、サリエルを守って」
「俺をこうして呼ぶということはよくないことなんだな、リナーリア、ルカ。……サリエルに何があった?」
セーレにも事情を説明すると、彼はそうか、と悲しそうな顔をした。
「サリエル、お前が天使になったら、もう俺らとは会えなくなるのか? 敵になるのか?」
「私も自分のことなのに全く分からないんだ。だが、天使になればきっとそうだと思う」
天界の民と魔界の民は一部で協力関係ではあるが基本的には敵同士になる。普通は死神と悪魔が仲良くするのは良くないのだが、天使になればサリエルとセーレの関係は完全に敵対関係になってしまうだろう。
「行くぞ、サリエル」
手を引き、セーレはサリエルと共に消えた。大事な友を守るために彼は自分達をどこかに盗んだ。
「私達もやらないとね」
「何を?」
「万が一を考えないとね」
「ルカっち」
大丈夫、とルカは眉を下げっぱなしのロキの肩を軽く叩いて元気を出すように微笑む。
「リナーリア、貴女は悪魔達からサリエルを天使にしなくてもいい方法を聞いてちょうだい。彼らの知恵で何か解決策が見つかるかも知れない」
「分かりました」
「ロキは手伝って。サリエルのために」
「……分かった!」
各々はサリエルを救うために動き出した。
「賢者ルカはどちらに?」
「知らない、です」
「このお姉ちゃん怖いよね。ごめんね。お兄さんに教えてくれるかなぁ? 賢者ルカさんに聞きたいことがあるんだけど」
マミは泣きたくなってきた。起きたらルカはすぐにどこかへ行って留守番を頼まれたし、ノアールは薪拾いに行ってるし、そしたら、天使達が四人来たしで頭の中はごちゃごちゃだ。
「ただいま、マミ」
「ルカ!」
部屋の中に現れたルカに抱きつくマミ。よしよしとマミの頭を撫でてから客人に向き直る。
「天使が魔界に、しかもこのような若輩者の賢者になんのご用でしょう」
「賢者ルカ・クラウディア。貴女、サリエルを匿っていませんか? 正直に言いなさい。でないと傷つくことになりますよ」
ガブリエルが言う。天使に嘘をついてはならない。神に嘘をつくのと同罪で何らかの罰を受ける。なら、その問いに対しての事実を言うまでだ。
「いえ、私は匿っていません。そして、この家にもいませんよ。彼女が今どこにいるのかは、私は知りません」
嘘をつけば神からの罰として体に焼けるような痛みが出る。どんな守りの魔法をも貫通する神の焼き印と呼ばれる嘘発見器。その痛みを感じている様子がない。ルカが本当のことを言っている。それを見てガブリエルは別の場所へ向かうことを決める。
「……そうですか。嘘ではないようですね。失礼」
「ありがとうございました」
天使達はどこかに行った。
完全に姿が見えなくなってから、隠れていたロキが姿を現した。
「行ったね」
「良かった。早くにセーレと一緒にさせて」
ふぅ、と一呼吸おいて彼女はロキに問う。
「ねぇ、ロキ。聞いてもいい?」
「何か思い付いたの?」
「うん。ロキって、あの北欧神話の巨人族で狡知の神でトリックスターのロキなの?」
「僕って訳じゃないけど、まぁ僕になるのか。うん。僕はルカの言うようにそのロキだね。ロキの死神としての部分が僕。北欧神から死神の国に授けられたのが僕。でも、生まれながらに北欧との親交はあるよ」
「なら、オーディンとは知り合い?」
「会ったことはあるよ。でも、まだルカっち達ほどの友達ではないけど」
「ロキ、お使い頼める? オーディンの所へ」
ルカの言おうとしてることが分かった。
「うん。聞いてくる! 行ってくるね!」
ロキは家を飛び出した。
「マミ、図書館に行くよ。お手伝いして」
「ノアールは?」
「ただいまにゃー」
「お帰り。ノアール手伝って」
「にゃ、何事?」
ルカ達も動き出す。
天使達はサリエルの頼りそうな者達、及び場所をあたっていた。
「やはり、セーレと逃げた後ですね」
「リナーリアめ」
「いや、賢者ルカの知恵だよ。あの時、彼女がもう手を打ったんだ」
「サリエル……」
「悩んでいても仕方がありません。とにかく隠れるのにちょうどいい場所を探しましょう」
「そうだね。本気で、草の根を分けてでも探さないと」
天使達が本気を出し始めた頃、逃げた二人は、どこかの山奥の洞窟にいた。
「すまないな、こんなところで」
「いや、仕方ない。それより、ありがとうな」
「気にすんな。俺はいつでも、お前の味方だ」
どこからか薪と火を盗んできたようで、それで明かりつけ、暖をとった。
「なんか、こうしてると、堕天した日を思い出す」
「堕天?」
頷いてセーレが昔話を始めた。
「俺は上司についてきて堕天した。上司はさ、神様の言うことが正しいこととは思えなかったんだ。俺も上司の考えを聞いたら、そう言われてみると神の言葉がどうも全て正しいこととは思えなくなった。それで俺達は天使をやめ、堕天した。せっかくだから、俺と上司は人間界に来て、人間達に混じって飯食って、娯楽施設なんかに行ったよ。人間達が自由だから、旨いものとか、面白いものとかがいっぱいあってさ、人間界がスゲー好きになったんだよ」
「なるほど、お前の自由さは人間に影響されたからか」
「ああ。だけど、その半面、神様がますます嫌いになってさ。想像主なら自分の子供である人間は全て大切に守りたいって思わないと。支えないとって思わないといけないんじゃないのか? それをしないで罪のない人間を大量に排除することもあって。神は嫌いだ」
元々天使だったこの悪魔はその優しさから神に離反した。これを同じ神の一員であるサリエルは初めてこの話を聞いたが、彼は昔からこういうやつだと知って、やはりいいやつだと思った。愛すべき、友だ。
「だから、俺、サリエルを嫌いなやつらに渡したくない」
セーレは決意するように言った。彼も、愛すべき友を守りたい。
ルカ達は奔走していた。しかし、探しても探しても、ほしいことは何一つ得られなかった。
「サリエル、天使に、なるしか、ないの?」
マミがぽつりと呟いた。
「マミ!」
「ノアール、怒らないで。もしかしたら、前例がないのかもしれない。転生させたのだってきっと緊急手段だったのかもしれないし」
力の暴走を恐れた神や天使、転生させられたサリエル。やはり、すべての鍵は天界にあるのかもしれない。
「やっぱり、あの方に聞くのがいいのかも」
箒を手にとって彼女は空を見上げる。
「ねぇ、ルカ。だからって敵地に乗り込むの?」
「それしかないの」
マミをリナーリアの屋敷に預けて、ルカとノアールは天界に来ていた。周りは天使だらけの白い、光の世界。
「余計に黒く見えるわね」
自分達の黒さが際立ち、そこに本当に自分達がいるのかさえ怪しくなる。完全に自分達はこの場から浮いた存在だ。
「ちょっと周りと合わせるね」
濃いナイトブルー色のルカの服が薄い色に変わっていく。ペールトーンのブルーの服になったルカ。周りの景色と程よく同調した。
「すごいわね」
「ノアールも色変える? アメショーぐらいなら大丈夫だと思うよ」
「あなたの口からそんな略語が出るなんてビックリよ。まぁでも、目立つよりはいいのかもね」
黒い毛並みは見事なアメリカンショートヘアーの毛に変わった。
「すっごい違和感」
「まぁまぁ。行くよ」
ルカ達は天宮ヘ忍び込んだ。向かう先はもう一人のサリエルの所だ。
ふわりと風が入り、カーテンが揺れる。
ゆっくりと目を開けると、何者かの気配がする。
「誰じゃ?」
その微かな声が届いたようで、人の気配が近づいた。
「お初にお目にかかります、大天使サリエル様。私、ルカ・クラウディアと申します。魔界の新人賢者でございます」
「何用だ?」
「貴方の分身のことです」
「っ! 見つかったのか! そうか、そうか」
瞳を輝かせた老サリエルを見て、とても悲しい顔をするルカ。
「……貴女はなぜ、そのような顔を?」
「……その分身は死神なのです」
「どういうことじゃ」
サリエルがどういう理由で死神にさせられたか、今のサリエルと四大天使達のことを話した。
「……私の眼が悪いのか」
「私の友のサリエルはその眼を使い、死神の業務を全うしています。彼女は上役からも頼られるほどの実力です。貴方の眼の力がなければ、今の彼女はありません」
老サリエルはじっと何かを考えているようだった。
「さしずめ、貴女は、友が天使にならないような方法を探しているのか」
「はい。彼女の幸せを奪いたくないのです」
「うーむ」
流石に本人も分からないか……。これはまた別の方向にアプローチをかけようか、そう思っていたときだった。
「サリエルは、もう一人いる」
「え?」
「もう一人、月に私の分身がいる」
「月に?」
ルカは空を見上げた。空には満月が昇ったばかりだ。
「月のサリエルと呼べばいいか。彼は死神のサリエルと同時に私から分けた魂なのだ。彼が私の仕事を引き継ぐなら、死神の方も天使にならずに済むだろう」
「本当ですか!」
興奮するルカにノアールが足元でこそっと告げた。
「ルカ、誰か来る」
「どうか、私たちのことはご内密に。ありがとうございました」
ルカ達が消えるのと、何者かが扉を開けたのは同時だった。
「サリエル? 調子どう?」
ウリエルだった。
「ウリエル。そろそろ見つかったか?」
「……うん」
「もし、私が明日死ぬとなったら、お前はどうする?」
「何言ってんだよ! そんなこと言うなよ!」
ウリエルは怒った。ウリエルとサリエルは兄弟のように同じ内容の仕事を朝と夜とで交代している。断ち切ることのできない強い絆がある。
「頼むから、そんなこと言うなよ……」
「すまないな。……ウリエル、私は君に隠していることがある。そして、君にもあるのだろう?」
「サリエル……」
ウリエルは、サリエルに今の状況を話した。
ルカは逃げたその足でリナーリアの屋敷に来ていた。そこにはロキも到着していた。顔を見た。方法があったとその顔が言っている。
「ルカさん。どうでした?」
「今のところたった一つだけ、見つけたよ」
「こちらもです。知恵ある皆に聞いて会議をして一つだけ」
「僕も一つ! オーディンが言ってた! もうそれしかないよ!」
叫ぶようにロキが言う。興奮常態だ。これから起こるであろう事について、彼は冷静でいられないかもしれない。四大天使達に攻撃を加えることも考えられる。彼は善くも悪くも純粋だ。純粋ゆえに、その力は強い。一緒に連れていけない。
「ロキ。こっちを見て。……眠れ」
だからこそ、彼はここに置いていく。
ルカは彼を眠らせる。ゆっくりと倒れる彼をリナーリアの悪魔達が受け止め、近くのソファーに寝かせる。
何かあったときのために彼を拘束し、更に宥めるためにマミとノアールを置いていく。
「マミとノアールをお願い」
「え、ちょっ、ルカさん、どちらへ?」
「ちょっと月に」
今は夜だ。なら、彼はあそこにいる。
「お気をつけて。御武運を」
「うん。ノアール、マミ。行ってきます」
箒に乗り、満月に向かって飛び立った。
天使達め……。
妹をどれだけ不幸にすれば気が済む。貴様達が妹を捨て、挙げ句必要になったからといって無理矢理に天使にさせるとは、虫がよすぎる。同じ天使として赦せん。
しかし、妹を守りたいのに、天使達と戦ってもいい、妹が幸せに生きられるなら、どうなったって構わないのに、なのに、この片翼だけでは、飛べもしない。助けにいけない。
お願いだ。誰か、妹を守ってくれ。今は君しか頼めないけど、頼むよ、セーレ君。
一人の男が月から下界を見る。ただ一人の妹を守る種族違いの頼れる友。追うのは妹を拒絶したのに今さら必要とする天使。
彼はただ、天使とは関係ないところで妹が幸せになって欲しいだけだ。今のままの幸せがずっと続いてくれればそれでいい。
ガブリエル、ミカエル、ラファエルはウリエルの帰りを待っていたがなかなか帰ってこない。
「ウリエル、遅いね」
「サリエルとウリエルは兄弟のような存在ですから、しばらく一緒にいさせてあげましょう」
「我々が早くサリエルを見つけないとな」
顔を見合わせた三人は手を伸ばし、重ね合わせた。
「知性の力、慎重の美徳」
「想像の力、節制の美徳」
「理性の力、正義の美徳」
「神に与えられし、力を今こそ示せ」
それぞれの体から霊力が溢れ出す。天使の力を最大限に高めた。
「さぁ、行きましょう。サリエルは私達が捕らえます」
ガブリエルが予言のようにその言葉を宣言した。
月の天使は霊力の解放を察知した。
「天使達め……。サリエルを助けないと」
何とか飛ぼうと片翼を羽ばたかせるが、やはり飛べない。急がなければならないのに、助けにいかねばならないのに。
「誰か、サリエルを、妹を守るために、私をここから連れ出してくれ!」
声の限り叫んだ。
その時だ。
パリーン!
月の周りを覆うガラスの大気圏を割って月に飛び込んできたのは箒に乗った魔女だった。
「お月様、助けに来ました」
この魔女は見覚えがある。妹の友達だ。
「ルカ・クラウディアか?」
「はい。行きましょう、お月様」
手を取り、箒に彼を自分の後ろに乗せると勢いをつけて先程の穴から飛び出した。
「時間がないです。飛ばしますね。ゲート!」
目の前に開かれた門に二人は入って行った。
「お月様、貴方の声は届きましたよ。これから、助けに行きますからね」
彼女は安心するような明るく力強い声で行った。
セーレとサリエルの潜伏先の洞窟に天使達が来た。
何故ここが見つかったのかはわからない。こんな僻地の洞窟だ。見つかる方がおかしい。セーレの知っている場所でもここは簡単に見つかるような場所ではない。だからこそ自分達をここへ盗んだのだ。
「サリエル、迎えに来ましたよ」
「天使」
セーレがサリエルを守るように前に立つ。目の前の女天使ガブリエルは嫌な感じのするやつだ。セーレの嫌いな神に似ている。嫌悪感を表さずにはいられない。
「私はガブリエル。こちらの右がミカエル、左がラファエル。もう分かると思いますが、我々は四大天使です。一人、今はいませんが」
三人しかいないとはいえ、その迫力はどこから来るのか。二人は何万人もの人間の雄々しい勇敢な兵士達を相手にしているような錯覚を覚えた。
「サリエル、貴女はなぜ、そのような卑しき者といるのです。貴女は天使なのです。さぁ、我々のところへ早く」
ガブリエルが手を伸ばす。
「私は死神だ。それに、セーレは卑しい者ではない。私の大切な友達だ」
「悪魔と天使は反対の存在だ。友になれるわけがないだろう。悪魔などに毒されるな」
「そうだよ。サリエル、君は僕らの間違いで死神にさせられたのを今ここで謝るよ。だから、君にはこれからその辛かった思いもない、最高の暮らしを約束するよ」
口々に天使達は言う。元は同じ天使だったのに種族が違ってからこうも扱いが変わるのか。サリエルの心に戸惑いと、どこからか怒りが込み上げる。
「サリエル! 騙されるな! お前自信をしっかり持て! お前は死神のサリエルだ!」
「黙れ! 悪魔め!」
ミカエルが二人の周りをぐるりと炎で囲う。
「……こんなの、地獄の業火に比べれば」
「セーレ、これは煉獄の炎だ。強がったらダメだ。お前が死ぬ!」
サリエルが焼かれそうになるセーレを守る。
「サリエル、その悪魔には守る価値があるかい? 本当に君が守るべきは人間の魂だろう? 悪魔なんて、人間を堕落させる、人に害を与えるだけじゃないか」
「それは違う。こいつは、セーレは誰よりも優しい。悪魔から私を救ってくれたこともあった。二人の子供を見守っていた。リナーリアに勇気を与えた。悪魔なのに、こんなに優しいんだ! セーレは守るべき大切な友達だ!」
ラファエルの言葉を否定し、叫ぶ。煉獄の炎を鎌で一振りして切り裂き、消火した。
「セーレ!」
セーレの腕を肩に回しセーレの技で逃げた。
「予言天使の力、甘く見ないでください」
霊力を込めた言葉を発した。
『どこまで逃げても、我々は貴女の前に現れる』
すると、二人が逃げた先が手に取るようにわかった。
「見つけました。行きますよ」
ガブリエル達は飛び立った。
どんなに遠くへ移動しても、天使達はすぐに目の前に現れる。何回も何十回も、何百回遠くへ飛んでも、すぐに追い付き現れる。
「っく。……行くぞ、サリエル」
セーレの魔力もそろそろ限界だ。
「もうやめろ、セーレ。お前の魔力ももう限界だろ。頼むからやめてくれ」
「まだだ。まだ行ける」
誰からも見てわかる通り、セーレはフラフラだった。
「ねぇ、そろそろ君の体が保たないんじゃない? 君だってバカじゃないだろ? 何回飛んでも、僕達は君達の前に現れちゃうんだから。無駄なことはしない方がいいよ。ねぇ、ガブリエル」
「ええ。私の霊力はラファエルのお陰でほぼ無尽蔵ですから、貴女方には逃げるすべはありません」
絶体絶命だ。誰もサリエルを助けられないのか、とセーレは唇を噛む。
「おい、天使。私が天使になるんだったら、この悪魔は助かるか?」
「サリエル?」
急に天使に問うサリエルにセーレは自分に起こる最悪の出来事を予感する。反論しようと口を開こうとするが、既に口はサリエルの手によって塞がれていて声を出せない。その手を振りほどこうにも力がなくてできない。
「貴女が天使になるのでしたら、その悪魔はどうなったって構いません。君主ですから浄化しようとすれば、色々と面倒なことになりそうですし、そう簡単には消せませんし。天使になるのがその悪魔に危害を加えないのが条件だというのならばそうしましょう。貴女さえ手に入れば、我々はいいのですから」
その言葉を聞いて納得した。そして、サリエルはセーレの名を呼ぶ。
「セーレ、ありがとう」
隣のセーレの顔を見つめた。セーレが最後に見たのは泣きそうな笑顔で赤く目を光らせた、サリエルだった。セーレの意識は暫く途切れることとなる。
「魔眼で動きを封じたのか。とうとうその気になったということか。それでいい、サリエル」
「さぁ、サリエル」
静かに天使達に歩み寄るサリエル。
「ミカエル、お願いします」
ガブリエルが促すと、ミカエルが呪文のような言葉を唱え始める。
「神よ、祝福されよ。今ここに一人の天使が生まれる。月と魂の守護者サリエルの誕生を天使の王子ミカエルが許可する。神よ、この者を貴方の御子として迎えたまへ」
するとサリエルの体は白く光り輝いた。そして、死神のマントを破るように背中から一対の純白の羽が生えた。神がサリエルに天使となることを許可したのだ。
「これで」
「光輪さえ出れば、完全なる天使だ」
「早く、ウリエルとサリエルに見せたいね」
天使達はワクワクしながら待っていた。しかし、その期待はすぐに消えてしまった。
「……?」
「え」
「これは」
「ミカエル、どういうことです?」
光輪が出ない。
何故だ。
神に許可されたのに。
今までこのようなことはなかった。前例もない前代未聞の事態に困惑する。
「こんばんは天使様。やはり、失敗しましたね」
そこに現れたのはルカと片翼のサリエルに似た天使だった。
「どういうことです、ルカ・クラウディア。そして、この天使は誰ですか?」
ガブリエルは、ルカを睨んで言う。何かを知っているようで腹が立つ。それに、片翼の天使は何者だろう。それには答えずルカはもう一人の天使に問う。
「サリエル、貴方の思った通りです。妹を救えますね?」
「勿論。その為に私は月から降りてきたのだから」
見たことのない天使は言う。三人の大天使達も得たいの知れない天使の登場に驚くが彼の言葉に耳を疑う。ルカがサリエルと呼んだこの天使は、あのサリエルなのか?
しかし、彼は天宮で休んでいるはずだし、ウリエルがついている。それにこの天使は老いたサリエルではなく、もっと若々しく死神だったサリエルと同じくらいの年齢に見える。ハッタリなのか。
「サリエル、初めまして、だな。私は月のサリエル。お前の兄のような存在だと思ってくれ」
その天使は死神だったサリエルに優しい笑顔で自己紹介をした。
「昔々のずっと昔、一人の天使は自分に終わりが近いことを知りました。そこで、次の自分のために魂を三つに分けました。一つは自分に残し、二つ目は新たな天使として送り出し、最後の三つ目は月から世界を見守っていました。終わり行く天使は二番目と三番目がまた集まるのは自分に本当に終わりが近いときと思っていました。そして、とうとう、終わりが近づきました。しかし、二番目は力を恐れられ、天使ではなく、死神となり生きていたのでした」
昔話のようにルカは語る。天使達も死神だったサリエルでさえも知らなかった事実だ。
「私は月から全てを見ていた。妹が死神として生き、仕事をし、友と楽しく生きているのを見てきた。それを奪おうとするお前達も見ていたぞ。私の妹に、これ以上手を出すな」
月のサリエルの瞳が青と金色の光を放ち始めた。その光が何を意味するのか、そこにいた者達はわかった。これは魔眼の力だ。その力を使えるのはサリエルしかいない。ということは、彼はサリエルなのだ。
「ご到着のようですね。お待ちしておりました」
ルカの声で姿を表したのは、ウリエルと力の尽きそうなサリエルだった。
「はは。少々、遅れてしまったよ、賢者殿」
一番目のサリエルは今にも倒れそうでウリエルに支えられている。そして、月のサリエルに大事なことを一つ問う。答えの決まったその一言を宣言を聞くために。
「月のよ、お前、次のサリエルになる覚悟はあるか?」
「勿論だ! その為に私は月からここに来たのです、父上! 妹のために私は何でもしたいのです!」
月のサリエルは覚悟を叫ぶ。
「宜しい。私の力、全てお前に託そう。ウリエル、少しお別れだ」
「サリエル」
ウリエルから離れ、月のサリエルに力の象徴の鍵が渡された。これはサリエルの証だ。これが渡されるとき、新しい次のサリエルが誕生するのだ。
月のサリエルに鍵が手渡されると最初のサリエルの体は徐々に金色の光の粒子のようにゆっくりと分解しだした。
「後は頼んだぞ、月の」
「はい、父上」
それから、ウリエルに向き直った。
「ウリエル、寂しいか?」
「……これでお前が元気になんだからいいことなんじゃねーの? そもそも、俺達はこのために動いていたんだし」
「ありがとう、ウリエル」
それが最後の言葉だった。光となって完全に体は消えた。
「父上……」
父は、大天使はあれで良かったのだろうか、と月のサリエルは、涙を流すウリエルを見て思った。
『あれでいい。強がりなアイツをこれから、支えてやってくれ』
光から声が聞こえた気がした。その言葉に頷くと月のサリエルの背に光が集まり、もう一つの羽が形作られた。一対の純白の羽が背に生えたのだ。
「さあ、妹よ、お前をもとの死神に戻してやらないとな。とにかくまずはセーレ君にかけた術を解くんだ。彼には全てを見守っていてもらおう。君を守ったナイトなんだから」
そういえば、と皆はセーレを見た。ずっと今まで忘れられていた悪魔に慌てて術を解き、今まで何があったかを簡単に説明した。
「あとは、死神に戻してから聞いてくれ」
「わかった。しかし、どうやって死神に戻るんだ?」
「今のサリエルは天界でも魔界の者でもない中途半端な存在だ。だから、魔界の民として生きるには一回堕天させればいい。そうすれば死神に戻れるだろう」
成る程と、頷く死神のサリエル。セーレだけは苦い顔をしていた。
「じゃあ、やろう」
三日月のような綺麗な弧を描いた大鎌を出現させた月のサリエルに死神のサリエル達は驚いた。勿論四大天使達もだ。堕天の儀式など、遠い過去に見たきりであった。数えるくらいしか、もしかしたら、反逆した天使などと、見ていなかったかもしれない。儀式には興味があるが、少々恐ろしい。
あの細い体にあんな大鎌を軽く振るだけの力がどこにあるのだろうと驚く。
「堕天させるにはサリエルの鎌で斬られないといけないんだよ。俺達の時は結構痛かった。鎌も大きかったし」
セーレが顔をしかめて言う。これはまだ小さい方らしい。昔の鎌でなくて良かったと喜ぶべきなのか。
「じゃあ、行くよ。妹、ちょっと背中を丸めて膝まずいてくれ」
言われた通りにするサリエルの横に立ち、そーれっ、と翼を切り落とした。
バサッ、とも、ドサッともどっちにもとれる音で翼は落ちた。
「終わった、のか?」
「うん。これでサリエルは魔界の民だ。おめでとう」
落ちた翼を拾いながら言う月のサリエル。翼は光の粒子になり、今度は月のサリエルの頭上に行き、光の輪を形作った。光輪だ。これで月のサリエルは完全に大天使サリエルになったのだ。
「よし、初仕事は無事に終わりっ! これで、妹に手を出す理由は、ないな?」
三人の天使達を睨む大天使サリエル。そして、ウリエルに向き直ると右手を差し出した。
「ウリエル、これからもよろしく頼む」
「あぁ。よろしくサリエル」
以前のサリエルの面影が残る顔。前のサリエルの顔を思い出した彼はその手を取った。
こうして、サリエルの大事件は終わった。
「妹よー」
あれからよく天使のサリエルが魔界に遊びに来るようになった。またか、とサリエルは頭を抱えた。
「来ちゃった」
「天使なんですから、そんなにちょくちょく来ないでください、兄さん。ウリエルさんに怒られますよ。あと、なんですか、その語尾にハートマークがつきそうな感じは。やめてください」
「えー、ダメ? ダメなら控えるけど。それに、ウリエル優しいから怒らないよー。昨日も一緒にご飯食べたし、それに今度私のために親睦会を開いてくれるって!」
「……楽しそうで何よりです」
天使達はあれ以来、少しトラウマになってしまった。特にあのガブリエルという天使。あの人は多分仕事の鬼なのだろう。天使に鬼という表現もおかしいが、これ以外にぴったりの言葉が見つからない。たまに聞くがやはり、怖いらしい。その内人間界でそんな魂を刈り取るときが来たらどうしてくれよう、とサリエルは更に頭を悩ませた。
「サリエル、元気出せよ。ほら、土産だぞ。月兄さんも」
「ありがとう、セーレ」
「ありがとーう」
人間界から土産を持ってきたセーレは二人に菓子を渡した。日本のコンビニで売られていたグミである。セーレはコンビニがお気に入りなのでしょっちゅうコンビニで何かを買ってくる。どれも美味しいからありがたい。今回はハロウィン仕様でカボチャ味入りだ。
「月兄さん、仕事してくださいよ、サリエルはこのあと仕事が有るんですから」
明らかにサボっている天使のサリエル、月兄さんに言う。
「ところで、何で月兄?」
「月にいる兄さんだからです」
「お、おう」
サリエルとセーレが答える。あまりにも安直な答えだったので曖昧な反応しか出来なかった。まぁ、これくらいしか呼び方がないのは仕方ないか、と月兄は思った。
月兄がいてくれたお陰で今回の事件は丸く収まったことは言うまでもない。しかし、セーレには気になっていたことがあった。それは、自分が堕天させられた時に自分の体を斬りつけた大鎌のことだ。自分の時はサリエルを斬りつけた物よりもとても大きくざっくりと斬られた。しかし、サリエルの時は鎌も小さく薄かった。先代との違いなのか。
「妹に痛い切り方をするわけないだろ、セーレ君。他の奴だったら罰として痛みを感じる切り方をするけど」
「え、あれわざと? わざと痛く?」
「うん。堕天する者は反逆者だって言われたから、罰を与えるようにって」
天界め……。とセーレは歯軋りをした。やはり、天界は嫌いだ。思想が違うだけであの扱いは過激だ。悪魔の方が比べ物にならない程、融通も利いて優しいじゃないか、堕天して本当によかったと思う。
「でも、良かった。サリエルにも、セーレ君にも会えて」
月兄は言った。
たしかにこんな事件がなければ出会えなかっただろうし、サリエルなんて魂を分けた兄と父に会い、もう一つの家族がいたことを知ることができなかっただろう。
「今回の事件は大変だったな。でも」
サリエルが見上げるのは、魔界の独特な色の空、光る空の天界、光る大地に闇の空の月。全てが自分の生きる世界の空だ。家族のいる空だ。
「もう一つの家族のこと、知れてよかったよ。どんな形であれ、知るには事件が必要だ」
「まぁ、そうだな。でも、こんな事件は俺はちょっと勘弁してほしい。サリエルと絶交なんて、考えただけで死にたくなる」
「ベタ惚れかよ、セーレ君」
茶化す月兄に二人は否定するが、自分達の助け、助けられの関係を考えると、否定したくない。お互い、大切な存在なのだ。
「まぁ、二人がとても仲がいいのは知ってるからね。……さて、さっきの続き。事件のやつ。……うーん、この事件は……名付けるなら、天界事件かな?」
「いや、魔界もそれに巻き込まれてるから、そうだな。何かないか、セーレ」
振られたセーレは少し考える。そして、一連の事件に名前をつける。
「天魔争乱、だな」
魔界の丘に風が吹く。
「そうか。確かにな」
「言えてる~」
サリエルが懐から懐中時計を出す。仕事の時間だ。
「時間だ。行ってくる」
「行ってらっしゃい。じゃあ、私も戻るよ。魂の守護、お願いします」
「心得た、月兄。セーレ、行くぞ」
「おう」
死神は悪魔を連れて仕事へ向かう。
今は、この愛すべき大切な友の隣にいたい。
ーーーー天魔争乱編_終
天使も時に悪となる。そういうことです。
私のイメージだと、彼らは職務に忠実ですが、それゆえに融通はきかなさそうです。逆に悪魔は対価に応じて色々と融通がきく感じです。多分、支払う何かがあるかないか、意識や文化の違いなのかなって思います。死神もどこかの童話によると、かなり融通がきいた存在でしたね。性質をうまく利用した、あの童話。
でも、私は悪魔の方が好きですね。姿形や能力が全部違っていて個性的ですから、絵を描くと楽しそうです。
不定期更新のTrick.or.Treat(略してT.o.T)を読んでいただき、ありがとうございました。
不定期更新ですので、またいつか。