「蚊」
「あ、蚊だ」無意識に口から漏れた。
蚊は僕の右腕にとまって、美味しそうに血を吸っている。
いつもなら冷淡に叩き殺していただろうが、今さら殺してもどうせ痒いんだからしかたない。
なんて、気まぐれな理由で、僕の血を夢中になって吸っている蚊を、ただ眺めていた。
そういえば「血を吸うのは交尾をしたメスの蚊だけ」と、どこかで聞いたことがある。
だとすると僕は今、「別の男と作った子どもを産むために、たかられている」
そう考えると、なんだか馬鹿馬鹿しくなった。
先ほどまで消えていた殺意が、ふっと息を吹き返した。
「もう殺してしまおう」
僕は蚊を確実にしとめるために、ゆっくりと手のひらを蚊の頭上にもっていく。
できるだけ素早く、無駄無く、蚊をめがけて、手を振りかざした。
パチンッ……と軽い音とともに、右腕に僅かな痛みが生じる。
そっと、右腕に振りかざした手のひらをのけると、そこには蚊に刺された痕だけがあり、蚊の姿はなかった。
しとめきれなかったという悔恨の念と、痒さからくる苛立ち。
僕の殺意は冷淡なものから、熱く、ドロドロとしたものに変わっていった。
まだ、そう遠くにはいっていないだろう。
そう考えた僕は、蚊の位置を探るため、目を瞑り耳をすまして、あの鬱陶しい羽音を探る。
ぷ~んという羽音が足元からきこえてくる……
瞬間、僕は目を開き、足元をみた。
するとそこには、僕の血でお腹がパンパンに膨れ、重くなりすぎて、飛ぶことすらままならない蚊がいた。
妊婦のように膨れ上がったお腹をみていると、僕が蚊……いや、彼女を支配しているような気持ちになった。
彼女のことを僕は、なぜか、とても愛くるしく思った。
先ほどまであった、熱く、ドロドロとしたものは、殺意ではない別の、熱く、ドロドロとしたものに変わっていくのを感じた。
この気持ちはなんだろう。
うまく飛ぶことができず、もがく彼女を、僕はただ、見ていることしかできなかった。
真夜中に蚊の画像をじっと見つめていたら思いついた作品です。
友人から一緒に小説を書こうと誘われたので、書いてみました。
小説を書くことは、初めてのことだったので、非常に楽しかったです。
ちなみに友人にみせたところ、「意味がわからない」といわれました。
ひどい。